勇者「一人旅の方が楽でいいよな」 2/6

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ズシン

魔剣「なるかもしれないわね。たとえばあいつのような」

勇者「あー、あんな感じのドラゴンとかな」

ズシン

勇者「……ってドラゴン!? ドラゴンて! ……ドラゴンって!」

魔剣「うるさいわね。何度も同じ事を言わないで頂戴」

勇者「いやでも……ドラゴンって!」

魔剣「他の言葉を忘れてしまったの?」

勇者「最強クラスの魔獣じゃねえか! どう見ても過剰な軍備だろ! こういうの外交でなんとかできないの!?」

魔剣「あなたもけっこう平和ボケしているわね……。ドラゴンなんてただの大きいトカゲじゃない」

ドラゴン「カエレ……イノチガオシクバ……ヒキカエセ……」

魔剣「ドラゴンが喋った!?」

勇者「さて、偵察という重要な任務は果たしたことだし、そろそろ戻ろうか」スタスタ

魔剣「任務は王女の救出ではなかったの?」

ドラゴン「……」ギロッ

勇者「あー、うん。『救出したかったらしてもいいよ』とか言われたような気もするかなあ……はは」スタスタ

魔剣「なんかわたしが知ってる勇者と違う」

勇者「やっぱやるしかないのかなあ……」

魔剣「わたしのアドバイス通りにやれば勝てるわよ」

勇者「どうやんの?」

魔剣「まずはその長剣を使って斬りかかるの。でも長剣は折れてしまって、」

勇者「そういうのはアドバイスとは言わん。つーかなんでそんなに剣折りたいんだよ」

魔剣「じゃあ真面目にアドバイスするわ。まず、ドラゴンと戦う上で最も脅威になるのは口から噴き出す灼熱のブレスよ」

勇者「首の向きに注意して、射線上から外れる動きをしろってことかな。難しそうだ」

魔剣「なんとか避けながら接近して、顎の下から口を串刺しにしてやるの。その長剣でね。それでブレスは封じられるわ」

勇者「なるほど。口を開けられなくしてやれば牙の攻撃も防げるな。まだおっさんを殺したと思しき爪の攻撃もあるけど」

魔剣「あとは尻尾による攻撃もあるかしら。それもなんとか避けながら、今度は目を剣で突いてやるのよ」

勇者「剣は口に刺さったままだけど?」

魔剣「わたし、わたし」ワクワク

勇者「武器やめたんじゃなかったの?」

魔剣「ふっ。まあ、もう引退した身ではあるけれど? あなたがどうしてもと言うなら現役に復帰してあげてもいいわ」

勇者「うーん、まあ、それでいくしかないか」

魔剣「目を潰した後は、相手はあなたの動きを正確には捉えられなくなるから、長剣の方を引っこ抜いて、間髪入れずに首を斬り落とす」

勇者「なるほど。じゃあその手でいくか」

魔剣「うまくいきそうになければ最小のパワーで爆炎魔法を使って目眩ましをするという手もあるけれど。洞窟が崩れない程度に」

勇者「それは切り札としてとっておくか……なんか怖いし」

魔剣「これで作戦はまとまったわね。さあ行きましょうか。ドラゴン・スレイヤーの称号を得に」

ドラゴン「グオオオオ!」ゴオオオオ

魔剣「避けて! 鉄をも溶かす灼熱のブレスよ。まともにくらったら骨も残らないわ」

勇者「うわっとお! ……ブレスに炙られた岩は溶けてないみたいだけど?」タタタ

魔剣「……岩は溶けないけどかなり熱いブレスよ。まともにくらったらすっごい火傷をするわ」

勇者「くそっ……『爆炎』!!」ピロリロリンッ

ドカーン!

魔剣「なにいきなり爆炎魔法使ってるのよ! しかもパワーの調整も無しでっ!」

ガラガラッ

勇者「岩がっ! おわっ! 上から岩が降ってくる!」

ガンッ

ドラゴン「……」クラクラ

勇者「あ、ドラゴンの頭に直撃した」

魔剣「今よ!」

勇者「うおおおおお!!」ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!

