青年(本当に俺なんかに、勇者になる素質があるんだろうか)
青年(本当に魔王が現れたんだろうか)
青年(なんだか、あまりにも唐突すぎてとても信じられない)
青年(でも、わざわざ城から国王様や大臣様がこんな村まで来ているんだ……。
本当なんだろう)
青年(魔王か……)
青年(もし俺でなきゃ、魔王を倒せないのなら、世界を救えないのなら──!)
青年「父さん、母さん……」
父「どうした?」
母「なんだい?」
青年「もし俺がいなくなっても……大丈夫かい?」
父「もちろんだとも!」
母「私たちは大丈夫だよ」
青年「俺……バカだけど色々考えた結果、勇者になってみようと思うんだ!」
父「うむ、お前は勇者になった方がいい!」
母「それがなによりの親孝行だよ!」
青年「う、うん……」
青年(とりあえず父さんと母さんは大丈夫なようだ)
青年(実をいうと、ちょっとくらい引き止めて欲しかったんだけどな……。
でも、大陸が滅びるかどうかの瀬戸際だし……こんなものかな)
父&母(なんとしても息子には城に行ってもらわないと……!)
翌日──
青年「心は決まりました」
青年「俺に勇者となる素質があるのなら……。
俺でしか魔王を倒せないのなら……俺、勇者になります!」
国王「おお……よくぞ決断してくれた!」
大臣「では、さっそくあちらの馬車に……」
青年「いえ、馬車はけっこうです」
大臣「え?」
青年「これからは、今まで以上に体を鍛えなければなりませんからね。
兵士の方々と一緒に、徒歩で城まで行かせて下さい」
国王「さすがは勇者、すばらしい心がけだ!」
(すっかりその気になっているな……木こり風情が。こりゃあいい)
大臣「彼ならば、打倒魔王も夢ではないでしょうな」
(ま、まずい笑うな……こらえろ……)
こうして村中の声援を背に、青年は故郷を発った。
城下町──
住民は、青年を快く迎え入れた。
ワアァァァァァ……!
「お帰りなさいませ、国王陛下!」 「勇者様が来られたぞ!」 「バンザーイ!」
「頑張ってくれよ!」 「これでこの国は滅びずに済むんだ!」 「やったぁ!」
青年(すごい熱狂ぶりだ……!)
青年(おそらくこの町の人々には、魔王の件がすでに伝わっているんだろう)
青年(さぞ不安だったにちがいない……)
青年(正直いって、流されるままにこんなところまで来てしまったけど、
この光景を見たらいくら俺だってやらなきゃいけないって分かる)
青年(絶対勇者に相応しい人間になってやる……!)
むろん、城下町の住民には全てが明かされており、買収と口止め済みである。
城──
国王「青年君。おぬしはまだ、なにか武功を立てたワケではない」
国王「しかし、我々の願いを聞き入れ、人々のために立ち上がったおぬしは、
すでに勇気ある者──すなわち“勇者”を名乗る資格がある」
国王「ゆえに本日この場から、おぬしは勇者を名乗るがよい」
青年「はいっ……!」
(とりあえず、名前だけは勇者になれたということか……。
なんだろう、体の中が沸騰するように熱いや)
国王「ここまで慣れない道を歩いて疲れたであろう。
今日はゆっくり休んで、特訓は明日からということにしよう」
メイド「では、こちらが勇者様のお部屋となります」
勇者「どうもありがとう」
メイド「なにか御用の際は、私におっしゃって下さい」
勇者「は、はい」
メイド「…………」
勇者「なにか?」
メイド「……いえ、失礼いたします」
勇者(こんな豪華な個室に、しかもメイドさんまでついてくるなんて……)
勇者(あまりにも恵まれすぎてて、逆に不安になってくるよ。
本当に俺なんかが勇者で大丈夫なのだろうか?)
勇者(寝て起きたら、村に戻ってるんじゃないだろうか?)
勇者(でも……どうやらこれは現実のようだ)
勇者(国王様は勇者になる決意をした時点で勇者だ、といってくれたけど
やっぱり結果が伴わないとなんにもならない)
勇者(明日からの訓練で、なんとしても強くならなければ!)
大臣「明日から訓練が始まる」
大臣「いいか、くれぐれもいっておくぞ」
大臣「相手は普通の人間ではない。非凡な才能を持つ勇者なのだ。
魔王を倒せる可能性のある、唯一の人間なのだ」
大臣「そんな彼が訓練でつまずくなどありえない」
大臣「おだてておだてて、おだてまくるのだ」
大臣「自分は優れた人間だと自信をつけさせるのだ」
兵士長&魔術師「はい」
大臣「とはいえ、しょせん木しか相手にしたことのない田舎の木こりだ。
褒めるところを探すのも一苦労だろうがな」
兵士長「案外才能を秘めている、ということも考えられますよ?」
大臣「ないない。なにしろ、そういうヤツを選んだのだからな」
翌日──
兵士長とのマンツーマンによる、剣の訓練が始まった。
兵士長「剣の握り方はこうです」ギュッ
勇者「こ、こうですか……?」ギュッ
兵士長「おお、すばらしい! センスを感じる握り方ですよ!
