あるさびれた剣術道場──
少女「ねぇお父さん! お父さんもチラシ配り手伝ってよ!」
少女「いっぱい宣伝して、入門してくれる人を見つけないと!」
剣士「あのなぁバカ娘、剣術なんつうもんは人にいわれて始めるもんじゃねえんだ」
剣士「こうやって腰をどっしり据えて、入門したい奴を待ってりゃいいんだよ」グビッ
少女「腰を……って寝てるじゃない! しかもまたお酒飲んでるし!」
少女「この間も久しぶりに入門希望者が来たのに、すぐ辞めさせちゃったし……」
剣士「一発ブン殴ったぐらいで逃げ出すような奴は、俺の弟子にはいらん」グビッ
剣士「なんたって人を殺す技術を教えるわけだからな」
少女「あ~もう! こんなんだから、お母さんに逃げられるんだよ!」
少女「じゃああたしだけで、行ってくるから!」
剣士「あいよ~」グビッ
近くの町──
少女「──ったく、もう……」ブツブツ
少女「ん?」
チンピラ「てめぇジジイ! んな棒切れ持って、どうする気だってんだ!?」
老人「わ、わしと勝負せい!」
チンピラ「ハァ、ボケてんのか? いいぜ、かかって来いよ」
老人「ほりゃあっ!」ブンッ
チンピラ「当たるかよ!」ヒョイッ
老人(や、やはり……衰えておる。いかんな、このままでは──!)
チンピラ「次はこっちの番だなぁ、ジジイ!」ガシッ
老人「好きにせい……じゃが、死なん程度に頼む……」
チンピラ「上等だっ!」
少女「ちょっと待って!」
少女「アンタ、若いくせにそんなおじいさんいじめて恥ずかしくないの!?」
チンピラ「ハァ? うっせぇ、引っ込んでやがれ!」
少女「おじいさん、この棒借りるね」パッ
老人「あ」
チンピラ「小娘、まさかお前が俺の相手するってか?」
少女「ううん、しないよ」
チンピラ「あ?」
少女「だってアンタじゃ、相手になんないし」
チンピラ「ンだと──」
ビュビュビュッ!
チンピラ「うっ……」
少女「今の三連撃、もし当ててたら自分がどうなってたかくらい分かるよね?」
チンピラ「は、はい……」ゴクッ
少女「じゃあ次にいうべきセリフも分かるよね?」
チンピラ「お、覚えてやがれっ!」ダダダッ
少女「よくできました~」
少女「おじいさん、怪我はなかった? はい、棒返すね」スッ
少女(さぁて、今日はどこでチラシ配ろっかな~)クルッ
老人「待ってくれんか!」
少女「ん?」
少女(もしかしてお礼くれんの!?)
少女(まいったなぁ~、お礼目当てで助けたわけじゃないんだけど)
少女(でもくれるっていうんだからもらわないと、おじいさんにも悪いし)
少女(来るものは拒まず、なんていうしねぇ)
老人「わしを……わしを弟子にしてくれんか!?」
少女「へ?」
少女「そんなこと、急にいわれても……」
老人「お願いじゃ! 一生のお願いじゃ!」ズザッ
少女「で、でも……」
老人「どうかわしを弟子に……!」
少女(う~ん、まいったなぁ)
少女(こんなおじいさんが、お父さんの猛稽古に耐えられるわけない)
少女(でも、こんなに頼まれて断るわけにも……ねぇ)
少女「おじいさん、弟子にするかは分からないけど……とりあえずついてきてくれる?」
老人「おお……ありがとう!」
剣術道場──
少女「ただいま~」
剣士「おう、ずいぶん早かったじゃねえか」
少女「あのさ、お父さん」
剣士「なんだ?」
少女「弟子になりたいって人を連れてきたんだけど……」
剣士「弟子にねぇ……どんな奴だ?」
少女「え~とねぇ……」
少女「あたしよりかなり年上」
剣士「かなり……ってことはもう成人か」
少女「でね、お父さんよりもかなり年上」
剣士「……なんだそりゃ」
剣士「ふぅ~ん、門下生になりたいってのはアンタか」
老人「わしを……強くしてほしいんじゃ!」
少女「お父さん……ダメかなぁ?」
剣士「金さえ払ってくれるんなら、だれだって入れてやるよ」
剣士「悪党だろうが聖者だろうが、ジジイだろうが……な」
剣士「だがよ、突然やってきた年寄りを歓迎するほど無用心でもねえつもりだ」
剣士「あとになってわけ分からん事件とかに巻き込まれるのもゴメンだ」
剣士「入門の動機くらいは、きっちり話してもらおうか」
老人「分かった……全てを話そう」
老人「わしが入門を希望する理由は……仇討ちなんじゃ」
少女「おじいさん……だれかを殺されたの?」
老人「わしは……盗賊に妹を殺されたんじゃ」
少女「妹さんを……!?」
老人「うむ……」
老人「奴は盗みはやるが、殺しはしない、というふざけたポリシーを持った盗賊でな」
老人「ある日の夜、わしの家に侵入してきたのじゃ」
老人「そして、妹に出くわし──突き飛ばしたのじゃ」
老人「盗賊はまさか突き飛ばしたくらいで死ぬとは思ってなかったんじゃろうが」
老人「結局、その時頭を打ったのが原因で妹は帰らぬ人となった……」
剣士「…………」
少女「そんな……」
老人「わしは血眼になって、盗賊の行方を探した」
