―――宿屋
僧侶「おはようございます!」
僧侶「あれ?」
僧侶「武道家さーん!」
僧侶「賢者さーん!」
僧侶「勇者さーん!」
僧侶「―――ははーん。朝からかくれんぼとは粋なことをしますね」
僧侶「どうせ、ベッドの下とかクローゼットの中に隠れてるんでしょ?」
僧侶「ほらほら、でてきてくださいよぉ」
僧侶「……いない」
僧侶「なるほど……なるほど……」
僧侶「―――私、置いて行かれたな」
僧侶「……なんで?」
宿屋一階 受付
僧侶「あ、あの!」
店主「ん?ああ、僧侶さん」
僧侶「勇者さんたちは!?」
店主「え?もう随分前に出ていきましたけど?―――って、どうして僧侶さんが今頃起きてきてるんです?」
僧侶「分かりません!助けてください!」
店主「いや……私に言われても……」
僧侶「うぅ……」
店主「そういえば、少し様子が変でしたねぇ」
僧侶「というと?」
店主「なんかこう思いつめているような……みなさん険しい顔つきでした。挨拶しても無反応でしたし」
僧侶「……そうですか」
店主「昨晩、何かあったのでは?」
僧侶「昨晩……うーん」
―――昨夜 勇者の部屋
勇者「えーと、では明日以降の予定についてだけど」
賢者「予定通り、山を越えていくべきでしょう」
武道家「うんうん」
僧侶「でも、ちょっと大変じゃないですか?」
勇者「そうか?」
武道家「でも、山越えしないと次の街には行けないぞ?」
賢者「ええ」
僧侶「そうですか……わかりました」
勇者「僧侶が辛いっていうなら、やめようか?」
僧侶「勇者さん……♪」
賢者「……ちょっと、勇者様」
武道家「……こっちこい」
勇者「え?なんだよ……ちょっと、ひっぱるな!!」
僧侶「……?」
―――宿屋 廊下
賢者「勇者様、僧侶さんのことを大事に思うのは結構ですけど、ちょっと度が過ぎます」
武道家「あいつの意見でコロコロ予定を変えられるこっちの身にもなれ」
勇者「いや……でも……」
賢者「知っています。婚約者なんですよね?」
勇者「う、うん……」
武道家「だからって、過保護すぎやしないか?」
勇者「いや……だって、女の子だし……男の俺たちには分からない辛さがあるかもしれないだろ?」
賢者「そこまで言うなら、もう彼女とはここで別れてはどうですか?」
勇者「え……」
武道家「それがいいな」
勇者「別れるってそんなことできるわけ……!!」
賢者「旅の間だけです。魔王を倒して迎えにくればいいでしょう」
武道家「そんなに大事に思うならそうすべきだと思うぞ?」
勇者「しかし……」
賢者「大切な人を危険にさらし続けるのも気が引けるでしょう?」
勇者「だが、俺は彼女をこれまで守ってきた。これからだって―――」
武道家「もう魔王の城も近い。魔物は凶暴性を増している。絶対に守れるなんて保障はない」
勇者「それは、そうだけど……」
賢者「決まりですね」
武道家「だな」
勇者「……」
賢者「では、勇者様から僧侶さんにその旨を伝えておいてください。私と武道家さんで明日の予定を組んでおきますので」
武道家「頼むな」
勇者「……」
……ガチャ……
僧侶「あ、勇者さん。なんのお話をされていたんですか?」
勇者「いや……大したことない」
僧侶「そうですか?」
勇者「あ……それより、旅が終わったあとなんだけど……」
店主「―――それから、結婚後のお話をずっと?」
僧侶「は、はい……子どものときから、その……結婚することは決まってて……今更、そんな話なんてって思いましたけどぉ(モジモジ」
店主「許婚だったんですか」
僧侶「は、はい……///」
店主「それはそれは、おめでとうございます。早く魔王が倒されて平和な世界になるといいですね」
僧侶「ありがとうございます」
店主「しかし……尚更、置いて行かれた理由がよくわかりませんね」
僧侶「そ、うですね……はぁ……」
店主「愛想尽かされたわけではないでしょうね。わざわざ、寝る前にそんな話をするんですから」
僧侶「勇者さんはそんな人ではありません!!」
店主「では……あ……もしかして」
僧侶「なんですか?」
店主「勇者様はアナタを連れていきたくなかったのではないですか?魔王を倒すという危険な旅に」
僧侶「え……そんなことは……だって、私は勇者さんのために僧侶になって……今ではべホイミも使えるようになったんですよ?!」
店主「え?べホイミ?もうすぐ魔王と戦おうとしているのにですか?ええ?」
僧侶「え?何かおかしいですか?」
店主「いや、私も素人だからあまり詳しいってわけじゃないですけど、この辺を冒険するみなさんはベホマとかベホマラーとか使える人ばかりですよ?」
僧侶「べほま?なんですかそれ?」
店主「いやいや、上位回復呪文じゃないですか」
僧侶「でも、べホイミを覚えたとき勇者さんは「すごいね、さすがは100年の一人の天才僧侶だ」って褒めてくれましたよ?」
店主「それいつの話ですか?」
僧侶「先週ですけど」
店主「―――あの、失礼ですが、使える呪文を教えてくれません?」
僧侶「はい。えと、ホイミ、ニフラム、バギ、ザキ、べホイミ、あと勇者さん直伝のベギラマですね」
店主「……それだけ?」
僧侶「はい」
店主「なるほど……わかりました」
僧侶「え?」
