魔王「これからも宜しく頼むぞ勇者よ!」勇者「あぁ、こちらこそな」 5/6

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族長「この事件が起きて以来、久しぶりの戦いです。見逃す手はありませんな」

勇者「……呆れた奴だ。自分の娘が心配じゃないのか?」

族長「この村では、ワシの次に強いのがワシの娘ですぞ?」

勇者「……おい。だから心配しないのか?」

族長「それでも代官殿には敵わんでしょうな」ヒソヒソ

勇者「それがわかっているなら……」ヒソヒソ

族長「慢心した鼻っ柱を叩き折ってやってくだされ。上には上がいるのだと」ヒソヒソ

勇者「はぁ……そういう事か」

族長「では皆の衆! 魔王様の代官殿とワシの娘の戦いを始めるぞ!!」

獣族達「「「うぉぉぉっっっ!!!!」」」ガンガンガンガン

勇者(凄い盛り上がりだな……)

勇者(そうか……これが皆の不満や鬱屈とした気持ちを、解消する手段でもあるのか)

獣族娘「代官殿、悪いがつきあってもらうぞ」

勇者「これでお前が納得するなら、まぁ仕方がない」

獣族娘「くっ、また私を侮るのか!」

勇者「すまない。そういうつもりじゃないんだが……」

獣族娘「好きな武器を取れ!」

勇者「お前はどうするつもりだ?」

獣族娘「私は……こうだ!!」

獣族達「「「うぉぉぉっっっ!!!!」」」ガンガンガンガン

勇者(うぉ!? 顔が豹のような猛獣に変わった!?)

獣族娘「これが私の武器ダ!」

勇者(なるほど……あの鋭く伸びた爪がそうか。獣族の名前は伊達じゃなかった訳だ)

獣族娘「どうした代官殿、早く武器を取レ!」

勇者「うーん……」キョロキョロ

獣族娘「……まさか臆したのではないだろうナ?」

勇者「あ、俺はこれでいいや」

獣族娘「何?」

獣族「「「…………」」」ザワザワ

獣族娘「……その手にある小枝ハ……一体どういうつもりダ?」

勇者「どうもこうも……これが俺の武器だけど」

獣族娘「その腰の剣は飾りカ!」

勇者「飾りではないが今は必要ない」

獣族娘「ここまで馬鹿にされたのは、生まれて初めてダ。幾ら魔王様の代官殿とはいえ許さン!」

族長「双方……準備は良いな?」

勇者「あぁ」

獣族娘「問題なイ!」

族長「では……始めい!!」

勇者(変身した分、速さは……予想より少し上か……)

獣族娘「どうしタ! 避けてばかりでは私に勝てないゾ!」

勇者(……動きが直線的過ぎる)ヒョイ

獣族娘「あッ!?」ズテンッ!

獣族男「わ、若君!?」

獣族女「若様~頑張って!!」

獣族娘「くッ……足を掛けるなど卑怯ナ……」

勇者(どうだ?)チラッ

族長「…………」

勇者(流石に転ばせたくらいじゃ、終わらないか……)

獣族娘「何をよそ見をしていルッ!!」ダッ

勇者(……仕方ない)

勇者「……いくぞ」ヒュン

獣族娘「何!?」

勇者「……筋もいい」

獣族娘「くッ!?」

勇者「……速さも、申し分ない」

獣族娘(わ、私が押されている……たかが小枝だぞ!?)

勇者「……だが動きが……単調だ」シュッ

獣族娘「なッ!? うわッ!?」ズテンッ!

勇者「……虚の動きに惑わされ引っ掛かる。実戦経験の少ない証拠だ」

獣族娘「う……あッ……(いつの間に……小枝が目の前に……)」

勇者「死んでるぞ?」

獣族娘(ただの小枝を手にしているだけなのに……この代官殿の威圧感は……何だ?)

勇者「まだ、続けるか?」

獣族娘(て、手が震えて……私は怯えているの、か?)

獣族娘「わ、私ノ……負けダ……」

族長「それまでっ! この試合、代官殿の勝ちとする!」

獣族達「「「うぉぉぉっっっ!!!!」」」ガンガンガンガン

勇者「ふぅ……立てるな?」

獣族娘「は……い」

族長「どうだ、上には上がおるであろう?」

獣族娘「父上……まさか、父上以外の男に私が負けるとは、思いもしませんでした」

族長「そりゃぁそうだわい。ワシがやっても同じ結果だったろうからの」

獣族娘「は?」

族長「耳が遠くなったか? ワシがやっても、万に一つも勝てはせんと言っておる」

勇者「え、えーと……族長殿……その辺りで……」

獣族娘「父上が万に一つも勝てないなどと……冗談が過ぎる」

族長「……ワシが戦いの事で、冗談を言った事があったか?」ギロッ

獣族娘「あ……いや……」

族長「少しは成長したと思って喜んでおったが……」

勇者(娘の尻尾が丸まってるじゃないか……族長の一睨みで完全に萎縮してしまったな)

