勇者「人間関係に気を使わなくて済むし」テクテク
勇者「やりたいことをやりたい時に自由にやれるし」
勇者「装備や戦闘の経験とかもすべて独り占めできるし」
勇者「何より足手まといになる相手がいないってのがいい」
勇者「そもそも敵のボスである魔王とまともに戦えそうな奴なんて俺くらいしかいないっぽいし……」
勇者「……」
勇者「でも話し相手がいないっつーのも寂しいもんだな」
勇者「別に仲間がいたってそれはそれでいいんだよ。俺別に孤独を愛するタイプってわけでもないし」
勇者「仲間か……仲間がいたとしたら、どんなやつがいいかなあ」
勇者「勝気でちょっと我が侭な美少女とか、おっとりした癒し系巨乳美少女とか、読書好きな無口無表情系美少女とか」
勇者「あとは、そうだな……ニヤケたイケメン野郎とか……は要らんか」
勇者「元気で快活で年上のお姉さんな美少女とか、優等生で面倒見がよくて可愛いけどちょっと怖いとこもあって眉毛が太い美少女とか……」
勇者「……独り言も飽きてきたなあ」
勇者「……寂しい」
「退屈そうね。わたしでよければ話し相手くらいにはなれると思うけれど?」
勇者「だ、誰だ?」キョロキョロ
勇者「誰もいない……幻聴とか……いくら寂しいっつっても……」
「幻聴じゃないわよ」
勇者「ど、どこだ? 姿を見せろよ……まさか、幽霊とか」
「どこを見ているの? 下よ、下」
勇者「下? 地面しか見えないけど」
「あなたの腰のあたりにぶら下がってるものがあるでしょう?」
勇者「……ち○こ?」
「なっ……違うわよ。そんなわけがないでしょう」
勇者「だよなあ。ち○こが喋りだすことがあったとしても女の声でっておかしいよな」
「そうじゃなくて、横。腰の横よ」
勇者「横って……旅の途中で手に入れた、この魔力を帯びた長剣か!?」
勇者「いわゆるインテリジェンスソードってやつか……おとぎ話と大差無いような伝説の中にはわりとよく出てくるけど、実在したとは」
「だから、どこを見ているのよ。こっちよこっち。反対。腰の右側」
勇者「は? 右って……じゃあ、こっちの短剣の方か」
短剣「やっとわかったのね。あなた、ちょっと鈍いわ」
勇者「いや、だって、まさか剣が喋りだすとは。つーかなんで家から持ってきた短剣の方なんだよ。こっちの長剣の方がそれっぽいのに」
短剣「そんなことわたしに言われても知らないわよ。そっちはただ単に魔力で強化されたよく斬れる剣というだけじゃないの?」
勇者「それでも魔力を付加された剣なんて、今では貴重な、失われた魔法技術の産物(ロスト・マジック)だが……じゃあお前は?」
短剣「そうね。わたしもその類のものよ。高度な魔法技術によって、擬似的な人格を付与された存在」
勇者「擬似的な人格……じゃあ魔法で人間が剣の姿に変えられてるとかではないのか」
短剣「ええ。王子様にキスされても人間の姿に戻ったりはしないわ。人工の知能を植えつけられて喋っているだけ」
勇者「なんだー、ただの人工知能か」
短剣「何よ、不満なの? 退屈そうにしていたから話しかけてあげたのに」
勇者「あ、いや。そうか、まあ話し相手がいるってだけでも助かるよ。お前なら足手まといになることもなさそうだしな」
短剣「そういうわけだから、話したいことがあるならわたしが聞いてあげるわ。何でも言って頂戴」
勇者「えっと、じゃあ……お前、今の状況を把握してるか? 俺がなんでこうして旅をしてるかとか」
短剣「全然。さっきまで眠っていたから」
勇者「剣って眠るの?」
短剣「剣ってどっちの? わたし? 左の方にいる図体ばかり大きい役立たずの方?」
勇者「今のところお前よりはこっちの長剣の方が戦闘では役に立ってるよ。そうじゃなくてこの場合の剣というのは……いやどうでもいいか」
短剣「現状を把握してるかという話だったわね。知らないけれどだいたい想像はつくわ」
勇者「そうなのか? じゃ、言ってみ」
短剣「あなたは伝説の勇者の血を引く子孫で、人間の敵である魔王を倒すための旅をしている」
勇者「なんだ、知ってんじゃん」
