勇者「魔王なんだろう、お前は?」
魔王「そうだ。それがどうしたというのだ?」
勇者「なら、部下の気持ちも少しは考えてやれよ」
魔王「部下の気持ち、だと?」
勇者「俺のせいでお前が忙しくなったのは、すまないと思っている」
魔王「全くだ」
勇者「だが、それと部下に心配を掛けるのは別の話じゃないのか?」
魔王「……」
勇者「俺が言えた義理じゃないのはわかっているが、少しは骸骨達の気持ちも酌んでやれ」
魔王「……ふん」
骸骨「さぁさぁ、食事の準備が出来ましたよ」
勇者「うん、美味しそうじゃないか」
魔王「まさか……この僕が勇者に説教をされるとはな」
勇者「説教とかそんな堅苦しいもんじゃない。ただ……」
魔王「『ただ……』何だ?」
勇者「心から心配してくれる人がいるという事は、かけがえのないものだって事だよ」
魔王「何だ、それは? お前にだって一人や二人位いるだろう、勇者なんだから」
勇者「『勇者』としての俺を心配する人はいても、『俺自身』となるとどうだろうな?」
魔王「……どういう事だ?」
勇者「俺の家族は魔物に襲われて死んでいる」
魔王「そうか……すまない」
勇者「お前が謝る事じゃない。それに俺もお前の父親を殺している」
魔王「そうだな……」
勇者「そうそう、昨日の仕事だが引き受ける事にした」
魔王「本当か!?」
勇者「ここまできて嘘をついてどうなる?」
魔王「そうか。訴状が届いてる村は直轄地だからな。何とかしてやりたいと思っていたのだ」
勇者「お前の話を簡単に信用するのもどうかと思ったが……」
魔王「ふむ」
勇者「状況を判断して、お前が嘘をついているとは思えないからな」
魔王「当たり前だ。お前に嘘をつく暇など僕にはない」
勇者「それで、訴状が届く前の村の状況を教えて欲しい」
魔王「状況か……異種族同士が役割分担をし共同生活を送る、ごく平和な村だったはずだ」
勇者「役割分担?」
魔王「細かな作業に長けた妖精族が耕作を担当し、運動能力に長けた獣族が狩りと村の守りを担当している」
勇者「これまでに大きな揉め事はなかったのか?」
魔王「僕が把握している限りでは聞いた事がないな」
勇者「それが現在は水場を巡って両種族が争っている、と」
魔王「そういう事だ」
勇者「では、食事が済み次第、早速村に向かおう」
魔王「そうしてもらえると助かる」
勇者「村までの地図、それと馬を用意してもらえないか?」
魔王「わかった。おい?」
骸骨「はっ……」
魔王「勇者殿の旅の準備を。それと例のあれを」
骸骨「承知致しました」
勇者「……例のあれ?」
魔王「流石にその格好で魔界をうろつくと、目立って仕方ないだろうと思ってな」
勇者「目立つか?」
魔王「あぁ、魔界では白を基調とした格好は好まれないからな。悪い意味で目立つ」
骸骨「……お持ちいたしました」
勇者「これは?」
魔王「魔王親衛隊の装束だ」
魔王「サーコートゆえ、これなら今の装備でも身に纏(まと)う事が出来よう」
勇者「本当に、これを着なければならんのか?」
魔王「変に目立つよりはいいだろう? それに身分の証明にもなる」
勇者「勇者の俺が魔王親衛隊などと……仲間が見たら気でも狂ったのかと思うだろうな」
魔王「ほう……」
勇者「何だ?」
魔王「思いの外似合うではないか」
骸骨「はい。よくお似合いです、勇者殿」
勇者「……冗談はよせ」
魔王「勇者の実力なら親衛隊長も夢ではないぞ?」
骸骨「左様でございます」
勇者「……本気で言ってるのか、お前ら?」
魔王「まぁ、勇者業を廃業したい思ったら考えてくれ」
勇者「……その時になったら考えさせてもらう」
