魔王「これからも宜しく頼むぞ勇者よ!」勇者「あぁ、こちらこそな」 1/6

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~魔王城にて~

勇者「おい!」

魔王「……僕は今忙しいんだ。後にしてくれ」

勇者「……」

勇者(……こいつが新しい魔王なのか?)

勇者(まだ、子供じゃないか……)

魔王「……何だ、僕に何か用か?」ジロ

勇者「あ、ああ……」

魔王「用事があるなら、外の用紙に記入して呼び出しを待っていろ」

勇者「用紙?」

魔王「扉の所に書いてあったはずだが。見なかったのか?」

勇者「そういえば何か書いてあったような……」

魔王「…………」

勇者(魔王を倒したっていうのに、世界は一向に平和にならない)

勇者(それどころか、魔物が人を襲う事件は増える一方……)

勇者(不思議に思って、魔王城の様子を見に来たら……)

勇者(……)

魔王「……おい」

勇者「お、おう!」

魔王「用事があるなら、外の用紙に記入をして待てと言ったはずだが?」

勇者「お前が魔王だな?」

魔王「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀ではないか?」

勇者「そ、そうだな……(何だ……こいつは調子が狂う……)」

魔王「それで、お前は誰だ?」

勇者「お、俺は勇者だ。お前が新しい魔王か?」

魔王「……そうか、お前が勇者か。お尋ねのとおり、僕が第72代の魔王だ」

勇者(……やはり、この子供が魔王なのか)

魔王「それで……勇者が僕に一体何の用だ?」

勇者「魔王を倒したのに、モンスターが人を襲う事件が最近増え続けている」

魔王「……そのようだな」

勇者「新しい魔王、お前の差し金だな!」

魔王「違う」

勇者「嘘をつけ。ならどうして魔物が人々を襲うんだ?」

魔王「…………」

勇者「どうした、答えてみろ」チャキッ

魔王「その物騒な物をしまえ」

勇者「うるさい。お前を倒して世界の平和を守る!」

魔王「……はぁ。その調子で父さまを殺したのだな」

勇者「何?」

魔王「魔物が人々を襲うのはお前のせいだぞ、勇者よ」

勇者「ふざけた事を言うな!」

魔王「ふざけてなんかいない。魔物が人々を襲うのは、間違いなくお前のせいなんだよ」

勇者「そんな言葉に惑わされる俺だと思うのか?」

魔王「惑わすも何も事実だ。嘘だと思うなら、僕を殺してみるがいい」

勇者「は?」

魔王「僕は抵抗しない。だが、僕を殺しても何も変わらないぞ」

勇者「……そうやって油断させるつもりか?」

魔王「疑り深い奴だな」

勇者「当たり前だ、お前は魔王だろう」

魔王「僕には父さまのような力はない。抵抗するだけ無駄だからな」

勇者(確かに見かけは子供だが……)

