母魔「移住計画は?」
側近「着々と進んでいます」
母魔「人間たちの住処を完全に奪わなければいつまた蘇ってくるかわからないわ」
母魔「この機に人間界まで全部私たちのものにする」
子勇「ママー、お腹すいた」グゥー
母魔「あ、うん、そうね、そろそろお昼にしましょうか」ニコッ
母魔「ゴメンね、最近忙しくてママが手作り料理作れなくて」
子勇「うん、大丈夫」
子勇「ママと一緒に食事出来るだけでもうれしい」
母魔「子勇」ジワッ
母魔「ありがとうね」ナデナデ
子勇「うん…」
側近「魔王さま、申し上げたいことが」
母魔「何かしら」
子勇「…」すぴー
側近「勇者、いえ、子勇さまのことです」
母魔「…」
側近「御存知の通り、幾ら強くて尚優しい子勇さまとしても結局人間」
側近「人類抹殺計画遂行中の今、子勇の存在に反感を持つ魔族たちも
少なくありません」
母魔「言いたいことはわかったわ」
母魔「この子を魔族に変えるべきだと言いたいのね」
側近「はっ」
母魔「…私が嫌と言ったら?」
側近「仕方のないことですが、何故」
母魔「あの子の今の姿を否定するのが嫌なのよ」
母魔「子勇の今の姿、その優しさ、人間の勇者だったからこそのその純粋さ」
母魔「腐った人間の世界でたった一人綺麗に残ってくれたこの子の純白さ」
母魔「私はそんなものたちに惹かれたのよ」
母魔「なのに今更この子を魔族にしてしまったら」
母魔「私はこの子のそういう良いところたちを全否定しなければならない」
母魔「それじゃ、私は今までこの子に嘘を付いてきたことにしかならない」
側近「ですが、魔王さま」
側近「御存知の通り、人間の寿命は魔族に比べれば儚いもの」
側近「しかもこれから10年もあれば、子勇さまは成人としての成長を終えます」
側近「そしてそれは魔王さまのことを理解するにはあまりにも短い時間です」
側近「大人になった子勇さまが、再び人間の勇者として
魔王さまに歯向かうことも考え無くありません」
母魔「…否定はできないわね」
側近「せっかく訪れたこの平和」
側近「揺るがすようなことがあってはありません」
側近「この側近、この命を賭けて進言します」
側近「子勇さまを魔族に替えるべきです」
母魔「…少し考えさせて頂戴」
側近「どうか、我ら魔族のためにも、子勇さまのためにも良き決断を」
母魔「…子勇」
子勇「…ぅん…」
母魔「私は…」
子勇「ママ、ママ見て、これ、幼馴染ちゃん花冠作ったの」
子勇「ママにもあげる!」
ママ「」
子勇「…ママ?どうしたの?そんなにぐったりしてて」ユサッ
ピチャッ
子勇「え?」
子勇「赤い……ボクの手、赤い」
子勇「……あ、そうか」
子勇「ボクが…」
母「…『勇者』」
子勇「!」
母「勇者、助けて。ママを助けて」
子勇「や……やだ」
子勇「もうやめてよ」
母「勇者…」
子勇「違う!」
子勇「ボクは勇者じゃない!」
子勇「ボクを勇者って呼ばないで!」
子勇「違う…勇者じゃ…勇者じゃないよ」
母魔「子勇、子勇起きなさい」
子勇「!!」
母魔「どうしたの?」
子勇「…魔王」
母魔「!!」
子勇「……ママ」
母魔「子勇」
母魔「大丈夫」
母魔「私がママだよ」
母魔「あなたは子勇」
母魔「それだけだから」
母魔「もうそれだけだから」
母魔「子勇のことが大好きなママがここに居るだけだから」
子勇「ママ…」ギュー
母魔「(言えない)」
母魔「(今この子に魔族になってほしいなんて言ってしまったら)」
母魔「(きっと壊れてしまう)」
母魔「(この優しい子の笑顔を)」
母魔「(絶望に落として二度と掬いあげられないようにしてしまう)」
母魔「子勇」
母魔「ママが一緒に寝てあげる」
母魔「あなたが魘されないように」
母魔「誰もあなたにまたあんな酷いことができないように」
母魔「ママが守ってあげるから」
母魔「あなたは笑ってだけ居て」
竜の王「近頃魔王さまが政務を務まらないことが増えたと聞くが」
妖精の女王「聞く話では、人間の子供を一人拾って死んだ息子の代わりにしてるとか」
狼の頭「くだらん!人間など生かしてなるものか。魔王さま自ら自分の規則を破っている」
魔女「しかしながら、息子を失った魔王さま傷心がどれほど大きかったかは
ここに居る皆が知っていること」
魔女「聞くとその人間の勇者を見て魔王さまは百年も待っていた人類撲滅計画を
やっとの思いで実行なさったとか」
