姫(う~ん、どうしよう……逃げようとすればできると思うけど……)
姫(私に対する害意はなさそうだし、ムチャはやめておこう)
姫(とりあえずは戦いのできない姫として、事件解決を目指そうっと)
町民妻「いいのかしら、こんなことして……」
町民「いいわけないだろ! だが、子供のためなんだ!」
町民妻「えぇ、だけど……」
町民「あの薬を飲ませ続けなきゃ、子供は死んでしまうんだ!
しかし俺たちの稼ぎでは、もう限界なんだ!」
町民「もうまともな手段では無理なんだ……」
町民「姫様が一人で町を歩いていたのは、天のおぼし召しだったんだ。
子を助けたければこうしろ、と」
町民妻「でも、姫様の身代金を要求するだなんて、そんなこと……」
町民「心配するな。最悪、俺の単独犯だってことにする」
町民妻「でも……」
町民「うるさいっ! いいから早く、身代金を要求する手紙を書くんだ!
そしたら城の兵士に手紙を渡して、ここへ戻ってくる。
早くしないと姫様がいなくなったことが大騒ぎになってしまうぞ!」
姫は耳がよく、こっそり聞き耳を立てていた。
姫「………」
姫(なるほど)
姫(でも、こんな手段を取らなきゃならないほど高額な薬を飲み続けないと
死ぬ病気か……聞いたことがない)
姫(きっとこの人たち……騙されてる!)
姫(事情を聞いて王国警備隊に頼んで動いてもらえば、なんとかなるかも……)
姫(あの夫婦を、私をさらった犯罪者にしたくないしね)
姫(うん、そうしよう)
姫(かといって、姫の立場で説得してもイマイチ説得力がないか)
姫(世間知らずのお姫様に、騙されてるわよ、なんていわれてもねぇ)
姫(王国警備隊の女剣士として話した方がいいかもしれない)
姫(よし、ここはひそかに脱出して、女剣士になって戻ってこよう)
姫(もし本当の病気だったら、その時は姫として力を貸してあげよう。
薬代くらい……なんとかなるよね?)
姫が閉じ込められている部屋は二階にある。
姫「よっと」ヒョイッ
しかし、姫はかろやかに窓から飛び降り、脱出した。
城近くの森──
姫「だれもいないわね……?」キョロキョロ
姫「化粧落として……」コソコソ
姫「着替えて……」ゴソゴソ
姫「………」ガサゴソ
女剣士「よーし、完璧!」
女剣士「すぐ戻らないとね!」
女剣士が廃屋に戻ろうとすると、城下町で王国警備隊の一行を発見した。
女剣士(ゲ、まずい……まだ見つかりたくないなぁ)
女剣士(でもなんか、様子がおかしいな。なにかあったのかな?)
さっきのように、聞き耳を立てる女剣士。
隊長「……ついさっき、姫様を捕えた一味から城に犯行声明文が届いた!」
隊長「犯人たちは城下町近くの廃屋に立てこもっている!
先ほど国王陛下の御名にて、我々警備隊に姫救出の依頼があった!」
副隊長「ヘタに兵を動かすと、犯人どもを刺激しちまうかもってことか」
隊長「ああ。それにこういう事件は我々の方が慣れているからな」
戦士「あんなヤツらに姫を傷つけさせてたまるか!」
老剣士「まったく、捕まるとは情けない姫だわい」
新米剣士「必ず無事に救出しましょう!」
隊長(姫様……無事でいてくれ……!)
女剣士(もしかしてあの人たち、私がいないのに手紙出しちゃったの!?)
女剣士(まいったなぁ……)
女剣士(と、とにかく出動をやめさせないと! あの人たちを罪人にしたくない!)ダッ
女剣士「みんな、お久しぶり!」
副隊長「女剣士!?」
老剣士「な、なんでおぬしがここにおるんじゃ!?」
戦士「おお、戻ってきてくれたか!」
新米剣士「女剣士さん!」
隊長「……よく戻ってきてくれた。お前には色々と謝りたいことが──」
女剣士「それどころじゃないの! 私、今のアンタたちの話を全部聞いてたの。
今すぐ出動をやめて!」
隊長「……どういうことだ? 説明してくれるか?」
女剣士「えぇとね、さっき廃屋を通りかかったんだけど、
お姫様をさらった奴ら、全然大したことないから!」
女剣士「私一人で片付けてくるから、アンタらはここにいてよ」
隊長「ムチャをいうな! これは盗賊団の残党どもの犯行だ!」
女剣士「……え?」
隊長「この手紙を読め」ピラッ
女剣士「どれどれ……」
女剣士(姫は預かった……返して欲しければ盗賊団ボスを釈放しろ……)
女剣士(ど、どういうこと!?)
その頃、廃屋には盗賊団の残党たちがやって来ていた。
盗賊団員A「ふざけんじゃねぇっ!」
バキッ!
町民「ぐわぁっ!」
町民妻「あなたっ!」
盗賊団員A「ちっ、姫に逃げられただとぉ!?」
盗賊団員B「どうすんだよ、もう犯行声明の矢文は城に入れちまったぞ!」
盗賊団員A「知るかよ! くそっ、コイツが町で姫をさらってるのを見て
これは利用できる、と思ったのによぉ……使えねぇ!」
ドゴッ!
