勇者「知らなかった……!」
勇者「魔王め、ここまで非道な行いをしていたとは……!」
勇者「許せない……!」
勇者「他国の人々がこれほど苦しい目にあってるというのに、
仮にも勇者である俺が城でぬくぬくと修業をしていていいのか!?」
勇者「こんな俺が本当に勇者といえるのか……!?」
兵士長「さてと、今日は盾の使い方を──」
勇者「兵士長さん!」
兵士長「どうしました、勇者殿?」
勇者「俺は魔王や魔王軍の非道ぶりをようやく新聞で読むことができました!
とても許せるものではありません!」
勇者「例えば……直接魔王を倒すのは無理にしても、
魔王の兵隊だけでも倒しに行くことはダメなのですか……!?」
兵士長「…………」
兵士長「勇者殿、お気持ちは分かりますが、
あなたはこの大陸の人間にとって、最後の切り札なのです」
兵士長「一時の激情に駆られ、軽はずみな行動を取ってしまえば、
全てが終わりなのです」
兵士長「ゆえに未熟であるうちは、あなたの存在は絶対秘匿でなければなりません。
分かっていただきたい……」
勇者「……そうですよね。あなた方の苦労も知らず、すみませんでした」
兵士長「いえいえ、勇者殿の勇気に私も感服いたしました!
今日の訓練を始めましょう!」
兵士長「──新聞記事の効果は絶大ですね。
勇者の気迫が一段と増しましたよ。実力は追いついていませんが」
国王「そうかそうか。魔王なんかどこにもいないというのに……。
クックック……アッハッハッハッハッハ……!」
大臣「わ、笑いすぎですよ、陛下……プッ」
国王「大臣こそ、笑っておるではないか」
大臣「し、失礼……しかし、これほどまで見事にだまされると、
だましている側としても気分がいいですな」
国王「まったくだ」
国王「世界は平和だというのに、一人だけ滅亡寸前の世界で生きているのだからな。
ああ、ネタばらしの時が実に楽しみだよ」
大臣「ところで魔術師、魔法の方はどうだ?」
魔術師「ドーピングでムリヤリ宿らせた魔力ですから
まだ安定はしていませんが……」
魔術師「とりあえず最下級レベルの魔法は唱えられるようになりました」
大臣「あれだけドーピングをやって、ようやく最下級か……。
出来損ない勇者は、手間ばかりかかるな」
大臣「まあ褒めるところなんてないだろうが、なんとかおだててやってくれ。
自信を失くされたらかなわんからな」
国王「うむ、自分が他人とちがう特別な人間だと思い込ませることが、
勇者ドッキリ大作戦の肝なのだからな……」
国王&大臣「ハッハッハッハッハ……!」
兵士長&魔術師「…………」
兵士長「なぁ、魔術師」
魔術師「はい?」
兵士長「貴殿はあの青年のことをどう思っている?」
魔術師「たしかに才能はありません。ありませんが──」
魔術師「あのひたむきさは、最近の魔法使いに見習わせたいものがありますね。
少ない魔力で、必死に魔法を覚えようとする姿は心打たれるものがあります」
兵士長「うむ……」
兵士長「もちろん、彼のやる気は勇者や魔王が存在するという思い込みからも
きているのだろうが──」
兵士長「時折、彼を見ているとなんだかやり切れない気持ちになるよ」
魔術師「私もですよ……」
兵士長「かといって、陛下を裏切るワケにはいかない」
兵士長「陛下はこの作戦を、この王国における最重要任務としているからな……。
もしあの若者に真実を話せば、タダでは済むまい」
兵士長「我々にできることは、命令を黙々とこなすことだけだ」
魔術師「そうですね……それしかないでしょうね」
兵士長「まあ、剣と魔法を扱えるようになって損になることはないのだ。
ドッキリのことは置いておいて、気楽にやるのが一番だ」
魔術師「そうですね」
勇者「ふぅ……今日も訓練でクタクタだ」
メイド「マッサージをしますから、ソファに横になって下さい」
勇者「メイドさん、いつもありがとう。
こうやって俺が訓練をこなせてるのは、君のおかげでもあるんだ」
メイド「いえ、そんな……」
メイド(ああ……毎日毎日、国王様のイタズラのためにこんなに一生懸命……)
メイド(本当のことを話してあげたい……今ならまだ心の傷も軽いハズ……)
メイド(だけど話したら、私はまちがいなくクビになってしまう。
そうなれば、故郷に仕送りもできなくなる……)
メイド(それどころか、すでに勇者様には莫大なお金が費やされているでしょうから、
もしそれを弁償……なんて話になったらどうしようもない)
メイド(でも、こんな真面目な人を国ぐるみで騙すなんて、ひどすぎる!)
メイド「あ、あのぅ……」
勇者「なにか?」
メイド「──い、いえっ!」
勇者「…………」
勇者「……もし、俺になにかいいたいことがあるのなら、
今は黙っていて欲しい。それが俺のためになるから……」
メイド「…………!」
メイド「わ、分かりましたっ!」
メイド(もしかして、勘づいておられるのかしら……?