老人「するとどうじゃ!」
老人「奴は盗賊時代の元手で実業者として成功し──」
老人「数々の慈善事業を行い、人々から慕われるようになっておった!」
老人「盗人猛々しいとはまさにこのことじゃ!」
老人「とはいえ、ああなってしまっては、もはや公に糾弾することはかなわぬ」
老人「だからわしは……密かに奴に果たし合いを申し込んだのじゃ!」
老人「果たし合いは一ヶ月後──」
老人「わしはなんとしても妹の仇を討たねばならん!」
老人「じゃが、奴は盗賊時代は名うての剣豪でもあったらしい……」
老人「さっきのチンピラにすら歯が立たんようでは、奴に勝つなど夢のまた夢」
老人「だから、この一ヶ月間でわしを強くして欲しいんじゃ!」
少女「うん……分かった!」グスッ
少女「妹さんの仇、討ちたいよね!」
少女「あたしたちが絶対におじいさんを強くするよ!」
少女「ね、お父さん!」
剣士「だるい」
剣士「お前がやれ」
少女「は?」
剣士「教えるだけなら、もうお前でもできるだろ」
剣士「お前が連れてきたんだから、お前がやれ」
少女「えぇ~……」
少女(でもお父さんが教えたら、ヘタしたらおじいさん死んじゃうかもしれないし……)
少女「分かった、いいよ!」
少女「おじいさんも、それでいい?」
老人「ああ、かまわんぞ」
少女「じゃあ一ヶ月しかないわけだし、今すぐ始めよう!」
少女「おじいさんは剣術やってたことってあるの?」
老人「若い頃に……多少はかじっておったな。今はあのザマじゃがのう」
少女「じゃあ剣の握り方とかはいいよね」
少女「まずは、素振りから始めよう」
少女「こうやって体の力を抜いて……こうっ!」ビュッ
老人「こうか?」ヒュッ
少女「うん、おじいさん、上手上手!」パチパチ
剣士「待て」
少女「どしたの、お父さん?」
剣士「なんだ、上手上手ってのは」
剣士「ガキのお遊戯でもやってんのか、このバカ娘が」
少女「で、でも、おじいさんにしては上手じゃない!」
剣士「剣に年齢は関係ねえって、いつもいってんだろ」
剣士「それに剣術は人殺しの手段、褒めて伸ばしたってろくなことはねえんだ」
剣士「剣を握るのがイヤになるほどしごくくらいで、ちょうどいいんだよ」
剣士「あと、爺さん」
老人「なんじゃ?」
剣士「なんじゃ、じゃねえだろ」
剣士「小娘といえど、こいつはアンタに剣を教える師匠なんだ、敬語を使えよ」
少女「ちょっ、お父さん!」
少女「おじいさんはあたしどころか、お父さんよりずっと年上じゃない!」
剣士「さっきいったばかりだろうが、剣に年齢は関係ねえって」
剣士「弟子にとって、師匠は神より偉い」
少女(神より偉いってことはないでしょ)
剣士「敬意を払う必要もない相手から教わっても、なんも身につかねえだろ」
少女「だけどお父さん──」
老人「いや、いいんですじゃ」
少女「! おじいさん……」
老人「あなたのお父さんのおっしゃるとおりですじゃ」
老人「それに一ヶ月しかないんですし、しごいてもらった方がいいですじゃ」
少女「おじいさんがそういうなら……」
少女(まったくお父さんってば……!)
少女(門下生とお母さんがあんなことになったからって……!)
老人「はっ!」ヒュッ
少女「ダメダメ、そんなんじゃ!」
少女「もっと腰を伸ばして! 腰が曲がってるのは仕方ないけど、できるかぎり!」
少女「さ、もう一回!」
老人「とうっ!」ヒュッ
少女「ああもう、そうじゃないったら!」ビシッ
老人「──あうっ!」
少女「あ、おじいさん、ごめんね! 痛かった!?」
剣士「いちいち謝るな、バカ娘!」
老人「も、もっと強くてもかまいませんぞ?」ハァハァ…
剣士「爺さんもいちいち感じてんじゃねえ!」
夜になった──
老人「いやぁ~……厳しい鍛錬でしたわい」ボロ…
少女「はいは~い、夕食ができたよ~!」
剣士「本当はメシの支度も、全部爺さんにやらせるもんなんだがな」
少女「だってあたし一人で準備した方が早いし、美味いし」
少女「お父さんだってその方がいいでしょ?」
剣士「まぁな」
少女「おじいさんも疲れ果ててるけど、さ、起きて! ご飯食べよ!」
老人「は、はい……」ヨロヨロ…
老人「うん、うまいですじゃ!」ガツガツ
老人「おかわりをいただけますかな?」スッ
少女「はぁ~い!」
剣士「弟子がおかわりなんてご法度──」
少女「いちいちうるさいよ、お父さん!」
少女「でもうれしいな、もうずっと長い間お父さんと二人きりだったからねえ」
少女「昔は四人で──」
剣士「俺もおかわりしとくか」スッ
少女「はいは~い!」
少女「でもマジメな話、おじいさんけっこう筋いいよ!」
老人「こりゃあ、ありがとうございます」
少女「明日からも、ガンガン修業つけてあげるからね!」
少女「絶対におじいさんを勝たせてあげるから!」
老人「……よろしくお願いしますじゃ」
剣士「…………」