勇者「いやぁ~……なんというか、ほっとしたというか……」
勇者「つまり、あの他国での悲惨なニュースは全てウソだったということですよね!?
実際には、あんな目にあった人たちはいないってことですよね!?」
勇者「あぁ~……ずっと胸の奥で俺を苦しめていた痛みが、ウソのように消えました」
国王(なんだこれは)
国王(なんだこれは──)
国王(なんだこれは!?)
国王(ナンダコレハ)
ザワザワ…… ドヨドヨ……
勇者「メイドさん」
メイド「!」ビクッ
メイド「私は、私は……!」
勇者「ふふっ」
勇者「いつも俺に対して申し訳なさそうにしてたのは、
このことを知っていたからなんだろう?」
メイド「は、はい……ごめんなさい……!」
勇者「謝ることはない」
メイド「え……」
勇者「君の昨日の言葉──メイドさんにとって俺は絶対に勇者だと、君はいってくれた」
勇者「アレがあったから、俺はこの真実に耐えられた」
勇者「俺の中に君一人のためだけに残ってた勇者ってヤツが、
俺が絶望するよりも先に、魔王の存在がウソだったことに安堵してくれたんだ」
勇者「こうして今、清々しい気分でいられるのは君のおかげだ。
ありがとう……!」
メイド「いえ……私は最低です……!」
勇者「もういいんだ」
勇者「俺にとって、この一年は最高の一年になった……」
「スゴイ……」 「まったく動じてない……」 「なんだあの幸せそうな顔は」
「俺だったらムリだ」 「どんだけタフなんだよ」 「一年間ずっと騙されてたのに……」
だれかがつぶやいた。
「アンタ、本当の勇者だよ!」
すると──
ワアァァァァァッ!
「お前は勇者だ!」 「かっこいいぞ!」 「すごいぜ、アンタ!」
ワアァァァァァッ!
「さっきは笑って、申し訳ない!」 「本物の勇者だ!」 「偽物なんかじゃない!」
ワアァァァァァッ!
魔術師「……これは予想外でしたね」
兵士長「青年が一年間で育み、彼女のためにとっておいた勇者としての心が──
好奇心と悪意の塊だった群衆たちの琴線に触れたということか……」
ワアァァァァァッ!
大臣「なんということだ……。まさか、こんなことに……!」
国王(ナンダコレハ)
国王(なんだこれは)
国王(なんだこれは!?)
国王(ワシはこんな茶番を見るために一年間、手間と金をかけたわけじゃないんだ!)
国王「ふ……」
国王「ふざけるなっ!!!」
シ~ン……
国王「なにが勇者だ!」
国王「こんな田舎木こりが、勇者のハズがなかろうが!」
国王「自分が勇者と信じ込んだ凡人が、真実を知った時、
どのような歪み方、崩れ方をするか期待していたのに──」
国王「期待を裏切りおって!」
国王「許せん……!」
国王「青年と……ワシの作戦を台無しにしたメイド! おぬしらは牢獄行きだ!
一生出られないものと思え!」
勇者「…………」
勇者「分かりました」
メイド「私も……この人と一緒ならば地獄の底までもついていきます」
国王(くっ……まだ茶番を続ける気か!)
「ええい、コイツらをひっ捕らえて牢獄に叩き込め!」
どこからか野次が飛んだ。
「ふざけてるのはテメェだ!」
国王「ぬっ、だれだ今いったのは!?」
「下らんイタズラに税金使いやがって!」 「何考えてやがる!」 「ふざけんな!」
「自分が牢獄に入れよ!」 「このお子様国王が!」 「引っ込みやがれ!」
暴動でも起きかねない雰囲気になっていく。
大臣「ひ、ひぃぃぃ……!」
大臣「い、今のはまずかったですよ……火に油を注ぐようなものです。
この場には、国中の人間がいるのですから……!」
国王「ぬぅぅ……!」
(元々は青年の壊れっぷりを期待して集まったんだろうに……
なんという勝手なヤツらだ!)
国王「兵士長、魔術師!
群衆どもが手出しできないよう、念のためあの二人を捕えろ!
