姫「むう……何がいけなかったのでしょうか。長年の一人四役人生ゲームで、シュミレーションは完璧でしたのに」
魔王「……」
姫「まあいいのです。私にはこれがありますから」
魔王「……どこから持ち出した。そのゲーム機」
姫「城からに決まっておりましょう。こたつと一緒に過ごすべく持参いたしました」
魔王「お前は一応人質とか、そのようなものだよな?」
姫「そうですね……はあ、明日をも知れぬ我が身が嘆かわしいことです……」
魔王「言いつつ電源を入れるな」
姫「良いではありませんか。何なら貴方もやりますか?はいどうぞ」
魔王「何故同じものを二台も所有しているんだ」
姫「こたつ中毒者の嗜みです。一人で通信する際に便利でしょう」
魔王「……お前、さては社会不適合者だろう」
姫「魔王に言われたくありません!」
魔王「とは言え私はこの手の物を触ったことがない」
姫「それは人生の八割方損をしていますわね。ではこのゲームなんて如何です?」
魔王「何だこれは」
姫「モンスターを集めて育てて、戦わせるゲームです」
魔王「ほう……それはそれは」
魔王「魔王のような仕事を行うものもあるのだな」
姫「興味を持って頂けたようで。説明書はこちらにございますので、試しに最初から初めてごらんになっては如何でしょう」
魔王「そうだな。丁度暇を持て余している所だった。いいだろう、やってやる」
姫「ではまあ、存分にお楽しみくださいませ」
魔王「ああ」
魔王「おい」
姫「はいはい何ですか……って、まだ始まってすらいないじゃないですか」
魔王「最初に、この三つの内から選べと言われたのだが……これ以外には選べないのか」
姫「無理ですね。早くどれかお選びくださいな」
魔王「しかしなあ……」
魔王「どれもこれも弱そうなんだが」
姫「何を仰るかと思えば。今はこんな可愛らしい容姿ですが、育てれば逞しい姿に変化し、良きパートナーとなってくれるのですよ?」
魔王「いやしかだな……こいつら、可愛いのか?」
姫「お黙りなさい!流石に私も最初見た時はちょっと言葉を失いましたけど!特にラッコは!」
姫「それでもじっくり見ていれば可愛い子達です。現にこの青いラッコ、今では私のお気に入りなのですよ」
魔王「解せぬ……こんな弱そうなモンスターを何故わざわざ育てねば……」
姫「魔王の仕事もも似たような物でしょう。魔物を見出し育て上げ、自身の望む軍団を作るという」
魔王「大袈裟な。たかだかゲームだろう、これは」
姫「たかだかゲームで出来ない事が、リアルで出来るはずがありませんよ」
魔王「……やってやる」
魔王「で、お前は最初、どれを選んだ」
姫「仰いましたでしょう。こちらの青いラッコです」
魔王「では……私はこちらでいこう」
姫「あら、炎タイプをお選びになるとは」
魔王「炎は水が弱いのだろう。説明書に書いてあった。お前よりも不利な状態から、私はこのゲームを華麗にクリアしてやろう」
姫「別にそういう難易度変化があるわけではないのですが……」
姫「……あら」
魔王「……」
姫「もうこんな時間です。すっかり夜中になってしまいました」
魔王「……」
姫「あの……私は今夜どこで寝ればいいのでしょうか?」
魔王「……」
姫「さ、流石にこたつで一夜を過ごすのはお行儀が悪いですし……それも魔王とはいえ殿方と……だなんて」
魔王「……」
姫「……あのー」
姫「……えいっ」
魔王「……足を蹴るな」
姫「もう、何度も呼びましたのよ。そんなに熱中なされるなんて」
魔王「こんな下らない物に、私が熱中しているわけがないだろう」
姫「充電器を繋ぎながら黙々とプレイなさっていながら何を……」
姫「でもおかしな話ですねえ」
魔王「何がだ」
姫「一人の時ではあんなに広かったこたつも、貴方がいるだけでこんなに狭くなるだなんて」
魔王「……いつも」
姫「はい?」
魔王「いつも一人だったのか?」
姫「はい」
姫「お父様ともお母様とも、お嫁に行かれたお姉様達とも。一緒にこたつに入ったことはありませんね」
魔王「……」
姫「でも、ちょっと足を伸ばせば真正面にいる方に届くのですね。こたつ中毒は長いのですが、今になってようやく発見しました。こたつには色々な発見がまだまだあるのです」
魔王「そうか……む」
姫「どうなされましたか?」
魔王「この……ポケルスとは何だろうか」
姫「……それは、クリアなさってからお調べ下さい」
魔王「?」
姫「で、私はどこで眠ればいいのでしょうか。もう夜も遅いですし」
魔王「ああ……一応部屋を用意しているが」
姫「では、とりあえず今夜はそこを使わせて頂きます」
魔王「勝手にしろ」
姫「それではお休みなさいませ。また明日」
魔王「ああ」
魔王「変な女だな……」
魔王「まあいい。私は早くこれをクリアしなければ」
魔王「……」
魔王「……」
魔王「……」
魔王「……む?」
姫「はあ……やはりこたつは素敵でした」
姫「住み慣れたお城ではないのが少し悔やまれますが……」
姫「ですがこたつさえあればどこでも都です」
姫「少々狭くなってしまいましたが、そんなことでこたつの魅力が減りませんでした。明日もこたつ天国です」
姫「やはりこたつこそ正義!こたつこそが世界を平和に導くのです!」
魔王「何の宗教だ」
