魔剣「全裸の美少女が扉一枚隔てた向こう側にいるというだけでそんなに興奮できるなんて、若いっていいわね」
勇者「うるせえ。そりゃお前は100歳くらいの婆ちゃんを元に……ん? そのわりには声も可愛らしいし、なんか子供っぽいよなお前」
魔剣「だってわたし、あの人の妻が若かった頃を再現して作られているもの」
勇者「やっぱりその爺ちゃんも若い娘の方がよかったんだ……」
魔剣「厳密に言うとわたしの元になっているのはあの人の記憶の中の妻だから、多少美化されているかもしれないわね」
勇者「美化してもこんな性格か」
魔剣「でも、本当にあの王女を連れて帰って大丈夫なのかしらね」
勇者「まだ言ってるのか」
魔剣「だって、わざわざ手間をかけて誘拐した目的を考えると。替え玉とか、あるいは洗脳した状態で送り返すとか」
勇者「じゃあ、俺がこうして救出するのも敵のシナリオ通りってことに……?」
魔剣「まだわからないけれど。帰り着くまでの道中でよく観察して見極める必要があるわね」
勇者「ではさっそくこの扉を開けて観察してみよう。俺の鋭い観察力で正体を暴いてやる」キリッ
魔剣「やりたいのならやれば? わたしは止めないわよ」
勇者「いや、冗談だよ……さすがに王女様相手にそんな恐れ多いこと」
魔剣「王女じゃなければやるのかしら。それにしても見た目はともかく、全然王女っぽくない王女様ね」
勇者「影武者が誘拐されてそれをさらに替え玉にすりかえて送り返されてたら笑うよな」
魔剣「笑い事で済まないような気もするけれど、でも偽者ならむしろもっと本物っぽく見えるような演技でもしそうなものよね」
王女「ううっ。王女らしくなくてすみませんっ。でも本当に本物なんです……」
勇者「聞いてたんですかっ!? いえ、こちらこそ失礼なことをっ」
魔剣「それは、まあ……扉越しとはいえ、向こう側の衣擦れの音が聞こえるくらいなのだから、こちらの声も聞かれているわよね……」
勇者「ひょっとして、全部……? うわああああ! ごめんなさい! すいません! できればさっきの不埒な発言は聞かなかったことにっ!」
王女「あの、着替え、終わりました」ガチャッ ギイッ
勇者「……あ、は、はい。では行きましょうか」テクテク
魔剣「これでもう王女っぽい要素は微塵も無くなったわね」
勇者「おいやめろ。王女様がめっちゃお凹みになってあらせられるぞ」
王女「いえ、でも、あの……証明できるかもしれません。わたしと両親くらいしか知らないような話をすれば」
魔剣「ふむ。それが本当かどうかは帰り着くまで確認のしようもないけれど。いいわ。言ってみて頂戴」
勇者「なんで王女様より剣の方が偉そうな態度なんだろう」
王女「はい、では、さっきお話しした、小さい頃からわたしの話し相手になっていただいていた方の話なんですがっ」
魔剣「ええ」
王女「剣なんです。その方も。だからわたし、剣って喋るのが普通なのかと……」
勇者「なるほど、それで……って、ええっ!?」
魔剣「わたしと同じ、人語を解す魔剣……?」
勇者「伝説の中にしか存在しないと思ってたインテリジェンスソード……こいつの他にもあったのか」
王女「はいっ、帰ったらおふたりにも紹介しますっ。剣同士ですから、そちらの剣さんとはいいお友達になれるかもしれませんっ」
魔剣「わたしのことは剣ではなく魔剣と呼んで頂戴」
勇者「ふぅ……ようやくあの洞窟から最寄りの町まで辿り着いた。王女様を守りながら戦うのはけっこう大変だったな」テクテク
王女「ううっ。足手まといになってしまってすみませんっ」ペコペコ
勇者「あ、いえ、王女様であり戦闘要員でもあるとかいう超絶ハイスペックなんて期待はしてませんから、気にしないでください」
魔剣「王女らしい威厳も無いけれどね」
王女「威厳ですか……えっと、じゃあ、やってみますっ。……女王様とお呼びっ!」
勇者「王女様ですよね!?」
王女「わっ、間違えましたっ。お、王女様とお呼びっ!」
勇者「最初からそう呼んでますが……」
魔剣「なんかいろいろ間違っているような気がするわね。というか、王女様とは呼ばない方がいいと思うのだけれど」
勇者「あ、そうか。せっかく目立たないように平民っぽく変装してるんだし、偽名とか……」
王女「はあ。では、えっと、わたしのことはオードリーとでも呼んでくださいっ」
