勇者「ああ」
勇者「全て自傷行為による体調悪化によるものだろう」
勇者「勇者様は怠けるフリでごまかしていたがね」
勇者「僧侶が体に触れることを拒んだのも、おそらくそのためだ」
勇者「体に直接触れれば、僧侶なら勇者様の体調に気づいてしまうだろうから」
真勇者「…………」
真勇者「いつ……気づいた?」
勇者「……旅を始めて半年ぐらい経った頃です」
魔法使い(そういえば、その頃からボクらが傷を負うことも多くなったっけ……)
勇者「奇しくもあなたが前におっしゃったように」
勇者「俺と勇者様は、子供の頃からの付き合いです」
勇者「だから……気づくことができたんです」
戦士「だけど、なんで勇者様は自分の体を傷つけるようなマネをしてたんだ……?」
真勇者「……共有したかったからさ」
真勇者「俺は勇者の血を引きながら、戦いの才能はこれっぽっちもない」
真勇者「いつも代わりにお前たちを戦わせて……」
真勇者「情けなくて、悔しくて、申し訳なかった……」
真勇者「一緒に旅をしてて、そんな感情に俺自身、押し潰されそうだった」
真勇者「だから──」
<勇者専用テント>
真勇者『今日の戦いは、と』
真勇者『まず下腹部にドクロ騎士から一撃を浴びたんだったな……』ス…
ドスッ……!
真勇者『ぐうっ……!』ブシュウ…
真勇者『次は……ゴブリンから顔面に一撃をもらったっていってたな』
真勇者『顔面にやったらバレるから、代わりに肩にしとくか……』ブンッ
ガツンッ!
真勇者『ぐうぅっ……いてぇぇぇ……!』ズキィ…
真勇者『だがこんなもの、アイツらが受けた痛みに比べれば……!』
真勇者『次は──』
ザクッ……!
僧侶「この一年、ずっとそんなことを繰り返していたなんて……!」
真勇者「そんな憐れむような目で見るなよ……」
真勇者「あくまで俺自身のやましさを解消するためにやってたことだ」
真勇者「俺が自分を傷つけたところで、魔王討伐のなんの足しにもならねえしな」
勇者「そして徹底して悪人を演じ──」
勇者「俺の始末までを命じられた戦士たち三人が、あなたを裏切るよう仕向け」
勇者「俺を勇者にするというシナリオだったんですね」
真勇者「ふん……ま、そんなとこだ」
真勇者「俺はうんざりしてた」
真勇者「勇者の血を引いておきながら、戦いの才能がない俺にも」
真勇者「用が済んだら始末するつもりの影武者を立ててまで」
真勇者「勇者の子孫という名誉にしがみつこうとする──」
真勇者「俺の一族にもな」
真勇者「なるべくお前たち三人には罪悪感を与えたくなかったから」
真勇者「お荷物のクソヤロウのまま殺されたかったが、こうなったらしかたねえ」
真勇者「もう一度命令する」
真勇者「戦士、魔法使い、僧侶……俺を殺せ!」
真勇者「俺を殺さなきゃ、アイツを殺さなきゃならなくなるぞ!」
真勇者「死体も見せずに納得するほど、俺の親父たちは甘くねえ!」
真勇者「契約を破れば、本当にお前らの実家や故郷は破滅させられるぞ!」
戦士(くそう……!)
魔法使い(ずっと一緒に戦ってきた勇者さんを殺すなんてできない!)
魔法使い(だけどこんな話を聞いてしまったら、本物の勇者様を殺すことも──!)
僧侶(神よ、私たちはどうすれば……!)
