少女「おっはよ~!」
老人「おはようですじゃ」
剣士「ん」
少女「お、珍しくお父さんも早いじゃん。雪でも降らなきゃいいけど」
剣士「うるせえ」
少女「じゃ、さっそく朝ごはんにしよっか!」
少女「じいちゃん……決闘は今日の正午に、向こうの河原で、だっけ?」
老人「うむ、あそこなら人通りも少ないからのう」
老人「邪魔が入ることなく、雌雄を決することができるはずじゃ」
少女「じいちゃん……死んじゃダメだよ」
老人「…………」
剣士「おい、爺さんはこれから決闘するんだ」
剣士「勝負に絶対はねぇ、死ぬかもしれないに決まってんだろ」
剣士「そんなことも分からねえのか」
少女「わ、分かるけどさぁ」
剣士「だったら、いらない言葉をかけるんじゃねえよ」
少女「……ごめん」
少女(じいちゃん……勝てるかなぁ)
少女(強くなったとはいえ、やっぱり体力面では不安があるし……)
少女(相手がどのくらい強いかも分からないし……)
少女(死なせたくないよ)
少女「あのさ……」
少女「仇討ちって、なにも自分の手でやる必要はないよね?」
少女「なんたって相手は物を盗んで、人を殺して、平気な顔してる悪党だし」
少女「だから……あたしに戦わせてくれないかな?」
剣士「…………」ピクッ
剣士「今さらなにいってんだっ!!!」
少女「!」ビクッ
剣士「たった一ヶ月一緒に暮らしただけのお前が」
剣士「爺さんの人生に首突っ込んでんじゃねえ!」
剣士「お前は以前、俺に爺さんは自分の弟子だとタンカを切ったな」
剣士「剣術やる奴なんてのは、大抵の場合戦いってもんに身を委ねるようになる」
剣士「本能的に自分の腕を試したくなるし、名声を得れば狙われるようになるからな」
剣士「つまり弟子をとるってことは──」
剣士「ある意味では戦いとは無縁の一般人を、戦いの世界にいざなうってことだ」
剣士「まして爺さんは、最初から今日決闘するという決意を固めていた」
剣士「いざとなったら、爺さんの代わりに自分が戦えばいい」
剣士「お前はそんな生半可な気持ちで爺さんを弟子にしたってのか!?」
少女「ちがう! ちがうけどさぁ……!」
老人「師匠、あなたのお気持ちはよく伝わりました」
老人「この老いぼれに、一ヶ月間、剣をお教え下さり本当にありがとうございます」
老人「しかし、ここからはもう、わしの仕事です」
老人「……では、行ってきますじゃ」ザッ
剣士「ああ」
少女「じいちゃん……」
──
────
──────
剣士「……正午だな」
剣士「今から河原に向かえば、ちょうど決着する頃だろう」
剣士「行くぞ」ザッ
少女「う、うん……」
少女(じいちゃん……)トクン…
少女(じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん……)ドクン…
少女(じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん!)ドクンドクン…
少女(神様、どうか仇を討たせてあげて!)ドクンドクン…
河原──
若者「はぁ、はぁ、はぁ……」
若者(た、倒した……!)
少女「じいちゃん!」ダッ
剣士「…………」ザッ
若者「!」
若者(だれだ!? この人たちは!?)
少女「じいちゃん……!」ウルッ
少女「じいちゃん! じいちゃん! じいちゃぁん!」グイッ
少女「目、覚ましてよ!」
少女「起きてよぉっ!」ギュッ…
剣士「…………」
若者「あなたたちは……!?」
剣士「この爺さんと……縁があるもんだ」
若者「!」ザッ
剣士「そう警戒しなくていい。何もしやしねえ」
剣士「仇は……討てたようだな」
若者「はい……」
少女(え!?)