短剣「いえ、たぶんそういうことだろうと思っただけよ。わたしに擬似人格を与えた人もそうだったから」
勇者「それってつまり……いや、その話は後で聞こう。まずは直近の目的から話すよ」
短剣「魔王の城へ向かっているのではないの?」
勇者「その前にやることがあるんだ。俺が受けた任務は魔王の討伐じゃない。後からそれもやるつもりではあるけど」
短剣「ふむ。その任務とは?」
勇者「これ秘密だから誰にも言うなよ。……さらわれた王女様の救出だ」
短剣「ふうん」
勇者「リアクション薄っ」
短剣「そんなことよりあなたのことをもっと知りたいわ」
勇者「『そんなこと』で済ますなよ。重大事件だ。まあお前はただの剣だし人間の事情なんてどうでもいいのかもしれんが」
短剣「ただの剣ではないわ。人語を解す魔剣よ」
勇者「はいはい、魔剣ね。で、なんだ、俺のことか? まあ察しの通りで、お前の元のご主人様の子孫ってことになるな」
魔剣「つまり親から子へ、子から孫へと、わたしを代々受け継いできたというわけね。何年前からなのか知らないけれど」
勇者「何年前からかわからないのか? ずっと眠ってたのか」
魔剣「眠っていたからというのもあるけれど、封印されていたでしょう? わたし」
勇者「ああ、うん。魔法による封印で鞘から抜けないようにされてた古い剣が俺の家の倉庫に何本もあって、その中の1本がお前だな」
魔剣「数ある剣の中からわたしを選ぶなんて、なかなか見る目があるわね」
勇者「あーいや、なんつーか、お前の封印はけっこう緩くて他のより解きやすかったから、まあこれでいいか、みたいな」
魔剣「……」
勇者「そっか、封印されてた間はお前の意識も封じ込められてたのか。……どうした? 黙り込んだりして」
魔剣「数ある剣の中からわたしを選ぶなんて、なかなか見る目があるわね」
勇者「リテイク!?」
魔剣「なかなか見る目があるわね。どうしてわたしを選んだのかしら」
勇者「ああ、うん。なんとなく、この剣は喋りだしたりしそうで、旅の共には最適かなー、なんて思ってさ……封印を解きやすかったからじゃないよ」
魔剣「あら、そうなの。光栄ね。でもそんなことより、あなたの実力が知りたいわ。わたしの元の主人のように強いのかしら」
勇者「また『そんなこと』で済ませやがって……じゃあ今から見せてやるよ。ほら、敵が現れた」
魔剣「特に強くも弱くもなさそうな程度の敵がわたしたちの進路に立ちふさがっているわね」
勇者「いくぞ! くらえ、『爆炎』!!」ピロリロリンッ
ドカーン!
勇者「とどめっ」スラリ
ザンッ!
テレレレッテッテッテー
勇者「と、こんな感じだけど」
魔剣「ふむ」
勇者「まああれくらいの敵は倒せなきゃ話にならんけどな」
魔剣「攻撃魔法が得意なようね」
勇者「うん、どっちかというと剣より魔法寄りかな」
魔剣「ふむ……わたしの見たところ、あなた、けっこうやるわね」
勇者「そんなのお前にわかんのか?」
魔剣「わたしの分析力を甘く見ないで頂戴」
勇者「……じゃあ、今の戦いを解説してみ」
魔剣「そうね。まず、使った魔法についてだけれど。爆炎魔法という選択は正解ね。あの敵には火炎魔法や氷結魔法より効果が高いわ」
魔剣「次に、攻撃魔法のパワーのコントロール。過不足の無い適切な威力で、敵を瀕死にするだけのダメージを与えたわ」
魔剣「そして、最後の斬撃。これも無駄な力を使うことなく、必要充分な力でとどめをさしていたわね。戦い慣れしている証拠よ」
魔剣「相手の特性、防御力、耐久力を瞬時に見極め、余分なことは一切やらない。わたしの見た限りでは、ほぼ完璧な戦闘だったわ」
魔剣「どう? これで証明できたかしら」
勇者「あー、そうだな。忌憚の無い意見を言わせて貰うと、全っ然駄目だ。まるでわかってない」
魔剣「そんなっ!?」
勇者「知識と観察力はあると思うけどさ。分析力は皆無だ」
魔剣「……何が間違ってたのよ」
勇者「まず、火炎魔法や氷結魔法を使わなかった理由だけどさ」
魔剣「ええ」
