鍛冶師「人里離れた所でひっそりと暮らしてる」 3/3

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天の日 曇

畑の整理も一息ついた感じだ。

新鮮な野菜が食べたくなったので山を降りて買出しに。

念の為にと刃物研ぎの道具は持ってきたがいまいち精が出ない。

何なのだろうこの気持ちは。もしかしたらこれは失恋の思いなのかだろうか。

今まで武道と金属を打つ事だけに生きてきた事もあって、これがそうなのかは定かではないが。

だが、彼女に恋慕を寄せていた事を理解していたとして、自分如きにどうにかできたとは到底思わないが。

冥の日 晴後夕立

夏本番を向かえ、畑の周りを整備した。

ら、待ってましたとばかりに今年一発目の夕立が襲い掛かってきた。

間に合って良かったと胸を撫で下ろす。

夕立のお陰で今日の夜は涼しい。

地の日 晴

小屋の方の布団を干した。持ち上げた時に良い香りがした。

これが魔王の香りかと少し興奮した。興味が無いと言えば嘘だが、それ以上に鍛治に関する事の方が頭の中で優先される。

だがこうして反応できる辺り、まだ自分は人間で男なのだろ認識できる。良いのか悪いのか。

人間である事男である事を捨てたとして、それで鍛冶師としての腕前が上がる訳でもないし、あって下がる訳でもないから良い事か。一応だが。

木陰で昼寝をしていると黒い姿の来客があった。魔王だ。

思わず息を飲んだ。幻覚だろうかと思ったが本物だった。

どうやら粗方仕事も片付いたらしく、勇者様が辿り着くまでは暇もできるらしい。そして行くあてと言ったらここぐらいしかないのだと。

流石に泊まるほどの時間は無いらしいが、一日いたりはできるらしい。

素直に嬉しい話で今日はただただ談笑し、夕食を共にした後帰って行った。

水の日 晴

身に渇をいれて引き締める為にも、この山の奥であり隣接する霊峰に向かう。

遥か昔はそこにも人はいたらしいが今は里の跡しか残っておらず、大きな祠も点在している場所だ。

何時来ても身が清められる思いである。言うほど何度も来れる場所でもないが。

僅かな山菜を摘んで煮込み、それを夕食にした。

一日で往復できない距離である為、今日はこの里の跡で野宿する。

火の日 曇

目覚めると主様が近くで草を食んでいた。何とも幻想的な。

邪魔するのも申し訳ないので、そっとその場を後にする。

途中にある沢で川魚を一匹頂いて朝食とした。塩焼き旨い。

家に着く頃には日がだいぶ傾いていた。

庭の椅子が木陰にあり、魔王が座ってうとうとと転寝をしていた。何これ可愛い。

聞けば来てみたはいいもののメモ書きで今日帰ってくるとの事だったから待っていたらしい。悪い事をした。

日暮れまでしか居られないとの事だったので、早めに夕食を作り共にした。

風の日 晴

久々に旅人の客だ。製造、というよりも売って欲しいとの事だった。

在庫置き場に案内すると、しばらくあれこれ物色した後、二振りの刀剣を手にした。

試し切りはいいのだろうかと確認すると、貴方が作った物の切れ味をわざわざ確かめるほど無粋でない、と言われた。

評判が一人歩きしている気がする。恐ろしい話だ、と思っていたら知り合いに自分が作った剣を使っている者がいて、実際に振るった事があるそうだ。

しかし、常に最高の水準で仕上がるわけでもないのだが、と言うと、旅人はからからと笑ってみせた。

職人からすれば杜撰な扱いをされていたあの刀剣で、あれだけの切れ味が維持されている。

それだけでわざわざ試す必要は無いものだ、と軽快に言われた。嬉しい事だがそれはそれでハードルが上げられている気がする。

沌の日 雨

昨日の旅人の話だと麓の町をちょっとした軍隊が通るらしい。

武器卸すにはもってこいだ。いや買ってもらえないかもしれないが。