魔剣「これはひどい」

勇者「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」

魔剣「大丈夫?」

勇者「なんとか……」ハァハァ

魔剣「少し予定とは違ったけれど、これであなたもドラゴンスレイヤーね」

勇者「ごめん。お前を使ってやれなかったな」

魔剣「少々不満ではあるけれど勝ったから許すわ。あなたのことはこれからドラスレって呼ぼうかしら」

勇者「なんか聞いたことあるような略し方だな。なんかとかぶってるような気がするからその略し方はやめとこう」

魔剣「じゃあ、ドラゴンスレイヤーだから、真ん中へんをとってゴンス」

勇者「語感が悪いなあ」

魔剣「最初と最後をとってドライヤー」

勇者「もう何でもいいよ……その称号は俺じゃなくてこの長剣の方に与えてやってくれ」

魔剣「折れなかったわね、それ」

勇者「ひょっとして嫉妬してんの?」

魔剣「別に。わたしは人工知能なのだから、予め決められたパターンに従って会話を組み立てているだけだわ」

勇者「その会話パターン作った人にちょっと話があるんだけど」

魔剣「もうとっくに死んでしまったわ」

勇者「ですよね」

魔剣「さあ、行きましょう。王女がお待ちかねよ」

勇者「ごめん……もうちょっと休ませて……」

魔剣「だらしないわね。ドラゴンスレイヤーではあるけれど駄目なスレイヤーだわ。駄スレだわ」

勇者「この人工知能を作ったのは誰だあっ!」

魔剣「しかたないわね。体力が回復するまでの間に、そのへんのことを話してあげましょうか?」

勇者「ああ、聞きたいね。お前がただパターンに従うだけの人工知能とは思えん。感情表現が豊かすぎる」

魔剣「じゃあ話してあげるわ。少し重い話になるけれど」

勇者「そういうのはちょっと苦手だなあ」

魔剣「実は、わたしを作った人はすごく太っていてね」

勇者「ベタすぎるわ! そういうジョークは要らねえよ」

魔剣「じゃあ真面目に話すわ。少し悲しい話になるのは本当よ」

勇者「うーん……鬱展開とかはちょっと」

魔剣「だったらあまり重くならないように、概要だけさらっと話そうかしらね。わたしと、過去の勇者の物語を」

魔剣「わたしの人格は、擬似人格ではあるけれど。声や話し方、性格などは実在の人物を元にしているの」

魔剣「勇者とともに旅をし、魔王と戦ったパーティの一員でね。強力な攻撃魔法を操る魔法使いだったわ」

魔剣「勇者と魔法使いは相思相愛の関係で。魔王討伐という使命を成し遂げた後、ふたりは結ばれてめでたしめでたし」

魔剣「よくあるおとぎ話のような結末ね。でもお話と違ってその後もふたりの人生は続くわけで」

魔剣「不幸なことに、勇者はその妻に先立たれてしまったの」

魔剣「勇者は嘆き悲しみ、せめてもの慰めとして、亡き妻の声を持つインテリジェンスソードの製作に心のよりどころを求めた」

魔剣「勇者がインテリジェンスソード製作のベースとして選んだのは、妻が生前に愛用していた武器。それが、わたし」

魔剣「当時の魔法技術でも、意思を持つ魔剣の製作は簡単ではなかったわ」

魔剣「既に故人となった者の声や人格を再現するというのも成功への妨げになったようね。でも勇者は凄まじい執念でそれを成し遂げた」

魔剣「それほどまでに亡き妻への愛が深かったのでしょうね。ただの人工知能。まがい物の、代用品でしかなかったけれど、」

魔剣「勇者は妻とともに過ごすはずだった、失われた時間を埋めようとでもするかのように、わたしにいろいろな思い出話を聞かせてくれたわ」

魔剣「夜が来ると、宝箱の中からわたしを取り出して。ときには懐かしげに微笑みながら。ときには寂しげに涙ぐみながら」

魔剣「やがて勇者にも妻のもとへと旅立つときが来て。わたしを愛しそうに胸に抱いたまま、永遠の眠りについた」

魔剣「残された勇者の家族によって封印の魔法をかけられ、わたしもまた長い眠りについたの」