魔王「どうした、殺さないのか?」

勇者「……『俺のせい』というのはどういう事だ?」

魔王「お前達が父さま……先代の魔王を殺した事で魔界はどうなったと思う?」

勇者「……どう、とは?」

魔王「はぁ……」

勇者「何だ、その馬鹿にしたような溜め息は!」

魔王「溜め息もつきたくなる。まぁ、座れ」

勇者「……」

魔王「……座りたくなければそのままでも構わない。だが長くなるぞ」

勇者「それで、魔界がどうだっていうんだ?」

魔王「……その話だったな。魔界にもお前達人間の世界と同じように秩序があってな」

勇者「秩序だと?」

魔王「あぁ、そうだ。人間の世界は王や領主が国を統治する、これは間違いないな?」

勇者「それがどうした?」

魔王「魔界も同様に魔王が魔界全体を、そして魔王に任命された領主が各地を統治している」

勇者「……」

魔王「更に言うなら領主は領内に代官を派遣し、領内の各街や村を統治している」

勇者「……」

魔王「そして各街や村はそれぞれの長が……って聞いているか?」

勇者「あ、あぁ、聞いている」

魔王「そうか、続けるぞ?」

勇者「……続けてくれ」

魔王「人間の世界でも定められた法と秩序の下、各地が統治されている訳だが……」

勇者「あぁ」

魔王「その頂点たる王が突然殺された場合、国はどうなる?」

勇者「えっと……」

魔王「通常の代替わりとは違い、一国の王が殺されたんだ」

勇者「……」

魔王「国政は混乱し、次の王の座を狙った権力闘争が始まり……」

勇者「……」

魔王「統制が緩んだ中で、私腹を肥やそうとする輩が跋扈し、統治は行き届かなくなる」

勇者「今の魔界がそうだと?」

魔王「そうだ。形式上は先代の子供という事で、僕が第72代の魔王という事になっているが……」

勇者「……」

魔王「僕が力のない事を理由に、一部の領主はそれに不満を持っている」

勇者「ちょ、ちょっと待ってくれ」

魔王「何だ?」

勇者「俺が魔王を倒す前も、魔物は人を襲っていた」

魔王「そうだな」

勇者「俺が魔王を倒したからといって、魔物が人を襲う理由にはならないだろう?」

魔王「人間の世界では優れた治世の下であっても、窃盗、暴力、殺人などの犯罪は発生しているはずだが?」

勇者「それは……確かに」

魔王「全ての者が善良であるとは限らない、それは人間の世界でも魔物の世界でも同じだ」

勇者「……つまり、どういう事だ?」

魔王「一部の者は統治を嫌い、好き勝手な行動をする」

勇者「それが人間を襲う魔物だとでも?」

魔王「厳密に言えばそうとばかりも言えないが、少なくとも先代魔王は理由もなく人を襲うのは禁止していた」

勇者「いや、しかし……」

魔王「考えてみろ。魔物の軍勢が統制をもって人間の世界を襲えば、世界征服なぞ容易い事と思わないか?」

勇者「……」

魔王「少なくとも父さまにはその意思がなかった。だからあの程度の小競り合いで済んでいたんだぞ?」

勇者「あの程度だと!」

魔王「被害が出ているのはお互い様だ。お前達だって幾多の魔物を殺しているだろう?」

勇者「それは魔物が人を襲うからじゃないか!」

魔王「本当にそうなのか?」

勇者「何だと?」

魔王「お前達が殺した全ての魔物は、本当に人を襲っていたのかと聞いているんだ」

勇者「それは……」

魔王「たまたまそこに住んでいただけ、たまたまそこを通りがかっただけ」

勇者「……」

魔王「そういった魔物を殺さなかったと、お前は言い切れるのか?」

勇者「うっ……」

魔王「……まぁ、その事でお前を責めても何も解決しないな。すまない」

勇者「いや……」

魔王「それで、どこまで話したかな?」

勇者「……魔王が理由もなく人を襲うのを禁止していた」

魔王「あぁ、そうだ。父さまは理由もなく人を襲うのを禁止していた」

勇者「何故、何故魔王は人を襲うのを禁止していたんだ?」

魔王「愚問だな。お前は理由もなく人を襲うのか?」

勇者「そんな事する訳ないだろう!」

魔王「ではそういう事だ……と言っても納得出来ないといった様子だな」

勇者「当たり前だ」

魔王「……そうだな。お前は魔物という定義を一体何だと考えている?」