勇者「ではそのように。こちらの言葉遣いも変えますから、無礼ではありますがご了承ください」
王女「はいっ。全然かまいませんっ」
勇者「敬語とか使い慣れてないから俺もその方が楽でいいや。つーか魔剣、お前もあんまり喋るな。町の人にいちいち驚かれるとめんどくさい」
魔剣「今夜は宿に泊まるのでしょう? 変装には必要無いとはいえ下着くらいは買っておくべきだわ」
王女「あの、でも、わたし、お金を全然持ってなくてっ」
勇者「金は俺が出すけど……買い物のしかたとか、わかる?」
王女「お買い物ですか。したことありませんが、どうすればいいんでしょうかっ」
魔剣「あなたもいっしょに店に行って買えばいいじゃない」
勇者「下着をか? うーん……まあしょうがないか……」
アリガトウゴザイマシター
勇者「めっちゃ恥ずかしかった……」
魔剣「店員にはどんなふうに見えていたのかしらね。若い男女が一緒に下着を買いに来るって」
王女「すみません、わたしのせいで恥ずかしい思いをさせてしまって……でも、初めてのお買い物、楽しかったですっ」
勇者「楽しんでもらえて何よりだよ」
王女「お城からほとんど出たことがありませんから、こうして町を見ているだけでも楽しいですっ」
勇者「じゃあ、宿に行く前にちょっと町を見て回ろうか」
王女「いいんですかっ? 嬉しいですっ」
王女「あっ、あの家の庭には鶏が2羽いますっ。生きてる鶏を絵本以外で見たのは初めてですっ」
王女「わっ、こんな道端でお店をやっている人もいるんですねっ。生麦や生米や生卵を老若男女様々な人が買ってますっ」
王女「わわっ、猫さんが3匹いますっ。家族でしょうかっ? 可愛いですねっ。にゃんこ子にゃんこ孫ま、にゃんこですっ」
魔剣「……楽しそうね。世間知らずのお姫様」
勇者「うん……こんなありふれた町の風景でも、別世界のように見えてるんだろうなあ……」
王女「すごいですっ、あんなの初めて見ましたっ」「あっ、こっちにも珍しいものを発見しましたっ」「わっ、あそこにも……」
勇者「めっちゃはしゃいでるなあ。まあ、喜んでもらえてよかった」
王女「あっ、勇者様、あれは何でしょうか? 食べ物を売ってるようですがっ」
勇者「串焼きの屋台だな。肉は何だろう、鶏かな」
王女「こんなふうに外で食事をする方もいらっしゃるんですねっ」
勇者「そういや腹へったな。食べていこうか」
王女「ほんとですかっ? 鶏は食べたことありますが、こんなのは初体験ですっ。どきどきですっ」
勇者「庶民が食べるようなものだから口に合うかどうかわかんないけどね」
王女「男の人と2人きりで食事をするのも初めてですから、そういう意味でもどきどきですっ」
魔剣「わたしの存在を忘れられてるような気がするわ」
勇者「2部屋で100Gか……」
宿屋「すいませんね。こんなご時勢だから宿屋の商売も上がったりってやつで。料金を高くしないとやっていけないんですよ」
王女「あっあのっ、わたしにはよくわかりませんが、2部屋で100Gなら1部屋に2人で泊まれば50Gで済むんじゃないでしょうかっ」
宿屋「ええ、その通りですよ。食事は別料金ですけど」
勇者「いや、でも、男女で同じ部屋に泊まるのは、ちょっと」
王女「わたしは全然かまいませんからっ。それに、ひとりでは不安で……」
勇者(そっか、さっきはあんなにはしゃいだりもしてたけど、考えてみたらめちゃくちゃ怖い思いもしてたんだよなあ、誘拐されたんだから)
王女「世間知らずですから、備え付けのものの使い方がわからずに壊してしまったりしないかと不安でっ」
勇者「そっちですか……。修理代請求されたりするのも嫌だし、じゃあ、まあ、1部屋で。はい、50G」
宿屋「では、201号室で。これ部屋の鍵です。……うまくやりなよ(ヒソヒソ」
勇者「えっ、いや、そんなんじゃ……行こうか、王j……オードリー」
王女「はい、えっと、うーん……」
勇者「何考え込んでんの? やっぱり2部屋の方がよかった?」
王女「あ、いえ、行きましょうバナージ」
勇者「俺の名前も考えてくれてたのね……。必要無いような気もするけど」
王女「こんな部屋に泊まるのは初めてですっ。あっ、あのドアは何でしょうかっ」トテテテ
魔剣「部屋に入ったからやっと自由に喋れるわ」
