魔王「というわけで、穏便に連れてきた」
勇者父「よくやった……と言いたいとこだが」
魔王「何だ。何か文句でもあるのか」
勇者父「なんでベッドごと連れてきた」
魔王「仕方ないだろう」
魔王「我らのイベントが終わると、ゲームは勇者がベッドから目覚めるシーンから始まる」
勇者父「つまり俺ら同様、この子も待機場所が決まっちゃってると」
魔王「そういうことになるな」
勇者父「てか布団に潜ったままさっきから無言なんですけど。これ中身入ってんだよな、おい」
魔王「当たり前だろう。おい、顔だけでも出してみろ」
勇者「……」
魔王「ほら、いただろう」
勇者父「お……おー軽い感動。はじめましてーお父さんだぞー」
勇者「……」
勇者父「あの、この子無口すぎませんか」
魔王「まあそりゃ喋らんからなあ」
魔王「よくあるだろう、喋らない主人公。選択肢のみで意志疎通を図るタイプの」
勇者父「あー……なんかかけ声とか技名叫ぶときは声出る系か」
魔王「CDドラマではしゃべりっぱなしらしいがな」
勇者父「そりゃ主役が無口じゃ間が持たねーからな……」
勇者父「おーい。でも今は本番じゃねーんだし、好きにしゃべっていいんだぞー」
勇者「……」
勇者父「いやいや、って……」
魔王「ふむ、これがプロ根性というやつか。恐れ入ったな」
勇者父「ま、無口ってのも女の子って感じでいいかもしんねえな」
魔王「お前……やはり下劣な劣情を」
勇者父「父親目線だってーの!!」
勇者父「でも意志疎通どうすんのよ。せっかく来てもらったんだし、少しはしゃべりてーんだけど」
魔王「まあ、そこはほれ。これでも仕え」
勇者父「……何これ」
魔王「あ、枠はオプション画面で選べるからな。色もRGB指定で好きに調整できるぞ」
勇者父「……台詞とかが表示される、あれ?」
魔王「ああ、メッセージウィンドウだな。これで勇者と会話ができる」
勇者父「なんだってこんなとこで地味な筆談しなきゃなんねーんだろ……」
勇者父「えーっと『初めまして』……っと」
魔王「こらこら」
勇者父「なんだよ」
魔王「質問の形にしないと勇者が答えづらいだろう」
勇者父「なるほど……えーっと『ご趣味は?』」
魔王「見合いか」
勇者父「とりあえず『1:おしゃれ、2:スポーツ、3:読書』と選択肢を出してみた」
魔王「なんだろう……ゲーム冒頭に挟まれがちな、自己診断テストを彷彿とさせるな。主人公の成長パターンがそれで決まる的な」
勇者父「あれってなんかイライラするよなー意味あるんかと。こっちで勝手に主人公の型決めさせろ、と」
魔王「まあ、ああいうのは得てして制作側の自己満足であろうし……っと、無駄口たたく前に、勇者に聞いてみろ」
勇者父「おお、それもそうだ。さーどうかなー勇者ちゃん」
勇者「……」
勇者父「……」
魔王「……」
勇者父「……」
魔王「……」
勇者父「……」
魔王「……」
勇者父「お、おーい勇者ちゃん?」
魔王「完全に動きが止まっているな」
勇者父「これはなんだろ、選択肢が気に食わないとかか?」
魔王「もしくはお前との会話が単に苦痛であるか」
勇者父「俺ほとんど話しかけてねーよ!」
魔王「仕方ないな……では、あいうえお表のメッセージボードを開くとするか」
勇者父「あるなら最初っから出せよ」
勇者父「まあいい。さー勇者ちゃん答えてくれるかなー?」
魔王「気色悪い……あからさま鼻の下伸ばしまくってからに」
勇者父「うるせえ。俺は子煩悩なんだよ。ほーれ勇者ちゃんどうかなー?」
勇者「……」
勇者父「おお勇者ちゃんがメッセージウィンドウをおもむろに掴み、ぽちぽちと打ち込み……!」
勇者「『ねむい』」
勇者父「……」
魔王「……」
勇者父「……えーっと」
魔王「……うむ」
勇者「『ねてもいいですか?』」
勇者父「……あ、あのー趣味は?」
勇者「『ねることです』」
勇者父「……」
勇者「『おやすみなさい』」
勇者父「させるかあああ!!」
勇者「!?」
勇者父「年頃の女の子がそんなことでいいと思ってんのか!いいから起きろ!」
勇者「……だ、だって待機してなきゃ、だし」
勇者父「お前のそれは待機じゃなくて『怠惰』っつーんだよ!!」
勇者「うう……お布団かえしてー……」
勇者父「おいこら!魔王もなんとか言ってやってくれ!」
魔王「いやービキニアーマーのままで寝てたのか。お前が布団はぎ取ってくれたお陰でいいものが見れ」
勇者父「ごめん、布団返すわ」
勇者「!」
魔王「裏切り者めがああああああああ!!」
勇者「お布団……おふとんー……もう二度と放さないからね」
魔王「重症だなこれは」