勇者「使わなかったというより、使えないんだ。俺が使えるのは爆炎魔法だけ」
魔剣「……はい?」
勇者「パワーも調節したんじゃなくて、あれが精一杯」
魔剣「……」
勇者「最後の斬撃については……言うまでも無いな?」
魔剣「……えっと、」
勇者「その程度の洞察力でよく伝説の勇者のお供が務まったよなあ。ははっ。まあお前短剣だし、メインウェポンではなかったんだろうけどさ」
魔剣「いやちょっと待ちなさいよ! あれが精一杯って、そんなのでどうやって魔王を倒すつもりなのよ! しかも1人きりで!?」
勇者「それはまあ……その時までに経験を積んで、強くなって……」
魔剣「なにこの無理ゲー」
勇者「っていうかさ。……いないんだ。俺くらいしか。魔王とまともに戦えそうな奴が」
魔剣「どういうことなの……?」
勇者「お前が生まれた時代がいつなのかは知らないけどさ。俺が聞いた話じゃ、昔は武器とか魔法とか、凄かったんだろ?」
魔剣「……まあ、今のあなたの武器や魔法よりはね」
勇者「でも、今は……平和な時代が長すぎたんだろうな」
魔剣「平和な時代……長い時を経て、戦うための技術が衰えてしまったということ?」
勇者「人もな。伝説の中で語られてるほどの戦士や魔法使いなんて、全然いないんだ。みんな平和ボケしちまって……」
魔剣「でも、兵士くらいはいるのでしょう?」
勇者「いるけど、防戦一方だ。魔物の侵攻をなんとか食い止めてる状態」
魔剣「厳重に警護されているはずの王女がさらわれたりするなんてどういうことかと思っていたけれど、そう……そういうことだったのね」
勇者「うん、まあ、そんな感じ」
魔剣「だったら、異世界の戦士や武器を召喚するとか……」
勇者「そういう高度な魔法技術がもう無いんだってばよ」
魔剣「あ……そうね。つまり、今で言う強力な武器とは、わたしのように保存魔法によって残されていた過去のものしか存在しないと」
勇者「お前は別に強力な武器でも何でもないけどな」
魔剣「むっ。なんだか馬鹿にされてるような気がするわ」
勇者「いや、喋れる剣ってだけでも充分凄いのはわかってるけどさ……っと、余計なお喋りはここまでだ。目的地が見えてきたぞ」
魔剣「あの洞窟?」
勇者「うん。俺の調査結果が正しければ、あそこに王女様が囚われてる筈だ」
魔剣「ふむ。洞窟……となると、そろそろわたしの出番かしら」
勇者「どういうこと? ……中は真っ暗だな。少なくとも入り口付近に灯りの類はついてないようだ」
魔剣「ふっ。その言葉を待っていたわ。さあ、わたしを抜いて掲げなさい」
勇者「こう?」スラリ
魔剣「ええ」
勇者「……何も起こらないけど?」
魔剣「何をしているの? 早くわたしに光の魔法をかけなさい。道を照らしてあげるわ」
勇者「なるほどこれは便利ってお前ただ掲げられてるだけで何もしてないじゃん。そもそも俺そんな魔法使えないし」
魔剣「そうなの? 残念だわ。戦闘では全然使ってくれないから、せめて松明がわり程度には役に立つところを見せておこうと思ったのに」
勇者「意外と健気なとこもあんのな……いや、松明なら持ってるし、話し相手になってくれるだけで充分だからさ」
魔剣「でも……」
勇者「さっき言ったこと気にしてんのか? ごめんな。もう武器としてのお前を貶すようなことは言わないよ」
魔剣「別に、そんなの全然気にしてないわ。もうすぐわたしの見せ場が来るもの」
勇者「見せ場って、どんな?」
魔剣「洞窟の奥で強敵との戦闘になって、あなたは頑張って戦うのだけれど、その長剣が折れてしまってピンチになるのよ」
勇者「いや折るなよ。これ魔王を倒した伝説の武器として後世に残す予定なんだから」
魔剣「じゃあ折れはしないけれど敵に弾き飛ばされて川に沈んでしまうの。そこでわたしの出番」
勇者「洞窟の奥からどんだけ飛ぶんだよ。それにそんな強敵が相手だったら短剣で戦うのはきついだろ」
魔剣「それは……えっと、あれよ。絶体絶命の危機に追い込まれた時、わたしが、秘められていた真の力を発揮して……」