勇者「けっこう喋ってた気もするけどなお前。まあ傍に王女様がいればお前が喋ってるとは気づかれにくいと思うけど」
王女「勇者様っ、たいへんですっ。この部屋、お風呂がひとつしかありませんっ」
勇者「いや、普通そうですから……部屋に風呂がついてない宿屋もありますよ。大浴場みたいのがあるだけで」
王女「はあ。その場合は、他のお客さんといっしょに入ったりするんでしょうか?」
勇者「そういうことですね」
王女「なるほど、わかりましたっ。わたし、男の人といっしょにお風呂に入るのも初めてですから、恥ずかしくてどきどきですっ///」
勇者「いやそういうことじゃないですよ!? この場合は1人ずつ順番に入ればいいだけの話ですからっ!」
王女「えっ? あっ、そうですよねっ。勘違いしてましたっ。恥ずかしいですっ」
勇者「ちなみに大浴場でも普通は男女で分かれてますから」
魔剣「馬鹿ね。黙っておけば王女様と一緒に入れたのに」
勇者「うわあああああしまったああああああ……ってそんなことしないよ……」
魔剣「そんなことよりベッドが1つしか無いことの方を気にするべきじゃないのかしら」
勇者「いや、それは別に……俺は長椅子の上ででも寝ればいいしさ」
魔剣「あら。人間はベッドの上で寝るものだと思い込んでいたから他の方法なんて考えもしなかったわ」
勇者「お前けっこう思考に柔軟性が欠けてるとこあるよな。所詮は人工知能か」
王女「あっあのっ、勇者様はお疲れでしょうからベッドで寝てくださいっ。わたしが長椅子の方で寝ますからっ」
勇者「王女様は柔軟すぎですっ! そんなわけにはいかんでしょうが常識的に考えてっ!」
王女「ううっ。また怒られちゃいましたっ」
勇者「いや、怒ってるわけでは……お気持ちは嬉しいですよ。優しいんですね」
王女「ほめられましたっ」
魔剣「わたしだって優しいわよ」
勇者「なんで対抗意識出しちゃってんだよお前は」
魔剣「あなたは疲れているでしょうからベッドで寝なさい。わたしは長椅子で寝るから」
勇者「しかも王女様のまるパクリか! つーかそれおかしいだろ! 王女様を床で寝かせるつもりか!」
王女「わっわたしは別に床でもっ」
魔剣「何ならわたしがベッドで」
勇者「わけわかんねえ! その絵面を想像してみろ! シュールにも程があるわ! ああもうめんどくせえ! さっさと風呂入って寝るぞ!」
魔剣「怒られてしまったわ」 王女「怒られちゃいましたっ」
宿屋「ゆうべはおたのしみでしたね」
勇者「あーはいはい、楽しかったですよー。さあ、帰るぞ」スタスタ
王女「はいっ。わたしも楽しかったですっ」トコトコ
魔剣「わたしも楽しかったわ。床で寝かされたこと以外は」ヒソヒソ
勇者「いやだってお前剣だし……」ヒソヒソ
宿屋「いいなあ、あんな可愛い娘と。あっそうだ、恋人同士がなんやかんやする用の宿に商売替えしようかな。うん、その方が儲かりそうだ」
王女「この町ももう見納めですねっ。なんだか名残惜しいですっ」キョロキョロ
勇者「なあ魔剣、これほどまでに世間知らずってことは、もう本物の王女様と思っていいんじゃないか?」ヒソヒソ
魔剣「まだ結論を出すのは早いと思うわ。まだ誘拐の目的も不明だし」
勇者「誘拐の目的か。普通に考えたら人質とって脅迫するとかだろうな。もう助け出しちまったからどうでもいいような気もするけど」
魔剣「どうでもいいかどうでもよくないかで言えば誘拐の目的も本物かどうかも何もかもどうでもいいわ。わたしにとっては」
勇者「最初からリアクション薄かったしな……実際に会ってからも、なんか王女様に対して冷たいような気もするし」
魔剣「別に嫉妬しているわけではないわ」
勇者「やっぱり嫉妬してたのか。可愛いなお前」
魔剣「違うと言ってるでしょう。まだ信用してないだけよ。どうでもいいけれど」
王様「勇者よ。よくぞ大役を果たし、無事に戻った」
勇者「はっ。お褒めにあずかり恐悦至極に存じます(こんな感じの答え方でいいのかな)」
王の側近「そうそう。ちゃんと教えた通り、無礼のないように振舞えよ」ヒソヒソ
王様「この国の王として。それ以上に1人の父親として、心から礼を言うぞ。勇者よ」
勇者「はっ。お褒めにあずかり恐悦至極に存じます(あっまた同じこと言っちゃった。まあいいか)」
王様「うむ。まあ、そんなに固くならなくていいぞ」