魔剣「そして現在に至る……と。簡単な説明だったけれど、これでわかってもらえたかしら、わたしという存在が。少し悲しい話だったでしょう?」

勇者「うっ……ふぐっ……うわぁああああん」

魔剣「号泣してるっ!?」

勇者「だって……勇者が……魔法使いが……かわいそうで……」ポロポロ

魔剣「そうね。でも、亡くなってしまったのは不運だったけれど、幸せだったと思うわ。わたしの元になった魔法使いは」

勇者「そうなのかな……?」グスン

魔剣「ええ。だってそれほどまでに愛されていたのだもの。生前には何百年分もの幸せを享受していたに違いないわ」

勇者「戦いの旅が終わって、結婚して、子供も当然いたってことだよな。俺の直系の先祖なんだろうから」

魔剣「そうね」

勇者「ということは、戦いの中で命を落としたってわけではないのか」

魔剣「ええ。ベッドの上で、愛する夫に看取られながら、眠るように静かに息を引き取ったと聞いているわ」

勇者「……そっか。よかった、と言うのは変だけど、せめてもの救いだな」

魔剣「そうね。詳しい死因までは聞いてないけれど、80年も連れ添った夫婦の別れなのだから、最後は静かに、」

勇者「死因は老衰だよ!」

魔剣「あら。人間の寿命って意外と短いのね」

勇者「なんだよ! めっちゃ長生きしてるんじゃん! 泣いて損した!」

魔剣「いえ、でも、すごく悲しんでいたわよ? わたしの前の持ち主は」

勇者「あー、まあ……そんな爺ちゃん婆ちゃんになってもそこまで深く愛してたってんだから、本当に仲のいい夫婦だったんだろーなあ……」

魔剣「いい話ね。まあそんなわけで、わたしには人間とたいして変わらないような感情表現をする機能が備わっているのよ」

勇者「なるほど……でもさあ、それならお前より、魔法で動く人形とか作って、そいつにその機能をつけた方がよかったんじゃないか?」

魔剣「当時の魔法技術なら、頑張ればそういうこともできなくはないのかもしれないわね」

勇者「なんでそうしなかったんだろう」

魔剣「そこまでは知らないけれど、なんか怖いからじゃないかしらね。人形って」

勇者「うーん、そういやそうか」

魔剣「美談のはずが怪談になりかねないわ」

勇者「っていうかすげー元気な爺ちゃんだな。婆ちゃんが100歳くらいで死んでからお前を作ったりなんやかんやしてたんだから」

魔剣「ええ。素敵な人だったわ。あなたにも同じ血が流れているのだから、きっとこれからもしぶとく生き残れるわね」

勇者「かもな……ちょっと勇気が湧いてきた。よし、そろそろ行くか」

魔剣「ええ。既に最大の障害は取り除いたと見ていいと思うけれど、慎重にね」

勇者「また扉だ。ここかな?」

魔剣「鍵は?」

勇者「……かかってるな」ガチャガチャ

魔剣「開錠の魔法を」

勇者「使えると思うか?」

魔剣「どうするの?」

勇者「ん、これくらいの鍵なら、このキーピックで」カチャカチャ

魔剣「そんなので開くのかしら」

勇者「まあ見てろって……ほら開いた」ガチャン

魔剣「変なところで優秀なのねあなたって。盗賊の方が向いてそうだわ」

勇者「ここにいるのかなっ……と」ギイ…

「……誰ですか?」

魔剣「いたわね」

「人間の方……ですか……?」

勇者「なにこの異常に綺麗な人」

魔剣「王女でしょう?」

勇者「ああ、うん、たぶん、というか間違いない。美しさもとんでもないけどこの気品、優雅な物腰……見てるだけで気圧されそう」

魔剣「なに見蕩れているのよ。さっさと跪いて挨拶しなさい」

勇者「あっ、そ、そうか。えー、勇者と申します。お、王女様を助けに、いえ、お救いに、えっと救出に参りました。えーと、その……」

魔剣「しどろもどろってこういうのを言うのね」

王女「あっ、いえあの、わたしごときにそんなご丁寧な挨拶っ、痛み入りますっ。わっ、膝が汚れてしまいますっ。何か拭くものを……」ペコペコ

勇者「なんでそんなに腰が低いんですかっ!?」

魔剣「意外と気さくそうな人だわ」

