勇者「魔王倒したし帰るか」 3/6

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僧侶の手記

今日、勇者から「一緒に冒険に行こう」と言われた。

とても嬉しい。反面、これから先の冒険の旅を思うと少し怖くもある。

ここまで書いている途中で、私の中に断るという選択肢が無いことに気付き、恥ずかしさと嬉しさを覚える。

旅立ちの初日、彼のもとへ行くと先客がいた。

彼と私の幼なじみでもある、戦士と魔法使いだ。

最近は、お互いの職が別のものでもある事もあり、疎遠になっていた。

特に、魔法使いとは彼のこともあり、自分から関わらなかった面もある。

私は臆病者だ。

冒険の旅に出て数日。

どうしても魔法使いとギクシャクしてしまう。

彼女は今も彼に想いを寄せているのだろうか。

こんな事ばかりを考える私は、本当に嫌な女だ。

今日、魔法使いに呼び出された。

彼女は泣きながら私を叩き、昔、彼に想いを寄せる私を見て身を引いたことを話してくれた。

そして、今の私を見るのは辛いと。こんな思いをする為に身を引いたのではないと言ってくれた。

私たちは、同じことを思って身を引いていたのだ。

ごめんね、魔法使い、勇者。

パーティー内の不和が解消された為か、冒険の旅は順調に進んでいる。

だが、別の問題が発生した。水と食料の問題だ。

今いる場所から次の村までは、どう見積もっても数日かかる。しかし、前の村まで戻るのも数日かかってしまう。

選択肢はそう多く無い。

近辺にいた、牛に似た魔物と蛇に似た魔物を食べた。

魔物の血で喉を潤し、魔物の肉で空腹を癒す。

どうやら蛇に似た魔物には毒性があったようで、先ほどから吐き気が止まらない。

鳥に似た魔物と、野生のリンゴを少し手に入れた。

リンゴを衰弱の激しい魔法使いに食べさせるが、全て吐いてしまった。

魔法使いの泣き声で眠れない。

眠れない。

ようやく村を見つけ、転がり込むように入った。

村は貧しく、食料はそんなに多く無いという。

村長へお金や道具を渡し、なんとか一晩の滞在と僅かな水と食料を分けてもらう。

村の住人は、私たちを心良くは思っていないらしい。

勇者のパーティーは魔物から狙われている存在で、そんな一味が居ることは百害あって一利なしという事なのだろう。

そんな状態でも、一晩の宿と貴重な食料や水を与えてくれたのだ。

彼らは悪くない。彼らは悪くない。彼らは悪くない。

神よ、我らを救い給え。

久しぶりのベッドで眠り、回復魔法と食事を取ったおかげで、魔法使いの容態はかなり良くなった。

村長から近くの街までの距離を聞く。

次の街まで早くて10日。今の私たちには絶望的な距離だ。

勇者と戦士と相談し、魔法使いには内緒にしようという事になった。

山道を黙々と進む。魔法使いの顔色はかなり悪い。

大丈夫と微笑む彼女を見ていると、涙が出そうになる。

小さな泉を見つけた。

子供のようにはしゃいで、水を思いっきり飲んだ。

幸せだ。神よ、ありがとうございます。

しばらく、この泉を拠点として行動する。

魔法使いは休ませ、二人一組の行動だ。

心の余裕が出てきたのか、勇者はずっと笑顔だ。

彼が笑顔だと私も笑顔になる。

それなりの食料を集め、水も補給した。

計算したところ、次の街までは後6日ほどか。

魔法使いの回復を待ち、出発することにする。

旅は順調。最近は魔物の味にも慣れてきた。

遠くに街が見えた。あと少しだ。

残った食料を使い、少しだけ豪勢な食事をした。

みんな笑顔だ。

街に入るのを断られた。

泣きながら私たちに謝罪する勇者の言葉が胸に響く。

彼は悪くない。街の人々も悪くない。

悪くない悪くない悪くない悪くない。

あの泉まで戻るか、先に進むか。

この選択肢を間違えたら、私たちは死ぬのだろう。

どこか達観している自分がいた。

勇者は先へ進むことを選択した。

自分の身体が自分の身体と思えない。

脚が重い。空腹と喉の渇きが酷い。

この辺りの魔物は毒性が強く、食べられないようだ。

魔法使いが倒れた。

戦士が背負って進む。私たちは進む。

喉が乾いた。

水。

みず

商隊が通りがかった。

彼らは、食料を求める私たちに、城一つ買えるような金額を提示してきた。

きっと多分、彼らは魔物なのだろう。

魔物だ。これは魔物が持っていた食料なのだ。

魔物の血の匂いが身体から取れない。

神よ、我らを救い給え。

魔物の商隊から奪った地図によると、近い街までどうにか行けそうだった。

今の私たちには、魔物の商隊が使っていた馬車もある。

これも神の思し召しか。

街の近くに馬車を停める。

馬車は魔物の血で汚れている為、余計な不安を与える必要もないだろう。

今夜はここで野宿だ。

商人の一団だと偽り、警備の兵へ僅かな金銭を与え、街へと入る事ができた。

今後はこうやって街や村へは入ることになるのだろう。

温かいベッドで眠り、美味しい食べ物を食べているのに、何故か涙が頬を伝う。

洗っても洗っても魔物の血の匂いが取れない。

魔法使いはずっと泣いている。

みんな眠れないのか、目の下のクマが酷い。

数日、街へ滞在を続けようと思う。

眠れないのもきっと今だけだ。

血の匂いが取れないのもきっと今だけだ。

忘れろ。忘れろ。忘れろ。忘れろ。

弱くてごめんなさい。

勇者が奇妙な葉巻を吸うようになっていた。

吸うとよく眠れるそうだ。

私も吸いたいと言うと、勇者が悲しそうな顔をしたのでやめておくことにした。

眠れないのは辛いが、彼に嫌われるのは耐えられない。

勇者が明るい顔で移動魔法を覚えたと言った。

これで食料と水の問題はかなり緩和される。

神は我らを見放してはいなかった。

悪夢は見るものの、どうにか眠れるようになってきた。

時間とは神の与えてくれた免罪符なのかもしれない。

勇者が旅の再開をみんなに伝えた。

正直、気が進まない。だが、彼は勇者だ。私たちのリーダーだ。

戦士や魔法使いも不満はあったようだが、結局、明日出発することになった。

荷物をまとめ、出発の準備をしていた際、随分と荷物が減っていることに気付いた。

その減っている荷物の中に、勇者が大事にしていたいくつかの品が無いことにも気付いた。

彼に言うと、困ったような顔で「無くした」と呟いた。

ようやく私はわかった。

本当の商人でもない私達が、長期にわたって街に滞在するという事の現実を。

金銭は無限ではないことを。

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