勇者「魔王倒したし帰るか」 6/6

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この日、私たちの死罪が決定した。

でっち上げられた罪状は、王族への詐称と戦争幇助。

怒り狂う王の顔が印象的だった。

王女と恋仲であった王の復讐。と聞けば綺麗なのかもしれない。

実際に王が叫んでいたのは、王女の国との交易による損害ばかりであったが。

これで尋問の日々が終わるのだと思うと、恐怖心よりも安堵の方が大きかったことを覚えている。

再度牢に入れられて三日目の深夜。

外の喧騒が大きくなったかと思うと、慌てた顔で兵が飛び込んできた。

どうやら魔物の襲撃があり、兵の数が足りないのだという。

荷物を受け取り、外へと出された後、回復魔法や薬による手当を受ける。

魔物の数は多く、街の損害は多大なものになった。

この中で私たちは多くの魔物を討ち取り、大罪人から一転して救国の勇者の扱いを受けることとなった。

そしてこの日、この国の王は逃亡し、その道中に魔物に襲われ死亡したとも伝えられた。

そして今、私たちは5つめの国を目指している。

途中で出会った旅の商人からうわさ話を聞いた。

あの国の王が死に、今後は内乱が続くであろうこと。

だが最早、私たちには関係の無いことだ。

次の国は魔法が盛んと聞く。

魔法使いが少しだけはしゃいでるようにも見える。

滞在予定だった村は、魔物の手によって壊滅していた。

つんとした腐臭が立ち込める。

壊滅した後に野党にあさられたのか、目ぼしい物は何も残ってはいなかった。

予定を変更し、先にある街を目指す事にする。

魔物が集団で襲ってくる。

知性が高く、対処に戸惑う。

以前、砂漠で出会った魔物と同じように、言葉を理解する魔物がいた。

どうしても武器を振るう腕が鈍る。

自分の叫び声で目が覚める。

番をしていた勇者が悲しそうな目で私を見ていた。

きっとひどい顔をしていたのだろう。

食料が減ってきている。あれを食べるしか無いのか。

だがそれは人食いと何が違うのか。

見た目は干し肉だが、口に入れた瞬間にあの魔物の姿が目に浮かび戻してしまう。

水で無理やり飲み下す。

雨が降りだした。

冷たい雨が私たちの体温を容赦なく奪う。

勇者も戦士も魔法使いも、みんな白い顔をして震えている。

私も同じような顔をしているのだろう。

雨は止む気配すらない。

勇者が嫌な咳をしている。

勇者が高熱を出し、歩くことすらままならない。

馬車に寝かせてはいるが、碌な薬も無く、長時間の休養も出来ない。

悪化する一方だ。

雨はまだ振り続けている。

勇者の咳に赤いものが混じりだした。

移動魔法で戻る案も出たのだが、今の状態で使用すれば彼の命の危険すらある。

だが、このままでは死んでしまうだろう。

魔物が原因での死では無い場合、蘇生は不可能。次の街まで早くて三日。

決断を迫られる。

採取した魔物の体液を馬車に持っていった時、勇者は全て理解したようだった。

お願いだからそんな優しそうな目で私を見ないで。

毒を持つ体液を嚥下した後、血を吐いて動かなくなった彼を馬車に残し、私たちは進む。

雨音が私を責め続ける言葉のように聞こえた。

街はまだ見えない。

雨に氷が混ざってきている。

真っ白な雨が降り出した。

これが話しに聞く雪なのだろうか。

急激な冷え込みの為か、魔物の姿は少なく、動きも鈍い。

勇者がいないことを考慮し、出来る限り戦闘を避け、先を急ぐ。

遠くに街が見えた。

雪が積もり、予定よりかなり遅くなってしまった。

馬車の車輪が思うように進まない。

手足の赤切れが激しい痛みを伴う。

手足の感覚がなくなってきた。

雪の勢いが増し、見えていた街どころか少し前の景色すら見えない。

死がちらつく。

これしか無いのか。

本当にこうするしか無いのか。

これを見ている方へ。

我々は勇者の一行です。

雪で進めなくなり、この場で雪が晴れるのを待っておりましたが、体力、気力ともに限界が来てしまいました。