久々に金槌を握りひたすら槍を造る。

明日晴れるといいな。下山の準備をし、早めに寝る事にした。

天の日 大雨

今日は不貞寝。

冥の日 晴

麓に行く全ルートがぬかるんでいる。流石に大量の槍を担いで行ったら容易く滑落するだろう。

何の為に軍隊が来たかは知らないが、多分そろそろいなくなるだろう。

というか目的次第だが、晴れたのだから出発するだろう。

取らぬ狸の皮算用とは正にこの事、と溜息をついていると魔王がやってきた。

何時も食わせてばかりでは、と土産を持ってきた。

魔界のとある国の銘菓で入手困難なバームクーヘンだと言う。

たかがバームクーヘンで入手困難、と思って一切れ食べてみた。

うめぇ! 思わず声を上げて驚いた。魔王はにやにやしながら見ている。

なるほど、ここまで定番の流れなのか。

地の日 晴後夕立

ふと思い出して近くの洞に。果実酒を漬けていたのを忘れていた。

酒の味はよく分からないがとりあえずまあ旨いのだろうと思う。

少し容器に汲んで持ち帰る。

軽く酒を飲んだし、今日はもう読書をして過ごそう。と、武具の図解を読み出す。

昼頃だった筈が気付けば夜になっていた。やはりアルコールには弱い。

水の日 曇

珍しく早朝より魔王が訪れた。また手土産を持ってきたようだ。

どうやら酒らしい。何と言うかタイミングがまた……。

今日も鍛治は止める事にし、昼食を豪勢にして二人で飲む事にした。

昼間っから酒とはいい身分だ、と言ったら何たって王だからな、と言い返された。

忘れていたが本当にそういう立場の者なんだよなぁ。と言っても聞く限りじゃ、人間側の王位とは違うようだが。

それにしても彼女は酒に強い。結構なペースで飲んでいく。そして昨日の果実酒を目聡く見つけ、それも半分ほどさらりと飲む。魚かお前は。

気付けばとっぷりと暮れていた。やはり眠ってしまったようだ。魔王の姿は勿論無く、自分には毛布が掛けられていた。

次の機会では穴埋めをしないと申し訳がないな。

火の日 晴

久々に町に商品卸しと刃物研ぎに行く。

食料を買い込み家に帰ろうとしたら行商人の一団と出会った。この辺りを通るなんて珍しいな。

と思ったら自分が造る武器が目当てだという。なんなら在庫を全部売ろうかと言うと、商品達は大はしゃぎをした。

今ある在庫を箇条書きにし、それをあの山から運べるかと問うと、今手持ちのだけ全部買います、と改まった。

大商人にはなれなさそう一団だな。

風の日 晴

全部売り切れるというのも滅多にない事。

という事で今日は在庫の補填をすべく、金槌振るって剣だの何だのと造る。

しかし今日はやたらと旅人の来客が多い。それも依頼ではなく購入で。

何かあったのかと事情を聞くと、すぐ近くで行商人達が高額で剣を出しているそうだ。まじぼったくり。

この地方より遠くにいる人の多くが、名前こそ知れどこの場所まで知らないらしく、行商人が売る剣を見て近くに本人がいるのでは、とこぞって探していたらしい。

で、麓の町でここまでの道を知り押しかけてきたと。

確かに金にはなるがあまり売れすぎても補填が間に合わないし、材料の供給にも限界がある。

何より無理にこの山を登ろうとして遭難する者も多い。その為、旅人達にはあまり言い回らないよう頼むと快く了承してくれた。

自分が住む場所で死者が出るというのも気持ちが良い話ではないからなぁ。

沌の日 曇時々雨 ※書いたのは翌々日冥の日

また早朝から魔王が来た。なにやらどこか暗い。

正直聞くべきか悩んだが、恐らく魔王としてのしがらみに関する事なのだろう。

今日はよくお前とのような気楽な付き合いが、お前が私の部下であってくれればというような事ばかり言う。

こういう時何と言ってやればいいか分からないが、彼女は今の俺とのこの付き合いは良しとしているわけだし、