勇者父「どう見てもよく訓練された引きこもり……こんなんでお前倒せるようになんのかね」
魔王「まあそりゃ、旅に出れば是が非でも戦闘せねばならんから」
勇者「いーやー!」
勇者「わたしはもう一生お布団とともに生きるって決めたの!それを邪魔するやつらは許さない!」
勇者父「お前しゃべらないんじゃなかったのかよ。プロ根性はどうした」
勇者「そんなものより、ずっと大事なものがあるって気付いたんだもん」
魔王「物語終盤で吐くべきだな、そういった台詞は」
勇者父「くそっ……娘がこんな自堕落な生き物だったなんて……!」
魔王父「まあ仕方ないだろう。始まるまでニートなのはお互い様なんだし」
勇者「もうこのままずっと始まらないでいてほしい……」
勇者父「それでいいのか主役よぉ……」
勇者父「ゲーム始まったらめくるめく冒険がいっぱいできるんだぞー」
勇者「そんなものより寝ていたい」
勇者父「カジノとか闘技場だとか!おもしろい場所だっていくらでも」
勇者「宿屋でごろごろしてるだけのイベントなら大歓迎です」
勇者父「それでどんな世界が救われるってんだ起きろ!」
勇者「いーやー!!」
勇者「主役なんてもうやだ……私はモブくらいがちょうどよかったのに……」
魔王「……ちなみにどんな役柄が良かったんだ?」
勇者「ずっとベッドで寝てる人。あ、でも寝言でヒントくれたりして、出番ちょこちょこあるような役回りがよかったかなーって」
魔王「ああ、そういうのあるよなあ。アイテムの場所とか教えてくれる類の」
勇者「そうそれ!魔王のくせに話がわかるんだねえ」
勇者父「謙虚なんだか大きく出てるのか、よくわかんねー希望転属だな」
勇者「というわけで、私が主役やんなきゃいけないこのゲームはクソです。だから始まらなくていいんです」
勇者父「お前なあ……仮にも主役がそんなこと言うなっての」
勇者「なんで?」
勇者父「主役になれなかった人たちに悪いだろうが」
勇者「……そうだね、ごめんなさい」
勇者父「どうして俺に謝るのかな?頭を下げるのかな?」
勇者父「ちっげーよ!俺は別に主役なんかにこだわりねーよ!」
勇者「……ほんとかなあ?」
魔王「まあ、本人がああ言っておるのだし、そっとしておいてやるべきだろう」
勇者「そうだねー中途半端な役でかわいそう……とか、思っちゃいけないんだよね」
魔王「ああ。重要と言っても所詮死体状態で中ボス止まり、などとは言ってはいかんのだ」
勇者父「お前ら何なの!?何でそんなに息合ってるの!?」
勇者父「あとお前は魔王と親しげにしゃべってんじゃねーよ!宿敵だろうが!父親の仇だろ!?」
勇者「まあそうだけど……その父親ピンピンしてるから仇って感じしないし……大体、お父さんだって魔王としゃべってるじゃない。それはどうなの」
勇者父「あ、うん、そんなことよりもっかい。もっかいその『お父さん』っての言ってくれ」
勇者「うわあああんもうやだー!お母さんのとこ帰って寝たいー!」
魔王「どうどう。気色悪いのは分かる。分かるぞ」
魔王「そういえば、お前の嫁さんにも会ってきた」
勇者父「え」
魔王「勇者を迎えに行くとき。いやあ、いい嫁さんだな。声もキャラ設定もいい」
勇者「お母さんのご飯おいしいんだよ、今度食べにおいでよ」
魔王「ほう。是非ともお願いしたい」
勇者父「ちょ、俺は?俺は誘ってくんねーの?」
魔王「お前は勝手に帰って食えばいいだろう」
勇者父「……」
魔王「お、おい、なんだその死相は」
勇者「お父さんはね、家に来たことないんだ」
魔王「……は?」
勇者「だってそういうシーンがゲーム中にないから。回想でも別の場所だったりするから」
魔王「つまりお前……」
勇者父「はい……そうです。嫁さんとは喋ったことも、会ったこともありません」
魔王「あ……あー、その。何というか……すまん」
勇者父「やめろ。お前から同情されると素直死にたくなる」
魔王「そうか?なら死ね。そうすれば嫁さん完全フリーだな」
勇者父「させるかあ!書類上の結婚より薄っぺらい夫婦だとしても……!俺の嫁だ!あの乳は俺のもんだ!」
魔王「笑わせる!触りもしない乳の所有権を主張するなど!」
勇者「帰って寝たいなあ……」
勇者父「ち、ちなみに、嫁はなんか言ってたか?」
勇者「お母さん?魔王のお城に遊びにいってくるねーって言ったら『気をつけてねー』って」
勇者父「それ……だけか?」
勇者「あ、あとお父さんについても」
勇者父「おお!それだそれ!どんなこと言ってたんだ!?」
勇者「『お母さんの夫役の人がお城に今いるみたいだから、よろしく伝えておいてね』って」
勇者父「他人行儀!この上もなく赤の他人!まっ赤っか!」
勇者父「よし死のう」
