見習い魔法使いのいつもと違う一日 2/3

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「もし怒らせるとどこまでもついてきて、その人のやることなすことにケチつけるの」

「……みみっちいな」

「そのくせ完璧に物事をこなしても難癖付けて無理矢理文句言うし」

「確かに面倒くさそうだけど……それが竜のやることなのか?」

そうだよとリリーが頷いて見せると、ルークは「なんかイメージ壊れた」と頭を抱えた。

「そういうわけでわたしは町に行かなくちゃだから。またね」

「ちょっと待てよ」

足を踏み出すリリーをルークが呼びとめる。

「なに?」

「俺も行くよ。暇だし」

「えー……?」

リリーは顔をしかめてルークを見やった。

「だって町に行くんだろ? 楽しそうじゃんか」

その顔はなにやらわくわくと輝いている。

「遊びに行くんじゃないんだよ?」

「そんなのどうだっていいや。町に行ける機会なんてそうそうないからな」

「仕事のお手伝いとかはいいの?」

「ついてこないと呪うぞって魔女に脅された。そう言うから大丈夫大丈夫」

そんな適当な。

リリーは呆れたが、この少年が一度ものを決めたらそう簡単にはそれを変えないことならよく知っている。

一応諦めさせる方法を考えたけれど、

(ま、いっか)