もしかして今までに剣術をやっておられたのですか?」
勇者「い、いえ……剣なんて……もっぱら斧ばかり振るってましたから」
兵士長「続いて、素振りです。私のマネをして下さい」ブンッ
勇者「えいっ!」ブンッ
兵士長「さすが勇者殿ですな。
素振り一つとってみても、溢れんばかりの才能を感じ取れますよ」
勇者「ありがとうございます……!」
続いて、魔術師とのマンツーマンによる魔法の訓練が行われた。
魔術師「まず、あなたの魔力を測らせていただきます。
自然体で立っていて下さい」
勇者「こうですか」スッ
魔術師「むむ……これは……!」
勇者「どうですか……!?」
魔術師「すばらしい魔力をお持ちですね。
私の占いはやはりまちがっていなかったようです」
魔術師「これほどの魔力の持ち主はザラにいるものではありません」
勇者「この俺に……魔力が……!」
魔術師「とはいえ、剣術とちがい魔法はある程度の予備知識が必要です。
しばらく実習はせず、講義に専念していただきます」
勇者「はいっ!」
初日の訓練が終わり──
大臣「──さて、どうだった?」
兵士長「大臣のおっしゃったとおりでした。全く才能はありませんな」
兵士長「木こりをやっていただけあって体力だけはあるようですが……
本当にそれだけです」
兵士長「一年間みっちり鍛え上げても、並の兵士ほどに強くなれるかどうかも
怪しいですな」
大臣「フフフ、やはりな。そうでなくては意味がない」
大臣「強くする必要はない。強くなった気にさせるのが、お前の使命だ。
いいな?」
兵士長「かしこまりました」
大臣「魔術師、魔法の方はどうだ?」
魔術師「驚きました。体に魔力なんてこれっぽっちもありません。
あれではなにを教えようと、魔法なんて唱えられませんよ。
なにせ、燃料が空っぽなワケですから」
魔術師「あれでは実習など不可能なので、講義を受けさせていますが……」
大臣「うむむ……それはマズイな。
剣術とちがって、魔法はごまかしがきかん。
かといって伝説の勇者は剣と魔法を使う戦士、ということだからな」
大臣「どうにかして、勇者に魔力を宿せないか?」
魔術師「一応、魔力薬というものがありますが──」
大臣「魔力薬?」
魔術師「ドーピング剤の一種です。あれを使えばなんとか……。
ただし、副作用がかなりあるので──」
大臣「死ななければかまわん。今晩からでも魔力薬とやらを、
シェフに命じて料理に混ぜさせよう」
魔術師「……はい」
勇者「うっ……」
勇者「おええぇぇぇぇっ……!」ビチャビチャ
メイド「勇者様、大丈夫ですか!?」
勇者「……えぇ、なんとか」ハァハァ
勇者「急に環境が変わったから、体がついてきてないんだろうね。
しょっちゅう頭痛や目まいがしたり、手がシビれたり……。
だけど、すぐ慣れると思うよ」
勇者「それにしても、あんなに美味しい料理を吐いてしまうなんて、
もったいないことをしたよ、ハハハ」
勇者「美味しすぎて、胃がビックリしちゃったかな」
メイド「…………」
勇者「そんな心配そうな顔をしないでくれよ。
俺は必ず勇者に相応しい実力を身につけてみせるから!」
メイド「えぇ……無理はしないで下さいね……」
ある日──
勇者(城の中は広いなぁ、道に迷ってしまった……)スタスタ
兵士「ちょっと勇者様!
勇者様は城内の決められた場所以外、勝手に歩き回らないで下さい!」
勇者「あ、すみません……」
兵士「勝手な行動は情報の漏えいにつながります」
兵士「万が一にも勇者様の存在が魔王に知られたら、
この国がターゲットにされてしまいます」
兵士「そして、もし勇者様が倒れられたらこの大陸は終わりなのですから……」
勇者「そうでした……軽率でした」
勇者「ところで、今魔王の侵略はどの程度進んでいるんですか?」
兵士「え!? え、えぇ……とにかくスゴイ勢いらしいですよ。
人間の軍などまるで歯が立たないようです」
勇者「そうですか……ありがとうございます」
大臣「──との兵士からの報告です」
国王「うむ、好き勝手に歩き回られて、
万一ドッキリに関する情報を耳に入れられたらオシマイだからな」
国王「勇者の監視を厳しくするよう、兵士たちに伝えておけ」
大臣「かしこまりました」
大臣「魔王の件はいかがいたしましょう?」
国王「当初の予定どおり、新聞社に勇者用の新聞を刷ってもらおう。
勇者に魔王を憎ませるような記事を心がけよ、と伝えておくのだ」
大臣「よい記事ができるといいですな」
翌日から、勇者のもとに新聞が届けられるようになった
『魔王軍の侵攻、とどまることを知らず!』
『○○国軍前線基地、壊滅!』
『△△村、村民虐殺される』
勇者「…………」プルプル