城──
国王「兵士長よ」
兵士長「はい」
国王「おぬしをここに呼んだ理由は、他でもない」
兵士長「なんでしょう?」
国王「おぬしは……クビだ」
兵士長「えぇっ!?」
大臣「陛下がおっしゃるには、どうもお前の顔つきが気に入らないそうなのだ。
悪いが……お前の城勤めは今日までだ」
兵士長「そ、そんな……! これまでずっと真面目にやってきたのに……!
これから私はどうすれば……!」
国王「プッ……アッハッハッハッハ!」
大臣「クククッ……!」
兵士長「!」
兵士長「なにがおかしいんです!?」
国王「──なんちゃってな」
兵士長「へ?」
大臣「今のは陛下のジョークだ。いわゆるドッキリというやつだ」
兵士長「……本当にクビなのかと背筋が凍りましたよ!」
国王「ハハハ、すまんな。ワシは今、こういうのにハマっておってな。
もう戻ってよいぞ」
兵士長「失礼します……!」ザッ
国王「いやぁ~面白かったな! このドッキリという遊戯は最高だ!」
大臣「あの滅多にうろたえることのない兵士長が、目を丸くしていましたな」
国王「それこそがドッキリの醍醐味というヤツなのだ。
あの真実を知った瞬間のなにかが崩れたような表情がヤミツキになる!」
大臣「えぇ……なにせ最初にターゲットにされたのはこの私ですからね。
いきなり死刑といわれた時は、心臓が止まるかと思いました」
国王「ハッハッハ。あの時のおぬしの顔も傑作だったぞ」
国王「とはいえ、こう何度もやっていると
ワシとしてもいささか物足りなくなってくる」
国王「なんというか……よりスケールの大きいことをしたくなってきた」
大臣「スケール、というと……?」
国王「時間や手間暇をかけて、大がかりなドッキリをやりたいのだ」
大臣「ふぅむ……少々興味をそそられますな」
国王「さては大臣、おぬしもドッキリにハマりつつあるな?」
大臣「! い、いえ……そんなことは……ありますけど。
仕掛ける側に回れば、これほど楽しいことはありませんから」
大臣「しかし、スケールの大きいドッキリとおっしゃられても
私には思い浮かばないのですが……」
国王「フフフ、実はワシにはちょっとした案があるのだ」
大臣「ほう?」
国王「この国には、勇者と魔王にまつわる伝説があるだろう」
大臣「えぇ……分かりやすい話なので童話にもなっていますね。
魔王の手で大陸に危機が訪れるが、人間の英雄である勇者によって
魔王は退治されるという……」
国王「その伝説を利用するのだ」
大臣「ほう……?」
大臣「──あ、分かりました!」
大臣「魔王が現れたというニュースを我々の手ででっちあげ、
国民を恐怖させ……本当は魔王なんかいない、というドッキリですね!?」
大臣「国民全体をドッキリのターゲットにするとは、さすが陛下!」
国王「ちがうちがう」
大臣「え?」
国王「魔王をでっちあげるのではない……」
国王「勇者をでっちあげるのだ!」
大臣「え、え、え? 陛下、どういうことですか?」
国王「つまりだな……ある一人の人間を皆で勇者だとはやし立て、
いざ旅立ち! というところでネタばらしをするのだ」
国王「名づけて……勇者ドッキリ大作戦!」
大臣「しかし陛下、いきなりお前は勇者だと告げても、
ターゲットはすぐに『俺は勇者なんだ』とはならないでしょう」
大臣「ネタばらしをしても、なぁ~んだやっぱり、となるだけでは……」
国王「うむ、もっともだ。
だからこそ、このドッキリは長期間をかけて行わねばならない」
国王「いないハズの魔王の存在を信じさせる工作も必要となろう」
国王「突如としておぬしは勇者だと祭り上げられ、
他国で暴れる魔王のニュースを聞き、義憤に駆られるターゲット……」
国王「そしていよいよ盛大に魔王討伐の旅に出発……というところで
魔王などいない、おぬしも勇者ではない、と真実を告げる」
国王「ククク……いったいどんな表情をするか、想像もつかんわ」
大臣「いいですなぁ……私もなんだか楽しくなってきましたよ……!」
国王「ターゲットは……そうだな」
国王「なるべく平凡な若者が望ましい。
平凡な若者をワッと祭り上げて、再び平凡という奈落に叩き落とす……。
この落差がきっと、い~い表情を生むにちがいない」
大臣「ではさっそく、兵に命じて条件に合致する若者を探させましょう」
一週間後──
大臣「陛下、よいターゲットが見つかりましたよ!」
国王「おお、本当か!?」
大臣「ええ、ノース地区の小さな村で暮らしている青年です。
絵に描いたような平凡さで、勇者として祭り上げるにはピッタリかと……」
国王「ほう……」
国王「──で、家族構成は?」
大臣「両親と三人暮らしで、一家の稼ぎはほぼ彼が担っています。
つまり……買収もたやすいかと」
国王「よろしい。さっそく、その青年がいる村に向かうぞ。
勇者ドッキリ大作戦の第一段階だ」
大臣「あんな村に、陛下自ら出向くのですか!?」
国王「こういうことは、やはり自分の手で行うからこそ面白いのだ。
それにワシが行けば話の信憑性も増すだろう」
ノース地区の村──
「国王様だ!」 「こんな小さな村になぜ……!?」 「どうして……?」
あまりに突然の国王の来訪に、村は大騒ぎとなった。
ザワザワ…… ガヤガヤ……
村長「こ、こ、これは国王陛下! え、えぇと……ようこそいらっしゃいました!
