姫「魔王様のご要望通り、私の身と、国の宝を貴方様に捧げます」
魔王「……」
姫「ですからもう、国を脅かさないで下さい……どうかお願いします」
魔王「……」
姫「……」
魔王「……」
姫「あ、あの……」
姫「どうなされたのですか……?先ほどからずっとお黙りになられて……」
魔王「私は……だな」
姫「は、はい」
魔王「貴様の国には、それはそれは恐ろしい兵器があると聞いた」
姫「はい……」
魔王「あらゆる者を内に取り込み、もってじわじわとした破滅に追いやるが……死の季節にのみ効果を発揮するという変わった兵器」
姫「その通りです」
魔王「私は長く生きてきたが、そのような変わった兵器の存在など寡聞にして知らなかった。だから少々興味を抱き、貴様の国を脅してみたのだ……丁度今は冬だしな」
姫「くっ……!」
姫「面白半分で我が国の宝を奪い、利用しようとするだなんて……!あんまりです!鬼です!悪魔です!」
魔王「魔王だが……で?」
姫「はい?」
魔王「この、宝とやらは一体何なのだ……」
姫「ふっ……分からないのも無理は無いでしょうね」
姫「これは王家に代々伝わる物。王族の血筋でなければ起動することは出来ません。それ故この存在は伝説と化し」
魔王「それも聞いた。だからお前も兵器と共に要求したのだ。大人しくこの兵器、動かして見せろ」
姫「……逆らえばどうなりますか?」
魔王「お前の国が地図から消える」
姫「ああ神よ……魔王に屈してしまう私をお許しください」
魔王「いいから早くしろ。最早お前が祈りを捧げるべきなのは、この私だ」
姫「うう……分かりました」
魔王「ああ、そうだ。試しに私にこの兵器を使ってみろ」
姫「!?」
魔王「『あらゆる者を破滅に追いやる』という謳い文句が気に入らん。どんな兵器を用いようと、魔王たる私を討つことは出来んのだとこの場で証明してやろう」
姫「恐ろしいお方です……ですが分かりました。そうおっしゃるのでしたら、一つ勝負といきましょう」
魔王「はっ、威勢の良いことだ」
姫「ではまず、靴をお脱ぎになって下さい」
魔王「ああ」
姫「そして、こちらに座って……あ、ちゃんと足を中に入れて下さいませ」
魔王「……こうか?」
姫「はい」
魔王「これは一体何なのだ……随分と柔らかいが」
姫「綿が詰まっておりますの」
魔王「兵器に……綿?」
姫「いいですね。起動しますよ」
魔王「あ、ああ。好きにしろ」
姫「では……スイッチオンです……!」
魔王「……?」
姫「どうですか。じわじわと足元が温まってきましたでしょう」
魔王「あ……ああ」
姫「ふっ……ろくに言葉も出ないご様子。これこそが我が国の誇る宝です!」
魔王「……」
姫「その名も"こたつ"と申します!」
魔王「つかぬことを聞くが」
姫「何なりと」
魔王「これはどういった兵器なのだ……?」
姫「全くもう……兵器だなんて怖いことをおっしゃらないで下さますか。これは王家に代々伝わる暖房機具でございます」
魔王「…………は?」
姫「あまりの快適さ故に、一度入ってしまえば出ることが出来なくなるという魔の机なのです」
魔王「……」
姫「そして注目すべきは敷布団と掛布団!今年は私の好みで大人しめの花柄に統一し」
魔王「よし分かった」
姫「?」
魔王「ちょっとお前の国を地図から消してくる」
姫「なっ……!話が違うじゃありませんか!こたつを差し出せば見逃して頂けると……!」
魔王「喧しい!私はわざわざ、このようながらくたを掠め取ったというのか!?虚仮にするのも大概にしろ!!」
姫「何ですって!?がらくたとは聞き捨てなりません!」
姫「見て御覧なさい!今にも貴方はこたつの虜と……!?」
魔王「逆に見ろ。すんなり出れたのだが」
姫「まだ出ちゃいけません!半時間くらい入っていないと効果が出ないんです!」