町民「げふぅっ!」
再び警備隊──
女剣士(もし、私が町民に連れ去られるところを残党が目撃していて、
それを利用するつもりでこの手紙を書いたとすると……)
女剣士(まずい……)
女剣士(私の読みが正しければ、あの人たちが危ない!)ダッ
隊長「おい、どこ行くんだ!?」
女剣士「えぇと、やっぱり廃屋に出動して! ただしゆっくり来てね」タタタッ
隊長「どういう意味だよ! オイ、待てって!」
城近くの森──
女剣士「急がないと!」ガサゴソ
女剣士(早く、早く!)ガサゴソ
姫「よし!」
姫(念のため、女剣士としての装備も袋に入れて持っていこう!)
姫(化粧は走りながらでいいや!)
姫(急げ、私~!)タタタッ
女剣士から着替えた姫は、全力疾走で廃屋に向かった。
廃屋──
町民「げほっ、げほっ……!」
盗賊団員A「ちっ、最悪だぜ……!」
盗賊団員B「どうする?」
盗賊団員C「姫の代わりにコイツら人質にするか?」
盗賊団員A「こんなヤツら人質にしても、ボスが釈放されるワケねぇだろ。
もうコイツらぶっ殺してズラかるしかねぇな」
盗賊団員B「そうだな。グズグズしてると、兵隊か警備隊が来ちまう」
町民「ひぃっ……!」
町民妻「お、お助けを……!」
盗賊団員A「恨むんなら、姫を逃がしちまったお前らのバカさ加減を恨みな」
盗賊団員Aは剣を抜いた。
姫「お待ちになって!」ハァハァ
町民「姫様っ!?」
町民妻「姫様、どうして!?」
盗賊団員A「えっ!?(なんで姫が戻ってきたんだ!?)」
姫「え、えぇっと──」ハァハァ
姫「忘れ物をしてしまって……ハァハァ……」
盗賊団員A「忘れ物……!?」
盗賊団員A「まぁいい……姫、今からアンタは俺らの人質になってもらうぜ。
おい、姫の体を縛れ」
盗賊団員B「へへへ、大人しくしてなよ」グイッ
姫「ハァハァ……あぁっ、やめてぇっ……!」
町民(どうして姫様は戻ってきたんだ……? 化粧も乱れているし……。
し、しかしおかげで助かった……。すいません、姫様……!)
姫と町民夫妻はロープで縛られ、二階の一室に閉じ込められた。
作戦成功を確信する残党たち。
ワイワイ…… ガヤガヤ……
盗賊団員A「ククク、これで大丈夫だ。姫が俺たちの手にある以上、
王国軍だろうが警備隊だろうが、俺たちに手を出せねぇ」
盗賊団員A「あとは廃屋にやってきた連中にボス釈放の要求をするだけだ。
モタモタしてたらあの夫婦の首でもちょん切ってビビらせてやろう」
盗賊団員B「ボスさえ戻ってくれば、盗賊団を復活できるな」
盗賊団員C「町民如きがなぜか姫をさらえちまうわ、逃げた姫はなぜか戻ってくるわ。
今日はツイてるな、まったく」
町民「姫様……申し訳ありません!
実は私、国王様から身代金をもらおうとしてあなたを──」
姫「お気になさらないで」スルスル
町民(え、姫のロープが……!)
姫「あらやだ。ほどけてしまいましたわ」
(あんな結び方じゃ、簡単に縄抜けできちゃうっての)
姫「勝手にロープがほどけるなんて、なんて幸運なのかしら!」
姫「あなたがたのロープもほどきますから、
少し怖いかもしれませんが、窓からロープを使って逃げて下さい」
姫「飛び降りたら、まっすぐ家に戻って下さい。悪いようにはしませんから。
よろしいですね?」
町民夫妻「わ、分かりましたっ!」
姫は町民夫妻の縄をほどくと、二人を窓から逃がした。
その後、姫も脱出し、近くの茂みに隠しておいた装備で女剣士となった。
女剣士(まったく今日はなんて忙しい日なんだろ!)
女剣士は廃屋に向かって歩を進めていた警備隊と合流した。
隊長「あ、女剣士! いきなり走り出して、どこに行ってたんだ!」
女剣士「ごめんっ!」
副隊長「今俺たちは残党がいる廃屋に向かってるんだ。
とはいえ姫が人質にされてる以上、どうしたものか……」
女剣士「あ、そのことなんだけどね」
隊長「?」
女剣士「多分私らが向かったら、彼ら廃屋から飛び出してくるだろうから、
遠慮なくやっつけちゃおう」
隊長「ど、どういうことだ? さっきからお前のいってることはわけが分からないぞ」
女剣士「いいからいいから。さ、盗賊団退治にレッツゴー!」
廃屋──
盗賊団員B「王国警備隊の奴らがやって来たぜ!」
盗賊団員A「バカなヤツらだ。こっちにゃ姫が──」
しかし、ここで彼らの思惑は崩れる。
盗賊団員C「いないぞ、部屋から姫とあの夫婦が消えてやがるっ!
縄をほどいて逃げやがったんだ!」
盗賊団員A「な、なんだとっ!? どうやって縄を……!?」
盗賊団員B「も、もう終わりだ……」
盗賊団員A「……くそっ、もう逃げられねえ! こうなったらヤケだ!
──アイツらぶっ殺すぞ!」