骸骨「その時が楽しみです」
勇者「おい……」
骸骨「何でございましょう?」
勇者「本当に、こいつに乗らなきゃならんのか?」
骸骨「徒歩で行かれるには、流石に距離がありますゆえ。魔王様のお心遣いです」
勇者(姿形は馬のようだが、全身に鱗、おまけに頭には山羊の角まで生えている……)
骸骨「この子は気性も良く、乗り手の指示に素直に従います」
勇者「そうか……姿形はかなりのじゃじゃ馬に見える」
骸骨「普通の馬より体力もあって、多少の無理な行軍にも耐えられましょう」
勇者「よーしよしよし……うん、確かに気性は良さそうだな」
骸骨「この子も勇者殿を気に入ったようですね」
勇者「では、行ってくるか」
骸骨「ほぉ……そうしてらっしゃると、本当に親衛隊のようです」
勇者「……頼むからやめてくれ」
骸骨「その真紅のマントなど、幾多の返り血を浴びたようで……」
勇者「すまない、そこは否定出来ない」
骸骨「では、くれぐれも宜しくお願い致します」ペコリ
勇者「どこまで出来るか、今の時点では何とも言えないけどな」
骸骨「魔王様の代官が来たというだけで、村の皆の気持ちも違ってきましょう」
勇者「俺は新たな魔王親衛隊の一員で代官として派遣された、これでいいんだな?」
骸骨「はい。くれぐれも勇者という事がバレないようにお願いします」
勇者「バレたら大変な騒ぎになるだろうな」
骸骨「そうなった場合、勇者殿が魔王様の名前を騙ったいう事で処理しますゆえ」
勇者「……酷い扱いだ」
骸骨「冗談でございますよ」
勇者「あんたは表情がないから、本気か冗談かわからん」
骸骨「……道中お気をつけて」
勇者「魔王の世話は大変だろうが、あんたも頑張れよ」
骸骨「それはこの一命を賭しております」
勇者「では、行ってくる!」
~翌日 妖精・獣族の村近郊にて~
勇者「ふう。お前が頑張ってくれたお陰で、思いの外早く村に着きそうだな」
勇者「地図によると、もう間もなくのはずだが……」
??「止まれっ!」
勇者(……何だ?)
??「貴様、何者だ。何処から来た!」
勇者(……こいつがら獣族か?)
獣族A「フシュッ!! 黙ってないで何とか言ったらどうだ!」
勇者「俺のこの格好を見てわからないのか?」
獣族B「何?」
獣族C「お、おい……あの胸の紋章はまさか……」
勇者「お前達の訴状を受け、魔王様の命により参った! 誰か話のわかる者はいないのか!」
獣族A「ま、魔王様の!? も、申し訳ございません!」
獣族B「こ、これは大変失礼を……」
獣族C「知らぬ事とはいえ……お許しください!」
勇者「頭を上げてくれ。そのままでは話し辛くてかなわん」
獣族A「は、ははっ……」
勇者「それで、話のわかる者はこの中にはいないのか?」
獣族B「なぁ……」
獣族A「い、いや……俺は……」
勇者(困ったな……これじゃあ話が進みそうにない)
勇者(しかし、これが獣族か……人間に動物の耳がついてるだけに見える……)
勇者(ふむ……尻尾もついているようだし、仕草も動物っぽいといえば……)
獣族C「あ、あの……」
勇者「うん、どうした?」
獣族C「はい。村までおいで頂ければ、我らの若君が説明出来るかと……」
勇者「若君?」
獣族C「はい。訴状を上申したのは若君で……」
勇者「そうか。では、案内してくれるか?」
獣族C「は、はいっ!」
~~村中心部にて~~
獣族C「代官殿、あちらが我らの族長の家です」
勇者「……随分と大きな家だな」
獣族B「はい、若君もあそこにおいでです」
勇者(……幾ら族長の家とはいえ、造りが少し立派過ぎないか?)
