勇者「魔王倒したし帰るか」 5/6

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戦士が朝から、激しい嘔吐と下痢を繰り返す。

昼に食べた魔物が原因か。豚に似た外見に騙された。

解毒の魔法の効きが悪い。今夜は眠れなさそうだ。

どうにか戦士が持ち直すものの、立つのもやっとという状態だ。

魔力の消費をしすぎたのか、頭痛が止まらない。

気がつくと勇者の背に背負われていた。

どうやら私は倒れたらしい。

ぽつりと勇者が「ごめんな」と言った。

弱い自分がまた嫌いでたまらない。

私に続いて、戦士と魔法使いが倒れた。

私たちはここまでか。

勇者が単独で村まで向かった。

動けない私たちは、山で見つけた小さな洞穴で彼を待つ。

夜が怖い。

指が震える。文字を書くのも辛い。

魔物の声が近い。

ここ数日の記録は後日残そうと思う。

一つ言えること。

今、私たちは生きている。

魔物の声が近いと記した後、私たちの匂いを嗅ぎつけたのか、狼のような魔物が数匹現れた。

どうにか撃退するも、戦士の傷は深い。

癒しの魔法を限界まで使い、気絶しては起きてまた使う。

出血が激しかったためか、戦士はしきりに寒いと言う。

夜、魔物が群れをなしてやってきた。

戦士は虫の息だ。

私も魔法使いも傷だらけ。戦士はいつ死んでもおかしくはない。

私が覚えているのはここまで。

勇者が戻ったのはそれから三日が過ぎてからだったという。

私たちの遺体は激しく損傷していたものの、蘇生に必要な1/2は残っていたらしい。

獲物を保存する習性を持っていた魔物に救われるとは、皮肉なものだ。

死ぬという事。蘇生するという事。

変わり果てた魔法使いの姿を見て理解していたつもりだった。

自分の認識が甘かったことを痛感させられた。

生き返ってからのことは思い出したくない。

勇者が辿り着いた村には、移動魔法用の魔方陣はあるものの、充分な施設はなかったらしい。

結果、私たちは今、故郷で静養している。

家族は私を見て一日中泣いた。

私はそんな家族を、遠いものに感じていた。

身体が動くようになって数日後、教会の孤児院で養っている子供たちが私のお見舞いに来てくれた。

今の私は彼らの目にどのように映っているのだろうか。

次の日、誰ともなしに勇者のもとへと集まった。

翌日、旅を再開することが決まった。

決して使命にかられてなんかではない。

知り合いの多いここにいるのは辛すぎるからだ。

家族には旅を再開することを告げなかった。

ただ、手紙だけは残しておく。

「ごめんなさい」

それだけを書いて。

移動先の村で宿を取り、久しぶりに4人で話した。

これまでのこと、これからのこと。

自分のこと、みんなのこと。

お酒を初めて美味しいと感じた。

村の人から馬車を譲ってもらった。

決して安くはないものの、これで随分と楽になる。

早く海が見たい。

風の匂いに違うものが混ざり始めた。

どことなく、空気がベタついている感じだ。

だが、決して不快ではない。

海を見ることができた。

この感動をどう現していいかわからない。

港町へ到着した。

入国は実にあっさりと終わり、拍子抜けしてしまう。

宿に入り休んでいると、この国の兵が現れ、明日の謁見を命じた。

明るかったみんなの表情が一転して暗いものになる。

いつでも出られるよう、荷物だけはまとめておこう。

翌朝、兵によって案内された城は驚くほどに小さいものだった。

故郷のものや、砂漠の国の城よりも二回りは小さい。

更に、王にも驚かされた。

私とそう歳の違わない女王。それがこの国の王。

謁見はあっさりと終わり、私たちは数日の滞在を許された。

何か裏があるように思えて仕方ない。

街で食料や水、装備品を買い込んだ。

様々な人が行き交い、活気が凄い。目に映るものは珍しいものばかりだ。

買い物の際、いくつかのうわさ話を聞くことができた。

海向こうの国との交易により、この国は豊かであること。

女王は若くも思慮深く、民に慕われていること。

砂漠の国の物価が上がり、そこからの交易品が品薄になっていること。

次の目的地は海向こうの国になりそうだ。

海向こうの国へは、どうやっても船で行くしかない事がわかった。

問題は、その為に必要な旅費だ。

日の余裕が無い私たちは、女王へと相談を持ちかけることにした。

せめて旅費が貯まるまでの滞在を許されればいいのだが。

長期の滞在は許されなかった。だが、事態は大きく変化する。

みんな戸惑うばかりだ。

女王の目的がわからない。