全員、魔物の毒を服毒し死んでおりますので、蘇生は可能だと思われます。

蘇生をしていただければ必ず謝礼は致します。

何とぞよろしくお願い致します。

あれから三日後、我々は魔法の国で蘇生された。

何度味わっても、蘇生された瞬間の感覚は慣れることがないだろう。

どれだけ暖かくしても、身体の芯から悪寒が来る。

まるで、あの夜が永遠に終わらないかのようだ。

私たちを見つけたのは街を守る衛兵の一人だったという。

聞けば、街まで残り僅かの場所で馬車が雪にうもれていたらしい。

衛兵へ感謝の言葉をとお願いすると断られた。

これ以上の厄介ごとは御免なようだ。

謝礼に関する書類にサインをし、今日は眠ることにする。

ようやく全員の身体が動くようになった日の昼、王から早急の謁見を申し立てられた。

思うように動かない身体を引きずり謁見の場に向かうと、蘇生の代金として巨額の支払いを命じられた。

相談した結果、支払いの援助を自国に求める案が採用され、勇者が単独で自国へ向かった。

私たちは、勇者が逃亡できない為の人質として捕らえられた。

あてがわれた部屋に三人、押し込まれるように監禁される。

明かりもない暗い部屋の中、すすり泣く魔法使いの声だけが響いていた。

数日が経過したが、まだ勇者は戻らない。

魔法使いは視線を彷徨わせ、何も喋らずただ涙を流す。

戦士は魔法使いに何度も話しかけては頭を垂れる。

私は、そんな二人を虚ろな瞳で見つめ続けていた。

頭の端によぎる、見捨てられたのではないかという考えを何度も打ち消す。

戦士と魔法使いは人形のように無機質な顔でぼんやりとしている。

気が狂いそうだ。いや、もう狂っているのか。

何もわからない。

どれほどの日が経ったのか、外が騒がしくなり、私たちは部屋から出され王の前へと引きずられるように連行された。

勇者の姿を見つけ、涙が溢れる。

だが、彼は憔悴しきっており、私たちを見てはくれない。

王から身柄の保釈を命じられた後、今までとは一転して豪華な部屋をあてがわれた。

部屋から出ようとしない勇者が気がかりだ。明日にでも話してみよう。

私たちは人であることすら許されないのか。

自国の王は支援を断った。

物価の安い自国と、物価の高いこの国とでは財布の中身すら天と地の差らしい。

それでも勇者は必死に支援を申し出、断られ、温情を申し出、断られ、幾度も幾度もこの国と自国を行き来した。

そして出された妥協案。

僧侶、魔法使いの二人の身柄を売り渡す事。

魔法が盛んなこの国では、私たちの存在は貴重らしい。

今後、定期的な魔物や魔法に関する資料の提出。及び、冒険が終わった際の身柄の所有権がこの国の出した条件であり、自国の王はその条件を飲んだ。

彼らにとって、私たちなど物でしかない事を理解した。

誰を恨めばいいのか。何を恨めばいいのか。

物に何かを恨む権利など無いのか。

大量の物資を譲り受け、国を挙げてのパレード。

出立する私たちがここまでの扱いを受けたのは初めてかもしれない。

みんな、張り付いたような笑顔で民衆に手を振っている。

国を出ると、それまで笑顔だった王の兵たちは私たちを見もせずに引き返して行った。

私たちも彼らを見送ることなく、国を後にした。

次に向かうのは英雄の国。

いくつもの街から英雄が集まる国。

幾度もの魔物の進行を退けた最後の大国。

彼らは何を思って、何のために戦っているのだろう。

旅の途中、以前から勇者が吸っていた葉巻をじっと見つめていたら、そっと無言で手渡された。

最初は煙たいだけだったが、今はとても楽しい気分だ。

世界はどこまでもゆらゆらしてとても綺麗。

ゆらゆら。ゆらゆら。

最近、記憶がとても曖昧だ。

自分が消えていく。

やめよう。今日こそはやめよう。

ここ数日、夜の馬車でお酒と煙を楽しむのが日課になってきた。

みんなの顔も明るい。

勇者が、戦争がどうの、滅亡がどうのと話していたが、あまりよく覚えていない。

6が5になったのがそんなに大変なことなのだろうか?

