勇者「俺は勇者様の影武者ですから」 4/4

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勇者「ああ」

勇者「全て自傷行為による体調悪化によるものだろう」

勇者「勇者様は怠けるフリでごまかしていたがね」

勇者「僧侶が体に触れることを拒んだのも、おそらくそのためだ」

勇者「体に直接触れれば、僧侶なら勇者様の体調に気づいてしまうだろうから」

真勇者「…………」

真勇者「いつ……気づいた?」

勇者「……旅を始めて半年ぐらい経った頃です」

魔法使い(そういえば、その頃からボクらが傷を負うことも多くなったっけ……)

勇者「奇しくもあなたが前におっしゃったように」

勇者「俺と勇者様は、子供の頃からの付き合いです」

勇者「だから……気づくことができたんです」

戦士「だけど、なんで勇者様は自分の体を傷つけるようなマネをしてたんだ……?」

真勇者「……共有したかったからさ」

真勇者「俺は勇者の血を引きながら、戦いの才能はこれっぽっちもない」

真勇者「いつも代わりにお前たちを戦わせて……」

真勇者「情けなくて、悔しくて、申し訳なかった……」

真勇者「一緒に旅をしてて、そんな感情に俺自身、押し潰されそうだった」

真勇者「だから──」

<勇者専用テント>

真勇者『今日の戦いは、と』

真勇者『まず下腹部にドクロ騎士から一撃を浴びたんだったな……』ス…

ドスッ……!

真勇者『ぐうっ……!』ブシュウ…

真勇者『次は……ゴブリンから顔面に一撃をもらったっていってたな』

真勇者『顔面にやったらバレるから、代わりに肩にしとくか……』ブンッ

ガツンッ!

真勇者『ぐうぅっ……いてぇぇぇ……!』ズキィ…

真勇者『だがこんなもの、アイツらが受けた痛みに比べれば……!』

真勇者『次は──』

ザクッ……!

僧侶「この一年、ずっとそんなことを繰り返していたなんて……!」

真勇者「そんな憐れむような目で見るなよ……」

真勇者「あくまで俺自身のやましさを解消するためにやってたことだ」

真勇者「俺が自分を傷つけたところで、魔王討伐のなんの足しにもならねえしな」

勇者「そして徹底して悪人を演じ──」

勇者「俺の始末までを命じられた戦士たち三人が、あなたを裏切るよう仕向け」

勇者「俺を勇者にするというシナリオだったんですね」

真勇者「ふん……ま、そんなとこだ」

真勇者「俺はうんざりしてた」

真勇者「勇者の血を引いておきながら、戦いの才能がない俺にも」

真勇者「用が済んだら始末するつもりの影武者を立ててまで」

真勇者「勇者の子孫という名誉にしがみつこうとする──」

真勇者「俺の一族にもな」

真勇者「なるべくお前たち三人には罪悪感を与えたくなかったから」

真勇者「お荷物のクソヤロウのまま殺されたかったが、こうなったらしかたねえ」

真勇者「もう一度命令する」

真勇者「戦士、魔法使い、僧侶……俺を殺せ!」

真勇者「俺を殺さなきゃ、アイツを殺さなきゃならなくなるぞ!」

真勇者「死体も見せずに納得するほど、俺の親父たちは甘くねえ!」

真勇者「契約を破れば、本当にお前らの実家や故郷は破滅させられるぞ!」

戦士(くそう……!)

魔法使い(ずっと一緒に戦ってきた勇者さんを殺すなんてできない!)

魔法使い(だけどこんな話を聞いてしまったら、本物の勇者様を殺すことも──!)

僧侶(神よ、私たちはどうすれば……!)

