勇者「……はは、十年後ここで会おうだなんて」
勇者「覚えている訳ねーよなぁ……なにを期待しちまったんだろ」
勇者「これから魔王を倒しに旅立たなきゃいけねーってのに」ボリボリ
「……まさか、本当に……ゆーちゃん?」
勇者「っ!!」バッ
勇者「あ、ああ……」
「十年ぶりだね……ゆーちゃん」
勇者「ああ……ああ……久しぶりだな、まー君」
魔王「ゆうちゃん!」ガバッ
勇者「まー君!」ヒシッ
魔王「こんなに立派になっちゃって……この剣なんて勇者しか抜く事ができない聖剣じゃないか」
勇者「まー君だってあの時は髪に隠れていた角も立派になって……格好いいじゃねーか!」
魔王「変わったね……お互い」
勇者「中身はちっとも変わってねーがな」
魔王「あははははっ」
勇者「はははははっ」
勇魔「「はああぁぁぁぁぁ?!」」
勇者「何だよ! どういう事だよ! 立派じゃねーかその黒マントぉ!」
魔王「そういう君だって王家の紋章をあしらえた鎧を着ているじゃないか!!」
勇者「うわーマジかよーまー君マジ魔王かよー」
魔王「私だってびっくりだよ。まさかゆーちゃんが勇者だなんてさ」
勇者「お、流石にもう僕じゃないんだな」
魔王「そういった所は徹底的に叩き込まれたよ」フー
勇者「家柄が厳しいってそういう事だったんだなー」
魔王「……まあ何にせよ」
魔王「約束、覚えていてくれて嬉しいよ」
勇者「それはこっちの台詞だ。だいたい俺は地元なんだし来て当たり前だろ」
魔王「はは、そうだね」
勇者「まさか本当に会えるとはなぁ……いや少しは期待してたけどもよぉ」
魔王「私も期待半分諦め半分だったからなぁ。そうだあそこの喫茶店ってまだやっているのかい?」
勇者「ああ、おっさんの? そうだな、積もる話もあるしあそこで落ち着くか」
勇者「どもー」カランカラン
魔王「うわぁ……懐かしいなぁ」シミジミ
店主「おう、ゆー坊……角? おい、そいつは」ギロ
勇者「……」ニヤニヤ
魔王「はは……そう、だよね」
店主「……」ボリボリ
店主「十年ぶりだな、まー坊。ゆっくりしていけ、今日はてめーらに貸切だ」
魔王「……マスター!」
店主「懐かしいねぇそれ。この街で俺をそう呼ぶのはお前だけだったな」ニヤ
店主「にしてもまー坊はその格好で着たのか? 馬鹿か?」
勇者「え? 流石に魔法かなんかで変装ぐらいして入ってきたんだよな?」
魔王「……」フィ
勇者「どうやってあそこまで来たんだよ……」
魔王「ほら……北側にさ。いつも二人で行った駄菓子屋があるじゃないか」
魔王「あそこで……まあ人に叫ばれて兵士が集まったりしたんだけど」
魔王「駄菓子屋のおばさんが私に気づいてくれてさ。そしたら周りも私の事を知っている人が多くて、大事にならずに済んだんだ」
勇者「平和ボケって怖い」
店主「なんだ? お前ら殺り合ったのか?」コポポポ
勇者「馬鹿言わないでくれ! こいつに真剣を向ける事なんて……そ、想像しただけで寒気が」ブルブル
魔王「私も無理だね……ゆうちゃんに魔法? 一瞬で口の中が乾いて舌も回らなくなるよ」
勇者「え、なに? お前、今も全く剣が使えないの?」
魔王「はは……残念ながら近接格闘はもう」
勇者「なんだよそれー。 再開したら一本くらい試合したかったのによぉ」
魔王「むむむ無理無理無理! 何を考えているんだ! あの頃だって君に稽古をつけてもらうくらいの格差だったろうに!」
勇者「だから十年の歳月で期待してたんだよー!」
店主「お前ら十年ぶりに会うのに本当に仲がいいな」カタカチャ
勇者「当たり前だろ!」ガッシ
魔王「当然の事さ!」ガッシ
店主「お前ら……そっちの気があるんじゃないだろうな」
勇者「はああぁぁぁ!? 俺達の魂の絆を侮辱するんじゃねぇ!」
魔王「ゆうちゃんの言う通りだ。私達は何者にも破れない絆で結ばれているのだ」
店主「いや、だからな……そういうのがな」
勇者「がああああ! それはねーよ! 女の子大好きだよ!」
魔王「全くだ。私も違うぞ!」
店主「それならいいがよ」
魔王「他の皆ってまだこの街にいたりするのかい?」
勇者「えーと、まー君が知っている友達は……全員いるかな?」
勇者「会いに行くのはいいが、せめて変装してくれよ」ズズゥ
魔王「あー……気をつけるよ」スス
店主「えらく立派な格好だが、やっぱりまー坊は魔王なのか?」
魔王「はい、と言ってもまだまだ勉強中の力不足ではありますが」
勇者「そういえばまー君は何でこんな所で暮らしていたんだ? 親父さんこそ当時は魔王って事だよな?」
魔王「人間社会を学ぶ為って話だったよ。まあ、私の社会勉強の一環なんだとは思うが、いささか幼すぎではとも思うが……」
勇者「そりゃそうだよなぁ……って今はまー君が現役魔王だよな? 親父さんはどうしたんだ?」
魔王「ああ、それが……父は臥せってしまっていてね」
店主「おいおい……本当かよ」
