子勇「……うん?」
?「あなたが例の人間の子かしら」
子勇「…ママに会いにきたの」
?「…そう、魔王さまをママと」
子勇「魔王じゃない!」
?「!」
子勇「魔王じゃ…ない」
妖精の女王(以後、女王)「この力、まさか勇者?」
女王「魔王さまが息子にした人間とは、まさか勇者のことだったの?」
女王「しかもこんな小さい子が勇者に…」
子勇「勇者……」
子勇「勇者じゃない」
子勇「勇者なら人を守るのにボクは守れなかった」
子勇「勇者なのに魔王に勝たなきゃいけないのに、ボクは勝てなかった」
子勇「勇者なら、ママを守らなきゃいけなかったのに…」
子勇「ボクは…ボクはあんなことしか出来なかった」
子勇「この手で…ママを」
子勇「ママが…ママは…ボクのことを子勇って呼ぶの」
子勇「ボクは『勇者』じゃない。勇者になんてなりたくない」
子勇「ボクのママは…魔王だよ」
子勇「でもボクが『勇者』で、ママが『魔王』だなんて」
子勇「そんなの嫌だから」
子勇「だから、魔王って呼ばないで。魔王じゃない」
子勇「ボクのママは…魔王じゃない」
母魔「魔族は、勇者と戦いに魔王という私の存在をいつも必要としてきた」
母魔「だけど、あなた達が本当にほしいのは、自分たちの代表出来る存在」
母魔「自分たちの人間への憎悪感を代表出来る」
母魔「その大きな負の感情を持ってまた人間の代表者である勇者に立ち向かえる存在」
母魔「それが魔王」
母魔「その互いを憎むべき存在として作られたのが魔王と勇者」
母魔「相容れない二つの集団の憎さを代表するために作られた代役」
母魔「でも、それが出来ないとしたら」
母魔「魔王が勇者を憎めないというのなら」
母魔「勇者が魔王を憎めないとしたら」
母魔「もう、その代役を任される筋合いなんてない」
魔女「ただ人間一人のために」
魔女「我々を見捨てるというのですか」
魔女「あなただけを信じてここまで来た魔族全てを」
魔女「また混乱の渦の中に戻れと言うのですか?」
母魔「私があの子のママにあるためになら…ええ」
魔女「例えあなたがそう言おうとも」
魔女「あなたは魔王で居なければいけません」
魔女「魔族という大きな集団のために」
魔女「勇者がそうであるように」
魔女「あなたもまた犠牲にされなければならないのです」
母魔「どうするつもりなのかしら」
魔女「まだまだ魔女として極みを知らない私ですが」
魔女「先々代から尽くしてきたこの力」
魔女「恐れながらあなたの記憶をいじらせて頂きます」
魔女「人間をもっと憎むように。あの子共さえも殺せるほど
強い人間への憎しみをあなたに」
母魔「ただでやられると思っているのかしら」
魔女「例え魔王さまでも、私の魔力には敵えません」
母魔「そうかしらね」
母魔「あなたの言う通りよ」
母魔「あの子が、子勇が私の力の源なのよ」
母魔「あなたたちはその子を子魔の代わりだと言っていたけど違う」
母魔「子勇は子勇よ。そのままで、私の大切な子よ」
魔女「あなたみたいな方が魔王になられて、実に残念と思います」
母魔「魔族たちへ?それとも私へかしら」
魔女「どっちにも、です」
魔女「どの道、私は魔族たちのために、あなたを抑えなければなりません」
「邪魔だよ」
魔女「へっ?」ぐちゃり
魔女「あ……そん…な」
子勇「…」
魔女「そう…そういうことでしたのね」
魔女「結局、これもまた勇者と魔王との戦いだったのです」
子勇「違う」
子勇「勇者もいない。魔王も居ないよ」
子勇「居るのは…」
グサッ
母魔「子、勇?」
子勇「『魔王』」
母魔「!それは、妖精女王の首…まさかあなた」
子勇「ボクと、戦って」
母魔「なにを言ってるの?」
母魔「あなたは子勇だよ。勇者なんかじゃない」
母魔「嫌よ!」
母魔「どうして!どうしてあなたと戦わなければいけないの?」