真勇者「迷うなっ!」
真勇者「勇気を振り絞り、先頭に立って魔王軍に挑んだのはだれだ!?」
真勇者「魔王に怯える人々や、共に戦うお前らに勇気を与えたのは、だれだ!?」
真勇者「影武者であるコイツだろうがっ!」
真勇者「いや、コイツは影武者なんかじゃない、本物の勇者なんだ!」
真勇者「一方の俺は何もしていない……勇者でもなんでもないんだ……!」
真勇者「勇者と勇者でないヤツ、どっちが生き残るべきか、だれだって分かる!」
真勇者「さあ、早く俺を殺せっ!」
戦士「ぐっ……!」
魔法使い「うぅっ……!」
僧侶「ですが……!」
勇者「待って下さい、勇者様」
真勇者「……なんだ?」
勇者「俺は影武者としてあなたの家に拾われて以来」
勇者「ずっと、あなたになり代わりたい、本物になりたいと願っていました」
勇者「さっき僧侶がいったとおり、なりすます自信もあった」
勇者「あなたの命を奪いたいと思ったことも、一度や二度ではありません」
真勇者「なら、いいじゃねえか。ここで俺が死ねばお前の夢は叶う」
勇者「しかし」
勇者「あなたが密かに俺と同じ箇所に自ら傷をつけていると悟った時」
勇者「俺は自分を恥じました」
勇者「俺は自分が逆の立場だったら、果たして同じことができただろうか、と」
勇者「そしてなにより──あなたと痛みを共有してるということが本当に嬉しかった」
勇者「だから俺はあなたの自傷行為に気づいていながら……」
勇者「魔王軍との戦いを正確に報告してきました」
勇者「俺は無傷だと報告すれば、あなたは自分を傷つけずに済むと知りながら……!」
勇者「俺は最低の人間です」
勇者「申し訳ありません……!」バッ
真勇者「ふっ、謝るなよ……」
真勇者「むしろ、お前の痛みを少しはまともに分かち合えてたって分かって」
真勇者「俺は嬉しい……」
勇者「そして俺は決意しました」
勇者「俺はこの方の影として戦うと、この方の影として魔王を倒すと」
勇者「この方の影として死ぬと……!」
勇者「俺が人々や仲間たちに勇気を与えたというのなら」
勇者「俺に勇気を与えてくれたのは、他ならぬ勇者様、あなたです!」
勇者「俺が勇者だというのなら、あなたもまた紛れもなく勇者なのです!」
勇者「俺は勇者であるあなたの影でいられたことを、心から誇りに思っています!」
真勇者「バカいえ……俺は勇者なんかじゃ……」
真勇者「…………」
真勇者「ありがとう……」
戦士(なるほどな……)
魔法使い(勇者さんの忠誠心の源がどこにあったのか──)
僧侶(ようやく理解できたような気がします……)
勇者「だから──」チャッ
勇者「この命、勇者様に捧げます」ス…
勇者「用済みになった影は……もはやこの世に不要なのです」グッ…
首筋に剣を押し当てる勇者。
真勇者「バ、バカ! やめろ!」
真勇者「魔王を倒したお前が死んでどうすんだっ!」
勇者「僧侶、勇者様の傷……今からでも治せるものはあるはず」
勇者「どうか治してあげてくれ……」
僧侶「剣を降ろして下さい!」
戦士「やめてくれぇっ!」
魔法使い「ダメだっ!」
真勇者「死ぬなぁっ!!!」
───
──
―
<勇者一族の屋敷>
当主「おおよくぞ戻った、私の可愛い息子よ!」
当主「魔王討伐の件はすでに私の耳にも入っておる」
当主「……ところで、影武者はちゃんと始末しただろうな?」
真勇者「はい、この棺桶の中に入っております……父上」ガタン
当主「ふむふむ、お前とそっくりな人間の死体を見るのは心苦しいが」
当主「こうせねば、我が一族の名誉を守れんからな」
当主「これでお前は世界でただ一人の勇者というわけだ!」
真勇者「はい……」
当主「では約束通り、お前たち三人にも報酬を用意しよう」
戦士「ども……」
魔法使い「……ありがとうございます」
僧侶「これで……教会を立て直せます」
真勇者「ところで父上、影武者の死体はどうしましょう?」
当主「もうそいつは我が一族とはなんの関係もない人間だ」
当主「適当に始末しておけ」
真勇者「……分かりました」
真勇者「じゃあ僧侶、お前のところの墓地に埋葬を頼めるか?」
僧侶「はい、もちろんです」
僧侶「丁重に埋葬させていただきます」
僧侶「勇者様のご一族にとっては単なる影武者でも──」
僧侶「私たちにとっては、かけがえのない大切な仲間でしたから……」
当主「ふん」
当主「では私は忙しいのだ。報酬の件はまたあとで連絡をする」
ギィィ…… バタンッ
<教会>
勇者の死体「…………」
真勇者「おい、もういいぞ」
ボワンッ!