誰かの顔が浮かんだが、知らない女の人だったので忘れることにした。

思えば、昨日のこともよく思い出せないが、きっとどうでもいいことなのだろう。

辛いことがあったのに思い出せない。

頭が重い。体がだるい。

街に到着したことだし、今日は早く眠ろう。

辛いことは全部忘れよう。

明日はいい日でありますように。

どこまでもどこまでも青空が広がっていたこの日を忘れない。

戦士と魔法使いが祝福する中、小さな教会で彼が指輪をくれた。

涙が止まらない。

嬉しいのに、幸せなのに、悲しくて辛くて涙が止まらない。

嬉しくてごめんなさい。

幸せでごめんなさい。

私の幸せを祈ってくれた、あなたの顔を思い出せなくてごめんなさい。

この日だけは忘れたくない私を許してください。

街に滞在中、英雄の国からの使いだという一団が現れた。

山賊か野党の集団にしか見えない姿に警戒するが、街の人達の対応を見るに、それなりに信用を置ける集団らしい。

どちらにせよ、相手の人数や場所を考えるに付いて行くしかないようだ。

いざという時の為、逃げる準備だけはしておこう。

意外なことに、彼らはとても紳士的だった。

更に場数を踏んでいるのか、魔物の対処も素早く、動作も洗練されている。

勇者と戦士は既に彼らに溶けこみ、酒を酌み交わしながら歌を歌い、そんな彼らを見て魔法使いが楽しそうに笑っている。

おとぎ話の中の冒険者の姿が、そこにはあったようにも思えた。

王の住む街までの旅路の中、彼らは多くのことを私たちに教えてくれた。

少人数での魔物の対処法や、有効な魔法の活用法であったり、果ては食用に適した魔物の種類であったり、調理法にまで及んだ。

そして彼らは口々に言う。

『我々は英雄などではない』

私たちと何ら変わりのない、悲しい人達がそこにはいた。

高い城壁のそびえる街。それが王の住む街。英雄の国。

幾度もの魔物の進行を耐えたのか、城壁は所々に傷を負いながらも頑丈に街を守っていた。

街へ入ると、老若男女様々な人がそこにはいた。

そして、誰もが私たちを歓迎してくれた。

旅の疲れもあるだろうと宿を紹介され、休んでいるとひっきりなしに誰かが顔を出しては長い旅を労ってくれる。

心地良い眠気が襲ってきた。もう遅い、今日は眠ろう。

王は城ではなく、普通よりも少し大きな家で私たちを待っていた。

豪快に笑う王曰く、この国には王を住まわせる城など無いのだという。

そして王は言った。この国の一員にならないかと。

勇者などやめて、共に生きないかと。

我々は同じなのだと。

この日は返答を待ってもらい、宿へと戻った。

宿で一晩話し合い、返事を決める。

明日、また王の元へと向かおう。

朝早く、私たちは旅の支度を終え、王の元へと出向いた。

私たちの姿を見て王は理解したのか、少しだけ悲しい顔をした後、初めて出会った時と同じように豪快に笑う。

去り際、一言だけ投げかけてきた。

『お前達は負けるな』

人々の希望、羨望、嫉妬、悲しみ、そして自分の中の絶望に負けた悲しい英雄の言葉を背に、私たちは英雄の国を後にした。

以降のページは文字が血に汚れ、最後のページ以外判別不能。

最後のページ

親愛なるあなたへ。

本当は、こうするべきじゃないのかもしれない。あなたに恨まれるかもしれない。

でも、あなたが必死になって残してくれた薬指は、きっと私がこうする為のものだと思う。

ごめんね、あなただけ残してしまって。

ごめんね、あなただけに背負わせて。

ごめんね、大好きだよ。

もし、私たちを知らない誰かが片手だけでいいから、片方の手のひら五本分だけでもいいから、私たちの手を取ってくれたのなら、どうか許してあげてください。

きっと世界は、人は、そこまで愚かでも傲慢でもないから。

もうそんな資格はないけれど、それでも最後に、神様にお祈りしようと思います。

ずっといっしょにいれますように

またね。

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