母魔「どうしてあなたは勇者にならなければならなかったの?」
母魔「どうして私は魔王としてあなたに会わなければならなかったの!」
母魔「あなたを愛することさえ出来ればそれでいいのに」
母魔「それがそんな大きな願いなの?」
母魔「あなたを誰かの代わりにするつもりなんてなかった」
母魔「私自身もあなたにとって誰かの代わりものとされるのが嫌だったから」
子勇「…」
母魔「嫌よ」
母魔「あなたをコレ以上傷つけたくない」
母魔「そんなこと私にさせないで」
母魔「私は嫌なの」
母魔「あなたを傷つくのも、あなたが誰かに傷つけられるのも全部嫌」
子勇「…『魔王』」
母魔「!」ジワッ
子勇「ボクと、戦って、お願い」
母魔「…嫌」
子勇「戦って、お前を倒さないと
ママに会えない」
母魔「…へ?」
子勇「ボクと戦って」
子勇「ボクが魔王を倒したら、『魔王』は子勇のママになる」
子勇「魔王がボクを倒したら、『勇者』はママの子勇になる」
子勇「他のなんでもない。ただそれだけの存在になるの」
母魔「…!」
母魔「そうか。……そうなの」
母魔「そういうことなの!」
母魔「……『勇者』」
母魔「さあ、良くここまで来たわね『勇者』」
母魔「私と戦いなさい、『勇者』」
母魔「あなたが持っている全てを私にぶつけてきなさい」
母魔「私も自分が持っている全てをあなたにぶつけるわ」
母魔「私の望みはただ一つ」
母魔「私の愛おしい『子勇』を返しなさい!」
子勇「倒れて魔王、そしてボクの『ママ』を返して」
魔、勇「この世から消え去ってしまえ!!
この魔王と勇者の勝負がどう決まったのだろうか。
その答えを知ろうとするものに問いたい。
それが重要なのかと。
魔王が勝っても、勇者が勝っても、結局この世界の人間と魔族の戦いは絶えないだろう。
そして魔王と、勇者は、その互いをただただ憎しみ会う二つの集団の代表する存在として生き続けるのだ
結局、この勝負で誰が勝ったかは、以後の人間と魔族の戦争には何の関係もない。
今でも、二つの集団の戦いは続く。
でも、見る観点を変えれば、
その二つの集団の戦いと離れたある場所には、自分たちが求めなかった代役から外れた二人の存在が居た
一人は母で、一人が子供。
その二人が以前どのような者だったかはもう重要ではない。
一度憎しみ合い、戦わなければならなかった二人は、最後には互いを愛するために戦った。
そして、二人は自分たちの全てを失った。
勇者としての、魔王としての全てを失った。
でもそれこそが彼らが望んでいたこと。
もう、二人は魔王でも、勇者でもなくなった。
もう二人にはお互いの存在が全てとなった。
互いにそれほど欲しがっていたソレを手に入れた時、
残されたものたちのこれからの戦などどうでも良くなってしまった。
今でも二人は世界の憎しみ合いから離れた場所で生きている。
これで物語はやっと二人が最初から望んでいたように動き始めたのだった。
もう一度言おう。
この物語は、魔王と勇者、剣と魔法の物語ではないから。
少なくとも、今この場で繰り広げられている物語は
母と子との幸せな日々、ただそれだけのお話だ。
そして、その物語は、今やっと始まったばかりだ。
子勇「ママ、ただいま」
母魔「うん?…!子勇、何その顔の傷」
子勇「えへへっ、ちょっと下り道で転んじゃった」
母魔「大変、早く薬塗らないと」
子勇「ボクは平気」
母魔「ダメよ。ほっとくと傷跡が残るのだから」
子勇「うっ」
母魔「痛くても我慢しなさい。もうあまりママのこと驚かせないでほしいわ」
子勇「ごめんなさい」シュン
母魔「はい、出来ました」
子勇「ありがとう、ママ」
母魔「あら、口だけ?いやねー」
子勇「うーん」チュッ
母魔「あはっ、はい、ママも」チュッ
子勇「…えへへっ」
母魔「ふふっ」
子勇「ママ、大好き」
母魔「私も大好きよ、子勇」
終わり