勇者「魔王倒したし帰るか」 4/6

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次の街までの行程は順調に進んだ。

だが、私の心は重い。

勇者と戦士の間にも、以前のような気安い空気がなく、常に張り詰めた感じがする。

私たちは一体、何をやっているのだろう。

街へ到着し、宿で休んでいると勇者と戦士の部屋から怒号が響いた。

慌てて二人の部屋に向かうと、勇者と戦士が取っ組み合いの喧嘩をしていた。

魔法使いの身を案じる戦士と、先へ進むことを選択した勇者との間で意見が割れたためのようだ。

魔法使いと協力し、どうにか二人をなだめる。

勇者が外へ頭を冷やしに行った際、前の街で私が気付いたことを二人に話した。

魔法使いは気付いていたようだが、戦士は唖然とした表情をしていた。

これが不和を解く切っ掛けになればいいと心から思う。

目が覚め、隣の部屋を覗いてみると、勇者と戦士がテーブルに突っ伏して寝ていた。

辺りに散乱する酒瓶を見るに、二人で夜通し飲み明かしたようだ。

昼過ぎに二日酔いで目を覚ました二人は辛そうではあったけれど、顔は晴れ晴れとしていた。

私たちの結束は深まったようだ。

街に滞在している間、各自で仕事を請け負うことにした。

勇者と戦士は近くの盗賊を捕縛する仕事。

私と魔法使いは、街の教会で蔵書の管理の手伝いだ。

冒険の旅よりも不思議と充実している。

勇者と戦士が戻ってきた。

報酬はそれなりの額があったらしく、豪勢な食事を取ることができた。

どんな事があったのか二人に尋ねると、口を揃えたように「大したことはしていない」としか返してくれない。

何故か胸に嫌なものが広がった。

路銀も増え、次の出発を明日に控える事になった。

買い出しの際、広場に貼り出された立て札が目に入る。

盗賊団が壊滅したらしい。

冒険者の手によって首領以外はその場で惨殺され、首領も本日、縛り首になったということだ。

淀んだ目で自分の手を洗い続ける勇者と戦士の姿を思い出す。

私は、二人に何が出来るだろう。何が出来ているのだろう。

ずっとそんな事ばかり考えている。

次に目指すのは、乾燥地帯にある小さな村ということだ。

水を多めに携帯し、馬車へと保管する。

村へ向かう途中の道で、いくつかの遺体を見つけた。

どれもミイラ化しており、魔物に食べられたのか破損が激しい。

埃が酷く、口の中に常に砂利を入れられたような感触がする。

髪がざらつく。水浴びが恋しい。

しかし水の量は目減りしており、余裕など無い。

この地方の魔物は筋張ってはいるものの、食用としても問題ない種類が多い。

水に関しては、偶然にも水分を多く含む植物を見つけることが出来た為、次の村までは何とかなりそうだ。

村は壊滅していた。

壊滅した村を散策してみたところ、井戸が枯れた事が原因であるのがわかった。

水を奪い合い、日々を絶望で過ごす村人たちの心境を思うと胸が痛い。

此処へ来る途中で見つけたいくつかの遺体は、この村の人のものだったのかもしれない。

神よ、彼らに安らかなる眠りを。

勇者の移動魔法で前の街まで戻り、食料と水を補充して壊滅した村まで戻る。

村の中にあった移動魔法用の魔方陣に破損がなかったのは不幸中の幸いか。

移動魔法の使用は披露が激しいらしく、勇者の顔色が悪い。

今日はこの村で一晩明かすことになりそうだ。

比較的、綺麗な家を選んで泊まることにする。

戦士が、村の中を物色する案を出した。

強盗と変わり無い行為を咎めようと思ったが、戦士の辛そうな顔を見ると言葉が出ない。

結局、全員で村を物色する事となった。

私が担当した家で、子供の描いた絵を見つけた。

私にはこれから先、神に祈る資格はないだろう。

次の街は、砂漠の中にある街だという。

小さいながらも王の収める街であるため、支援を受けられるかもしれないらしい。

だが、期待するのはやめておくことにする。

希望から絶望へたたき落とされるのはもう嫌だ。

砂漠へと差し掛かった。

ここを抜けるまでは、昼は穴を掘って休み、夜に移動する事になる。

水が生命線だ。無駄遣いしないようにしなくては。

日陰の中でも容赦なく太陽の光が私たちを焦がす。

水を少しでも節約し、体力を温存するために薬草を口に含んで噛み続ける。

苦いと思ったのは最初だけで、今はもう何も感じない。

ただ機械的に口を動かすだけだ。

体力の消耗が激しい。

砂漠の敵は夜行性のものが多く、危険度も高い。

腕の傷がじくじくと痛む。

披露と油断を魔物に突かれた。

辛くも撃退には成功したが、魔法使いが死んでしまった。

蘇生のため戻るか、先へ進んで街で蘇生させるか。

勇者は進むことを選んだ。戦士は戻ることは選んだ。

私は……進むことを選んだ。

戦士が一言もしゃべらない。

戦士の次にお喋りな魔法使いは死亡しているため、とても静かだ。

魔法使いの腐敗が進んでいるのか、鼻を突く臭いがそこら中に漂う。

腐臭に寄せられてか、魔物の数も増えた気がする。

私の選択は間違っていたのだろうか。

馬車の中の魔法使いの遺体にハエがたかっている。

戦士が必死になって追い払ってはいるが、魔法使いの身体から湧いているのだから根本的な解決にはなっていない。

魔法使いの綺麗な顔はボロボロで、目が糸を引いてこぼれている。

ようやく街を見つけた。

もう鼻は麻痺し、何も感じない。

馬車にはなるだけ近寄らないようにしている。

