女妖精「………待て。この男、面白いものを持っているぞ。触れてみろ」
男妖精「ふむ…?これは……ほう」
僧侶「………?」
男妖精「お前もそうなのか?」
僧侶「へっ?」
男妖精「…確かに面白いな。婆様に話してみるのも良いかもしれない」
女妖精「人間。気が変わった。私達はお前達を助けよう。ついてこい」
僧侶「!! ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!よ、良かったあ……」
男妖精「我々の里は普段、蜃気楼の向こうに隠してある。居場所を他言しないと誓え。他言したら殺す」
女妖精「貴様の目玉をくり貫き、口を縫い付け、耳に焼いた銅を流し込む」
僧侶「めちゃくちゃ怖いですう!!言いません、言いませんから…!」
~滅びの里~
僧侶「…わあ…!!い、今までこんなの無かったのに…すごい……砂漠に深い森が…」
男妖精「…木に触れてみろ」
僧侶「え?手が…と、通り抜けちゃい、ましたよ!?」
男妖精「遥か昔の姿を、蜃気楼を使い再現しただけ。昔はここも、豊かな森だったのだ。慰めに過ぎぬが…再現する事で、あるべき姿を忘れぬようにしている」
女妖精「人間がこの森を焼き、開き、渇かした。やがてここは砂漠となった。我々にとって、魔王よりも人間の方が害悪だ」
僧侶「………す…すみません……」
男妖精「我々は人間を憎んでいる。本来ならば里にいれる事は勿論、助ける事など有り得ない。それを忘れるなよ」
僧侶「…はい…!それでも、助けてくれてありがとうございます…」
男妖精「治療にはこの部屋を使え。私は婆様に、貴様達の事を報告してくる」バタン
女妖精「私は貴様に、その男を助けるやり方を教えよう」
女妖精「ただし、やり方を教えるだけだ。男を癒すのは、貴様がやれ」
僧侶「はい!お願いします、教えてください…!」
女妖精「この男に回る毒は最早末期状態。ただ毒消し草を使ったり、毒消し魔法を唱えるだけでは癒えないレベルに達している」
女妖精「この薬は我々が栽培し調合した、妖精の毒消し薬だ。これを傷に擦り付け、塗り込む。強めにだ」
女妖精「すれば、血と共に毒が吹き出すので、それを患部を押すように拭え。また薬を塗り付け、出てくる毒血を拭う……その繰り返しだ。休まずにやれ。毒を全て搾り出すまで」
女妖精「血が出なくなったら、この回復薬を飲ませろ。体力が戻り、魔法裂傷が癒える。薬が効けば直に目を覚ますだろう」
僧侶「わかりました…ありがとうございます、私、やります!」
女妖精「忘れるな、我々は人間を憎んでいる。貴様らに手を貸すのは我らの独断であり、気まぐれということを」
女妖精「この里の長である、婆様の返事次第では、例え治療が途中でも貴様らをここから叩き出す」
僧侶「……っ、はい…でも、それでも…ありがとう、ございます」
女妖精「………」バタン
僧侶「盗賊さん…本当に、ごめんなさい……必ず治してあげますからね、もうちょっとの辛抱ですからね…」
僧侶「まずは服を脱がせなきゃ。…し、失礼しまーす…」ゴソゴソ
僧侶「う…!ひ、ひどい……腕がすごい色、膨れ上がっている…こんなのを、ずっと隠していたんですか…」
僧侶「………あれ?」
僧侶「盗賊さんも、ロザリオつけていたんだ。…キャラバンで買ってもらったのと、よく似てる……盗賊さんのは、すごく古いもののようだけど…」
ゴシゴシ ゴシゴシ
僧侶「…うう……すごい、血が吹き出してくる…」
ゴシゴシ ゴシゴシ
僧侶「盗賊さん……お願い、目を覚まして」
ゴシゴシ ゴシゴシ