特に思い付かなかったのでついてくるにまかせることにした。

「ぬはははは!」

まず笑い声が聞こえた。それからそれが目に入る。

「あ」

リリーの口から声が漏れた。

おひげが立派な、とても恰幅のいい男の人だった。

お腹がでっぷりと大きくて、顔がつやつやしている。

後ろには馬車が控え、着ている服もきらきらと豪華でしつこいくらいに周りのみんなの目を引く感じ。

でもリリーが本当に見ていたのはそのおじさんではなかった。

「月王草」

その人が持っている濃い緑に色づいた植物だった。

「あれが?」

ルークが驚いてリリーを見る。

「うん。多分間違いないと思う」

リリーは目を凝らしてもう一度確かめてから頷いた。

「いい買い物をしましたな旦那」

おじさんの目の前に立つ露店の商人が、愛想よく笑う。

「それは一ヶ月ぶりに手に入った上物ですよ」

おじさんはそれを聞いてそうかそうかと嬉しそうに頷く。

「長いこと探し続けていたが、ついに手に入れることができたわい」

それからお腹をふるわせてまた笑った。

と、急にルークが足を踏み出した。露店の方にずんずんと。

店の前まで行くと、威勢よく声を上げる。

「おっちゃん、俺たちにもそれ売ってよ!」

露店の商人がぱちくりと瞬きした。

「それって、月王草のことか?」

「そうそう!」

「悪いが、この御仁に売った分しかないんだよ」

「えー!?」

ひとしきり不満の声を上げて、ルークはさっとひげのおじさんに向き直った。

「じゃあおっちゃん、それ分けてよ」

今度はおじさんがぱちくりと瞬きした。

「なんだお前は」

「俺たちその草が必要なんだよ。猫が具合悪くてさ。頼むから分けてくれよ」

「猫?」

おじさんは目を丸くして、それからまた笑った。今度は意地悪な感じのする嫌な笑いだった。

「猫! お前は月王草の価値が分かってないようだな。これは不老長寿の秘薬の元だぞ」

「だからなんだよ。こっちも大変なんだよ!」

「うるさい!」

おじさんは詰め寄るルークを突きとばした。

「これはわしのものだ! 誰にも渡さんぞ!」

そう言って後ろの馬車に乗り込む。

「出せ!」

馬車はゆっくりと進みだした。

「っつぅ……」

「だ、大丈夫?」

リリーは尻もちをついたルークに近寄ってかがみ込んだ。

見るとどうやら手をすりむいてしまったようだ。

「んの野郎……!」

ルークはさっと起き上がると、馬車に追って走り出そうとした。

「待って」

その袖を掴んでリリーが止める。

「なんだよ!」

「今近付くと危ないよ」

「は?」

「すぐにわかると思う」

といってもどうなるのかはリリーにも分からなかったけれど。でもなんとなく危ない感じがしたのだ。

馬車はまだほんの少ししか進んでいなかった。人が多いしそんなに早くは走れない。

その人ごみの中を突っ切って走ってくる影があった。

それは近くまでくると、馬車に驚いて足を止めた。

犬だ。それもかなり大きい。驚かされたことに怒ってか、馬車に向かって大きく吠えた。

今度は馬がそれに驚いた。大きく嘶いて、そりかえる。

馬車が大きく揺れて、中からさっきのおじさんが転がり出てきた。

「ぬお!」

その手から月王草がすっぽ抜け、ルークの足下にぽそっと落ちた。

犬と馬の騒動は周りの人を巻き込んでさらに拡大するようだ。

そのときリリーは見た。ルークが足下の月王草を拾い上げるのを。

「ルーク?」

ルークはさっと財布を取り出すと、先ほどの露店の商人にそれを押し付けた。

「おっちゃん、これ俺の全財産! 月王草は俺たちが買い取るよ!」

言って、商人がなにか返事する前にリリーの手を取って走り出した。

しばらく呆然と引っ張られていたリリーだったが、はっと我に返った。

「ちょ――ちょっと。ルーク! これはまずいよ!」

「いいんだよ! あのおっさんあからさまに悪い奴っぽかったし。そんな奴に使われるよりは猫に使った方がいいってもんだろ!」

そうかなあと疑問に思ったけれど。走りだしてしまったからには仕方がない。

後ろからものすごく怒ったおじさんの声が聞こえてきているしなおさら戻る気にもなれないし。とりあえずは走ることにした。

走って走って、最初の広場に戻ってきた。

「ここまでくれば……」

ルークが言いかけるが、後ろからすさまじい速度で追ってくる者の気配がする。

「待てええい!」

「うげ」

さっきのおじさんだ。

丸い身体に似合わない速さで追いすがってくる。見たところこちらよりも速いようだ。

「こっちだ!」

ルークがリリーを引っ張る。

開け放された時計塔の入口の方だ。横に立っている札には「一般公開中」の文字。

中の階段を急いで駆けのぼる。後ろから足音と、獣のような怒号が迫ってきている。

「小僧ども、わしの月王草を返さんかあぁぁ!」

ひええとリリーは小さく悲鳴を上げた。

中にはそれなりに人がいて、駆け抜けるリリーたちをぽかんと見ている。

ちょっと恥ずかしいなとも思ったけれど、そんなに余裕があるわけでもない。

「あのおっさん、薬なくても十分元気じゃねえか!」

確かにそうかも。走っているうちに次第に頂上が近付く。

時計塔のてっぺんは開けていて展望台のようになっていた。

「小僧どもオォォォ……!」

ぜえはあと息を切らすリリーとルークの背後にゆらりと影が差す。

おじさんは息を切らすこともなく、逆光になった暗い顔にらんらんと目を輝かせていた。

「もう逃げ場はないぞ……!」

確かに周りはもう崖っぷち。

逃げられそうな場所は全くない。

じりじりと下がる背後には冷たい風が吹き抜けて、はるか下に町の建物の屋根が並ぶ。

「ふふ、ふふふ……ガキの血はこれまた不老長寿の元らしい。お前らの血をすすってやるぅ……」

「いやあんたはそんなのなくても十分だろ」

顔をひきつらせてルークが呟く。

リリーもそれには同感だった。

ぎりぎりまでリリーたちを追いつめて、おじさんの足が止まった。

「覚悟はいいか小僧ども」

「あんまりできてないかも……」

「ならあの世で後悔するんだな!」

ぐわっと迫ってくるおじさんの手をかわして、リリーはルークの手を引っ張った。

「こっち!」

「逃がさん!」

さらにリリーたちを追って伸びてくる手から遠ざかり、リリーは展望台の縁を蹴って飛び出した。

「なにぃ!?」

「うおおおおお!?」

ルークの悲鳴が聞こえる。

リリーも正直怖いなんてものじゃなかった。でも、これだけ高いとこならば――

「助けて風さん!」

目をきつく閉じて叫ぶ。

ふわり。身体が急に優しい何かに包まれた。そう感じた。

おそるおそる目を開けて。風の魔法が成功したことを悟った。

これだけ高いところならば風たちにも声が届く。

隣を見ると、月王草を持つ反対の手で帽子を押さえてルークが宙に浮いていた。

目を白黒させる彼の手を掴んで、リリーはさらに風にお願いした。

「このまま町の外まで連れて行って」

耳元で了解の合図のように風の音がする。

そのままリリーたちはふわふわと町の門を越えて飛んでいった。

後ろからすごく怖いどなり声が聞こえていたけれど、とりあえずは聞かなかったことにした。

村まで戻るともう夕方だった。

結構な距離を歩いたのと町での騒動でもうへとへと。

いつもより一日が長かったようにも感じる。

「じゃあな」

ルークは当分町はいいやと呟きながら、こちらに背を向けた。

「ありがとうね!」

おう、と答えて少年は続ける。

「猫、元気になるといいな」

「うん!」

歩み去っていくその背中に手を振った。

ルークも背中越しにこちらに手を振って、それから姿を消した。

さて、とリリーは森の方を向く。

材料はそろったし、さっそく薬作りをしなくちゃね。

……

家に戻ると、ルークは仕事を手伝わなかったことで叱られた。

一応、魔女に脅されたんだと言い訳したが、魔女に近付くお前が悪いと一蹴された。

罰として夕食が抜き。ふてくされて外に出ると夜空に月が出ている。

「はあ……」

そういえば、あの魔女は薬作れたのかな。

実のところ猫が心配なわけではあまりないが、あいつが泣くところは見たくない気がした。

なんでかはわからない。

まあ、誰かが泣くのを見るのは嫌いだ。どう対応していいか分からないし。

家の壁に寄りかかって地面に視線を落とす。

月明かりに照らされて、足元もすっきり見える。

しばらくぼーっと考え事をして。

突然視界に影が差した。

「え?」

顔を上げた途端、その横っ面を殴打されて地面に転がった。

揺れる視界をなんとか持ち上げたが、その人影は月を背後にしていて顔は見えなかった。

……

「できた!」

リリーは小さな瓶を片手に歓声を上げた。

この通り少量だが、調合は上手くいった。むやみやたらと元気になる薬の完成だ。

「これでタビも元気になるはずだよね」

嬉しくなって小躍りする。

ひとしきり喜んだあと、早速屋根裏に上ってタビのそばまで行くが、ふと気付いた。

「……どうやって飲ませよう」

タビは今眠っている様子で、飲ませようにもちょっと無理。

無理やりやってもむせちゃうだろうし。

「困ったなあ……」

そのとき階下から師匠の声がした。

「リリー。ちょっといいかい」

「なんですか師匠」

「村の方から人が来てね。急患だって。行ってくるよ」

師匠はあの村で患者が出ると医者として呼ばれることがある。

魔法使いの師匠が出張るのだから結構大事であることが多い。

「病気の人?」

「いや。怪我してるんだって」

「怪我? 農作業で手でも切ったんですか?」

「いや、殴られたとかで」

「え? 喧嘩か何か?」

「違うみたいだ。何でも患者は男の子らしくて」

ふと嫌な予感がした。

というか薬を作っている最中も実はずっと嫌な感じはしていた。

「まさか……」

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