勇者「あの見るからに戦士肌の親父さんがか? 何があったんだ」
魔王「酷い病に侵されてしまってね……」
店主「一体どんな病なんだ」ゴクリ
魔王「ここで食べた食材を酷く気に入ったようでね」
魔王「向こうに帰ってからも……牡蠣を食べていたら酷い嘔吐下痢と発熱を患ってしまって」
店主「……そりゃお前」
勇者「加熱不十分、ダメ。ザッタイ」
勇者「て、おいそれでもおかしいだろ。お前が即位したの昨日の今日の話じゃないんだろ?」
魔王「え? ああ、私達の国側の海は瘴気が溜まっていてね……色々と下ごしらえをしてみたのだが」
魔王「どうやら瘴気によって変質してしまっているようなんだ」
魔王「今でも下痢や嘔吐でまともに動けない状態なのだよ」
勇者「……牡蠣って要はウィルスが原因の食中毒だろ? 症状出たの何時だよ」
魔王「もう彼是三年も……」シンミリ
勇者「魔族側の牡蠣やべぇ」
店主「ノロウィルスで世界が滅ぶとかねーわ」
魔王「ああ……その分、感染力は非常に低いみたいなんだ」
勇者「ちょっとだけ安心した」
店主「つっても厄介には変わりねーんだろうがな」
勇者「こっち側の人間だったら、一旦殺してみて神官達に蘇生させてみる、とかあるんだけどもなぁ」
店主「損傷が酷くなければ、死後一時間以内なら蘇生できるもんな」
魔王「君達は私達を何だと思って……ああ、そうか。根本的に認識が違うのだったな」
魔王「私は確かに魔王だが、我々とて魔物の被害を受けているのだ。魔物は完全に我々の外で活動している存在だ」
勇者「マジか?!」
店主「おいおい……それ、衝撃の事実だぞ」
魔王「でなければ社会見学と言えど、人間側の国で暮らす事などありえないだろう」
店主「あー……じゃあなんだ? 魔王を筆頭とする魔族は俺達人間と変わらない生活と立場をしているって事か」
魔王「流石マスターですね。正にその通りです」
勇者「じゃあ俺、まー君と戦わなくていいのか! やったぁ!!」
魔王「ふふ、そういう事だ。因みに、我が国でも崇拝する神もいるし神官もいる。蘇生術も同じものなのだろうな」
勇者「じゃあ試してみたのか?」
魔王「ああ、ドラゴンも一滴で息絶える毒を1ガロンほど飲んで頂いた」
店主「ガロンかよ……」
魔王「緊張のあまり、神官達が解毒せずに蘇生を行い文字通り二度死なれてしまったが、症状は治まらなかったよ」
勇者「死に損だなぁおい」
魔族「魔族側にある方法はいくらでも試したが……秘術でも見つからないものだろうか」ハァ
勇者「もしかしてここに来たのって、こっち側の手法を探しにか?」
魔族「正確にはその名目で抜け出してきた、かな。まだまだ私では国を回す礎にもなれないから問題はないのだが……」
店主「だったら南の山にでも登ってきたらどうだ」
店主「ウィルス相手じゃアレだが、あそこに湧く温泉は毒消しにも使われるそうだからな」
勇者「マジか? 初めて聞いた」
店主「てめーが食あたりか何かで大騒ぎした時に飲んだやつだ」
勇者「おお! 万能水か!!」
魔王「万能水?」
勇者「腹が千切れるほどの腹痛を起こした時に飲んだ水だ。一瞬で治まったぞ」
魔王「おお! それは期待ができそうだな。明日にでも連れて行ってもらえるだろうか?」
勇者「おう、任せろ!」
店主「うん? ……あ、おい! お前ら隠れろ!」ガチャガチャ
勇者「え? ハッ、まー君こっち」グイ
魔王「うわわ?」
魔王(一体どうしたと言うのだい?)ヒソ
勇者(お前にも絶望を味合わせてやろう)
「こんにちは~。今日お休みなんですか?」
店主「ああ、ちょっとあってな。まあ君なら構わんさ」
魔王(聞き覚えがある声……)
店主「今淹れるから掛けていてくれ」
「あら? 私以外にも誰か来ていたのかしら?」スンスン
店主「ああ、ちょいとな。まあ、そいつらは帰っちまったところだがよ」
「へえ~。今日のお休みはその人達への貸切だったのかしら?」
店主「ま、そんなところだな」
魔王(やっぱりこの声……僧侶お姉ちゃん!)ヒソ
勇者(もう……僧侶じゃない……けどな)ハハ..
「そういえば……北の城門で何かあったらしいのですが、何か聞いていますか?」
店主「あー俺も何かがあってちょいと騒ぎがあった、ぐらいにしか知らねぇんだよな」
「うーん気になるなぁ……」
店主「散歩がてら城門まで行って聞き込みでもしたらどうだ?」ケラケラ
「野次馬根性がありありで嫌ですねぇ」
店主「まあ、あんま無理はするんじゃねーよ」
「ふふ、分かっていますよ。お腹のこの子に負担になるような事は控えていますので」サスサス
魔王()ビクンビクン
勇者()ビクビクン
魔王(憧れだった僧侶お姉ちゃんが……)
勇者(時の流れと現実は厳しいのだ……)
魔王(今日、来なければ良かったよ)
勇者(いやいや来て良かっただろ。お前だけ無傷とか納得いかねー)
魔王(君は本当に意地が悪いなぁ。もう少し成長したらどうだ)
勇者(うっせ)
……のろけ中