ワアァァァァァッ!
勇者(やった……! まさか優勝できるだなんて……!)
「さっすが勇者様!」 「全試合、圧勝だ!」 「勇者様、おめでとう!」
「やったぁ!」 「これなら魔王だって倒せるよ!」 「シビれちゃう~!」
勇者「ありがとう、みんな!」
大臣「陛下、ご覧下さい」
大臣「あの勇者の嬉しそうな顔ときたら……自分の実力での優勝だと
まるで疑っていませんな」
国王「自分以外の兵士も、観客でさえも、グルだと知らずにな。
クックック……」
国王「真実に晒された時、あの顔がどう歪むか……実に興味深いぞ」
大臣「えぇ……待ち遠しいですなぁ」
勇者「メイドさん、俺やったよ!」
メイド「……あ、おめでとうございます」フイッ
勇者「あれ、あんまり嬉しくない?」
メイド「いえ、そんなことはありません! とても嬉しいです!」
勇者「そう……」
メイド「で、では失礼します」ダッ
(ダメだ……もう勇者様のお顔をまともに見られない……!)
勇者(どうしたんだろう……?)
喜びも束の間──勇者だけの世界では魔王軍の侵略が苛烈を極めていた。
『○△王国全域、壊滅状態!』
『×□市の住民の生首が晒される』
『鬼畜! 逃げまどう人々を虐殺する魔族』
勇者「ち、ちくしょう……!」ワナワナ
勇者「魔王の暴虐はどんどんひどくなっていく……」
勇者(でも……俺は人類最後の希望なんだ。
魔王を絶対に倒せると判断してもらえるまで、動くわけにはいかない……!)
勇者(くそぅ……俺はなんて無力なんだ!)グスッ
メイド「勇者様……」
国王「これが今日の勇者用の新聞か……どれどれ」ガサ…
国王「プッ……こりゃすごい。記者もどんどん悪ノリしておるな」
大臣「えぇ、慣れてきたからなのでしょうが、
記事の内容がどんどんリアリティ溢れるものになっていますよ」
国王「勇者の具合はどうだ?」
大臣「メイドの報告によると、新聞を読むたび怒りに震えているとのことです」
国王「もし魔王軍がこのとおりのヤツらだったら、
あんな勇者が千人いたって歯が立つまいて」
国王「まあ、まもなくだ。まもなくヤツは全てを知ることになる……。
アッハッハッハッハ……!」
まもなく、勇者が城にやってきてから一年が経とうとしていた。
勇者「聞いてくれ、メイドさん!」
メイド「どうされましたか?」
勇者「ついに国王様から、魔王討伐の旅の許可が出たんだ!
出発は明後日だ!」
勇者「やっと新聞記事に怒りを覚えながらも、
ただ我慢するしかなかった日々から解放されるんだ!」
メイド「えっ……」
勇者「どうしたんだい?」
メイド「いえ……その……」
勇者「もしかして、俺のことを心配してくれているのかい?」
メイド「はい……もちろんです」
勇者「大丈夫、俺だって一年間みっちり特訓したんだ。絶対に負けない!」
メイド「…………」
一方で国王たちは──
国王「いよいよこの時が来たな……」
大臣「えぇ、ついに来ましたな」
国王「魔王討伐の旅出発式は、国中の人間を呼んで盛大に行うこととする。
そして出発と同時に──」
大臣「全てを明かす、と」
国王「王国一の剣と魔法の使い手で、魔王を倒す切り札である勇者が、
己が単なる平凡な木こりでしかないと悟った時──」
国王「いったいどうなるのか……やはり想像すらできぬが、
想像するだけで笑いが止まらん」
大臣「私もすでにドキドキしていますよ。
きっととてつもないことが起こるにちがいありません」
兵士長「ついにこの時が来たか……」
魔術師「はい」
兵士長「ショックは大きいだろうな……」
魔術師「大きいでしょうね。
もし私が彼であれば、ショック死する自信すらありますよ」
魔術師「ですが、せめてそうはならないよう、
回復魔法の準備は万全にしておきましょう」
兵士長「そうだな。出来は悪いが……彼はいい人間だよ」
兵士長「彼にはなんの落ち度もないんだ。あるとすれば──」
魔術師「え?」
兵士長「いや、なんでもない」
勇者「メイドさん」
メイド「はい」
勇者「一年間、本当にありがとう!
俺みたいな田舎者が、この城でやって来れたのは全て君のおかげだ」
勇者「なんていうか……君は俺にとってのオアシスだったんだ」
勇者「あれほど熱望していた魔王討伐の旅、出発前日になっても
こうして心静かにいられることも、きっと君のおかげなんだと思う」
メイド(勇者様……!)
メイド(明日は魔王討伐の始まりではないんです!
明日は……あなたが勇者ではなくなる日なのです!)
メイド「あ、あのっ……!」
勇者「ん?」
メイド「本当は──」
メイド(遅い……!)
メイド(もうタイミングとしてはあまりにも遅すぎる……)
メイド(激怒した勇者様にこの場で殺されてもおかしくない)
メイド(でも、ここで話せなければ──)
メイド(ここで話せなければ、私は本当に卑怯者だ!)
メイド(今この時こそが、正真正銘ラストチャンス!)
