姫「……くっ」
スライム「あわわ……」
魔王「侍女に湯浴みの用意をさせている。身体を隅々まで清めておけ」
姫「……!」
魔王「ふふ。数刻後を楽しみにしておるよ」
姫(この下衆が!)
魔王「くれぐれも妙なことを考えぬように。自分の身、そして友の身のことを考えたまえ」ギィ
……バタン
姫(初めてが……)ゴシゴシ
スライム「ごめん……ごめんなさい」
姫「あなたが謝ることじゃないわ」
姫(この子を利用しようした罰が下った……というのは考え過ぎかしらね)
姫「……」
スライム「ど、どうしよう」
姫「どうしようもないわ」
スライム「でもきっと姫ちゃんがひどいことされちゃう……」
姫「それは。それは……」
『姫、俺からのプレゼントです。受け取っていただけますか?』
姫「……」
スライム「……」
姫「あなたは逃げて」
スライム「そんなことできないよ!」
姫「時間がないの。急いで。こっそり行くのよ」ギィ
スライム「でも、でもぉ……」
姫「ありがとう。この数日間、楽しかったわ」
スライム「……」
姫「早く」
スライム「……」プルプル
姫「?」
スライム「姫ちゃん!」
姫「な、なに?」
スライム「姫ちゃんはぼくの友だち?」
姫「……あなたはどう思う?」
スライム「ぼくは友だちだと思う。いや、今決めた。姫ちゃんはぼくの友だち!」
姫「ふふ……ありがとう」
スライム「だから」
姫「……?」
スライム「ぼくは友だちを助けるよ!」
……
…
ヒュウウウゥゥゥ……!
姫「――ッ!」
スライム「っと!」
ボイン! ボイン! ボイン……
スライム「うん。着地成功! できるとは思わなかったけど!」
姫「す、凄いわねあなた。あの窓の高さから着地できるなんて……」
スライム「ご褒美にアメちょうだい!」
姫「いくらでもあげるわよ!」
「ん、あれは……」
「姫だ! 姫が逃げた!」
「スライムも一緒だ!」
姫「気付かれたわね」
スライム「逃げるよ姫ちゃん! 掴まって!」
姫「どうするの?」
スライム「こうする!」プクー!
姫「わわ!? 膨らんだ!?」
スライム「きのう姫ちゃんが教えてくれたボールのマネ! 行くよ!」
ググ……ビョンッ! バイン!
姫「速い!」
スライム「どんどん引き離すよっ!」
姫「いっけー!」
……
…
洞窟
コウモリ「で。なんでオレのとこ来るんだよ」
スライム「疲れた……」
姫「ありがとうね」ナデナデ
コウモリ「聞けよ! っていうか一大事じゃねえか姫が逃げたなんて!」
スライム「でも、あのままあそこにいたら姫ちゃんが」
コウモリ「ちょっとは考えてこうどうしろよな! オレまでとばっちりじゃん!」
姫「……ごめんなさい」
コウモリ「うっ。そう素直に謝られると……」
コウモリ「……チッ!」
スライム「コウモリ君は、ぼくの友だちだよね」
コウモリ「絶交したくなってるけどな」
スライム「姫ちゃんとも友だちになってあげてほしいんだ」
コウモリ「ぐ……そ、それとこれとは話がべつだ! オレは巻き込まれるのはごめんなんだ!」
姫「……すぐに出ていくわ」
コウモリ「そ、そうだ。さっさと行っちまえ!」
スライム「……じゃあね、コウモリ君」
コウモリ「あばよ!」
コウモリ「……」
コウモリ「お、オレは悪くないかんな」
コウモリ「魔王さまに逆らうやつがいけねえんだ!」
コウモリ「だから」
姫『翼の皮に傷がついちゃってる』
コウモリ「だから……」
姫『はい、これで大丈夫』
コウモリ「うう……」
姫『あとこれ飴ちゃんね』
コウモリ「くっそくっそ!」バサッ!
森の中
スライム「急いで! すぐそこまで誰か来てる!」
姫「はぁ、はぁ……」
……
…
大鼻豚「フゴッ、フゴッ!」
側近(連れてきた豚どもの反応が活発だな。近いか)
側近「……姫! いらっっしゃるのでしょう!」
側近「魔王さまがひどく心配してらっしゃいます! あの方をこれ以上困らせる前に戻るのが得策かと!」
側近「でないと、"帰ってから身が持ちません"よ!」
姫「帰るって、何よ……! わたしの帰るべき場所はあそこじゃないのに!」ゼィ ゼィ
スライム「早く早く!」
「まあ、私がすぐにお迎えに上がりますのでご心配なく!」
姫「くっ……!」
スライム「追いつかれちゃうよぉ……!」
ガサガサ!