真勇者「迷うなっ!」

真勇者「勇気を振り絞り、先頭に立って魔王軍に挑んだのはだれだ!?」

真勇者「魔王に怯える人々や、共に戦うお前らに勇気を与えたのは、だれだ!?」

真勇者「影武者であるコイツだろうがっ!」

真勇者「いや、コイツは影武者なんかじゃない、本物の勇者なんだ!」

真勇者「一方の俺は何もしていない……勇者でもなんでもないんだ……!」

真勇者「勇者と勇者でないヤツ、どっちが生き残るべきか、だれだって分かる!」

真勇者「さあ、早く俺を殺せっ!」

戦士「ぐっ……!」

魔法使い「うぅっ……!」

僧侶「ですが……!」

勇者「待って下さい、勇者様」

真勇者「……なんだ?」

勇者「俺は影武者としてあなたの家に拾われて以来」

勇者「ずっと、あなたになり代わりたい、本物になりたいと願っていました」

勇者「さっき僧侶がいったとおり、なりすます自信もあった」

勇者「あなたの命を奪いたいと思ったことも、一度や二度ではありません」

真勇者「なら、いいじゃねえか。ここで俺が死ねばお前の夢は叶う」

勇者「しかし」

勇者「あなたが密かに俺と同じ箇所に自ら傷をつけていると悟った時」

勇者「俺は自分を恥じました」

勇者「俺は自分が逆の立場だったら、果たして同じことができただろうか、と」

勇者「そしてなにより──あなたと痛みを共有してるということが本当に嬉しかった」

勇者「だから俺はあなたの自傷行為に気づいていながら……」

勇者「魔王軍との戦いを正確に報告してきました」

勇者「俺は無傷だと報告すれば、あなたは自分を傷つけずに済むと知りながら……!」

勇者「俺は最低の人間です」

勇者「申し訳ありません……!」バッ

真勇者「ふっ、謝るなよ……」

真勇者「むしろ、お前の痛みを少しはまともに分かち合えてたって分かって」

真勇者「俺は嬉しい……」

勇者「そして俺は決意しました」

勇者「俺はこの方の影として戦うと、この方の影として魔王を倒すと」

勇者「この方の影として死ぬと……!」

勇者「俺が人々や仲間たちに勇気を与えたというのなら」

勇者「俺に勇気を与えてくれたのは、他ならぬ勇者様、あなたです!」

勇者「俺が勇者だというのなら、あなたもまた紛れもなく勇者なのです!」

勇者「俺は勇者であるあなたの影でいられたことを、心から誇りに思っています!」

真勇者「バカいえ……俺は勇者なんかじゃ……」

真勇者「…………」

真勇者「ありがとう……」

戦士(なるほどな……)

魔法使い(勇者さんの忠誠心の源がどこにあったのか──)

僧侶(ようやく理解できたような気がします……)

勇者「だから──」チャッ

勇者「この命、勇者様に捧げます」ス…

勇者「用済みになった影は……もはやこの世に不要なのです」グッ…

首筋に剣を押し当てる勇者。

真勇者「バ、バカ! やめろ!」

真勇者「魔王を倒したお前が死んでどうすんだっ!」

勇者「僧侶、勇者様の傷……今からでも治せるものはあるはず」

勇者「どうか治してあげてくれ……」

僧侶「剣を降ろして下さい!」

戦士「やめてくれぇっ!」

魔法使い「ダメだっ!」

真勇者「死ぬなぁっ!!!」

───

──

<勇者一族の屋敷>

当主「おおよくぞ戻った、私の可愛い息子よ!」

当主「魔王討伐の件はすでに私の耳にも入っておる」

当主「……ところで、影武者はちゃんと始末しただろうな?」

真勇者「はい、この棺桶の中に入っております……父上」ガタン

当主「ふむふむ、お前とそっくりな人間の死体を見るのは心苦しいが」

当主「こうせねば、我が一族の名誉を守れんからな」

当主「これでお前は世界でただ一人の勇者というわけだ!」

真勇者「はい……」

当主「では約束通り、お前たち三人にも報酬を用意しよう」

戦士「ども……」

魔法使い「……ありがとうございます」

僧侶「これで……教会を立て直せます」

真勇者「ところで父上、影武者の死体はどうしましょう?」

当主「もうそいつは我が一族とはなんの関係もない人間だ」

当主「適当に始末しておけ」

真勇者「……分かりました」

真勇者「じゃあ僧侶、お前のところの墓地に埋葬を頼めるか?」

僧侶「はい、もちろんです」

僧侶「丁重に埋葬させていただきます」

僧侶「勇者様のご一族にとっては単なる影武者でも──」

僧侶「私たちにとっては、かけがえのない大切な仲間でしたから……」

当主「ふん」

当主「では私は忙しいのだ。報酬の件はまたあとで連絡をする」

ギィィ…… バタンッ

<教会>

勇者の死体「…………」

真勇者「おい、もういいぞ」

ボワンッ!

