鍛冶師「人里離れた所でひっそりと暮らしてる」 2/3

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風の日 雨

今日は小屋の活用について考えるとする。

ぶっちゃけ要らない。

よく依頼主が泊まったりする事もあるが、一人ならこっちの家で十分。向こうのが狭いし。

利点といったら綺麗な事と、共同のスペースで生活したくない人ぐらいか。そんな奴、わざわざ山まで来て依頼はしないだろう。

とは言え物置に使うには勿体無いし、今後はちょっとした家具を作って寝泊りできるようにするか。

いっその事、あっちはのんびり暮らすをテーマに娯楽とか置いてみるか? いや要らないな。

沌の日 晴

晴れた事だしちょっと町まで下山する。

顔馴染みに小屋の活用について、参考まで考えを聞いてみる事にした。

が、基本的に客用にすればという意見が占めた。それはそれでいいのだが何か面白みに欠ける。

そしてやっぱり出てきた案がだらだらする場所だった。本棚でも作って本を揃えようものか?

などと思っていたら、特殊構造の鎧をのんびり作りつつ、置き場にしてしまえばいい、とも言われた。

理由を聞いたら初めは剥き出しの内部構造に、少しずつ出来上がっていくのって楽しくないか、との事だ。

それは認めるが、流石に山の中で鎧を求める者もいないだろう。

だが特殊構造か……ちょっとしたからくりでも作って置いておこうか? いややっぱり使い道無いって。

天の日 晴

今日はベッドを作ってみた。一先ず小屋でも泊まれるようにした。ベッドしかないけど。

よくよく考えたら風呂は一つだし、寝る場所を別にしただけにしかならないな。

何の意味があるんだろう。女性客? いやでも風呂は共同だし。

というかこんな山奥まで依頼しに来る女性はいないだろう。

むしろ今まで女性客がいない。あれ? この小屋本当にどうしよう?

冥の日 雨

早朝、鉱夫コボルト達がやってきた。

魔王軍のゴーレム種が暴走しているという。魔王軍は基本、統率がとれているというのに。

それも魔法生物のゴーレムだ。命令には忠実のはず。と思ったら、鉱山に迷い込んだゴーレムが山に滞留する魔力に当てられたようだ。

最深部なんてどれほどの力が流れているから分かりはしない。山に住む人は勿論、コボルト達だって近づきはしない。

原因はいいとして。どうやら彼らは自分に援軍を求めてきたようだ。ゴーレムぐらいなら何とかなるか。

とハルバードを担いでコボルト陣営に赴く。中型のゴーレムだ。その数20。20?! 多っ! 到着時は本当にこんな感じだった。

薙ぎ払っては崩し薙ぎ払っては崩しの繰り返し。朝にコボルト軍と合流し戦闘開始、ゴーレム軍が鎮圧されたのは夕方であった。

雨の所為で冷える。風邪をひきそうだ。

援軍の報酬としてゴーレムより得た石材を大量にくれた。当分石材には困らなさそうだ。

地の日 晴

案の定風邪をひいた。くそっ。

喉が痛い。熱が酷い。まともに動けん。

保存食をちまちま食べつつ、薬を飲んで暖かくしてひたすら寝る。

水の日 曇

だいぶ楽になったが微熱と痛みと鼻水は続く。

少し本に手が伸びかけたが、読み耽って悪化するのが目に見えたので我慢。

多少動けるようになったので軽く食事を作る。

薬草スープぐいっと飲み干す。黒胡椒を入れすぎた。辛い。旨い。黒胡椒最強説。

火の日 晴

体が軽い。ひゃっほう。

思わずテンションが上がり、ハルバートで素振りを始める。うん、やはり体を動かすのは気持ちが良い。

色々あったがそろそろ金槌を振りたくなってきた。しかし依頼が無いし、無駄に造るのもあれだ。

と思ったら、町で卸す商品の補填をしていない事に気付く。しばらくはのんびり造るかな。

というかゴーレム討伐で得た石材の山をどうしよう。というか何に使おう。倉庫を更に改良するか?