おぬしらなら、あんな木こりを捕えるのはたやすいだろう!」
兵士長「お断りします」
魔術師「同じく」
国王「なんだと!? おぬしら、王であるワシに逆らうのか!?」
兵士長「あの二人になにひとつ落ち度はない……。
ましてやあの勇者は私の教え子です。捕えたくはありません」
魔術師「もちろん陛下にも落ち度はありません。
もし落ち度があるとするなら──それは我々二人でしょう」
兵士長&魔術師「今の今まで罪のない青年を弄ぶような
あなたのご命令に逆らえなかったのですから!」
国王「な、なんだと……!」
「国王を許すな!」 「追い詰めろ!」 「みんな、かかれぇっ!」
勇者「こ、これは……!? なにがどうなってるんだ!?」
メイド「勇者様!」
勇者「君だけは守る!」ギュッ
ワアアアァァァァァァァッ!!!!!
前代未聞の大暴動であった。
剣術大会でのやらせ強制の件や、兵士長らの造反もあり、
国王につく兵士はほんの一部だけであった。
やむをえず、国王はわずかな手勢を率いて、辺境へと落ち延びた。
国民たちもこれを追撃することはなかった。
その後、勇者を新たな統治者にしようという運動が起こったが、
当の勇者はこれを固辞。
残っていた王族の中でも心ある人物が、新たな王となることで決着がついた。
しかし、前国王はまだ王位を諦めたわけではなかった。
各地をゲリラ戦のように暴れ回り、王国の平和を脅かした。
いつしか人々は前国王のことを、魔に堕ちた国王“魔王”と呼ぶようになった。
まもなく魔王討伐隊が組織され、リーダーにはもちろん勇者が選ばれた。
そして──
勇者「国王様……もう止めて下さい!
すでに大臣様の軍勢も全面降伏しています!」
勇者「俺がこの討伐軍のリーダーを引き受けたのは、
あなたを討つためではなく、あなたを止めたいからです!」
勇者「俺はあなたに感謝しています!
あなたのおかげで剣と魔法を覚えることができ、
さまざまな人と出会えました」
勇者「悪いようにはしません。潔く降伏して下さい!」
魔王「だまれ、だまれぇっ!」
魔王「元はとはいえば、勇者!
ワシがおぬしなどに目をつけなければ……
いや、おぬしさえいなければ、こんなことにはならなかった!」
魔王「知っておるぞ、今やこのワシは魔王と呼ばれていることを!」
魔王「おぬしも勇者なら勇者らしく、いざ尋常に勝負せい!」
勇者「……分かりました!」
歴史に残る一騎打ちが始まった。
ガキィンッ! キィンッ! ギィンッ!
武芸の才能に乏しい若者と、つい先日まで君主であった老人の対決。
はっきりいって低次元の争いだった。
ギィンッ! キンッ! ガキンッ!
しかし両者ともに気迫だけは凄まじく、
両軍の人間は固唾を呑んで一騎打ちを見守った。
勇者「はああああっ!」
魔王「ぬおおおおっ!」
ザンッ!
体力で勝る勇者の剣が、ついに魔王を切り裂いた。
魔王「ぐ、ぐぶぁっ……!」
魔王「ゆ、勇者──……」
ドサァッ……
勇者(国王様……)
勇者「…………」スゥ…
勇者「魔王、討ち取ったりぃぃぃぃぃっ!!!」
勇者は剣を天に掲げた。
ワァァァァァァッ!!!
こうして勇者の手によって魔王は討ち取られ、世の中に平和が戻った。
現在、勇者の称号を返上した青年と、メイドを辞めた妻は
ある小さな村で二人暮らしをしている。
青年「さぁ~て、今日も張り切って木を切ってくるか!」
青年「剣術を融合させた切り方を編み出したら、
前よりスピードがだいぶ速くなったよ」
妻「速いだけじゃなく、仕事は丁寧にやらないとね」
青年「分かってるよ」
青年「ん」
青年「まぁ~た、父さんと母さんから詫びの手紙が来てるよ。
もう俺をだましたことは気にしてないって返事したのに」
妻「ふふっ、ここでの生活が落ち着いたら、一度帰ってあげましょうよ」
青年「そうだな」
青年「ところで、君のご両親は大丈夫かい?」
妻「えぇ、あなたが勇者としてもらった謝礼を全部回してくれたから……
本当にありがとう」
青年「なぁに、俺はもう勇者じゃないけれど、
君にとっての勇者ではあり続けるつもりだからな」
妻「あら、じゃあこれからは私と……もう一人のための勇者になってね」
青年「え、それってまさか──」
妻「うん……できたみたい」
青年「やったぁ!」
<おわり>