剣士「もし差支えがなければ……聞かせてもらえるか?」
剣士「アンタと……この爺さんの因縁について」
若者「…………」
若者「……分かりました、お話しします」
若者「ぼくは……幼い頃妹を家に侵入してきた賊に殺されました」
若者「以来、かすかに覚えてる人相、なぜぼくは殺されなかったのか、など」
若者「わずかな手がかりを頼りに、犯人を探し続けました」
若者「同時にガムシャラに剣の修業をしました。妹の仇を討つために……」
若者「そしてようやく、犯人を特定することができました」
若者「犯人は“盗みはすれど、殺しはせず”をポリシーとする盗賊だったのです」
若者「これで、ぼくが殺されなかった理由も分かりました」
若者「しかし犯人は──すでに盗賊をやめ、大実業家となっていた」
若者「その上、大勢の恵まれない人を救う……慈善事業のカリスマとなっていた」
若者「妹を殺した人間が……平然と人助けをしている」
若者「複雑な心境でしたが……ぼくはどうしても彼を許すことができなかった」
若者「かといって……大勢の人々に慕われる彼に、もはや手の出しようはありません」
若者「ぼくは復讐を諦めてかけていた」
若者「──そんな時でした」
若者「彼から……手紙が来たんです。果たし合いをしよう、と」
若者「もちろん罠だと思いました」
若者「正々堂々の一騎打ちなどありえない」
若者「おそらくは、自分の犯した唯一の殺しを知っているぼくを抹殺するためだと」
若者「でも、ぼくはこれが罠だろうとなんだろうと、どうでもよかった」
若者「妹を殺した犯人に、自分の憎しみの一端でもぶつけたい」
若者「そう思い……果たし合いに応じたんです」
剣士「……で、勝利した、というわけか」
剣士「その傷を見るに、なかなか手こずったようだな」
若者「はい……かなりの使い手だったと聞いていましたが、年老いた今もここまでとは……」
剣士(爺さん……)
…
……
………
老人「話とは、なんですかな?」
剣士「今は敬語じゃなくていい、そっちのが話しやすい」
剣士「アンタの師匠は俺ではなく、娘だしな」
老人「…………」
剣士「爺さん、アンタ死ぬ気だな?」
老人「……いつから気づいておった?」
剣士「最初からだ」
剣士「ああこの爺さんは死のうとしてる、って直感した」
剣士「さらに入門の理由を聞いた時、その直感はおそらく正しいと分かった」
剣士「盗賊について話すアンタは、犯人への憎悪というより」
剣士「むしろ自分の行いに悔いているような話し方だった」
剣士「んで、娘に妹のことを聞かれて、言葉に詰まったのを見て確信した」
剣士「爺さん、アンタは死んだ妹のことなんか全く知らない」
剣士「アンタこそが盗賊だ、と」
老人「……口が悪いだけの男ではないと思っとったが、さすがじゃのう」
老人「さすがは師匠の父親じゃ」
剣士「……で、アンタが娘と修業してる最中、色々調べさせてもらった」
剣士「妹の仇討ちのため、剣の修業をし、犯人を探していた若者のことも」
剣士「カリスマ実業家が突然引退し、行方をくらましたことも裏付けが取れた」
剣士「アンタがウチに入門した理由は──」
剣士「仇討ちのため力をつけた若者に、相応しい実力を身につけたかったからだな?」
老人「そのとおりじゃ」
老人「わしは盗賊をやってた頃、ある家に盗みに入った」
老人「その時、あの若者と妹に見つかってしもうたのじゃ」
老人「わしは若者の妹を突き飛ばし、逃げ、しばらくしてその子が死んだことを知った」
老人「盗みはすれど殺しはしない、という身勝手な矜持が崩壊した瞬間じゃった」
老人「その後、わしは罪を償うため……いや、自分の心を軽くするため」
老人「盗賊をやめて商売を行い、その金で慈善事業に熱中したが」
老人「いつまでたっても胸が晴れることはなかった」
老人「じゃがそんな時、妹の仇を探しているという若者のウワサを聞き──」
老人「わしはやっと、自分の罪を償う方法を見つけられた気がした」
老人「そして調査の末、彼こそがわしが殺した女の子の兄だと確信し」