風の日 快晴

暑い。ていうか熱い。でも厚くはない。

そんな天気だったが嫌いじゃない暑さだ。

しかし工房に篭るには死ねる。という訳で近場の池にダイブしてきた。

気持ち良い。そろそろ夏本番か。虫対策をしなくてはならないな。

今年は美味い西瓜が出来るといいな。

途中、河原ではしゃぐコボルト達を見た。山の内部はまだ調査中で外で涼むしかないようだ。

沌の日 晴

今日も町で卸す用の商品作り。昼飯中に来客あり。

黒い鎧を纏い、ピリピリと肌に刺さるような魔力を放つ者だ。どう見ても魔王陣営です本当にありがとうございました。

勇者様に強力な剣を作ったとして殺しに来たのかと判断し、矢継ぎ早にロングソードを四本投げつける。

第一印象違わず、四本全てをひらりひらりとかわす。これはもうダメかも分からんね、と思いつつも全力で迎撃にあたる。

立て掛けてあったハルバードを引き寄せる力のままにフルスイング。が相手は一歩踏み込みピック部を回避して盾で受け止める。

詰んだ、と思っていたら相手は敵意は無い事を告げながら兜を脱いだ。長髪ブロンドの美人だった。

大変腕の良い鍛冶師だとは聞いていたが、まさかここまで戦える者だとは、と感嘆していた。魔王陣営なのにそれでいいのか。

しかし敵意が無いのに襲い掛かってしまったのはこちらの非。相手が人類の敵とは言え、頭を垂れて謝罪をすると向こうも改まって誤解を与えた事を謝罪してきた。

そこら辺の人間よりよっぽど礼節のある者だ。すげえ。

そこで美少女がはっとしてまた一礼をして名乗った。魔王軍最上位の魔王であると。

沌の日 一日の内容を2ページで書く日が来るとは

美少女が魔王そんなバナナ、と信じられなかった。顔に出ていたのか本当なのだよ、と苦笑いをされてしまった。

何でも魔王城には常に最強クラスの剣を備えて勇者達の指揮を高めるものなのだが、先代の時に戦闘中に砕け散ってしまったそうだ。

その為今回、この美少女魔王は人間の中に非常に腕が立つ、という噂のある自分の所に製造依頼をしに来たという。

疑問に思う事がある。わざわざ敵に塩を送る意味は? 史上では幾度と無く魔王は現れ、勇者に討たれている。それでもそんなものを備えるなんて。

というと、魔王側には魔王側の事情があるらしい。というより根本的に人間の認識を遥かに超えたものがあった。

魔王とは適度に人間を襲い、勇者に討たれるのが役目。そして勇者達を盛り上げるのも役目の一つなのだ、とこれでも魔王業は大変なのだぞ、と溜息混じりに言われた。

死ぬ事が役目なのか? と問えばその過程も大事であるがその通りだ、と言う。理解できない。

これによって魔界で動く経済があるのだと言う。本題はそこじゃない、殺される為の人生ではないか。辛くは無いのだろうか。

彼女は寂しそうに笑ってみせた。幼少より魔王になるべくそう教わってきた。ラストバトルという儚く、それでいて何よりも輝かしい一瞬に打ち震える幸せを得るのだ、と。

私にはそれ以外の幸せは何たるか、むしろそれ以外でどう幸せを感じられるか。それが分からないんだと語った。

沌の日 魔王の話は重たいし書かずにはいられない

なんとも不憫な人生だと思うが、本人がそれで良しとする以上、こちらからこれ以上何かする事もできる事も無い。

どうも後味が悪いというか……目の前にいる者はこれから死にに逝くようなものだというのは気分が悪い。

だが、仕方が無いことなのだろう、と引き下がり本題の依頼について聞くと、オリハルコンで剣を作って欲しいという事だ。

差し出されたオリハルコンを見て固まる。伝説級の金属だ。生きている内に見る事になろうとは思いもしない。

それをまさか自分が打つだなんて。汗が吹き出た。こんな大仕事、というか一世一代級がまだまだ未熟な自分にくるなんて。

その様子を見て魔王は、無理なら断ってくれていいのだぞ、と気にかけてくれる。

失敗は許されない。正直断りたい。だが、オリハルコンを打つ機会などこの先にあるだろうか?

