僧侶「朝起きたらみんながいなかったです」 1/5

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―――宿屋

僧侶「おはようございます!」

僧侶「あれ?」

僧侶「武道家さーん!」

僧侶「賢者さーん!」

僧侶「勇者さーん!」

僧侶「―――ははーん。朝からかくれんぼとは粋なことをしますね」

僧侶「どうせ、ベッドの下とかクローゼットの中に隠れてるんでしょ?」

僧侶「ほらほら、でてきてくださいよぉ」

僧侶「……いない」

僧侶「なるほど……なるほど……」

僧侶「―――私、置いて行かれたな」

僧侶「……なんで?」

宿屋一階 受付 

僧侶「あ、あの!」

店主「ん?ああ、僧侶さん」

僧侶「勇者さんたちは!?」

店主「え?もう随分前に出ていきましたけど?―――って、どうして僧侶さんが今頃起きてきてるんです?」

僧侶「分かりません!助けてください!」

店主「いや……私に言われても……」

僧侶「うぅ……」

店主「そういえば、少し様子が変でしたねぇ」

僧侶「というと?」

店主「なんかこう思いつめているような……みなさん険しい顔つきでした。挨拶しても無反応でしたし」

僧侶「……そうですか」

店主「昨晩、何かあったのでは?」

僧侶「昨晩……うーん」

―――昨夜 勇者の部屋

勇者「えーと、では明日以降の予定についてだけど」

賢者「予定通り、山を越えていくべきでしょう」

武道家「うんうん」

僧侶「でも、ちょっと大変じゃないですか?」

勇者「そうか?」

武道家「でも、山越えしないと次の街には行けないぞ?」

賢者「ええ」

僧侶「そうですか……わかりました」

勇者「僧侶が辛いっていうなら、やめようか?」

僧侶「勇者さん……♪」

賢者「……ちょっと、勇者様」

武道家「……こっちこい」

勇者「え?なんだよ……ちょっと、ひっぱるな!!」

僧侶「……?」

―――宿屋 廊下

賢者「勇者様、僧侶さんのことを大事に思うのは結構ですけど、ちょっと度が過ぎます」

武道家「あいつの意見でコロコロ予定を変えられるこっちの身にもなれ」

勇者「いや……でも……」

賢者「知っています。婚約者なんですよね?」

勇者「う、うん……」

武道家「だからって、過保護すぎやしないか?」

勇者「いや……だって、女の子だし……男の俺たちには分からない辛さがあるかもしれないだろ?」

賢者「そこまで言うなら、もう彼女とはここで別れてはどうですか?」

勇者「え……」

武道家「それがいいな」

勇者「別れるってそんなことできるわけ……!!」

賢者「旅の間だけです。魔王を倒して迎えにくればいいでしょう」

武道家「そんなに大事に思うならそうすべきだと思うぞ?」

勇者「しかし……」

賢者「大切な人を危険にさらし続けるのも気が引けるでしょう?」

勇者「だが、俺は彼女をこれまで守ってきた。これからだって―――」

武道家「もう魔王の城も近い。魔物は凶暴性を増している。絶対に守れるなんて保障はない」

勇者「それは、そうだけど……」

賢者「決まりですね」

武道家「だな」

勇者「……」

賢者「では、勇者様から僧侶さんにその旨を伝えておいてください。私と武道家さんで明日の予定を組んでおきますので」

武道家「頼むな」

勇者「……」

……ガチャ……

僧侶「あ、勇者さん。なんのお話をされていたんですか?」

勇者「いや……大したことない」

僧侶「そうですか?」

勇者「あ……それより、旅が終わったあとなんだけど……」

店主「―――それから、結婚後のお話をずっと?」

僧侶「は、はい……子どものときから、その……結婚することは決まってて……今更、そんな話なんてって思いましたけどぉ(モジモジ」

店主「許婚だったんですか」

僧侶「は、はい……///」

店主「それはそれは、おめでとうございます。早く魔王が倒されて平和な世界になるといいですね」

僧侶「ありがとうございます」

店主「しかし……尚更、置いて行かれた理由がよくわかりませんね」

僧侶「そ、うですね……はぁ……」

店主「愛想尽かされたわけではないでしょうね。わざわざ、寝る前にそんな話をするんですから」

僧侶「勇者さんはそんな人ではありません!!」

店主「では……あ……もしかして」

僧侶「なんですか?」

店主「勇者様はアナタを連れていきたくなかったのではないですか?魔王を倒すという危険な旅に」

僧侶「え……そんなことは……だって、私は勇者さんのために僧侶になって……今ではべホイミも使えるようになったんですよ?!」

店主「え?べホイミ?もうすぐ魔王と戦おうとしているのにですか?ええ?」

僧侶「え?何かおかしいですか?」

店主「いや、私も素人だからあまり詳しいってわけじゃないですけど、この辺を冒険するみなさんはベホマとかベホマラーとか使える人ばかりですよ?」

僧侶「べほま?なんですかそれ?」

店主「いやいや、上位回復呪文じゃないですか」

僧侶「でも、べホイミを覚えたとき勇者さんは「すごいね、さすがは100年の一人の天才僧侶だ」って褒めてくれましたよ?」

店主「それいつの話ですか?」

僧侶「先週ですけど」

店主「―――あの、失礼ですが、使える呪文を教えてくれません?」

僧侶「はい。えと、ホイミ、ニフラム、バギ、ザキ、べホイミ、あと勇者さん直伝のベギラマですね」

店主「……それだけ?」

僧侶「はい」

店主「なるほど……わかりました」

僧侶「え?」