なら、いいんだけど──)
勇者(きっと、俺は勇者にしては情けないっていいたいんだろう……。
しかし今メイドさんにそれをいわれたら、
俺の心はくじけてしまうだろう……)
勇者(あ~あ、こんなことで俺は本当に勇者といえるのだろうか?)
勇者が勇者となるための、修業の日々は続いた。
魔術師「すばらしい、もうこの魔法をマスターしてしまうとは!」
勇者「ありがとうございます!」
魔術師(通常ならば、もうとっくに次の段階に入ってるのですがね……)
~
兵士長「勇者殿の剣術は、日に日に上達していきますな」
勇者「いえ、兵士長さんの教え方がいいからですよ」
兵士長(この進歩の遅さは、もしや私の教え方が悪いのか……?)
~
メイド「今日の特訓はいかがでしたか?」
勇者「どうやら、俺はすごいスピードで上達してるみたいなんだ。
といっても、あんまり実感はないんだけどね……」
勇者「あとは早く、魔王討伐の許可が下りればいいんだけどな」
メイド「…………」
こうして瞬く間に半年が過ぎた。
勇者「兵士長さん」
兵士長「なんでしょうか」
勇者「毎年この時期になると兵士の方々による剣術大会が開かれると
聞いたのですが」
兵士長「はい、年に一度行われております。
兵士たちにとっては、自分が主役になれる数少ないチャンスですよ」
勇者「相談なんですが……」
勇者「俺を大会に出して頂くことはできませんか?」
兵士長「えぇっ!?」
兵士長「いったいどうして?」
勇者「俺はいつも兵士長さんとマンツーマンで指導してもらってるのですが……
その……上達の実感というのがあまりなくて」
兵士長(実際、さほど上達していないからな……)
「ですがこれは、勇者殿が出るような大会では──」
勇者「兵士の中には、俺が勇者だということに疑問を持っている人もいるでしょう。
自分の方が強いハズなのになんで、という具合に」
兵士長「そんなことは──」
勇者「俺、今の自分がどこまでやれるのか試したいんです!
お願いしますっ!」
兵士長(なんという目だ……まっすぐで淀みがまったくない……!
こんな目を見るのは生まれて初めてかもしれん……)
兵士長(もし、実力があり、世が世であれば──本当に勇者になれたかもしれんな。
もっともその“実力”が一番難しいのだが……)
国王「ほう」
大臣「あの勇者が剣術大会に出たいと?」
兵士長「はい、いかがいたしましょう?」
大臣「ふ~む、あの大会は例年ハイレベルだ。
出れば一回戦負けは確実……そうなれば自信喪失はまちがいない」
大臣「そうなれば、勇者ドッキリ大作戦はパーだ」
兵士長「では、もう出場申し込みの期限は切れている、とでも──」
国王「待ちたまえ」
兵士長「え?」
国王「よいではないか」
国王「せっかく勇者がそこまでやる気になっているのだ……。
剣術大会に出場させてやりたまえ」
兵士長「しかし──」
国王「むろん、おぬしがやることは分かっておるな?」
兵士長「…………!」
国王「よいな?」
国王「しつこいようだが、現在この王国における最重要任務は勇者ドッキリ大作戦だ」
兵士長「陛下のお言葉と……あらば」
兵士長「すまん……」
「えぇっ!?」 「剣術大会は年一度の晴れ舞台なのに!」 「そんな……!」
「ひどすぎるっ!」 「なんであんなヤツのために……」 「ちくしょうっ!」
兵士長「勇者殿を恨むのは筋違いだ。
彼は自分が勇者だと信じ込まされているだけに過ぎん」
兵士長「私も同じ立場なら、大会出場を望んだだろうしな」
兵士長「お前たちだって知っているだろう、彼のひたむきさを」
「そりゃあ……たしかに」 「いいヤツですよ、彼は」 「努力は認めますが……」
兵士長「そして、陛下の命令に背くのは論外だ。我々は兵士なのだから……」
兵士たちは黙り込んでしまった。
剣術大会当日──
メイド「どうぞ、お気をつけて」
勇者「ありがとう」
メイド「勇者様なら……きっと優勝できますよ」
勇者「いや、正直いって優勝は厳しいだろう。
こっそり兵士の訓練をのぞいたことがあるけど、
みんな俺よりずっと強そうに見えたしさ」
勇者「もしかしたら、勇者なのに一回戦負けってこともありえる」
勇者「だけど、それでもいいんだ!」
勇者「今の自分のありのままを、思いきりぶつけてみたいんだ!」
メイド「…………」
勇者「じゃあ行ってくる!」
大会が始まった。
ワアァァァァァ……!
国王や重臣、大勢の観客が見守る中、しのぎを削る屈強の兵士たち。
キィンッ……
ガキィンッ……
キンッ……
カキンッ……
ギャリンッ……
優勝の栄冠を獲得したのは、勇者だった。