街へ到着し、勇者一行であることを告げると、長い時間待たされた後に滞在を許された。

魔法使いの遺体は、馬車の中に入れたまま教会へ運ばれた。

戦士は教会へ同行し、私と勇者は宿へと向かう。

明日、王宮にて王と面会することになった。

王宮にて王と面会した。

少なくとも、私は好きになれない相手だ。

面会している間のねめつけるような視線が忘れられない。

面会の後、教会へ向かうが、魔法使いは面会謝絶とのこと。

明日、出直すことにする。

やはり面会は難しいとのこと。

だが、部屋の小窓から覗くことだけは許可された。

最初は意味がわからなかったが、覗いてみて納得した。

死ぬ瞬間のイメージ、蛆が身体を這い回る感触、腐敗していく感覚。

それらが魔法使いの脳と身体を壊し続ける。

拘束具をつけられ、よだれと涙を流し、自分の身体を掻き毟ろうと必死にもがく姿に、以前の優雅さは微塵も残ってはいない。

帰り際、戦士がぽつりと言った言葉が忘れられない。

『俺達は罪人だ』

お酒を初めて飲んだ。

とても不味い。だが、ふわふわとして色んなことを忘れられる。

勇者は部屋から出てこない。私も部屋から出ようと思わない。

誰か私たちを助けてください。

魔法使いが戻ってきた。

あれからどれぐらいの日が経ったのか、日付の感覚が曖昧だ。

魔法使いの頬はげっそりとこけ、一言もしゃべらない。

目だけが爛々と私を見つめていた。

魔法使いの回復を待っていたのか、全員、王に呼ばれた。

王から近場の遺跡に向かい、魔物の殲滅を命じられる。

数日の猶予を勇者が申し立てると、国で支払った魔法使いの蘇生の代金や、今の宿の代金などをたてに取られ翌日の出発を命じられる。

帰り際、王に私だけ呼び止められ、今後は王宮付きの司祭にならないかと誘われた。

王が私を司祭として求めていないことはわかっていた為、断った。

一刻も早く、この街を出たい。

街から出発して遺跡に向かう間、誰も口を開かない状態が続いた。

その道のりの間、私は思考を停止させ、魔物を倒し、傷付いた仲間を癒すことだけに集中する。

神へ祈り、誰かを癒す回復魔法を私がまだ使えるのが不思議でたまらない。

遺跡に到着した。

王からの依頼も完了した。

街へと戻ったが、何もする気が起きない。

ようやく気分が落ち着いてきた。

旅を続けた結果、私は強くなったのだろうか。弱くなったのだろうか。

あの日の事は明日にでもここに残そう。

吐き出さないと壊れてしまいそうだ。

結論として、遺跡に魔物は確かにいた。

ただし、遺跡にいたのは小さな魔物やその母親と思われる魔物。

この魔物を残せば、いずれ大きくなり人の街を襲うのだろう。

頭では理解している。だが、身体が動かない。

勇者と戦士が泣きながら魔物を斬り、魔法使いが泣きながら魔物を焼き払う。

悲鳴が遺跡にこだまする。

「痛い」「熱い」「殺さないで」「許して」「許して」「許して」

悪酔いしたのか気分が悪い。記録はここまでにしてもう寝よう。

この人の言葉を理解し喋る魔物に関しては、後日、別の報告書を作成し、教会へと提出する予定だ。

街を脅かし続けていた魔物の集団を殲滅したとして、街の中での私達は英雄扱いされた。

産まれたばかりの赤ん坊を一度抱いて欲しいと赤ん坊の母親に言われたが、やんわりと断る。

私達は英雄なんかじゃない。

勇者が次の街への出発を王へ進言したが断られた。

もし命に反するならば、罪人とみなすとまで言われた。

どうやら王は、私達を国の守り手とし、飼い殺しにしたいようだ。

街で噂されている隣国との戦争が近いという噂は本当のようだ。

何処でも監視の目が光っている。

精神的な疲労が溜まり、常に身体がだるい。

勇者が街からの脱走を提案した。

これだけの監視の中、気付かれずに逃げる事は無理だという事はわかっている。

逃げれば罪人の烙印を押される事もわかっている。

それでも誰も反対しなかった。

どうせ、私達はとっくに罪人なのだから。

必要最低限の荷物をまとめ、深夜に逃げるように宿を飛び出した。

監視者に見つかったのか、すぐさま街中に鐘の音が響き渡る。

怒号と悲鳴が響き渡る中、私達は走り抜けた。

途中、家の中から怯えた目でこちらを見つめる、赤ん坊を抱いていた母親を目の端に捉えた。

きっと彼女は、自分の子を英雄にしようなどとは思わないはずだ。

どうかその子が、普通の人生を歩みますように。

食料も水も僅かしか持ち出せず、馬車も無い。

それなのに、どうしてこんなに晴れ晴れとした気分なのだろう。

この夜空がとても綺麗だからかもしれない。

今日は昨日よりよく眠れそうだ。

この国に長く留まるのは危険な為、隣国へと急ぐ。

隣国は海に近いと聞いて、思わず心が踊る。

おとぎ話に聞いた巨大な湖をこの目で見られるのだ。

海は、この身に溜まる罪を洗い流してくれるのだろうか。

通常の隣国への道は整備されており、旅にも不都合は少ないのだが、私たちは追われる身。その道を通ることは出来ない。

景色は緑が増え、身を隠すにはちょうどいい。

夜露で喉を潤す。

持ち出した地図が正確ならば、このまま山道をぐるりと迂回する形で隣国の端の村まで辿りつけるはずだ。

せめてそこまで辿りつくことが出来れば、移動魔法で砂漠の国を経由せずに自国と隣国を行き来できるようになる。

進むしか無い。

食料が心もとない。

道すがら数種の魔物を倒し、食料に適した種を探す。

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