自分はここにいるし、何時でも魔王を歓迎すると伝えた。

今思えば失言だった。これから死ぬ彼女に何時でも、なんて酷な話ではないだろうか。

魔王は寂しげな笑みを見せた後、にっこりと笑ってありがとうと言った。

昼には魔王は帰っていった。そして夕方、遠くで爆破魔法を連続で打ち上げる音が聞こえる。

その意は祝砲。膝を突きうつ伏せに倒れ、日が昇るまで動く気にはなれなかった。

天の日 雨 ※書いたのは翌日冥の日

朝日が輝かしい。嫌味の様だ。

ゆっくりと起き上がり、近くの椅子に腰を掛けるが全身が軋むように痛い。

何も考えられないというのはこういう事なのだろうか。

そのまま動けずにいるとコボルト達が鉱石を持ってやってきた。交換する日だったか。すっかり忘れていた。

コボルトは自分の有様を見て真っ青になり自分の介抱をし始めた。正直、もう放っておいて欲しい。

冥の日 曇

付きっ切りで自分を看るコボルト達が早朝、大騒ぎを始めた。

気に留める事もなく、何を見る事も無く、そのまま真っ直ぐ天井に顔を向けていたら青ざめた魔王の顔が目の前に現れた。

一瞬何が起きているか分からず、別の意味で何も考えられなくなった。

その間、魔王はあたふたと何があった、大丈夫なのかとしきりにこちらに安否を問いかけてきた。

何かを言わなくては、と思うものの喉が渇いて声が出せなかった。

せめて何かを伝えたいと必死になって取れた行動と言えば、魔王の手を取り引き寄せ抱きしめる事だった。

コボルト達から口々に死ね、という言葉が聞こえた。後で詫びに行かなくては。

それからしばらく落ち着いた所で、お互いに状況を話し合う。

まずは自分の事から話すと魔王は照れながら、それほど大事に思われていたのか、ありがとうと言ってくれた。

コボルト達はあの旦那がか、やはり旦那もちゃんと性別があったのか、と口々に言い最後には死ねと言った。うん、詫びに行こう。

冥の日 2ページ目

魔王はと言うと、二日前に城に帰った時には魔王城が陥落していたという事らしい。

どうやら勇者様達が早馬を用いて、一気に魔王城に攻め込んだのだ。

今まで勇者様達は徒歩だからと試算していた日数を大幅に短縮してきた。もしかしたら作戦として考えていたのかもしれない。

兎にも角にも魔王は命を落とす事も無く、魔王城陥落という形で人間側は勝利を宣言したのだという。

で、肝心の魔王の立場だがかなり困った事になったらしい。何せ前代未聞である為、魔界では長い時間審議を行ったらしい。

とりあえず、魔界としては魔王は倒されたって形で進むとして、死ななかった現魔王をどうしよう? という状態らしい。

何やら好きにしていいよ、な流れになってしまったので、とりあえずここに来たのだと言う。

魔王城を失い、寝る場所もないらしいのでしばらくは一緒に暮らす事になった。

昼と夜では魔王は休んでいてくれ、と言いテキパキと料理を作っていった。

不器用ながらも一生懸命さが伝わる料理だったがとても美味しく、涙が零れてしまった。恥ずかしい限りである。

地の日 晴

ここ数日とは心機一転。ひたすら金槌を振るい鉄を打つ。

コボルト達への詫びも含め、既に受け取ってしまった材料分の交換物資を大急ぎで造る。

魔王は小気味の良い音だと言ってくれたが、それを気にする余裕はありはしない。

一本、二本とつるはし等の道具が凄まじい勢いで増えていくのを見て、流石の魔王もその異常性に顔を引き攣らせた。

早朝から夜遅くまでかかって、交換分と侘び分が出来上がる。

明日はこれをコボルト達の所に……どうやって運ぶんだこの量。

と呆然としていると、魔王が付き添い魔法を使って手助けしようと言ってくれた。

一人では何往復する事になったのやら。

水の日 曇

ある者は心配して損をしたと罵倒した。ある者はちゃんと男だったかと安心した。

