老人「わしを弟子にしてくれんか!?」少女「へ?」 2/3

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翌日──

少女「おじいさん、起きて──って早いね」

老人「おはようございます」

少女「うん、おはよう!」

老人「まずはなにをするのですかな?」

少女「えぇ~とね、朝ごはん食べたら、準備体操して、軽~くランニングしよっか」

老人「分かりましたですじゃ!」

少女「ほらお父さんも起きて! 朝だよ、朝!」ゲシッ

剣士「あと5時間……」ゴロン

少女「ふざけないで!」ゲシッ ゲシッ

老人(おおっ、わしも明日はわざと寝坊してみるかのう)

少女「よぉ~し、おじいさん!」

少女「どっからでもかかってきてよ! あたしは反撃しないからさ」

老人「本当にいいんですかな? 練習用の剣とはいえ、もし当たったら──」

少女「当てられるものなら、ね」

老人「よぉ~し!」

老人「てりゃあっ!」ブンッ

少女「よっ」ガッ

老人「そりゃ!」ブオンッ

少女「とっ」サッ

老人「だりゃあっ!」ブンブンッ

少女「はっ」カンッ

老人「おお、まったく当たりませんな!」

少女「えっへっへ~、すごいでしょ、おじいさん!」

老人「す、すっごいですわい!」

老人(この子、とてつもなく強いのう! 若い頃のわしでもかなわんかもしれん!)

老人「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

老人(結局かすりもせんかった……)

少女「だいたい分かったよ、どうすればおじいさんを強くできるか」

老人「へ? 今のだけで?」

少女「おじいさんさ、若い頃剣術やってたっていってたけど……我流でしょ?」

老人「そのとおりですじゃ」

老人(まさか今のやり取りだけで当てるとは……)

少女「だから素振りとかもすぐ上達したんだと思うけど……」

少女「やっぱり、力任せに振るくせがついちゃってるんだよね」

少女「若い頃はさ、それでもいいかもしれないんだけど」

少女「おじいさんくらい年とっちゃうと、それじゃキツイんだよ」

老人「なるほど……」

少女「ウチの流派のウリは、柔と剛を持ち合わせてるだけじゃなく」

少女「柔と剛の割合を自分の適性に合わせられるってとこなんだけど」

少女「おじいさんの体力を考えると、柔の割合を多くした方がよさそうだね」

老人「そうですのう、よろしくお願いします」ペコッ

少女「うん!」

少女「柔の剣は……剣も体も心も、やわぁ~らかくするの」

少女「ゆら~り、ゆら~り」

老人「ほう……」

老人(おおお……まるで今にもこの娘が地面から浮き上がりそうな……)

少女「──で、このまま流れるように、振るっ!」ビュアッ

老人「…………!」

老人(全然見えんかった……)

少女「一ヶ月で、せめて今のくらいはできるようにならないとね」

少女「ガンガンしごくからね、おじいさん!」

老人「頼みますわい!」

一週間経過──

老人「とろ~り、とろ~り」

老人「ほいさっ!」ビュンッ

老人「どうでしたかな?」

少女「う~ん、まぁまぁかな」

老人「まぁまぁ、ですか……」

少女「でもだいぶよくなってきたって!」

少女(あとなんで、とろ~りとろ~りなんだろ?)

剣士「…………」

少女「どんどん食べてねぇ~」

老人「おかわりですじゃ!」サッ

剣士「俺も」サッ

少女「いやぁ~作りがいがあるよ。あたし、剣術やめて料理で生きようかな」

老人「それもありかもしれませんな」

剣士「ふん、甘いぞバカ娘、家庭料理とプロはちがうんだ」

剣士「ここでならマズイもん作っても俺がキレたり、爺さんが泣くぐらいで済むが」

剣士「レストランでマズイもん作ったら、店が潰れるわけだからな」

少女「分かってるよ!」

少女「ところでさ、おじいさんの妹ってどんな人だったの?」

老人「う、うむ……」

老人「可愛げがあって……優しくて……よき妹でしたわい」

剣士「おい、仇討ちしようって人間にそんなこと聞く奴があるか」

少女「あ、ごめんなさい……」

老人「ハハハ、かまわんですよ。気にせんで下され」

二週間経過──

老人「とろ~りとろ~り」

老人「ほいやさっ!」ビュッ

少女「よしっ! だいぶいい! だいぶいいよ!」

少女「ね、お父さん?」

剣士「知らん」

剣士「お前が教えてんだから、お前が判断しろよ」

少女「ったくもう……口だけで、何の役にも立たないんだから」

少女「おじいさん、残り二週間は実戦訓練を中心にするよ!」

老人「はいですじゃ!」

少女「あのさ、おじいさん」

老人「なんですかな?」

少女「おじいさんのこと“じいちゃん”って呼んでもいい?」

老人「へ?」

少女「あたしさ、おじいちゃんっていなかったから」

少女「けっこうこう呼ぶの憧れてたんだよね~」

少女「減るもんじゃなし、いいでしょ?」

老人「あなたは師匠ですからな」

老人「わしのことをどう呼ぼうともかまわんですよ、もちろん」

少女「やったぁ!」

少女「じいちゃん、おかわりする?」

老人「お願いしますじゃ」スッ

剣士「おい、じいちゃんってのはなんだ」

剣士「何度もいうが、師弟関係ってのは──」

少女「うるっさいな!」

少女「お父さんなんか、じいちゃんになんもしてくれてないじゃん!」

少女「最近なんか、全然道場にいないしさ!」

少女「こうやって生活できてるのもお父さんが国からお金をもらえるほど」

少女「昔活躍したからっていうけど、いつまでも遊んでないでよ!」

少女「じいちゃんはお父さんじゃなく、あたしの弟子なんだよ!」

少女「だからあたしがどう呼ぼうが、あたしの勝手でしょ!?」

剣士「ふん……勝手にしろ」

三週間経過──

老人「とろ~りとろ~り」

老人「ほえやぁっ!」ビュッ

ガッ! バシッ! ガッ! バシィッ!