僧侶「ちゃんと名前を呼んでほしいけど……」
ゴシゴシ ゴシゴシ
僧侶「少しくらいなら、いいですよ。クソアマって言っても」
ゴシゴシ ゴシゴシ
僧侶「………だから、お願い……目を覚まして…」
ゴシゴシ ゴシゴシ
僧侶「私…頑張りますから。もっと、盗賊さんが我慢しなくていいように…頑張ります、から…」
ゴシゴシ ゴシゴシ
僧侶「盗賊さん……」グスッ
妖精長「………」
男妖精「報告は以上です。婆様、どう致しますか」
妖精長「…人間は憎い、それは私も同じです。しかし、私達は約束を守る。交わした約束は何よりも大事なもの。それが小さくとも大きくとも、等しく守らねばいけません」
妖精長「今が約束を果たす時ならば、それに従いましょう。けれど、これ以上の干渉は約束の内には入らない…このまま静観しなさい。ただし、彼の者が復活したならば、一度こちらに連れて来るのです」
男妖精「助からなかった場合は?」
妖精長「その時は死体を砂漠に投げなさい、共にいる者も同じく。そこまで関わる必要もなし……それから、里の出入口を閉じなさい」
男妖精「わかりました、婆様。そう致します」
・・・
「助けてくれてありがとう。このご恩は絶対に忘れないわ」
「私達は何よりも約束を大切にし、守るの。だからお礼に、約束をしましょう」
「この先、貴方達に危険が迫ったら…私達が必ず力になると、約束しましょう」
「助けてくれてありがとう……約束は必ず守るから。例え貴方達が人間でも。私達は、このご恩を忘れないわ」
「ありがとう。ありがとう……」
・・・
僧侶「………」ゴシゴシ
僧侶「………血が、出なくなった…あとは、回復薬を飲ませて……」
僧侶「盗賊さん…飲んで。回復薬ですよ…」
盗賊「………」ゴクッ
僧侶「…!良かった、飲んでくれた…!!す、少しずつ、ゆっくり飲ませよう…零れないように、少しずつ……全部、飲んで…」
盗賊「………」
盗賊「ゲホッ!!ゴホ、ゴホッ!」
僧侶「きゃ!ご、めんなさい、大丈夫ですか!?」
盗賊「………」
僧侶「…盗賊さん……盗賊さん…」
僧侶「………お願い…お願い、目を覚まして……」
盗賊「………」
僧侶「お願いぃ……!」
ガチャ
女妖精「………」
僧侶「盗賊さん…回復薬、ちょっと吐き出しちゃった…です、…目を開けてくれません……」
女妖精「………」
僧侶「…お願……お願い、お願いします、もう少し、薬を分けてもらえませんか…」
僧侶「また、飲ませますから……上手に飲ませますから、わ、私がへたくそだったから、いけなかったの。殴られてもいいです、でも盗賊さんには治ってほしい」
僧侶「お願いします…薬を、分けて…ください…!」
女妖精「薬はもう必要ない。峠は越えたのだから」
僧侶「………え?」
女妖精「息遣いを聞け。微弱故に聞こえないか?大変穏やかなものになっている」
女妖精「この男、毒以外にも、ろくに睡眠を取らなかったり、砂漠でも水を飲まなかったりしたのだろう。衰弱していたのも、毒の回りを加速させた原因だ」
女妖精「里から出たら、栄養のあるものを沢山食べて力をつければよい」
僧侶「………!!」
女妖精「一昼夜、一時も絶えず休まず、よく頑張ったな、お前も。……少し見直したよ、人間」ニコ
僧侶「は、はい…!ありがとうございます、本当に、ありがとう…っ!!盗賊さん、盗賊さん……ううう、良かった…良かったあぁ…!」
女妖精「………」ジャラ
女妖精「(…この、古ぼけたロザリオ…)」
女妖精「………」
盗賊「……ぐがー…ぐがー……」