勇者「はっ?」
王様「こういうの慣れてないだろ?」
勇者「ええ、まあ。こんなふうにお城に来る機会もあんまり無いもんで」
王様「わしも堅苦しいのあんまり好きじゃないし。とにかくありがとうな、娘助けてくれて」
勇者「いやあ、当然のことをしたまでですよ。まあ途中でドラゴンが立ちふさがったりもしましたけど俺ならそんなん超余裕ですし」
王様「こやつめハハハ」 勇者「ハハハ」
側近「せっかく礼儀作法を叩きんだのに……」
王様「で、だ。何か褒美をとらせようと思うんだけど、何がいい?」
勇者「いえ、報酬はもう側近さんから頂きましたから」
王様「それは知ってるけどさ、もっと何か無いの? 大事な一人娘を助けてもらって、金を払うだけじゃわしの気が収まらんのよ」
勇者「そう言われましても、今は特に欲しいものとかは……」
王様「地位や権力的なものとかさ」
勇者「正直そういうのはめんどくさいです」
魔剣「くれるものは何でも貰っとけばいいのに」ボソ
勇者「こら、お前は喋るな」ヒソヒソ
王様「地位や権力に興味が無いなら、女は? 何ならわしの娘を嫁にしてもいいよ」
勇者「たいへん魅力的なお話だとは思いますけど、その場合、地位と権力もついてきちゃうんじゃないですか?」
王様「うん。そうなったらお前、わしの息子ってことになるからね」
勇者「光栄ですけど、それはちょっと」
王様「そんなに嫌なの? 偉い人になるの」
勇者「いやそこまで嫌ってほどでもないですけど、なんかめんどくさいです」
王様「わしの娘、おっぱい大きいよ?」
勇者「謹んでお受けいたします」キリッ
魔剣「いいの? それで……」
勇者「あっいや、すいません。前言撤回します。少し考えさせてください」
王様「うん、考えといてよ。わしも世継ぎのこととか考えとかなきゃいかんしさ。それはそれとして、他に何か望みは無い?」
勇者「うーん……じゃあ、魔王を倒すための武器とか、なんかいいの無いですかね」
王様「お前が持ってる魔力を帯びた長剣と同じようなのなら宝物庫に行けばあるかもなあ。でもそんなたいしたもんは無いよ」
魔剣「わたしを超えるほどの名剣はここには無いということね」
勇者「喋るなって。あ、それで思い出した。王女様から聞いたんですけど、このお城にも喋る剣があるんですよね?」
王様「うん、あるよ。でもあれは娘のお気に入りだから、譲っていいかどうかは娘に聞いてみないとなー」
勇者「いえ、譲っていただかなくてもいいんですけど、ちょっと会わせていただけたらいいなー、なんて」
王様「じゃあちょっと待って、娘呼ぶから。おい、側近」
側近「はっ。仰せの通りに」
王様「そうそう、言うの忘れてたけど娘がお前のこと、えらく気に入っちゃっててね」
勇者「マジっすか」
王様「マジマジ。だからさっきの話、ちゃんと考えといてね。わしの方もお前だったら安心して娘も国も任せられるし」
勇者「娘さんの方だけなら喜んでお引き受けするんですけど国の方はちょっと重いっす……」
王女「勇者様っ」トタタタ
勇者「あ、どうも、王女様。例の喋る剣のことなんですが……」
王女「はいっ、ご紹介しますっ。わたしの自室までご案内しますので、こちらへどうぞっ」キラキラ
魔剣「気のせいかしら、完全に恋する乙女の瞳になっているように見えるのだけれど」
勇者「……そんなことの前に言うことがあるんじゃないのか?」
魔剣「時候の挨拶とか?」
勇者「いや、しかたがないこととはいえ、王女様のこと偽者じゃないかとか疑ってたじゃん。もう本物だってことは証明されたんだからさ」
魔剣「ふむ。『本当に本物だったのかよ!』ってツッコミ入れとくべきだったかしら」
勇者「ちげーよ。王女様、疑ったりして済みませんでした」
王女「いえ、全然大丈夫ですっ。わたしの方こそ、本物なのにこんなんですみませんっ」ペコペコ
勇者「いや……この部屋ですか?」
王女「はいっ。どうぞお入りくださいっ」ガチャッ
「あっ、王女様っ。おかえりなさいっ。お客様ですか? 王女様以外の人間さんとお会いするのは久しぶりですっ」
勇者「……確かに短剣が喋ってるな」
魔剣「……確かに王女様と似たような喋り方ね」
王女「ごめんなさいっ。キャラがかぶっててすみませんっ」ペコペコ
短剣「……そして現在に至る……というわけですっ」