魔王「潔いな」
勇者「は、早まっちゃだめだよお父さん!私はお布団とラブラブしてるから物理的に止めることはできないけど!」
勇者父「お前は引きとめる気があるのかないのかどっちなんだ!」
勇者「お布団さえあれば別に……」
勇者父「娘もこの調子……やっぱ俺なんか死んだ方が……」
魔王「まあ私たちは所詮データなんだし、死ねるわけがないのだが」
魔王「ほら、お前にだって生きる理由くらい他にいくらでもあるだろう」
勇者父「……おっパブに行きたい」
魔王「その言葉で娘が布団にくるまったまま、全力で距離を取っているんだが構わないのか?」
勇者父「……そうか娘!」
勇者「へ!?」
勇者「な、なに?」
勇者父「嫁に捨てられた今!俺に残されたのはお前しかいない!」
勇者「す、捨てるもなにも、お母さん、お父さんのことどうとも思って」
勇者父「みなまで言うな!俺の生きる理由はお前だけだ!!」
勇者「……」
魔王「助けを求める目で見られても、困る」
勇者「えーっと……ごめんなんだけど、私もう好きな人がいるから……」
勇者父「ちげーよ。男女の仲になりたいわけじゃなくて、単にこう、仲良し親子として」
勇者「さっき会ったばかりなのに、なんで設定準拠で親子貫き通そうとするの。違うから。なんとも思ってないから安心してね」
勇者父「じゃあ相手は誰なんだよ!」
勇者「い、言えるわけないでしょ!?」
魔王「ああ、わかった。気になるやつ」
勇者「唐突に入ってきてなんで!?」
魔王「お前のような引きこもりに、選択肢がそうあるわけないだろう」
勇者「ぐっ……何も言い返せない」
魔王「つまり、勇者の片割れ。男主人公の方だろう?」
勇者父「何ぃ!?」
勇者父「近親相姦とか……漫画やゲームの世界でも最近うるさくなってきたってのに……いかん!絶対にいかんぞ娘よ!」
魔王「全年齢対象どころか発禁ものだな」
勇者父「せめてお父さんにしときなさい!」
勇者「せめて、の理由がわかんないし。違うし」
魔王「なら私はどうだ?」
勇者「私、魔王みたいな将来性のない死にキャラには興味ないのーごめんなさーい」
魔王「はっはっ、レベル1の分際でよく言うわ。褒めてつかわすぞ」
勇者父「褒める前にその効果のわかんねー闇の背景エフェクトしまえ。大人げねーなおい」
勇者「うわっ……魔王の沸点低すぎ……?」
魔王「沸点が低くなければ、魔王なんて短絡的な役職務まるわけがないだろう」
勇者「つくづく変な商売だね魔王」
勇者父「勇者もたいがいな職だがなー……ってかお前の好きなやつってーの、勇者片割れじゃないんだな?」
勇者「うん?」
勇者父「うん?」
勇者「勇者の片割れってなに?主人公私だけじゃないの?」
勇者父「……へ?」
勇者父「いやほら、こんなグラフィックのやつ、家にいなかったか?」
勇者「えー……誰この地味な人。こんな人知らないよ?」
勇者父「あれ、このゲーム主人公女だけ?」
魔王「いんや、ちゃんと性別が選べたはずだが……」
勇者「二週目から選べる隠れキャラかなにか?」
魔王「そんな無意味な特典いらんだろ」
勇者父「あー……もしかしてお前、ほとんど部屋から出ない?」
勇者「うん。お布団から出ない。ご飯はお母さんが持ってきてくれる」
魔王「完全なるヒキニートかお前」
勇者「だって、いつ出番くるか分かったものじゃないし……」
勇者父「じゃああれだな、別の勇者も他の部屋で待機してんじゃね?」
魔王「ああなるほど、部屋が二種類あるのか。選ばれた主人公の部屋からスタートする、と」
勇者「えっ、じゃあ私の家って私とお母さん以外に、もう一人いるの!?お母さん何も言わなかったよ!?」
勇者父「知ってるものと思ってたんじゃねーの」
魔王「まあ、こいつも勇者女の存在を私に聞くまで知らなかったわけだし」
勇者「うぇええ……なんか怖くなってきたよ……私の知らない家族とか……」
勇者父「多分この場合、一番怖くてつらいのは母さんだと思うんだがな」
魔王「旦那は戦死し、子供たちは揃いも揃ってヒキニート……因果な役だな」
勇者「ぐううぅぅ……」
勇者父「いやでも……そんな社会不適合者なお前でも好きな人とかいるんだな……逆に父さん安心したわ」
勇者「ねえねえ、魔王。何か攻撃翌力高めの武器とかないの?貸して」
魔王「城のあちこちに落ちてはいるが。今のお前のレベルだとその辺の雑魚に狩られるだけだ。諦めろ」
勇者「使えない!」
勇者「っていうか、もういいでしょー……いい加減帰りたいんだけど」
勇者父「えっ、それは困る!まだろくに話もしてねーのに!」
勇者「でも呼んだ理由、暇だから私に会いたいってだけでしょ?」
勇者父「……はい」