鍛冶師としての興奮に負けて依頼を引き受ける事になった。また資料集め……今回は今ある資料だけでは難しいだろうから余計に時間がかかる。

三週間ほどの時間が欲しいと伝えたら、魔王はこちらの引き受ける意思に喜んでくれた。

今日一日は仕事を休むとしているらしく、今日はここに泊まらせてほしいとまで言ってきた。まさか小屋が役立つ時が来るとは。

天の日 晴

昨晩は魔王と談笑しながら夕食に着いた。世界広しと言えど、魔王と夕食を楽しく共にした人間はいるまい。

依頼についても少し詰めた話をすると、資料集めなら魔王の方でやりくりしてやろうとの事だ。太っ腹な依頼主だ。

確かに一人で集めるには時間も質も量もかなり限られる。魔界の資料や単純に広域で探してもらえるなら越した事は無い。

早朝、魔王は城に戻ると発っていった。朝食を取るには早すぎるので、せめてと弁当を渡したら顔を綻ばした。

こうした食事も弁当などというものも私は初めてだ。思えば、こうして軽く話し合える者もいなかったな。

お前がいてくれて、そして噂の鍛冶師がお前であってくれてありがとう。

魔王はそう言って、黒い翼を生やして飛び立った。嬉しい事を言われたが、それと同時に複雑にも思う。

だからこそ、彼女の為にも頼られた役割だけはきっちりと果たそう。

一週間後に資料を届けられるまでに、出来る限りの準備を行う事にした。

冥の日 曇

片っ端から薪を掻き集める。ついでにコボルト達に会い、オリハルコンに関する情報も聞き出す。

が、流石に彼らの中でもオリハルコンに関する知識は乏しいらしく、鍛造技術も明確でないらしい。

依頼主が頼りという依頼というのも珍しい。

柄の案を練る。最高級の金属の剣だ。見劣りするような柄は許されない。

何よりこれがこれから先、後世にまで引き継がれるのか。

そういえば、常々歴代勇者の剣が消えてなくなるのは魔王達の所業だったという事か。

地の日 晴

朝、コボルト達が集まってきた。明日より新採掘場での作業が始まるらしく、暇なのは今日が最後とオリハルコンを見に来たらしい。

流石に付き合いのあるお前達とは言え、依頼の材料を見世物にする訳にはいかない、と告げると大量の薪や石炭を見せた。

材料等を貢献する変わりにという事の様だ。確かに有り難いし必要な物である。

こういうあたり、道理を理解しているというかきっちりしているというか、しっかり考えて行動するから困る。

午後からは資料を漁るに漁った。勿論オリハルコンについては多少は記載されているが、いざ扱う時に役立つ知識は塵ほども無い。

仕方が無いと伝説の武具の図鑑も引っ張り出す。

伝説の武器はどういった種があるか。どういった物が無難か。

まさか雲を掴むような存在の武器を真剣に学ぶ時が来るとは。

水の日 曇

いくつかの案を出す。

高貴さを引き立たせつつ、スタンダードな両刃の剣。熟練者仕様として棟側が特殊な形状の剣。

限界のラインまで細く長くした神速の剣。ぶ厚く片刃だけの耐久性と威圧感の高い剣。

魔王が来たらどれがいいかを聞いてみよう。それまでにどれでもいいように柄を揃えておこう。

と思ったが、わざわざ資料を届けるだけの為に魔王が来るだろうか? しまった、大誤算だ。

火の日 晴時々曇

柄を丹念に作っていく。剣の種類に合わせて柄の装飾の度合いも変えていく。

思えば装飾の多い剣と言うのもあまり経験が無い。儀礼的な武具の図鑑を片っ端から読み漁り、知識だけは集めていく。

午後には柄も一通り出来上がる。

こちらの準備は出来た。後は資料を待つばかり。

なのだが、工房の中をうろうろしたり、無闇に炉に火を入れてしまう。

間もなくオリハルコンを打つという興奮と緊張と不安で、挙動不審になってしまっている。

今もベッドの上でこれを書いているが、この後眠れる自信が無い。

風の日 曇

明日だ。明日やってくる。

そう思うと事の重大さに不安になり涙したり、緊張のあまり一人おろおろとしたり。

果てには一瞬だけ吹っ切れて笑い飛ばしたり、責任の重さに静かに病んでいたりする。最早情緒不安定である。

そんな時に兵士のコボルトが顔を出して、自分の奇行に青ざめる。

しどろもどろに事情を話すと、気持ちを落ち着かせようとミスリル銀で何か簡単な物を作ってくれと言われる。

ミスリル銀で簡単な物ってなんだよと思いつつも、震える手でインゴットを受け取る。