竜の王「なにはともあれ、たかが人間の子供一人に気を奪われ魔族たちを蔑ろにされては困る」
妖精女王「とは言え、今の魔王さまが良き方なのもまた事実でしょう」
妖精女王「現に、魔族たちは過去に無いほど豊かに生きています」
狼の頭「だがそれも人間が残っていれば儚いものだ。
一瞬で全ての繁栄が崩れ落ちるかもしれん!」
竜の王「側近はなんと言っていた」
魔女「説得なさったようですが、魔王さまもまた頑固なお方」
魔女「増してやその子を人間としてでなく、自分の子のように可愛がっていますから」
竜の王「我らは魔族の各種族の長だ」
竜の王「魔族全体のためにも、この怪異な状況を打開せねばならない」
竜の王「魔王さまがご自分の過ちに気付かれないのであれば」
竜の王「我らの手でそれを気づかせるべきだ」
狼の頭「俺は竜の王に同意する」
妖精女王「魔王さまが育てる人間です」
妖精女王「それほどの問題になるのでしょうか」
魔女「全ての魔族を率いるお方です。一人の人間に魔族全てを蔑ろにされては」
妖精女王「ですが、それが母というものです」
妖精女王「他のなによりも子を愛することを最優先にするのが母の務めというもの」
妖精女王「恐れながら、一人の娘の母として、わたくしはその反逆に参加できません」
竜の王「これは反逆ではない。魔王さまを正しい道へ導くためのことだ」
狼の頭「しかも、その子とは人間。魔王さまのそれは子育てにもならない」
狼の頭「せいぜい飼い慣らし、飼育だ」
魔女「忠節の気持ちは同じでもその形はそれぞれ」
魔女「ですが覚えてください。この違い、下手すれば人間によってではなく
我らの手で魔族の未来を壊す結果になるかもしれないということを…」
竜の王「魔女、あなたはどっちに付く」
魔女「…私は独自に行動させて頂きましょう」
魔女「自分の目で確かめたいことがあります故」
母魔「新たな勇者…か」
側近「はっ、どうやらかの王の娘がまで生き残っていたようで」
母魔「とんだ失策だったわね。私がしっかりしていなかったせいよ」
側近「…」
母魔「その勇者は」
側近「一ヶ月後にはここに辿り着くでしょう。いえ、その前に討伐出来れば良い話ですが」
母魔「いえ、ここまで辿り着くようになさい」
母魔「魔族と人間、例え人間が腐ってしまってもその縁はまだ残っている」
母魔「私たちの間の戦いは、必ず魔王と勇者で決着を着けなければならない」
側近「宜しいので?」
母魔「逆に問いましょう、側近。あなたは私という魔王をどう思うのかしら」
側近「あなたは良き魔王です」
側近「それは今の生きる魔族誰もが認めること」
側近「ですが、」
側近「それ以上あなた様は、良い母親で居たかった」
側近「それだけのことです」
母魔「…私も知らないわけじゃないわ」
母魔「子勇のことを良く思わない一部の魔族」
母魔「いえ、寧ろその方がより多いでしょうね」
母魔「でもね。例えそうだとしても私は諦めるつもりはない」
母魔「子勇は、私の子よ。あのままで、人間のままで、私の子よ」
魔女「魔王さまにそれほどの覚悟させた人間」
母魔「!」
魔女「人間と言え、なかなかも者のようです」
側近「魔女、ここがどこだと思って盗み聴きなどを…!」
母魔「結構よ」
母魔「言ってみなさい、魔女」
母魔「魔族の者たちが今の私をどう思っているか」
母魔「人間の子に誑かされ魔族全てを威脅している出来損ないの魔王」
母魔「私を失脚させようと今頃軍を集めている頃だろうと思うのだけど」
魔女「…魔王さまは、己のことをあまりにも過小評価しています」
魔女「そのような姿も子魔さまを失ってからでした」
魔女「ですが、私には見えます」
魔女「その人間の子供が、あなたをもっと強くしてくれています」
魔女「魔族の長としてではなく、母としての魔王の姿」
魔女「それが本来魔王さまの力の源だったのですから」
魔女「現在竜の王を主軸として、魔族たちの中で魔王さまへの嘆願書を準備しています」
魔女「魔王さまがかの人間を殺すか、もしくは魔族に変えなければ」
魔女「きっと魔族たちは魔王さまを攻めるでしょう」
母魔「……あってはならないことよ」
母魔「せっかく得られた魔族たちの栄光。どんなことがあっても失うわけにはいかない」
母魔「増してや魔族たちの自分の手で…」
母魔「そんなことが起こってしまったら、魔族は二度と立ち直れなくなる」
魔女「…」