オバケ「これで俺は自由の身なんですよね?」

戦士「おう、どこにでも行け。ただし悪さするんじゃねえぞ」

オバケ「もちろんですよ~」

オバケ「じゃ、サヨナラ~」ヒュルルルル…

真勇者「……ぷっ」

真勇者「ワハハハハハッ!」

戦士「ギャハハハハハッ!」

魔法使い「アハハハハハッ!」

僧侶「ふふふっ……」

魔法使い「それにしても、よくあの場面で思いつきましたね」

魔法使い「旅の途中で戦った、ボクらに化けるオバケを捕まえて利用するなんて……」

真勇者「俺はお前たちの戦いをアイツからよく聞いてたからな」

真勇者「ただの死んだフリじゃ絶対バレるが」

真勇者「オバケなら死んだフリもお手のものだったしな」

真勇者「ただ、親父が“ウチで丁重で埋葬する”なんていいだしたら危なかったが」

真勇者「あの親父がそんなこというはずないってのも分かってたしな」

真勇者「……しかし、ホントうっかりしてたな」

真勇者「もっと早くこれを思いついてりゃ」

真勇者「どっちが本物だの、どっちが死ぬだの、大騒ぎしなくてよかったんだがな」

僧侶「ふふっ、仕方ありませんよ」

僧侶「命の二択という極限状況が、この閃きを生んだんでしょうから」

戦士「はぁ~……」

戦士「実際、オバケと戦った俺たちが思いつけねえとは情けねえ……!」

僧侶「まあまあ、いいじゃありませんか」

僧侶「おかげで二人の勇者様は、どちらも死なずに済んだのですから」

魔法使い「結果オーライだね」

ガサゴソ……

勇者「その様子だと、うまくいったみたいですね?」

真勇者「おう、まんまと出し抜いてやったよ」

ハッハッハッハッハ……!

真勇者「さて、と」

真勇者「そろそろお別れだな」

戦士「俺は今回の報酬で、武器屋をなんとか立て直してやらぁ!」

魔法使い「ボクも、魔法塾を繁盛させてみせるよ!」

僧侶「私もこの教会を……人々からもっと愛されるようにいたします」

真勇者「魔王を倒したお前たちなら、きっとやれるさ」

真勇者「俺も誇りを失った一族を、なんとか変えてみせる!」

真勇者「……で、お前はどうするんだ?」

勇者「俺は旅に出ます」

勇者「いくらオバケを身代わりにしたといっても」

勇者「この国にいるのは、お互いのためによくありませんからね」

真勇者「……たしかにな」

真勇者「すまねえな、お前には世話になりっぱなしだ」

真勇者「本来なら、お前がこの国に残るべきだってのに……」

勇者「いえ、俺はこの手で魔王を倒せたというだけで十分満足していますし」

勇者「それにあの時、勇者様があのアイディアを思いついたから」

勇者「俺は今こうして生きているのです」

勇者「ならばこの生き永らえた命、引き続き人々のために使います」

勇者「なぜなら俺は──」

勇者「勇者様の影武者ですから!」

そして──

一年後──

<勇者一族の屋敷>

当主「なんだ!? この面白くない記事は!?」グシャッ

真勇者「どうしたんですか、父上」

当主「なんでも遠い異国の地で、お前にそっくりな男が」

当主「魔王軍残党を退治したり、盗賊団を壊滅させたりと大活躍し」

当主「人々から“影の勇者”などと呼ばれ、慕われているそうだ!」

当主「何者かは知らんが、我が一族でもないのに勇者の名を冠するとは不届きな輩だ!」

当主「いっそ制裁を──」

真勇者「放っておきましょうよ」

真勇者「影の勇者、なんてなかなかシャレてるじゃありませんか」

真勇者「勇者の血を引く一族というのは、もっとドンと構えておくべきでしょう」

真勇者「ねぇ?」ニヤッ

当主「ぐっ……!」

当主(こいつめ、前までは私のいうことに従うことしかできなかったのに)

当主(魔王討伐の旅を終えてから急激に、私以上の威厳を身につけおった……!)

真勇者「それに俺は──」

真勇者「勇者が二人いるってのも、なかなかオツなものだと思いますよ」

<おわり>

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