少女「いいよ、いいよー! よくなってきたよー!」

少女「でもまだ甘ーい!」ビシッ

老人「はうわっ!」

老人(た、たまらん……)ハァハァ

少女「もう残り一週間しかないんだからね! さあもういっちょう!」

老人「はいですじゃ!」

少女「は~い、今日の夕ご飯だよ」

老人「いただきますですじゃ!」ガツガツ

剣士「まあまあだな」モグモグ

少女「たまには褒めてよね、お父さん」

剣士「ふん」

剣士「ところで爺さんの仕上がりはどうなんだ?」

少女「そりゃもう、だいぶよくなってきたよ! もうあたしと出会った時とは別人!」

老人「これも師匠の腕がよかったからですわい!」

剣士「そうか」

剣士「ただしこれだけはいっておく」

剣士「剣ってのはしょせん先に一太刀入れた方がだいたい勝つ」

剣士「たとえ歴戦の達人だって、ド素人にうっかり心臓を刺されりゃ死ぬんだ」

剣士「せいぜい油断せんことだ」

老人「もちろんですじゃ!」

少女「よくいった、じいちゃん!」

剣士「あ~食った食った、寝るか」スタスタ

少女「おやすみ、お父さん!」

老人「それではわしも寝させてもらいますわい」ペコッ

少女「うん、おやすみ、じいちゃん!」

少女「さぁ~て、あたしも寝るかな」スッ

少女「…………」

剣士『剣ってのはしょせん先に一太刀入れた方がだいたい勝つ』

剣士『たとえ歴戦の達人だって、ド素人にうっかり心臓を刺されりゃ死ぬんだ』

剣士『せいぜい油断せんことだ』

少女(そうだよね……)

少女(じいちゃんは仇討ちのために修業してるんだよね)

少女(果たし合いは当然、剣で行われる)

少女(剣で行われる以上、どっちかはまちがいなく死ぬ)

少女(じいちゃんが死ぬことになるかもしれない……)

少女(いやいやいや!)

少女(そうならないよう、修業してるんじゃない!)

少女(あたしがじいちゃん信じないでどうすんの!)

果たし合いまで残り三日──

少女「よぉし、今日はこれまで!」

老人「ありがとうございます」

少女「決闘前に大怪我してもまずいし、残りの日は軽い練習で調整しよう!」

少女「最高のコンディションで当日を迎えなくちゃね!」

少女「大丈夫、じいちゃんのとろ~り剣なら絶対勝てるから!」

老人「…………」

少女「じいちゃん?」

老人「はいですじゃ! もちろん勝ってみせますですじゃ!」

老人「なにしろ妹を殺したにっくき仇ですからのう!」

少女「うん!」

少女「どんどんおかわりしてねぇ~!」

老人「うん、うまいですじゃ!」ガツガツ

剣士「まあまあだな」モグモグ

少女「あのさ、じいちゃん」

老人「なんですかな?」

少女「仇討ち……やめることはできないかな?」

老人「なぜ……ですかな?」

少女「いや……少し前にお父さんもいってたけど……」

少女「やっぱり剣と剣の戦いって、なにが起こるか分からないし……」

少女「もし、じいちゃんが斬られちゃったら、あたし悲しいしさ……」

剣士「なにいってやがる、バカ娘」

剣士「爺さんは、老後の健康のために剣術やってるわけじゃねえんだぞ」

剣士「果たし合いのことは最初から承知だったはずだろうが」

少女「そんなこと分かってるよ! 分かってるけどさぁ……」

老人「申し訳ないですじゃ……」

老人「わしは……どうしてもこの果たし合いだけはこなさなければならんのですじゃ」

老人「無念を晴らすためにも……」

少女「分かったよ……ごめんね、じいちゃん」

老人「いえいえ、お気持ちはありがたくいただいておきますじゃ」

果たし合い前日──

少女「よぉ~し、ここまで!」

少女「疲れを残したら元も子もないからね! 休息もりっぱな修業!」

老人「はいですじゃ!」

少女「じいちゃんは前よりずっと強くなったよ!」

少女「自信を持って!」

老人「もちろん、この一ヶ月のことは絶対無駄にはしませんわい」

少女「じいちゃん……」

少女「ねえ……あたしじいちゃんのこと、本当のおじいちゃんみたいに思ってたよ」

少女「大好きだよ、じいちゃん」

老人「わしもこの一ヶ月……」

老人「師匠と孫が同時にできたような気分でしたわい」

老人「わしには孫はおろか、子もおりませんでのう……」

老人「本当に……心が癒やされる一ヶ月じゃった」

少女「あとは妹さんの無念……晴らそうね!」

老人「……もちろんですじゃ!」

少女「じゃああたし寝るね、おやすみ~!」スタスタ

老人「おやすみなさいですじゃ~!」

剣士「…………」

剣士「爺さん」

老人「はい?」

剣士「ちょっと話がある」

剣士「来てくれないか」

老人「…………」

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果たし合い当日──

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