姫「!?」
姫「な、な、な!何ですか急に!ノックも無しに淑女のお部屋に入らないでください!」
魔王「いや、お前が淑女かどうかは、大いに疑問が沸く所だが……」
姫「はっ……!まさかこれがいわゆる"よばい"というやつなのでしょうか!?」
魔王「そこまで飢えてはおらぬ故、安心しろ」
姫「どうだか!そう仰る方こそ怪しいのです!漫画で読みました!」
魔王「ええい喧しい……いいから来い」
姫「え、え?」
姫「な、何なのですか。部屋に連れ戻して」
魔王「見ろ」
姫「こたつがどうかなさいまして?」
魔王「お前が部屋を出て、急に冷めてしまった。どういうことだ」
姫「ああ、それは当然ですわ」
姫「これは王家に伝わる物。血統でなければ動かせないと、そう申し上げましたでしょうに」
魔王「……つまり、お前がいないと」
姫「こたつの温もりは幻の物となってしまいます」
魔王「よし分かった。命令だ」
姫「?」
魔王「一晩ここにいろ」
姫「ま……まあ!」
姫「つまり貴方もついにこたつが無ければ生きていけない体に!」
魔王「馬鹿を言え。夜も深まり更に冷えてきたのは確かだが、わざわざ他の暖房器具を用意するのが面倒なだけだ」
姫「口ではそう言ったところで、体は素直ということですね!これも漫画で読みました!」
魔王「黙れ」
姫「うう……ノリが悪いです」
姫「でも、流石に私も眠いのですけれど……」
魔王「ここで眠ればいいだろう」
姫「安らぎの地とはいえ、一国の姫が眠って良い場所ではないでしょう」
魔王「人質として魔王に捧げられたお前に、今更身分も何もないだろう」
姫「……それもそうですわね!」
魔王「何故今の台詞で活気が出る」
姫「ちょ、ちょっと憧れだったのですよね。こたつで眠ってしまうのって」
魔王「ならば好きなだけ惰眠を貪れ」
姫「望むところです!」
魔王「おい待て」
姫「はい?」
魔王「何故私から見て……側面に陣取る」
姫「こう、真っ直ぐに足を伸ばして眠るにはここが一番ではないですか」
魔王「ま、まあ確かにな……」
姫「それでは今度こそお休みなさいませ」
魔王「……休め」
姫「うふふ……今夜は一晩中こたつと一緒……ふふふ」
魔王「……」
姫「うう……」
魔王「起きたか。もう朝だぞ」
姫「か……体がだるいです。あちこち痛いです……」
魔王「一晩の寝所には適さぬか、こたつ」
姫「でも……暖かくて良かったですわ」
魔王「起き抜けに頬擦りする元気があれば大丈夫か」
姫「ふわーあ……おはようございます」
魔王「ああ」
姫「……一晩中やってらしたのですね」
魔王「当然だ。そろそろ終わりが見えて来たぞ」
姫「何が当然なのかよく分かりませんが……まあ、頑張って下さいまし」
魔王「おい、どこへ行く」
姫「お顔を洗ったり、歯を磨いたりと……朝の支度をしに。」
魔王「……朝食はここに用意させる。早く戻れ」
姫「……はいはい」
姫「ただいま戻りました」
魔王「ああ。ところで見ろ」
姫「まあ!」
魔王「これでクリアだ。どうだ。手際が良いだろう」
姫「凄いですこんな短時間で!初めて手を出した方の出来とは思えません!」
魔王「ふっ……当然だ」
姫「社会的にはどうかと思われますけどね」
魔王「お前がそれを……言うか」
魔王「しばらくこの手のものは十分だな」
姫「不眠不休でクリアなされたのですもの。当然です」
魔王「そうすると、再びやることが無くなってしまったのだが」
姫「大丈夫ですよ。あっても無くても変わりませんから」
魔王「どういう意味だ」
姫「こたつの魔の手に一度でも絡め取られてしまえば、本来の目的や仕事などはあっさり無に帰すのです」
魔王「恐らくそれらは無に帰してなどいない。見えない振りをしているだけだ」
魔王「しかし……ここに昨日初めて座った時は、何かを考えようとしていたような」
姫「考え事ですか?」
魔王「ああ……何と言うか、かなり大事な仕事についてだったような」
姫「お夕食のメニューについてとか……昨今の少子化問題についてとか!」
魔王「後半は何故私が悩まねばなぬのかと。むしろ邪魔な人間共が減るなら大歓迎だ」
姫「つまり……お年を召した女性が好みなのですね?」
魔王「会話を繋げる努力をしろ。全く違う」
姫「まあまあ、そうカリカリなさらないで下さい。無理に思い出そうとしてもきっと無駄ですよ」
魔王「お前にだけは言われたくはない……いや待て、確かお前絡みで何か考えようと」
姫「あ、この蜜柑特に甘いです。半分差し上げましょう。はい、あーん」
魔王「いるか……!!」
姫「……折角慰めて差し上げようと思いましたのに。あ、あら、如何なされましたの?突然こたつに泣きつくだなんて」
魔王「後一歩で思い出しそうだったのだ!それをお前が余計なことをするから……!」
姫「よ、余計なこととは何ですか!」
姫「折角気を利かせて食べさせて差し上げようと思いましたのに!」
魔王「それが余計なことだと言うんだ!」
姫「く……!もういいです!蜜柑、もうあげませんからね!」
魔王「いらんと言っているだろうが」
姫「昨日からあれだけ召しあがっておきながらよくもまあ……!」
魔王「全く……静かにしておけ」
姫「ふんだ……寝ます」
魔王「……勝手にしろ」
姫「……」
魔王「……」