女王は滞在の代わりに、旅費の支援を提案してきた。

対価は滞在の間、謁見を決まった時間に行うというものである。

謁見の場にて女王はこれまでの旅の話を聴かせるように命じた。

話の後、宿に戻った今も理由はわからない。

女王は様々な質問を返してきた。

冒険の旅が決して英雄譚などに語られる希望に満ちたものではないこと。

食料や水など、様々な問題が山済みであることなどを話すと、しきりに頷いては何かを記録していた。

目的がわからない分、不気味さを感じる。

翌日の謁見は私と魔法使いのみが呼ばれた。

相手は女性ではあるものの王であることに変わりはない。警戒を強くする。

なぜ女王は私たちの話を聞き、涙を流したのだろう。

しきりに私たちに謝る彼女に、私も魔法使いも困ってしまった。

ただ、不思議と悪い気持ちではなかった。

その日の夜、久しぶりに魔法使いと私は同じ部屋で語り明かした。

彼女と笑って話をしたのはいつ以来だろう。

奇妙な女王に感謝を。

早朝、兵に起こされ出国を命じられた。

理由を聞くも、私たちには知る権利は無いとだけ言われる。

少しでも信じた結果がこれだ。笑ってしまう。

まるで囚人のような扱いで、急き立てられるように船に押し込められた私たちの表情は、とても無機質なものだった。

海向こうの国まで2日ほどだと船長に言われた。

船員たちはどこか余所余所しく、私たちも進んでは話そうと思わない。

船酔いが辛い。陸が恋しい。

泣いている女王の夢を見た。

いつの日か、彼女の目的や涙の理由がわかる日がくるのだろうか。

6つの大国の4番目。海向こうの国へ到着した。

船は私たちを降ろすと、別れの言葉もなく去っていった。

これを書いている今も気分が悪い。今日は早く眠ろう。

気分は優れないが、時間は待ってはくれない

早く荷物の整理をし、出発に備えなくては。

次の目的地は、この国の王がいるという街だ。

なんで彼女は何も言ってくれなかったんだろう。

後悔だけしか残らない。

荷物の整理をしていた際、見覚えのない手紙があった。

それは女王からの手紙で、そこには彼女の真実が記されていた。

彼女が誰よりも勇者に憧れ、冒険譚に胸を躍らせる少女であったこと。

現実の私たちを知り、自分の無知を恥じたこと。

自分の国が、民が大切であること。

隣国の砂漠の国が宣戦布告してきたこと。

おそらく、自分たちは勝てないであろうこと。

それでも民も、自分たちも立ち向かうことを。

最後にはこう書かれてあった。

『それでも、逃げない勇気をあなた達がくれた』

『あなた達の旅に幸あれ』

次の街までの旅が始まった。

次に出会う王はどんな人物なのだろう。

あの女王と懇意だったとあれば、人格者なのではないだろうか。

手紙と一緒に入っていた紹介状が役に立つと良いのだが。

魔物の強さが増して来ている。

更に、人形のものも増えてきた。

食料に余裕のある今はいい。だが、今後はどうなるのか。

考えるのが怖い。

街道の道すがら、壊れた馬車を見つけた。

壊れ具合を見るに、魔物ではなく野盗に襲われたようだ。

敵は魔物だけではない。

警戒のために二人一組で寝ずの番をする。

私と番をすることになった戦士がぽつりと言った。

『俺達は何のために戦っているのだろう』

私は答えられなかった。

勇者と魔法使いが番をしていた際、野党が現れたらしい。

相手は飢えていたのか、私と戦士が起きる前に苦も無く撃退できたとのこと。

だが、魔法使いは精神的に辛いようだ。

炎の魔法で焼いた相手の悲鳴が耳から離れないらしい。

今は薬で眠らせている。

彼女を落ち着かせるのに必要なものは、神の言葉や祈りではなく、人の作った薬と時間だけだろう。

自分の存在意義を疑問に思う。

2度目の野党の襲撃。

相手は農民崩れなのか、鍬や鎌を手に持ち襲ってきた。

メイスで殴りつけたときの感触が手から離れない。

街が遠くに見えてきた。

今日中に辿りつけるだろう。

街にたどり着き、王女からの紹介状を渡した後、私たちは投獄された。

その際にこの手帳も没収されたため、その期間のことを今から記そうと思う。

投獄されてすぐ、勇者の尋問が始まった。

絶叫が響く中、隣の牢から魔法使いのすすり泣く声が聞こえる。

尋問を受ける。

何度殴られたかわからない。

私達は女王を騙してなどいない。

魔法使いの悲鳴がこだまする。

勇者と戦士のいる牢からはうめき声だけが聞こえる。

私も似たようなものだろう。

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