勇者「えっ、そんなのあんの?」
魔剣「……ふっ。でもだめね。今のあなたではまだ、このあまりにも強すぎる力は制御できない……」
勇者「なんだ無いのか。ちょっと期待しちゃったよ」
魔剣「あっ、あるもん! 秘められた力あるもん! 秘密の力だから見せないけど!」
勇者「キャラ変わってんぞお前!? 子供か! むきになるなよ!」
魔剣「ふん。もういいわ。もう武器やーめた。話し相手だけしかしないわ、もう」
勇者「拗ねるなよ……つーか拗ねても話し相手はしてくれるのな。そういうとこ好きだよ」
魔剣「す、好きって……なに馬鹿なことを言っているの!? け、剣とは結婚できないわよ!?」
勇者「馬鹿はお前だ! 結婚してくれとまでは言ってねえよ!」
魔剣「好きって告白されたら結婚するものだと思っていたわ。わたしの前の持ち主はそうやって結婚していたから」
勇者「まあそうやって結婚したから子孫の俺も存在してるんだろうけどさ。さっきの好きってのはそういう意味じゃねえよ」
魔剣「とは言っても、前の持ち主が結婚したところをわたしは直接見てはいないけれどね」
勇者「そりゃ結婚式に帯剣して行かないだろうよ。いや、でもケーキカットにでも使ってもらえばよかったかもな。ははっ」
魔剣「いえ、わたしが擬似人格を持たされたのはそれより後のことだから」
勇者「ん? 戦いの旅に出たときにはもう既婚だったってことか? 時系列がよくわからん……」
魔剣「そのへんの話、聞きたい?」
勇者「興味はあるけどそんなのは後回しだ。俺たちが今どこにいるか思い出してくれ」
魔剣「今わたしたちが益体も無い雑談に興じている場所は、王女が囚われている洞窟ね」
勇者「憶えてたか。そういうわけだから、静かに行くぞ」
魔剣「ひとつだけ言っておきたいことがあるのだけど」
勇者「なんだよ」
魔剣「爆炎魔法を使っては駄目よ。洞窟の中なのだから」
勇者「うん……やっぱそうだよな……生き埋めになりたくないし。王女様を埋めちゃうのもまずいし」
魔剣「わたしはもう武器やめたからその無口な長剣で頑張って頂戴」
勇者「お、前方に扉発見」テクテク
魔剣「あそこに王女が閉じ込められているのかしら? だとすると逃げられないように鍵をかけてあるわね」
勇者「縛られたりしてれば鍵はかかってないかもな。開けてみよう」
ガチャッ ギィ
勇者「お、開いた。中はかなり広いな。王女様は……と」キョロキョロ
魔剣「見て。あそこに人が」
勇者「どこ? 暗くてよく見えん」キョロキョロ
魔剣「どこに目をつけているのよ。あそこよ、あそこ」
勇者「そう言われても……つーかお前の方こそどこに目がついてんの?」
魔剣「右の壁際、奥の方に少し窪んでいるところがあるでしょう? あそこに人が倒れているわ」
勇者「王女様かっ?」タタッ
魔剣「……これは」
勇者「死んでる……」
魔剣「どういうことなの……?」
勇者「わからんが……この傷跡」
魔剣「巨大な斧のようなもので切り裂かれたような傷ね」
勇者「あるいは鋭い爪のようなもので切り裂かれたような」
魔剣「もしくはバールのようなものでこじ開けられたような」
勇者「いや表現はどうでもいいよ。とにかく死んでるな」
魔剣「ふむ……わからないわね、わざわざ誘拐しておいてなぜあっさり殺してしまったのかしら」
勇者「……何か勘違いしてるみたいだけど、これ王女様じゃないよ?」
魔剣「あら、そうなの? わたしは王女の顔を知らないから勘違いしてしまったわ」
勇者「いや、どう見てもおっさんじゃん」
魔剣「なんかおっさんみたいな王女ね、とか思っていたわ」
勇者「独断で王女様を救出しようとして返り討ちにあった兵士、ってとこかなあ」
魔剣「無謀ね。蛮勇と言った方がいいかしら」
勇者「……故人を悪く言うもんじゃないよ」
魔剣「あなたももうすぐこうなるのかしらね。今のうちに悪口を言っておこうかしら」
勇者「嫌なこと言うねお前」
魔剣「だって、このおっさんがここで死んでいるということは」
グルル…
勇者「殺した相手が近くにいるということに……」