なにもない村ですが、どうぞごゆっくり──」
国王「いや、歓迎など必要ない」
村長「へ?」
大臣「陛下はこの村に住むある一家に用があるのだ。案内してくれるか?」
村長「か、か、かしこまりました!」
家にはターゲットはおらず、両親がいるだけだった。
ターゲットである青年は、山で仕事をしており夕方まで戻らないという。
国王(ふむ……これは都合がいいな)
父「狭い家でございますが……!」
母「なにもお出しできるものはないのですが、ご容赦を──!」
国王「いや、かまわんでくれ」
国王「大臣」
大臣「はい」
大臣「まずはなにもいわず、これを受け取ってもらいたい」ジャラッ
父(なんだ、この金貨の山は!?)
母(す、すごい……!)
国王「実はな、おぬしらの息子を勇者にしたい」
父「え!? 勇者というのは、あの伝説の!?」
国王「そうだ」
父「あ、あのぅ……父親の私がいうのもなんですが、
アイツは木こり以外なにもできないごく平凡な人間でして……」
国王「そんなことは分かっておる」
父「え……?」
国王「ワシはおぬしらの息子に、かつてない規模のドッキリを仕掛けたいのだ。
期間は一年を予定している」
国王「もちろん……ワシが満足いく結果となれば、成功報酬も払う。
今渡した金とは比べ物にならないほどのな」
父「…………」ゴクッ
国王「いかがだろうか。おぬしらの息子をワシらに売ってくれんか?」
父&母「売ります」
その後、国王は他の村人にも金を渡し、協力させることに成功した。
そして本格的な作戦は明日からということで、ひとまず城へ戻っていった。
青年「ただいま~!」
父「おお……お帰り」
母「お、お疲れ様……」
青年「どうしたの、二人とも? なんだかよそよそしいけど……。
そういえば、村の人たちもなんだか様子が変だったし……」
父「なんにもないぞ、なぁ母さん?」
母「ええ……なんにもありませんよ」
青年「ふうん……ならいいけど。
なんかあったら、すぐ俺にいってくれよな!」
父「お、おお……もちろんだとも」
母「すぐいいますよ、すぐ」
翌日──
青年がまだ家にいる時間を見計らって、再び国王たちが村にやってきた。
ザワザワ…… ガヤガヤ……
青年「さぁてそろそろ仕事に──ってなんだ?」
父「オイ、村に国王様がやってきたそうだ!」
母「早く行ってみましょうよ!」
青年「国王様が!? でも、用があるとしたら村長だろうし」
父「いいから早く来い! 村人全員集まってるんだ!」
青年「わ、分かったよ」
村長「これはこれは……ようこそお越し下さいました、国王陛下……。
ところで本日はどのようなご用件で……?」
青年(すごいな村長……国のトップがいきなりやってきたというのに、
冷静に応対している……)
国王「うむ……実はまだ、国の一部にしか公にしてないことなのだが──
この大陸に魔王が現れた!」
「えぇっ!?」 「魔王が!?」 「なんということだ……!」
大臣「しかし、それと同時に宮廷魔術師の占いによって
勇者の素質を持つ人間も見つけることができたのだ」
「勇者!?」 「いったいだれなんだ?」 「この村の人間なのか!?」
国王「今大臣がいった勇者の素質を持つ人間とは──君なのだ!」ビシッ
青年「え」
青年「へ!? え、あれ──」キョロキョロ
(どう考えても国王様の指は俺を向いてるよな……)
青年「俺が……勇者……!?」
国王「魔術師よ、彼なのだろう?
魔術師「えぇ、まちがいありません。
私の占いによって、水晶は彼を選び出しました」
ザワザワ…… ドヨドヨ……
「おお……」 「まさか青年君が……!」 「勇者だったのか!」
青年「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで俺が勇者なんですか!?
俺はただの木こりですよ!」
国王「魔術師、彼はああいっているが?」
魔術師「いえ、直接会って再確認することができました。
これほど強い気の持ち主には、私も出会ったことがありません。
彼にはまちがいなく勇者としての素質があります」
青年「俺に……素質が……!」
国王「本来ならば、じっくり時間をかけておぬしの素質をたしかめたいところだが、
あいにく我々にそのような余裕はない」
国王「だからこそ、単刀直入にいおう」
国王「青年君、我が城に来てくれないか?」
青年「えっ?」
国王「いくら素質があろうと、おぬしはまだ戦いに関しては素人だ。
だから魔王の目が他国に向いているうちに一年ほど……
城で剣と魔法の特訓をして欲しい」
大臣「もちろん、残されたご両親の生活については一切心配しなくていい」
国王「いきなりこんなことをいわれても、困るだろうが……どうかね?」
青年「…………」
青年「一晩だけ……考える時間をいただけますか?」
国王「……かまわんよ。重大なことだ、後悔のないように決めて欲しい」
大臣「ただし、これだけはもう一度いっておこう。
魔王の出現も、君に勇者の素質があることも、全て本当のことなのだ」
青年「は、はい……」
国王「では、また明日のこの時間に村に来る。いい返事を待っておるぞ」
大臣「どうですかね、陛下」
国王「ククク、アレは完全に信じ込んでいるぞ」
国王「なにしろ国のトップが直々に会いに来ているのだからな。
まさかウソだとは思うまい」
国王「しっかし、自分が勇者かもしれないといわれた時の彼の顔は
傑作だったな!」
国王「ただの木こりが勇者になれるワケがなかろう!」
大臣「まったくですな、私も吹き出すのをこらえるのが大変でしたよ」
国王「今頃、これまでろくに使ってなかった頭をフル稼働させて、
悩んでいるにちがいない……ハッハッハ」
その夜、国王の読み通り、青年はこれまでにないほど悩んだ。