オバケ「これで俺は自由の身なんですよね?」
戦士「おう、どこにでも行け。ただし悪さするんじゃねえぞ」
オバケ「もちろんですよ~」
オバケ「じゃ、サヨナラ~」ヒュルルルル…
真勇者「……ぷっ」
真勇者「ワハハハハハッ!」
戦士「ギャハハハハハッ!」
魔法使い「アハハハハハッ!」
僧侶「ふふふっ……」
魔法使い「それにしても、よくあの場面で思いつきましたね」
魔法使い「旅の途中で戦った、ボクらに化けるオバケを捕まえて利用するなんて……」
真勇者「俺はお前たちの戦いをアイツからよく聞いてたからな」
真勇者「ただの死んだフリじゃ絶対バレるが」
真勇者「オバケなら死んだフリもお手のものだったしな」
真勇者「ただ、親父が“ウチで丁重で埋葬する”なんていいだしたら危なかったが」
真勇者「あの親父がそんなこというはずないってのも分かってたしな」
真勇者「……しかし、ホントうっかりしてたな」
真勇者「もっと早くこれを思いついてりゃ」
真勇者「どっちが本物だの、どっちが死ぬだの、大騒ぎしなくてよかったんだがな」
僧侶「ふふっ、仕方ありませんよ」
僧侶「命の二択という極限状況が、この閃きを生んだんでしょうから」
戦士「はぁ~……」
戦士「実際、オバケと戦った俺たちが思いつけねえとは情けねえ……!」
僧侶「まあまあ、いいじゃありませんか」
僧侶「おかげで二人の勇者様は、どちらも死なずに済んだのですから」
魔法使い「結果オーライだね」
ガサゴソ……
勇者「その様子だと、うまくいったみたいですね?」
真勇者「おう、まんまと出し抜いてやったよ」
ハッハッハッハッハ……!
真勇者「さて、と」
真勇者「そろそろお別れだな」
戦士「俺は今回の報酬で、武器屋をなんとか立て直してやらぁ!」
魔法使い「ボクも、魔法塾を繁盛させてみせるよ!」
僧侶「私もこの教会を……人々からもっと愛されるようにいたします」
真勇者「魔王を倒したお前たちなら、きっとやれるさ」
真勇者「俺も誇りを失った一族を、なんとか変えてみせる!」
真勇者「……で、お前はどうするんだ?」
勇者「俺は旅に出ます」
勇者「いくらオバケを身代わりにしたといっても」
勇者「この国にいるのは、お互いのためによくありませんからね」
真勇者「……たしかにな」
真勇者「すまねえな、お前には世話になりっぱなしだ」
真勇者「本来なら、お前がこの国に残るべきだってのに……」
勇者「いえ、俺はこの手で魔王を倒せたというだけで十分満足していますし」
勇者「それにあの時、勇者様があのアイディアを思いついたから」
勇者「俺は今こうして生きているのです」
勇者「ならばこの生き永らえた命、引き続き人々のために使います」
勇者「なぜなら俺は──」
勇者「勇者様の影武者ですから!」
そして──
一年後──
<勇者一族の屋敷>
当主「なんだ!? この面白くない記事は!?」グシャッ
真勇者「どうしたんですか、父上」
当主「なんでも遠い異国の地で、お前にそっくりな男が」
当主「魔王軍残党を退治したり、盗賊団を壊滅させたりと大活躍し」
当主「人々から“影の勇者”などと呼ばれ、慕われているそうだ!」
当主「何者かは知らんが、我が一族でもないのに勇者の名を冠するとは不届きな輩だ!」
当主「いっそ制裁を──」
真勇者「放っておきましょうよ」
真勇者「影の勇者、なんてなかなかシャレてるじゃありませんか」
真勇者「勇者の血を引く一族というのは、もっとドンと構えておくべきでしょう」
真勇者「ねぇ?」ニヤッ
当主「ぐっ……!」
当主(こいつめ、前までは私のいうことに従うことしかできなかったのに)
当主(魔王討伐の旅を終えてから急激に、私以上の威厳を身につけおった……!)
真勇者「それに俺は──」
真勇者「勇者が二人いるってのも、なかなかオツなものだと思いますよ」
<おわり>