勇者(他の家が簡易な造りなだけに、余計にそれが目に付くな……)
勇者「族長殿がいるのに、若君が訴状を書いたとはどういう事だ?」
獣族C「実は、族長は病で臥せっております。そこで若君が族長に代わって……」
勇者「族長殿は病気なのか……こんな時に大変じゃないか」
獣族B「はぁ……それも今回の事と関係がありまして……」
勇者「族長殿の病気が?」
獣族C「はい。それについても若君から、話をお聞き頂ければわかると思います」
勇者「そうなのか?」
獣族C「はい」
勇者「それにしても、随分としっかりしているのだな、若君という人物は」
獣族A「それは勿論です! 若君さえいらっしゃれば、我々も安泰で……」
獣族B「おい! 不謹慎だぞ!」
獣族A「あっ!? ……す、すまん」
獣族C「幾ら若君が立派なお方とはいえ、族長の容態と若君のお気持ちを考えろ」
獣族A「うぐぅ……」
勇者(……若君という人物は、彼らの中でも相当信頼されているようだな)
勇者「……族長殿の容態は相当悪いのか?」
獣族C「そうですね……病の原因もよくわからずじまいで……」
獣族A「それもこれも、全て妖精族の連中のせいだ!」
勇者「妖精族のせい?」
獣族B「お前は少し黙っていろ!」
獣族A「ぐるぅ……」
勇者(ふむ。族長は病気で臥せっており、原因は不明)
勇者(獣族Aが『妖精族のせい』と言ったが、これは確証のない事だろう)
勇者(それとも、そう判断するだけの理由があるのか?)
勇者(そして、現在は若君と呼ばれる獣族が、族長に代わり部族をまとめている)
勇者(若君というからには、族長の息子か何かだろうか?)
獣族A「若君! いらっしゃいますか!」ドンドンドン
??「騒がしいぞ。何事だ?」
勇者(あれ? この声……)
獣族C「魔王様の代官殿が参られました。詳しい話を聞きたいとの事です」
??「なに!? 代官殿が参られたのか」ガチャッ
勇者(……こ、こいつが若君?)
??「おぉ!? その紋章は間違いなく魔王様のもの!」
勇者(若君というから、男だとばかり思っていたが……)
獣族娘「遠路はるばるよく参られました。ささッ、中にお入り下さい」
勇者(まさか女だったとは……)
~族長の家にて~
勇者「では、妖精族の作った農作物を食べている者を中心として、原因不明の病に倒れたと?」
獣族娘「その通りだ」
勇者「本当に農作物が原因なのか? 流行病という事は?」
獣族娘「それなら我々も病になるはず。だが、看病をしている者に病が移る様子はない」
勇者「今、元気な者達は、妖精族が作った農作物を食べなかったのか?」
族長娘「……ある程度の個人差はあるようだ。それに若い者は肉を中心に食べるからな」
勇者「なるほど……」
勇者(獣族Aが『妖精族のせい』と言っていたのは、これが理由か)
勇者(しかし、これだけでは妖精族のせいとは断定出来ないぞ……)
勇者「……族長にはお会い出来るか?」
獣族娘「会うのは問題ない。ただ……」
勇者「ただ……どうした?」
獣族娘「いや、会っていただければわかるだろう。こちらに来てくれ」
獣族娘「……父上は倒れてから、ほとんどの時間をこうして眠られている」
勇者(この顔色……ひどいな)
獣族娘「どうしてもと言うなら起こしてもいいが、意識が朦朧として話もロクに……」
勇者「いや、それには及ばない」
獣族娘「……そうか」
勇者「少し族長の容態を診させてもらいたい。すまないが外してもらえないだろうか?」
獣族娘「……代官殿は医術の心得もあるのか?」
勇者「かじった程度だが……各地を回っている関係で多少な」
獣族娘「そうか、それなら是非お願いしたい。何かあれば声を掛けてくれ」
勇者(……とは言ったものの)
勇者(俺の知っている医術など、たかだか知れている)
勇者(大抵は僧侶がなんとかしてくれたからな……)
勇者(くそ……僧侶がここにいてくれたら)
勇者(……熱はない、な。呼吸は……多少荒いか?)
勇者(何よりもこの顔色……どす黒くなっているじゃないか)
勇者(病気というより、毒物の症状に見えなくもないが……)
勇者(……試してみるか?)