魔王「効果とは何だ。血行でも良くしろと言いたいのか」
姫「違います!もっと深い何かです!ほら早く座りなおして下さい!早くっ!!」
魔王「お前、国の存亡よりも、これのことでムキになっていないか?」
魔王「まあいい。そこまで言うのなら、少し付き合ってやろう」
姫「望むところです!こたつが魔王なんかに負けるわけがありません!」
魔王「ふっ……勝負などあってないようなものだろう。さてどのように貴様の国を潰すかでも考えながら」
姫「あ、蜜柑でも食べますか?」
魔王「聞けよ」
魔王「まあ、貰ってやってもいいが……どうした、この蜜柑」
姫「ふっふっふ……実はこのこたつには大きな秘密があるのです」
魔王「何、秘密だと……?」
姫「こたつの上に置かれたこの篭は……無限に蜜柑が沸く魔法の篭なのです!」
魔王「……蜜柑の他には何か出せんのか」
姫「蜜柑だけで十分でしょう」
魔王「もう何もコメントをしないと決めた」
姫「あ」
魔王「何だ」
姫「蜜柑はですね、こう、手の平で転がすと甘くなるのですよ」
魔王「……おう」
姫「いいですか。貴方はこたつを侮っておいでです」
魔王「いや、侮るも何も。たかだか暖を取る便利な機械だろう」
姫「ふっ……そう言っていられるのも今の内。そう遠くない内に、貴方はこたつなしでは生きていけない体になるのです」
魔王「大袈裟な……」
姫「そう!私がそうであるように!」
魔王「……はあ」
姫「ああ……貴方に差し出せと言われた時はこたつとの別離を思い死すら覚悟しましたが……こうしてこたつと共に在れるなんて……私は幸せ者です」
魔王「頬擦りするほどか。気色悪いな」
姫「ふふん……何とでも言うといいのです。よいしょっと」
魔王「おい」
姫「何ですか」
魔王「お前も入るのか。こたつに」
姫「当然です」
姫「ああでも……どうしましょう」
魔王「何がだ」
姫「真正面は貴方の顔を見なくちゃいけませんし、側面は貴方と距離が近い……どちらに座ればいいでしょうか」
魔王「知るか。いっそ入らないという選択肢はないのか」
姫「こたつを独占されて黙っていられませんもの!やっぱり真正面にします!」
魔王「……もう勝手にしろ」
姫「はあ……今年もお世話になりますこたつ……なでなで」
魔王「大丈夫か、お前」
姫「愛しいこたつと半年ぶりくらいに再会できたのです。涙を流して喜ばずしてどうしろとおっしゃいますの」
魔王「そもそもその執着が恐ろしいと言うか……そこまで良いものか?」
姫「もちろんです」
魔王「やはり分からない……」
姫「……」
魔王「……」
姫「……」
魔王「……おい」
姫「何でしょう?」
魔王「先程から、私達はろくな会話もなく蜜柑を貪り食っているだけなのだが」
姫「こたつとくれば蜜柑です。これらは不可分なのです」
魔王「まあ……それはいいのだが……その」
姫「何です。はっきり申し上げて下さい」
魔王「何と言うか……近くなるよな」
姫「ふっ……そんなことですか」
姫「私くらいのこたつ中毒者ともなれば当然対策済みです。こたつに入る前に、お花を詰みに行って参りましたから!」
魔王「自慢げに言われたところでどうしろと。私は少し部屋を出て行くが……せいぜい大人しくしていろよ。決して逃げようなどとは」
姫「こたつのある場所が私の死に場所です。逃げようなど思うはずがありません」
魔王「…………行ってくる」
魔王「本当に大人しくしているとは」
姫「あ、お帰りなさいませ」
魔王「もう少し自覚を持て……よっと」
姫「あら」
魔王「何だ」
姫「ふふふ……貴方もこたつ中毒初級のようですわね。私が何か言う前にこたつに戻るとは」
魔王「そういう事では断じてない。付き合うと言っただろう。暇潰しにな」
姫「ふっ、これなら案外早く堕ちそうです。何よりです。よいしょっと」