勇者「人を襲う化け物だ」

魔王「では、人を襲わない化け物は魔物ではないのか?」

勇者「む……」

魔王「言っておくが、僕は生まれてから人間を殺した事など一度たりともないぞ」

勇者「むむ……」

魔王「お前の言を借りるなら、僕は魔物でない事になる」

勇者「むむむ……」

魔王「だが僕は魔王だ。お前達人間が定義する魔物の王だ、形だけとはいえな」

勇者「……何が言いたい?」

魔王「野に暮らす野獣も腹が空けば人を襲う事も、そして人が人を襲う事もある」

勇者「……そうだな」

魔王「だから、人を襲う事は魔物の定義とは言えない。そうだな?」

勇者「……確かに、そうだ」

魔王「では、魔物とは何なのだ?」

勇者「……よく、わからない」

魔王「よくわからない、それこそが答えではないか?」

勇者「何?」

魔王「よくわからないから恐れ、蔑み、敵視する。人間とはそういうものだろう?」

勇者「……」

魔王「一口に魔物といっても多くの種族がいる」

勇者「種族?」

魔王「そうだ。僕のような魔族をはじめ、代表的なところでいえば竜族、鬼族、獣族、妖精族、不死族……」

勇者「お前は魔族なのか?」

魔王「父さまも僕も魔族だな。力よりも魔力に優れた種族だ」

勇者「……不死の者も種族になるのか?」

魔王「厳密には不死とは言えないがな。他の種族と比べて死ににくいというだけの話だ」

勇者「確かに殺せなくはなかったな……」

魔王「話はまだ続くが、座らなくても良いのか?」

勇者「結構だ」

魔王「そうか、では話を続けよう」

勇者「あぁ」

魔王「種として考えるなら、人間は動物の中の一種だな?」

勇者「……そうだ」

魔王「お前達の言うところの、よくわからない種族を総称するのが魔物だ」

勇者「総称……」

魔王「動物、植物、同じように魔物というくくりがある。それだけの事だ」

魔王「腹が減った為、人の集落を襲う魔物は確かにいるだろう」

勇者「そうだ!」

魔王「だが人間も飢えを満たす為に他の動植物を殺す」

勇者「……」

魔王「金銀財宝が欲しいが為に、人の集落を襲う魔物もいる」

勇者「そうだ……」

魔王「どうした? 急に元気がなくなってきたぞ?」

勇者「金銀財宝が欲しいが為に、人の集落を襲う人間もいる……」

魔王「その通りだ。わかっているじゃないか」

勇者「うるさい」

魔王「欲を満たそうとして無闇に人を襲えば、大規模な争いに発展する」

勇者「それが『理由なく人を襲う事を禁止』していた理由か」

魔王「その通りだ」

魔王「人間と大規模な争いになれば、無用の犠牲が多数出てしまうからな」

勇者「……」

魔王「だが、一部の者は父さまの命令を無視して人を襲い続けた」

勇者「どうしてだ?」

魔王「泥棒に物を盗む理由を尋ねるのに等しいな」

勇者「……」

魔王「まぁ、己の力を誇示しようとしていた、そういう馬鹿者がいる事も確かだ」

勇者「力を誇示?」

魔王「父さまの統治に対する当てつけのようなものだ。権力闘争はどこにでもあるからな」

勇者「魔物も人間も同じか……」

魔王「そうだな。欲という部分では人間も相当なものだ」

勇者「その連中は……どうにも出来ないか……」

魔王「あぁ、難しい。魔物も人間も同じだ」

魔王「そうこうしている内に現れたのが、お前達勇者一行だ」

勇者「……」

魔王「勇者がこの城にやってくるのは必然だ」

勇者「必然? 魔王を俺達が来るのを予想していたのか?」

魔王「大した理由もなく魔物が人を襲ったのだからな、何かしらの報復があってしかるべきだろう?」

勇者「報復……」

魔王「お前達はこの城に乗り込み、父さまと父さまの側近達を殺して颯爽と去っていった」

勇者「……もういい」

魔王「魔王という抑止を失った魔界は混乱を極め……」

勇者「……やめてくれ」

魔王「己の権力を拡大しようと目論む者は小競り合いを始め、欲望の赴くままに人間を襲う者も増えた」

勇者「…………」

魔王「これが先代魔王亡き後の魔界の実態だ」

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