姫・スライム「!?」
側近(この茂みの向こうだな)
――ガサ!
コウモリ「ん? これはこれは側近さま!」
側近「……?」
コウモリ「どうかしましたか。そんな変な顔して」
側近「いや……ここに不審なやつが来なかったか?」
コウモリ「不審? って、どんな?」
側近「……」
コウモリ「ん?」
側近「……いや、なんでもない」
大鼻豚「フゴ……」
側近(豚どもの反応も鈍い……逃げられた?)
コウモリ「用がなければオレ、ちょっと忙しいんで失礼しますよ?」
側近「ああ」
コウモリ「……」パタパタ
側近「待て」
コウモリ「っ!」ドキィッ!
側近「お前は確か……伯爵家の息子だったな」
コウモリ「は、はひ……そうですが……」
側近「いや、それだけだ。行け」
コウモリ「失礼しました……!」パタパタ!
・
・
・
空の上
姫「あの。ありがとうございます蝙蝠の皆さん」
スライム「ありがとー!」
「いいってことよ。伯爵家の坊ちゃんたってのお願いだしな」
姫「でも……わたし、魔王のところから逃げてきてて」
「あーあー。聞こえねーなー」
「俺たちは何も見てないし聞いてない」
「たまたま集団で飛びたくなって、たまたま荷物を運んじまった。それだけだな、うん」
姫「……ありがとう」グス
「おっと、涙はまだとっときな。俺たちにできるのは少し運ぶことだけだからな」
「この先は嬢ちゃんたちだけでなんとかしな」
スライム「りょーかい!」ビシッ!
コウモリ「――はひぃ、なんだかどっと疲れた……」パタパタ
「お。坊ちゃんお疲れっス!」
スライム「ありがとうコウモリ君!」
姫「あなたのおかげで助かったわ」
コウモリ「……べつにお前のためじゃねーし。友だちのスライムのためだし!」
姫「あら。じゃあわたしとは友だちになってくれないの?」
コウモリ「な、なってやるよ。ただし義理だからな。いいか、義理だぞ!」
姫「ふふ。ありがとう」
コウモリ「……フン!」
……
…
夕方 死火山の山腹
「俺たちが運べるのはここまでだ。ここからは嬢ちゃんたちで頑張れよ!」
姫「ありがとうございました」
スライム「助かったよ!」
「どういたしまして!」
「坊ちゃんも行くんですかい?」
コウモリ「まーな」
「お父さまが心配してらっしゃいましたよ。あまり無理しないでくださいね」
コウモリ「しばらくしたら帰るからよろしく言っといくれ」
「新しい燕尾服を用意して誕生日を楽しみにしてらっしゃるんですから、気をつけてくださいよ。それでは」
姫「そろそろ日が沈むわね」
スライム「今日はここで野宿かなあ」
コウモリ「こっちに洞窟があるぜ。ここでなら安心して過ごせるだろ」
……
…
姫「なんだか……」
スライム「ひろーい!」
コウモリ「なんだここ? 自然にできたもんじゃないっぽいけど」
姫「……っ」ブル!
姫「いやな予感がするわ。引き返しましょう」
姫(……? こんなところに岩なんてあったかしら?)
コウモリ「っ!?」
スライム「姫ちゃん危ない!」
ズン!
「……避けたか」
姫「な……?」
スライム「うわあ!?」
「うるさい侵入者どもめ。儂の眠りを妨げた罪は重いぞ」
コウモリ「こいつは……火竜だ!」
火竜「礼儀がなっておらんな若いの」ギロ
――火竜にそうぐうした!
火竜「久々に目覚めて調子が悪いわい」
スライム「まずいよ姫ちゃん。プライドがたかくてゆうめいな火竜だよ」ヒソ
姫「怒らせるとよくなさそうね……ここはわたしにまかせて」ヒソ
火竜「ふわぁぁ……」
姫「火竜さま!」
火竜「ん?」
姫「わたくしは人間界の姫です。
このたびは知らなかったとはいえ、無礼にもあなたさまのお住まいに踏み込んでしまい申し訳ありませんでした」
火竜「ふむ」
姫「そのことにつきましては謝罪したうえで速やかに退出いたしますので、どうかお許しいただけないでしょうか?」
火竜「……」
スライム「……」ドキドキ
コウモリ「……」
火竜「よかろう」
姫「ありがとうございます!」
火竜「しかし、だ」
スライム「?」
火竜「勝手に踏み込んだ上で安眠を妨げたことへの償いが不十分ではないかね?」
コウモリ(……まずいな)