魔王「そうかそうか。良かったな……ってお前、何だそれは」
姫「ふふん」
姫「こたつといえばこれなのです!」
魔王「だから何だと」
姫「人生ゲームと申します!」
魔王「…………は?」
姫「その名の通り、人生をなぞるゲームですの。ルーレットを回して自身の駒を進め、止まったマスごとにお金を稼いだり払ったり結婚したり子供を持ったり……最終的に稼いだお金の総額で勝負を競うのです」
魔王「お前はそれを持ち出して、どうしようと言うのだ」
姫「はい、こちらが貴方の駒で」
魔王「やるか」
姫「や、やらないのですか!?どうしてです!?」
魔王「戯れにこの、こたつとやらの性能を見てはいるが、お前にそこまで付き合ってやる理由が無い」
姫「こたつとくれば人生ゲームなんですよ!?一心同体なんですよ!?」
魔王「蜜柑といいセットとなる物が多いなこたつ」
姫「それを否定するだなんて!貴方には人の心が無いのですか!?」
魔王「だから魔王だと」
魔王「と言うよりも、リアルの人生が今ここで終わりを迎えようとしていることに気付いていないのか?私が言うのも何だが、ゲーム等に興じている場合では」
姫「うう……こたつでの人生ゲームが否定されるだなんて……今までの人生で一番屈辱的です」
魔王「だから聞けというに」
姫「いいですよもう!せいぜい私が楽しんでいるのを、指を咥えて見ていなさい!」
魔王「はっ、勝手にしろ」
姫「いち、に、さん……あー!また借金ですわ!」
姫「あらあら残念。私は……あら。鉱山を当てました」
姫「私はまた子供が生まれました。さあ皆さん、出産祝いをお寄越しなさい」
姫「また借金……!くっ……しかし勝負はまだこれからです!見ていなさい!」
姫「ふふふ!望むところです!さあ早く這い上がっておいでなさいな!」
姫「そして私が一回休みから華麗に舞い戻ります」
魔王「…………」
魔王「おい……」
姫「あら、なんですか。楽しそうな空気に耐えかねたように」
魔王「正に耐えかねる空気だ。お前、一体先程から何をやっている」
姫「一人四役人生ゲームです」
魔王「……」
姫「ふふん。これはプロにのみ許された業ですのよ。素人は役に入りきる事も、臨場感を出す事も叶わずってあー!!」
姫「何をなさるのです!」
魔王「……ボードを引っくり返した」
姫「折角私②が首位独走していましたのに!全くもう……駒をちゃんと並べなきゃ」
魔王「ええい。貸せ」
姫「ちょ、何ですか返して」
魔王「一回だ」
姫「な、何がです」
魔王「一回だけなら……付き合ってやる」
魔王「四、五、六……おっと」
姫「ぐ、ぐぐぐ……」
魔王「また、つまらぬカジノで大儲けしてしまった」
姫「な、なんでそんなに強いのです!さてはあなたプロですわね!?」
魔王「素人だが。ほら、お前の番だぞ」
姫「くっ……私だってプロの端くれ!これから巻き上げ……」
魔王「『魔王に刃向い一回休み』、か」
姫「どこの魔王も私の敵です!!」
魔王「何故魔王に刃向って、一回休みで済むのだろうかこのゲーム」
魔王「ほれ、終わったぞ」
姫「酷いです……鬼の所業です……」
魔王「私が億万長者、お前が借金まみれ。分かりやすい勝敗がついたな」
姫「しかも私は無意味に子供が増えるばかりだったのに、貴方ときたら子供二人にマイホーム持ちという何だか理想的な一家を築き上げての大成功……うう」
魔王「まあまあそう落ち込むな。所詮これはゲーム……お」
姫「何ですの」
魔王「所有していた株券を計上するのを忘れていた。私の総資産、更に一億追加で」
姫「あんまりです!!」
姫「いいんです。いいんです。私にはこういう対人ゲームは合わないのです、きっと……」
魔王「お前、これのプロではなかったのか」
姫「プロですよ。でも、誰かと遊ぶのは初めてです」
魔王「お……おお」