老人「密かに果たし状を送ったのじゃ」
老人「しかし、復讐に身を捧げてきた若者を迎え討つには──」
老人「わしのせいで、人生を狂わされた若者の宿敵を務めるには──」
老人「わしはあまりにも弱くなりすぎておった」
老人「試しにそこらのチンピラに喧嘩を売ってみたら、まったく勝負にならんほどにな」
老人「だから……その時わしを助けてくれたおぬしの娘さんに……」
老人「弟子入りしたいと頼んだんじゃ」
老人「わしは……おぬしら父子を自分の過去の清算に利用しようとしたんじゃ……」
老人「すまん……!」
剣士「……気にすんな、爺さん」
老人「そして、今になって分かったことがある」
老人「……おぬしの心遣いには感謝せねばならん」
剣士「?」
老人「おぬしがわしをまったく指導しなかったのは」
老人「おぬしから直接教わってしまえば、わしは流派の正式な門下となる」
老人「そうなれば……わしが若者に討たれた時、おぬしは流派の長として」
老人「“流派の敵”である若者を殺さねばいけなくなる……」
老人「だからわしを、娘さんに任せたんじゃろう?」
剣士「……深読みしすぎだ、爺さん」
剣士「剣には殺し殺されがつきもの、親しい人間が死ぬことだって日常茶飯事」
剣士「バカ娘の教育に、死にたがってるアンタは格好の教材になると思っただけだよ」
剣士「自分が剣を教えた人間の死、なんてなかなか味わえるもんじゃないからな」
老人「ま、そういうことにしておくかのう」
老人「ところでこれはわしの勘じゃが、もうおぬしの妻は──」
剣士「…………」
剣士「俺の弟子に殺され、弟子は俺が殺した」
老人「!」
剣士「師匠(おれ)は寛大だから、と妻に関係を迫った弟子が、拒絶され妻を斬った」
剣士「上下関係をきっちりつけず、弟子になめられた俺のミスだった」
剣士「娘の中じゃ……今でも二人は駆け落ち中だ」
老人「……そうじゃったか」
老人「さてと、これは一ヶ月剣を習った代金じゃわい」ジャラ…
老人「ぜひとも娘さん……いや師匠に伝えてくれ。楽しかった、ありがとう、と」
剣士「ああ、伝えておくよ。安心して死んでこい」
………
……
少女「じいちゃん……!」グシュッ
若者「…………」
若者「ぼくは……間違っていたんでしょうか」
剣士「さあな」
剣士「仇討ちをして心の底から気分が晴れたって奴も知ってるし」
剣士「気分が晴れるどころか、罪悪感にさいなまれて自殺した奴も知ってる」
剣士「仇討ちをしなきゃならなくなった理由が、そもそも自分にあるっていう──」
剣士「大バカ野郎も知ってる」
剣士「この爺さんがアンタの妹を殺したのは紛れもない事実だ」
剣士「それは爺さんが慈善事業で何万人救おうが、消えることはねえ」
剣士「そして、この爺さんが死んで悲しむ人間がいるってのもまた事実だ」
剣士「間違いかそうでないかは──」
剣士「自分で決めな」
若者「は、はい……」
若者「君……」
少女「え?」グシュッ
若者「幸い、ぼくが死んで恨みを持つような人間はいない」
若者「もし君が望むなら、この場でぼくを──」
少女「ううん」ゴシゴシ
少女「だって……じいちゃん、こんなに満足そうに眠ってるんだもん」グスッ
少女「じいちゃんは……やりきったんだよ……」
少女「だから……もうこの話はここで終わり」
少女「それよりあたしは……じいちゃんをちゃんと弔ってあげたい……」グシュッ
剣士「──だ、そうだ」
剣士「行きな。この爺さんのことは、後はやっておく」
若者「はい……」
ザッ ザッ ザッ……
剣士「ほれ」ジャラッ
剣士「お前の剣士としての──初めての報酬だ」
少女「受け取れないよ……じいちゃん、負けちゃったんだし……」ヒック
剣士「あの爺さんはお前との日々を“楽しかった、ありがとう”っていってた」
剣士「その代金だと思え」
少女(じいちゃん……!)
少女「分かった……だったら受け取るよ」
少女「あたし、このお金で……じいちゃんに……立派なお墓作ってあげなきゃ……」
剣士「ああ、それがいい」
おわり