僧侶「あっ…い、いびき。ふふふ…そういえば、盗賊さんが寝ているところ、私はじめて見るや…いっつも、私が先に寝ちゃってたから…」
僧侶「…私、自覚足りていなかった。ごめんなさい、盗賊さん…いっぱい迷惑かけて、ごめんなさい…」
女妖精「婆様が呼んでいる。お前は婆様に会うんだ、行け」
僧侶「…い、今は…盗賊さんの傍にいさせてください…」
女妖精「婆様との謁見の間だけ、この男は私が看ている。行け。婆様の元へ。行かねば2人とも、即刻、里から出ていってもらうぞ」
僧侶「うう……」ガタ
男妖精「婆様の元へは私が案内する。ついてこい」
僧侶「盗賊さんのこと、どうかよろしくお願いします…」バタン
男妖精「謁見の間、無駄口を叩くことは許さない。婆様が問いを向けた時だけ口を開け。わかったな」
僧侶「は、はい」
男妖精「婆様に何かしようとしたら、即座に貴様を殺す。それも肝に命じろ。……この部屋に婆様はいらっしゃる。くれぐれも粗相のないように」ギィ…
男妖精「婆様。人間の女を連れて参りました」
妖精長「ご苦労様です」
僧侶「(婆様、なんて呼ばれているから、おばあちゃんを想像していたけど)」
僧侶「(すごい、若くて綺麗な人じゃないですか…?)」
妖精長「…ありがとう。妖精族は、長い時を過ごすもの。それ故に、外見も変化に時間がかかるのです」
僧侶「!?」
妖精長「ですが、私はこの里で一番の長寿。故に皆は、長、婆様、と私を呼ぶ。それだけのこと。長い時を過ごしたことで…人の心も少しですが、読めるのですよ」
僧侶「(び、びっくりしました…)」
妖精長「そう、私は…長い時を過ごしてきた。故に、外見に変化が表れた、…この目はもう光を映さない。記憶の中でしか、私の知る緑豊かな里を見られない…」
妖精長「そこにいる男妖精、彼をはじめとした若い妖精達が、まだ生まれたばかりの頃。この里は人間によって滅ぼされました」
妖精長「大人以上に、子供は傷つく。純粋が故に脆く、ついた傷は深くなる。彼らが何故、人間を酷く憎むか…覚えていてほしいのです。わかれとは言わない、けれど…覚えていてほしい」
僧侶「………はい」
妖精長「森を焼かれた時、大半の妖精は他の土地に逃げました。この滅びの里に残るものは、皆、里を、故郷を惜しむ亡霊達です」
妖精長「私達は、この里と共に…滅ぶことを選びました」
妖精長「…人間の少女よ。貴方は、人間は、何故争うのですか?聞かせてください。何故、戦うのですか」
僧侶「………」
僧侶「…私も、……痛いこととか、怖いこととか…嫌いです、いやです」
僧侶「戦争だって…起きないほうがいいって思います」
僧侶「でも……私も、人間誰しも…我儘だから。誰かを守りたくて、自分を守りたくて、戦うんだと…思います」
僧侶「だからって、争ったり、他のものを傷つけていい理由になんかならないです」
僧侶「大事なものを守る為に立ち上がる、それ以外で争うことのないように…そうする為に、私達は……勇者様は、旅に出たんです」
僧侶「…私、落ちこぼれで…回復魔法が使えなくて。守るどころか、傷つけてばっかりで、すごく、すごく……情けない」
僧侶「そんな自分が嫌だから…変わりたいから…私は、戦います…」
妖精長「…人間はエゴの塊。それは昔から変わらない…」
僧侶「………」
妖精長「……そして、私達も…そうなのでしょうね」
妖精長「少女よ。回復魔法が使えないと言いましたね」
僧侶「は、はい」
妖精長「魔法とは、誰しも使えるものではありません。攻撃魔法は知識の象徴です。膨大な知識を得て、経験を使い、媒介を通して産み出すものです」