何を思ったのか、出来上がったのはミスリル銀のつるはしだった。うん、見事なまでにミスリル銀の無駄使い。

コボルトも馬鹿だ馬鹿がいる、と輝かしいつるはしを見つめながら呟いた。だがお陰で、気持ちが落ち着いた。

精神力を高める為、夜中に滝に打たれにいく。少し満月を過ぎた頃で明るい。

沌の日 晴

何時来るのかとそわそわする。思わず木材で椅子を作り、外で座って待ってしまうぐらいそわそわしている。

すると空からふわりと魔王が降り立った。今回は兜を付けてこなかったようだ。

やはり黒鎧に金髪は栄える。何より顔も整っており美しい。

今回マイナス点があるとしたら、大量の本を背負っている事ぐらいか。凄い違和感だ。

魔王は開口一番、先日の弁当が美味しかった事とその礼を述べてきた。

本当に良い子だが、どういった環境で生活し、それを窮屈と思っていないのかが窺え、複雑な気持ちになる。

どうやらまた一日、休みを得て来たらしい。

それらしい資料を集めたから、精査をかけねばなるまい、とその手伝いをすると言い出した。本当に魔王なのだろうか?

とは言え、彼女と過ごせるのだから嬉しい。絶世の美人と言っても過言でない女性だ。

時には談笑しつつ作業を進める。最近羽振りが良くて助かる。多少見栄を張った食事が提供できるのだから。

天の日 曇時々晴

ある程度、資料も集め終ったところで今日は読み耽って理解を深める。

魔王は再び早朝に発っていった。また弁当を作って渡したら軽く断られたが、折角作ったのにと言えば簡単に受け取ってくれた。

断ると言っても顔は綻んでいたし、形だけであって内心は喜んでいたのだろう。きっとそうだ。そう思う事にしよう。

剣についてはぶ厚い威圧感のあるものがいいと言われた。ある意味聖剣なのに物々しいタイプを選択した。なんて魔王ださすが魔王。

この物好きめ、と言ってやると魔王は不敵に笑いつつ、幼少の頃より変わり者と呼ばれた者の感性を舐めるでない、と言い返された。

不敵に笑う魔王可愛い。今気付いたが何気に幸せ者の部類に入るのではないだろうか。

最もそれも依頼の間だけだし、彼女は彼女で死に逝く身である事を思うと、やはり複雑な気持ちにならざるを得ない。

冥の日 雨

何度も読み返し頭に叩き込む。一分のミスも許さない為にも、幾度と無くシュミレーションをする。

オリハルコンを手にする。いよいよ明日から手にかける。

魔王からは何時でもいいから、剣を造る時は呼んでほしい、と魔石を渡されている。

これを割ると魔王が持っている対の魔石が割れるとかなんとか。

鍛冶師の仕事というのを見てみたいのだという。だがいきなり呼んでもアレだし、ある程度形になりはじめてから呼ぶ事にしよう。

明日からは当分、日記を書く事も出来ないだろう。

風の日 夜は晴れていた

日記を前にして何日かかったかを計算する。

冥の日を次の日、地の日から次週の風の日だから11日かかったのか。

凄い時間がかかった。しばらくは寝て過ごしたいが、最近畑仕事がなおざりになっている。休めないな。

依頼品完成の連絡用に魔石を砕いた。明日、魔王がやってくるだろう。

なんだかんだで魔王と共に過ごす時間は楽しかった。それもこれで終わりだと思うと何ともいえない気持ちになる。

風の日 夜は晴れていた

日記を前にして何日かかったかを計算する。

冥の日を次の日、地の日から次週の風の日だから11日かかったのか。

凄い時間がかかった。しばらくは寝て過ごしたいが、最近畑仕事がなおざりになっている。休めないな。

依頼品完成の連絡用に魔石を砕いた。明日、魔王がやってくるだろう。

なんだかんだで魔王と共に過ごす時間は楽しかった。それもこれで終わりだと思うと何ともいえない気持ちになる。

沌の日 晴

昼頃になって魔王はやってきた。出来た大物の刀剣を見るや否やおお、と感嘆の声を漏らした。

どうやらお気に召したようだ。

魔王はそれを丁寧に丁寧に包んで抱えた。今日は休みがとれなかったのだよ、と寂しそうに笑った。

かなり色をつけられた報酬を渡してくると、魔王は飛び立っていった。

しばらくは日々を寂しく思うのだろう。

畑は雑草が生い茂っていたが、野菜もすくすくと育っていた。今日は草むしりの日。

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