店主「ずばり、あなたが僧侶として使えないから捨てられたのです!恐らく、勇者様ではなく、仲間の方々に!!」
僧侶「な……なんで……!?」
店主「戦力外通告ですよ」
僧侶「そ、そんな……だって、私は……!!」
店主「ベギラマまで習得するほど努力はなさったのでしょうが、やはり僧侶としてはダメダメなので……」
僧侶「でもでも!ちゃんと力の盾とかまほうじの杖でみなさんをサポートしてますし……!!」
店主「そんなの戦士や魔法使いにだってできます」
僧侶「あ、あと……宿屋探しとか買い物とか料理とか率先してやってましたし!!」
店主「魔王の討伐にはなんら意味のない能力です」
僧侶「あ、あとは……えと……えと……」
店主「ふう……僧侶さん、諦めなさい」
僧侶「え……」
店主「貴女は見放された。この事実、現実はどうしようもない」
僧侶「……」
店主「この街で待っていればいいじゃないですか。幸いここは旅人には友好的ですし」
僧侶「で、でも……」
店主「好きな人を信頼して待つのも愛の形だと、私は思いますよ?」
僧侶「そ、そうでしょうか?」
店主「ええ」
僧侶「……」
店主「どうです?ここで働きながら待ってみるというのは?」
僧侶「ここで、ですか?」
店主「いやね。ここ最近、結構利用客が多くなってきて、ベッドメイキングとかルームサービスとかしないといけないのに一人じゃ大変だったんですよ」
僧侶「はぁ」
店主「魔王の城が近いせいもあって、周辺の魔物は大変凶暴でしてね、傷ついた人もよく来るんですよ」
僧侶「そうでしょうね……」
店主「僧侶が常駐している宿屋なんて珍しいですし、どうですか?住み込み、三食付きで」
僧侶「でも……」
店主「では、ここから一人で帰るというのですか?そんなことしては勇者様が困るのでは?」
僧侶「え?」
店主「ここで待ってくれているはずの僧侶さんがいないと知ったら、悲しんで他の女性とくっついちゃうかもしれませんよ?」
僧侶「―――働かせてください!お願いします!!」
―――翌日
店主「一日の流れは昨日教えた通りですから」
僧侶「わ、わかりました……!!」
店主「そんなに固くならずに。リラックスして」
僧侶「は、はい……」
店主「では、まずは空き部屋の掃除からお願いします」
僧侶「はい!」
店主(うんうん……素朴で良い感じの子だ)
僧侶「えと……まずは水をバケツに入れて……モップと雑巾を持って……」
店主「さてと……私も業務を始めるかな」
僧侶「お……おも……バケツ……おも……(ヨロヨロ」
店主「大丈夫?」
僧侶「は、はひ……(よろよろ」
店主「あ、そこ段差になってるからきを―――」
僧侶「―――ぁあああああ!!!!!!(バシャー!!」
僧侶「すいません!すいません!!」
店主「あーあー、ここは私が拭いておくから、僧侶さんは部屋の掃除にかかって」
僧侶「は、はい……本当にすいませんでした……」
店主「気にしない気にしない」
僧侶「はい……」
僧侶(思えばいつも重たい物は勇者さんが持ってくれていたなぁ……バケツすら持てないなんて……はぁ)
―――二階
僧侶「えっと……空き部屋は確か……ここだったかな?」
ガチャ
男「え?」
僧侶「あ……」
男「うわぁぁぁ!!!!なに勝手にはいってきでんだよぉぉぉ!!!!」
僧侶「きゃぁぁぁぁ!!!!!すいませーん!!!!」
男「はやく閉めてくれ!!!」
僧侶「お着換え中に申し訳ありませんでしたぁぁ!!!」
店主「僧侶さん。言いましたよね?たとえ空き部屋に入る場合でも、ノックと声かけは忘れずに、と」
僧侶「うぅ……すいません」
店主「まあ、お客様も許してくれたから良かったものの」
僧侶「すいませんでした……」
店主「もういいですから、ほら、仕事に戻ってください」
僧侶「はい……」
―――二階 空き部屋
僧侶「はぁ……」
僧侶「私……こうして働いたことなんてなかったからなぁ」
僧侶「これ以上、迷惑をおかけしては追い出されてしまいます……がんばらないと」
ゴシゴシ……
僧侶「にしても、結構散らかってますね……ゴミも結構あるし……あ、そーだ♪」
僧侶「バギの風でゴミを外に出しちゃえば楽じゃないですか。私って天才♪」
僧侶「―――バキ!!」
ゴォォォォォ!!!―――ズバ!!!スバ!!!
僧侶「どどどど、どーしよ!?!?」
僧侶「シーツもカーテンも破けちゃった……ああ!!壁に傷まで……!!」
僧侶「これは……怒られる……絶対に怒られる……」
僧侶「そ、そうだ……!!」
僧侶「火事になったことにすれば……!!」
僧侶「よ、ようし……べギ―――」
店主「―――僧侶さん、言い忘れてたんですけど」
僧侶「ラマ!!―――え?」
ボッ!
店主「ぎゃぁぁあああああ!!!!!」
僧侶「あ、これは、その、ゴキブリがですね……!!」
店主「水だぁ!!早く火を消して!!!」
僧侶「は、はい!!―――バギ!!」
ゴォォォォォ
店主「風を起こしてどーするんだぁぁ!!!余計に火の回りがぁぁぁぁ!!!!」
店主「あ……はは……私の店が……もえたぁ……あははは……あははは……」
僧侶「あ、あの……」
店主「もえた♪もえた♪ここにあるのはわたしのみせだぁ♪ぜんぶくろこげひゃっひゃっひゃ♪」
僧侶「あ……」
町長「これ……僧侶さん」
僧侶「はい?」
町長「こっちに来なさい」
僧侶「は、はい……」