メイド「本当はっ……!」ガタガタ
メイド「ほ、本当は……!」ガタガタ
勇者「待った」
メイド「……え?」
勇者「分かってる……俺は勇者には相応しくないっていいたいんだろう?」
勇者「この期に及んで、未だにここでの生活は夢なんじゃないかって
思う時があるよ」
勇者「でも……なんかよく分からないけど、俺は選ばれてしまったんだ。
そして、それに見合うだけの努力はしてきたつもりだ」
勇者「せめて、君だけには勇者だと胸を張れるような戦いをしてみせるよ」
メイド(いえない……!)
メイド(私には……!)
メイド(だって、勇者様は……勇者様は──!)
メイド「勇者様っ!」
勇者「!」ビクッ
メイド「あなたは──」
メイド「たとえこの先なにがあろうと、どんなことが起きようと、
私にとっては絶対に勇者様ですっ!」
メイド「それだけは覚えておいて下さい!」
勇者「……ありがとう」
翌日──
城下町周辺には国中の人間が集まっていた。
ザワザワ…… ガヤガヤ……
もちろん、今回のドッキリについてはすでに全国的に通達がなされている。
彼らの興味はただ一つ──真実を知った勇者がどうなるのか。
「どうなると思う?」 「泣くんじゃね?」 「いやぁ呆然とするだろ」
「キレそう」 「廃人になったりしてな」 「やべぇ、楽しみ~!」
国王「勇者よ……。名残惜しいが、ついに旅立ちの時が来た」
国王「しかし、戦うのはおぬし一人ではない。
我が国も、全力でおぬしのバックアップを行う。
おぬしの背中には常に大勢の味方がいることを忘れないで欲しい」
国王「どうか、魔王討伐を成し遂げてもらいたい……」
勇者「ありがとうございます、国王様!」
大臣「頼んだぞ、もはや魔王を倒せる人間は君だけなのだ」
勇者「力の限り、使命を果たします!」
兵士長「道中、達者でな」
魔術師「あなたの無事を祈っていますよ」
勇者「お二人とも、本当にありがとうございました!」
メイド「ああっ……!」グスッ
勇者「泣かないでくれ。必ず生きて帰ってくるから……」
国王(ほう、あのメイドめ。迫真の演技だな、やりおるわ)
集められた全国民が、勇者に声援を送る。
「頑張れーっ!」 「絶対魔王を倒してくれよ~!」 「ファイトーッ!」
「勇者様、ステキィ~!」 「命を大事にな!」 「アンタが人類の希望だ!」
「負けるな!」 「無理はするなよ!」 「勇者様、バンザーイ!」
勇者(王国中の期待が体に突き刺さってくるようだ……!)
勇者「みんな……ありがとう!」
勇者「じゃあ、行ってきます!」ザッ
国王「おや……?」
勇者「?」
国王「どこへ行くんだね、青年君」
勇者「え」
(なぜ今になって、青年と呼ぶんだ……?)
勇者「今から魔王討伐に──」
国王「魔王? はて、いったいなんの話をしているんだね?」
大臣「この青年は、なにをいっているのでしょうな?」
勇者「え……?」
国王「仮にいるとしても、なぜおぬしが討伐に行くのだ?
普通、そういうことは兵隊がやるべきではないかね?」
勇者「え、俺は勇者だから──」
国王「勇者? 君がかね?」
勇者「えぇ、一年前のあの日、私は村を訪れた国王様から
俺には勇者としての素質がある、と──」
国王「プッ……」
国王「アハハハハハハハハッ!」
大臣「クククッ……!」
国王「おぬしはただの木こりに過ぎぬ。勇者であるハズがなかろう!?
思い上がりも程々にしたまえ」
勇者「え……」
大臣「ついでにいうと、魔王などという存在もありはしない。
君はいったいなにをいってるんだね」
勇者「しかし、現に新聞に──」
大臣「ああ……アレは新聞社にイタズラ好きの記者がいた……それだけだよ」
国王「つまり、勇者も魔王も最初からいなかったということだ」
国王「まさかおぬしは本当に自分が勇者などと勘違いしていたのかね?
自分があの伝説の勇者なのだと? 本気で?
フハハハハッ! こりゃあいい、傑作だ!」
国王「おぬしは並の兵士や魔法使いにすら劣る、出来損ない戦士だ」
国王「皆の者! このおめでたい彼を、大いに笑ってやりなさい!」
アッハッハッハッハッハッハッハッハッハ……!
周囲が大声で笑い始めた。
メイド(ああっ……!)
アッハッハッハッハッハッハッハ……!
「夢から覚めたかい!?」 「おもしれ~!」 「うぬぼれもいいとこだ!」
アッハッハッハッハッハッハッハ……!
「いない魔王をどうやって討伐するんだ!?」 「ニセ勇者!」 「楽しかったか!?」
アッハッハッハッハッハッハッハ……!
「よっ、勇者様!」 「一年間ご苦労さん!」 「いやぁ~これは笑える」
アッハッハッハッハッハッハッハ……!
国王(さぁ、青年よ!)
国王(いったいどんな表情をしてくれる!?)
国王(さぁ!)
国王(さぁ!!)
国王(さぁ!!!)
国王(さぁぁぁ!!!!!)
勇者「なんだ」
勇者「全部ウソだったんですか」
国王「──え」