妖精長「そして、回復魔法とは……祈りの力が源となります」
僧侶「……祈り…」
妖精長「神に、己に、癒したい相手に。祈り、自覚し、捧げる…癒したいと願う、強い心の力を。それが傷を癒す奇跡を生むのです」
妖精長「貴方に足りないものはなんですか?それを知った時、気づいた時…その時こそ起きるでしょう、奇跡が」
僧侶「………」
妖精長「人間の男は、明日にも目覚めるでしょう。今日はこの里で休みなさい。男が目覚めたら、ここを出て行くのです」
妖精長「私達は約束を果たしました。もう、悔いはない……さようなら、人間の少女よ。二度会う事は決してない、私達は蜃気楼と共に揺らぐ、滅びの里の民。行きなさい、貴方達の進むべき道へ戻るのです」
僧侶「………」
僧侶「……ありがとう、ございました…長様…」
男妖精「失礼しました、婆様」
バタン
妖精長「………」
妖精長「……これで…悔いは、思い残すことは…ない……。……昔も、今も…変わらないね。フフ……懐かしい…な……」
男妖精「婆様が仰ることだ。今日は泊まっていけ。貴様らが乗っていた馬も繋いで癒してある、彼に砂漠の出口まで連れていってもらうといい」
女妖精「男の容態も安定し落ち着いている。この調子なら明日には完全回復を果たすだろう」
僧侶「何から何まで、ありがとうございました…」
男妖精「勘違いするな。婆様が仰ることだからだ。馬に罪はないからだ。貴様らの為ではない」
女妖精「我々は人間を憎んでいる。それを忘れるな、礼を言われる筋合いはない」
僧侶「…ふふ。それでも…ありがとうございます」
男妖精「見送りはしない。我々は里の出入口を閉じるのに忙しい。日が昇ったらすぐにも出ていけ」ガチャ
女妖精「次はない。二度会う事もない。さようなら人間、せいぜい長生きできるよう努めるがいい」バタン
僧侶「…はい。私達は必ず魔王を倒して…世界を平和にします。この砂漠に再び緑が蘇るよう…頑張りたいな」
僧侶「…ふうっ、落ち着いて、安心したら……なんだかすごく眠くなってきた…疲れがドッと出た感じだなあ…」
僧侶「ベッド……ひとつしかない…もういいや、盗賊さん、一緒に寝ましょう…」ドサ
僧侶「………」
僧侶「…マントと一緒だ、盗賊さんの匂い……でも、あったかさは…マントと比べ物にならない……」
僧侶「すごく、落ち着くなあ……」
僧侶「………」
僧侶「盗賊さんの、心臓の音…ドキドキ、聞こえる……良かった…本当に………良かっ…」
僧侶「………」
僧侶「………」
僧侶「………すぅ…すぅ……」
盗賊「………」
盗賊「………んが……、………」
盗賊「……!?な、んだ?どこだ、ここ。砂漠じゃねーぞ。……ちょっ、何故クソアマが俺とベッドに!?」
盗賊「ふ、服……どこだ?まさか、こんな小便臭いガキに、まさか!?…い、いや……無い無い。有り得ない。落ち着け俺、そんなわけじゃない」
盗賊「クソアマは……服、きっちり着ているしな。俺だって下着もズボンもちゃんと履いてんだ、だ…だから大丈夫……だろ?大丈夫だよな、誰か教えてくれ…!!」
盗賊は こんらんしている!
盗賊「なんか、やたらスッキリ晴れ晴れとした気分だしよ……あちこち痛かったのが嘘みてーにどっか無くなっちまったし…力が沸いてくるような……だから違……いや、確かに最近ご無沙汰だったけどよ…まさか…」
盗賊「………夢だ。これは夢だな、悪夢だ。ハハハ…寝直せ俺、早く目覚めろ俺、これはただの夢なんだ……」
盗賊は 現実から 逃げ出した!