ある者は死ねっと悪態を付いた。ある者はあまりにも早すぎる祝福を祝った。

そしてコボルト達は盛大な祝いをしていた。流石に自分の復活祝いという事のようだったが。

事ある事に自分と魔王との事で祝いの言葉が投げかけられる。

それを魔王は困った顔をしつつも、嬉しそうに笑ってくれた。

自分は初めて全うな人としての幸せに触れた気がする。

火の日 晴

一晩明けて一旦落ち着き。今後をどうするかを考える。

大きい依頼が続けば問題無いが、現実はそうも行かないだろう。

つまり二人で安定して食っていくには、更に何かをしないといけなくなる。

いっそ山を降りて何処かの工房かギルドに所属すべきかと考える。すると魔王は何故、一人でこんな所で暮らしているのかを聞いてきた。

昔は工房で働いていたが、大した努力も技術も無い奴が偉そうな事をほざいたから殴り倒して、一人で腕を磨くようになったと過去を話した。

魔王にお前は指導者には向かないな。集団に混じるべきではないと諭された。そんな気は元からあったさ。

風の日 曇

昨日の話の所為か魔王は何か仕事は無いか、と催促してくるようになった。

そもそも戦う以外に何が出来るのだろうかと言ったら、色んな事ができるぞと胸を張った。

政治とか何とかとか、言い出して数十秒で知らない単語がぼろぼろ出てくる。

聞き方を変えてこの辺りでなら何が出来そうかと問うと、水脈を地図に起こすだの水路を作るだのなんだのかんだのと言い出した。

何やら幼少頃から多くの事を学ばされてきたらしい。土木は得意だぞ、と満面の笑みで言ってきた。

人間側にとってはとんでもない逸材かもしれない。

沌の日 晴

人間界においてどれだけ有効か、を見る為にもしばらく旅に出る事に決めた。

ついでに工業都市で学ぼう。

長旅になる為、早めにコボルト達と麓に伝えないといけないな。

おまけにある程度、物は揃えておかないといけない。

しばらくは忙しそうだ。

天の日 曇

ひたすら製造する。なんか数日前も同じだった気がする。

魔王は魔王で家事などを手伝ってくれている。助かる事だが家事を手伝う魔王というのも不思議な話だ。

明日も延々と造る事になるので日記もそこそこに就寝。

冥の日 晴

疲れた。

が、目標としていた数は造り終えた。後は明日にでもコボルト達と麓に行けばいいだろう。

そうしたらいよいよ旅支度を整えられる。

地の日 快晴

今晩は残っている食料で旅に持っていけない物をしこたま使った、結構、いや滅茶苦茶豪勢なものとなった。

挨拶も済ませたし、コボルト達には倉庫のつるはしは適当に持ち出してくれ、と伝えたし大丈夫だろう。

この長旅で魔王には告白、いやプロポーズをしよう。

彼女も共に付いてきてくれる、というより共に生活をするつもりで仕事などを考えている。

うぬぼれとかで無く、彼女もまた自分に思いを寄せてくれているのだろう。

だからこそ、自分は彼女に明確にこの思いを伝えるべきだ。もう彼女が居ない世界など味わいたくは無い。

地の日 2頁目

そしてこの日記帳は仕舞ってしまおう。見られたら恥ずかしすぎる。

これからは新調して、彼女が傍に居る事を考えた上で書き綴ろう。

一つの節目としては良いだろう。彼女ももう、討たれる事に幸せを見ていないのだろうし。

だからこそ、自分も一歩踏み出していかなければならないのか。

これからは自分が彼女を幸せにしていくのだから。

最後の最後でこの見開きのページを魔王に見られた。

恥ずかし過ぎて死にそうだが、顔を真っ赤にしつつも魔王が喜んでくれたから良し、いやプロポーズは格好良く決まらなくなった。死にたい。

鍛冶師「人里離れたところでひっそりと暮らしてる」 完

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