店主「ずばり、あなたが僧侶として使えないから捨てられたのです!恐らく、勇者様ではなく、仲間の方々に!!」

僧侶「な……なんで……!?」

店主「戦力外通告ですよ」

僧侶「そ、そんな……だって、私は……!!」

店主「ベギラマまで習得するほど努力はなさったのでしょうが、やはり僧侶としてはダメダメなので……」

僧侶「でもでも!ちゃんと力の盾とかまほうじの杖でみなさんをサポートしてますし……!!」

店主「そんなの戦士や魔法使いにだってできます」

僧侶「あ、あと……宿屋探しとか買い物とか料理とか率先してやってましたし!!」

店主「魔王の討伐にはなんら意味のない能力です」

僧侶「あ、あとは……えと……えと……」

店主「ふう……僧侶さん、諦めなさい」

僧侶「え……」

店主「貴女は見放された。この事実、現実はどうしようもない」

僧侶「……」

店主「この街で待っていればいいじゃないですか。幸いここは旅人には友好的ですし」

僧侶「で、でも……」

店主「好きな人を信頼して待つのも愛の形だと、私は思いますよ?」

僧侶「そ、そうでしょうか?」

店主「ええ」

僧侶「……」

店主「どうです?ここで働きながら待ってみるというのは?」

僧侶「ここで、ですか?」

店主「いやね。ここ最近、結構利用客が多くなってきて、ベッドメイキングとかルームサービスとかしないといけないのに一人じゃ大変だったんですよ」

僧侶「はぁ」

店主「魔王の城が近いせいもあって、周辺の魔物は大変凶暴でしてね、傷ついた人もよく来るんですよ」

僧侶「そうでしょうね……」

店主「僧侶が常駐している宿屋なんて珍しいですし、どうですか?住み込み、三食付きで」

僧侶「でも……」

店主「では、ここから一人で帰るというのですか?そんなことしては勇者様が困るのでは?」

僧侶「え?」

店主「ここで待ってくれているはずの僧侶さんがいないと知ったら、悲しんで他の女性とくっついちゃうかもしれませんよ?」

僧侶「―――働かせてください!お願いします!!」

―――翌日

店主「一日の流れは昨日教えた通りですから」

僧侶「わ、わかりました……!!」

店主「そんなに固くならずに。リラックスして」

僧侶「は、はい……」

店主「では、まずは空き部屋の掃除からお願いします」

僧侶「はい!」

店主(うんうん……素朴で良い感じの子だ)

僧侶「えと……まずは水をバケツに入れて……モップと雑巾を持って……」

店主「さてと……私も業務を始めるかな」

僧侶「お……おも……バケツ……おも……(ヨロヨロ」

店主「大丈夫?」

僧侶「は、はひ……(よろよろ」

店主「あ、そこ段差になってるからきを―――」

僧侶「―――ぁあああああ!!!!!!(バシャー!!」

僧侶「すいません!すいません!!」

店主「あーあー、ここは私が拭いておくから、僧侶さんは部屋の掃除にかかって」

僧侶「は、はい……本当にすいませんでした……」

店主「気にしない気にしない」

僧侶「はい……」

僧侶(思えばいつも重たい物は勇者さんが持ってくれていたなぁ……バケツすら持てないなんて……はぁ)

―――二階

僧侶「えっと……空き部屋は確か……ここだったかな?」

ガチャ

男「え?」

僧侶「あ……」

男「うわぁぁぁ!!!!なに勝手にはいってきでんだよぉぉぉ!!!!」

僧侶「きゃぁぁぁぁ!!!!!すいませーん!!!!」

男「はやく閉めてくれ!!!」

僧侶「お着換え中に申し訳ありませんでしたぁぁ!!!」

店主「僧侶さん。言いましたよね?たとえ空き部屋に入る場合でも、ノックと声かけは忘れずに、と」

僧侶「うぅ……すいません」

店主「まあ、お客様も許してくれたから良かったものの」

僧侶「すいませんでした……」

店主「もういいですから、ほら、仕事に戻ってください」

僧侶「はい……」

―――二階 空き部屋

僧侶「はぁ……」

僧侶「私……こうして働いたことなんてなかったからなぁ」

僧侶「これ以上、迷惑をおかけしては追い出されてしまいます……がんばらないと」

ゴシゴシ……

僧侶「にしても、結構散らかってますね……ゴミも結構あるし……あ、そーだ♪」

僧侶「バギの風でゴミを外に出しちゃえば楽じゃないですか。私って天才♪」

僧侶「―――バキ!!」

ゴォォォォォ!!!―――ズバ!!!スバ!!!

僧侶「どどどど、どーしよ!?!?」

僧侶「シーツもカーテンも破けちゃった……ああ!!壁に傷まで……!!」

僧侶「これは……怒られる……絶対に怒られる……」

僧侶「そ、そうだ……!!」

僧侶「火事になったことにすれば……!!」

僧侶「よ、ようし……べギ―――」

店主「―――僧侶さん、言い忘れてたんですけど」

僧侶「ラマ!!―――え?」

ボッ!

店主「ぎゃぁぁあああああ!!!!!」

僧侶「あ、これは、その、ゴキブリがですね……!!」

店主「水だぁ!!早く火を消して!!!」

僧侶「は、はい!!―――バギ!!」

ゴォォォォォ

店主「風を起こしてどーするんだぁぁ!!!余計に火の回りがぁぁぁぁ!!!!」

店主「あ……はは……私の店が……もえたぁ……あははは……あははは……」

僧侶「あ、あの……」

店主「もえた♪もえた♪ここにあるのはわたしのみせだぁ♪ぜんぶくろこげひゃっひゃっひゃ♪」

僧侶「あ……」

町長「これ……僧侶さん」

僧侶「はい?」

町長「こっちに来なさい」

僧侶「は、はい……」

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