勇者「……えっと、王女様ですよね?」

王女「はっはいっ。王女ですっ。本当ですっ。何か証明できるものは……」オロオロ

勇者「……もしかして、影武者の方とか?」

王女「いえっ、本物ですっ。ど、どうすれば信じていただけるんでしょうかっ。困りましたっ」アセアセ

勇者「あ、いや……どっちにしても本物と信じておいた方が都合がよさそうだし……信じますよ」

王女「そうですかっ。よかったです」ホッ

魔剣「さあ、王女様にも無事に会えたことだし、帰りましょう」

勇者「そうだな。では王女様、お城までお送りいたします」

王女「はいっ、ありがとうございますっ」

魔剣「王女様なのになんでこんなに腰が低いのかしら」

王女「わたし、他の王女さんの知り合いとかいませんし……王女らしい振る舞いとかよくわからなくてっ」

勇者「お城の他の方々とお話しする時もそんな感じで?」

王女「はいっ、あのっ、他の方とはあまりお話はしませんがっ。小さい頃から遊び相手になっていただいてる方がおられましてっ」

勇者「はあ。ひょっとして、その方の口調に影響されて、とか……?」

魔剣「そのお友達の立場から見れば話す相手は自分よりはるかに身分が高い人だものね」

王女「あの、わたしの言葉遣い、おかしいでしょうか……」

魔剣「ふむ。あなたの責任というわけではないけれど、王族としての教育がなってないようね」

勇者「おい、失礼だぞ」

魔剣「あら、ごめんなさい。……それで、あなた本当は何者なの?」

王女「えっ……」

勇者「なんだ、まだ疑ってるのか?」

魔剣「ええ、疑っているわ。おかしいと思わないの?」

勇者「何がだよ」

魔剣「さっきからわたしが喋っているのに、驚きもせず平然とした態度」

勇者「そういえば……普通の人間なら剣が喋りだしたら驚くはず……俺がそうだったように……」

魔剣「そう。普通の 人 間 ならね。わたしのような 人 工 知 能 なら別でしょうけど。さて、この王女様はどうなのかしら?」

勇者「……王女様。なぜ驚かないんですか? こうして剣が喋っているのに」

王女「いえ、わたし、剣にはあまり詳しくないですから、そういうものなのかと。喋らない剣もあるんでしょうか?」

勇者・魔剣「「単なる世間知らずかよ!」」

王女「ううっ。世間知らずでごめんなさいっ」ペコペコ

勇者「あ、そうだ。忘れてた。王女様、これを」

王女「この袋は?」

勇者「変装用の服が入ってます。その格好では目立ちますから、普通の平民に見える服を用意してきました」

王女「はい、わかりましたっ。えっと、どこで着替えれば……」キョロキョロ

勇者「俺はここから出て扉の向こうで待ってますから、ここで着替えて、終わったら声をかけてください」

王女「はいっ」

勇者「では」バタン

王女「……」ヌギヌギ

王女「……」スルッ ポロリンッ

王女「……」スルスル パサッ

勇者「扉越しに衣擦れの音が聞こえてなんか悩ましい」

魔剣「興奮して鼻血吹いたりはしないで頂戴。戦闘で使われてもいないのに血まみれになりたくないわ」

王女「……」ガサゴソ

王女「……?」ガサゴソ

王女「あの、勇者様」

勇者「あ、終わりました?」

王女「わわっ! まだですっ! まだ開けちゃ駄目ですっ! 今が一番開けちゃ駄目な状態ですっ!」

勇者「あ、はい……どんな状態なんだろう……どうしました? 何か問題でも?」

王女「はい、あの、この袋には下着が入ってないようなんですがっ」

勇者「いや下着はそのままでいいですよ!? 変装のための着替えですから!」

王女「えっ? あっ、そうですかっ。そうですよねっ。なんでわたし、下着まで脱いじゃったんでしょうかっ///」

魔剣「たしかに一番開けちゃ駄目な状態ね」

勇者「ということは、今、王女様は……///」ゴクリ

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