勇者「魔王、君はひとりぼっちじゃない」 1/1

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魔王「……」

隠されるようにして森の奥に建てられた、小さなお城。

しかしそれはもはや城とは言えず、ただの朽ち果てた廃墟でした。

魔王「……」

そこに人はひとりもおらず。

角の生えた人外が、ひとり。

魔王「……」

ひとりぼっちで生きている。

1000年前。

魔王は勇者と出会いました。

ありきたりな世界でした。

人間を滅ぼそうとした魔王を、勇者が止めるようなそんな世界。

勇者「なぜ人を襲う!」

魔王「相容れぬ存在だからだ!」

本当は、嫉妬でした。

人が羨ましかったのです。

あたたかく、ひだまりのようなぬくもりが。

魔王には、ぬくもりがありませんでした。

生まれたころから戦いだけに生き、孤独でした。

だから本当に、羨ましかったのです。

勇者の剣が、魔王を討とうとしていました。

魔王はその時、恐怖よりも安心したのです。

もう、寂しい思いをすることはありません。

魔王「ようやく、死ねるのだな……」

魔王は笑みを浮かべ、幸せに死のうと思い。

しかし、勇者の剣が魔王の首をはねることはありませんでした。

勇者「魔王、君は……」

魔王「何をためらう、勇者よ。はやく私を殺してくれ」

もう、疲れた。

そう言って魔王は瞳を閉じて。

ぎゅっと、抱きしめられたのです。

はじめてのぬくもりでした。

魔王「な、何をする勇者。血迷ったか!」

勇者「魔王は、寂しかったんだな」

勇者は気が狂ってしまったのか。

倒すべき存在を慰めるなど、そう魔王は困惑しました。

ようやく死ねる。死にたい。死にたい。だから早く殺してくれ。

そう懇願する魔王に、勇者は言いました。

勇者「魔王、君はひとりぼっちじゃない」

そんな、はじめてのぬくもりに。

魔王は。

夢を見ていた魔王は、静かに顔をあげました。

魔王「……寝ていたのか」

魔王(あれから何年たったのだろう…。勇者よ、私はやっぱり)

ひとりぼっちじゃないか。

と、魔王はひとりごちました。

魔王「うそつき」

魔王「うそつき」

魔王「うそつき、め……」

幸せな日々でした。

はじめてのぬくもりに怯え、震え、揺らぎ。

それを受け入れると、今度はあまりのあたたかさに火傷しそうで。

喧嘩をし、仲直りをし、怒り、泣いて、笑って。

他愛もない話を、何より愛おしく感じ。

幸せだったのです。

勇者は死にました。

老いて死にました。

魔王は、老いることはありませんでした。

いつまでも若いままです。

世界は平和でした。

勇者が救った世界は、勇者がいなくても平和なままだったのです。

耐えられませんでした。

だから、魔王は人のいない場所まで逃げて。

いつか勇者が戻って来た時のために、小さなお城を。

魔王「……そんなわけないじゃないか」

勇者は死にました。

勇者は、もう戻ってこないのです。

だからきっと幻聴なのです。

こんこんと、小さく扉を叩く音は。

魔王は、死にたかったのです。

ぬくもりを知らなかったあの頃も。

ぬくもりを知ってしまった今も。

ぬくもりがないのならば、意味がないのです。

自ら命を絶つことはできませんでした。

なぜかはわかりません。

たぶん、臆病ものだったからです。

だから勇者を失って、ずっと、ずっと、何も食べずに。

いつの間にか死ねばいいと、生きてきました。

扉を叩く音が聞こえます。

こんこん、こんこん。

誰かいませんか。

少女の声でした。

落胆と絶望が生まれました。

勇者じゃない。

大切な人がいなくても何も変わらない。

そんな忌むべき存在が、扉の前にいる。

けれど同時に、喜びと希望も感じたのです。

1000年近く、誰とも接しなかった魔王。

自分の気持ちがわからず、扉を開けるのが怖かったのです。

小さなお城の、小さな扉を、一生懸命開いて。

少女が、やってきました。

その少女が愛しかった。

嫌いだったはずだった。

大切な人がいなくても回る世界なんて、嫌いで。

でも、少女の、小さなぬくもりの姿を見たら。

あの人が、守ったおかげで今あるぬくもりなんだと思うと。

たまらなく、愛おしかったのです。

少女「こ、こんにちは」

魔王「……」

少女「王様なんですか?」

魔王「……」

少女「わたしは、探険してて、ここにきました」

魔王「……」

少女「王様は、なんで泣いてるんですか?」

まぶしくて。

そのひだまりがまぶしくて泣いているんだよ、と魔王は言いました。

少女は魔王の眼前までやってくると、つま先で立ち、手を伸ばしました。

少女「泣かないでください」

そう言って、魔王の頭を撫でました。

魔王「怖くないの」

少女「何がですか?」

魔王「こんなに大きな角があるのに」

少女「立派な角だと思います」

魔王「こんなにみすぼらしい格好なのに」

少女「全然そんなことありません」

魔王「そう…」

そうか。

そう言って魔王は瞳を閉じました。

溢れる涙は止まりませんでした。

このぬくもりを、自分はいつかまた失うのだろうか。

自分を見て驚かなかったということは、今でも人と魔族は共存しているのかもしれない。

そうか、彼の守った世界は。

彼がいなくても、ちゃんと平和なんだ。

勇者が守ったから。守ったから平和なんだ。

……あたたかい。

少女「寂しかったんですね」

ぎゅっと、いつか感じたぬくもりが確かにあった。

少女「もう、ひとりぼっちじゃないですよ」

あまりにもあたたかくて、眠くなってきた。

さきほど目を覚ましたばかりだというのに、おかしいな。

眠い。

あたたかい。

目が覚めたら、彼の守った世界を見に行こう。

きっとひだまりが待っている。

おしまい

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