族長「戦った相手の力量もわからんとは……お前もまだまだのようだのう」

獣族娘「も、申し訳ありません……」

勇者「で、では、俺はそろそろ妖精族のところに……」

獣族娘「お待ち下さい、代官殿!」

勇者「まだ何か……っておい! 何をする気だ!?」

獣族娘「……」ペロペロ

獣族男「おい……」ザワザワ

獣族女「まさか若様が……」ザワザワ

勇者「ちょ、ちょっと!? これは一体?」

族長「代官殿。相手の足を舐める行為は、ワシらの間で『忠誠を捧げます』という意味だ」

勇者「なっ!?」

獣族娘「私は自分の弱さを……あなたに思い知らされました」

勇者「だ、だからって、どうして俺に忠誠を?」

獣族娘「この村でも、私より強い者は父上しかおりません。男達にも負けはしなかった」

勇者「い、いや……」

獣族娘「魔王様の親衛隊とはいえ、あなたにも遅れを取るはずがないと……」

獣族娘「……正直、心の底で馬鹿にしておりました」

獣族娘「試合前にも何度も、やめるように私に仰ってくださいましたね?」

勇者(さ、さっきまでと態度が違う……)

獣族娘「私はあなたが、臆病風に吹かれているのだとばかり思っておりました」

勇者「まぁ、普通はそう思われて当然だが……」

獣族娘「本当は私に恥をかかせないよう、そうお考えであったのではありませんか?」

勇者(いや、単に目立ちたくなかっただけなんだが……)

獣族娘「先ほどの戦いで、実力の彼我を身をもって知る事が出来ました」

勇者「だから忠誠っていうのはおかしいだろ?」

獣族娘「決めていたのです」

勇者「な、何を……?」

獣族娘「わ、私よりも強い方に……こ、この身も心も捧げようと///」

獣族達「「「おぉ……!?」」」」ドヨドヨ

勇者「待て待て待て待て!!!」

獣族娘「はい?」

勇者「さっき族長殿は『忠誠を捧げる』って言ったよな?」

族長「言いましたな」

勇者「どうして身も心も捧げるって事になるの? 表現がおかしくない??」

獣族娘「忠誠を捧げる事と、身も心も捧げる事は同意ではありませんか?」

勇者「だとしても、どうして顔を赤らめてるんだよ!?」

獣族娘「そ、それは……///」

族長「娘の気持ちも察してくだされ」

勇者「いや、任務中だから、俺! それに魔王様の事を慕ってるんでしょ?」

獣族娘「魔王様の親衛隊であるあなたに忠義を尽くす事と、魔王様への忠義は矛盾しません」

勇者「ぞ、族長殿?」

族長「ふふっ、娘を頼みますぞ、代官殿」

獣族娘「父上……///」

勇者「よ、妖精族の所に行ってきます!」ダッ

族長「……逃げられたかのう? どうするつもりだ?」

獣族娘「私は……諦めません」

~~妖精族の集落~~

勇者「では、あなた方の農作物を食べたのが病気の原因だが、それは水が汚染されているせいだと?」

妖精族長「はい。獣族の方々に被害が出てから、わかった事なのですが……」

勇者「汚染の原因はわかっているのですか?」

妖精族長「毒を持った虫が、水場で繁殖した可能性が、極めて高いと思われます」

勇者「虫ですか……」

妖精族長「水を撒く事で農作物に毒性が蓄積され、それを食べた事で被害が広がったのだと思います」

勇者「今もその虫は、水場に?」

妖精族長「おそらくは……早く対処しなければ、水を飲み続けている方も被害に遭われてしまいます」

勇者「獣族はそれに気づいてる様子はありませんでした」

妖精族長「毒自体は無味無臭ですから……ただ、症状が特徴的ですから、虫の毒とわかります」

勇者「なるほど……」

妖精族長「獣族の方々に話を聞いてもらおうとしたのですが、警戒され話も聞いてもらえず……」

勇者「それで城に訴状を?」

妖精族長「はい……私達の話は聞いてもらえなくても、魔王様からならばと思い……」

勇者「それで、虫と毒に対する対処方法はあるのですか?」

妖精族長「この粉を水場に撒けば、虫は死滅すると思います」

勇者「そんな便利なものがあるのですか?」

妖精族長「はい。実は数百年前にも同じ毒虫が発生した事がございまして」

勇者「数百年前、ですか?」

妖精族長「えぇ。その時は先代の魔王様がこの粉を使って、虫を退治してくださいました」

勇者「先代の?」

妖精族長「はい。この粉は魔王様がもしもの為にと、我々に置いていってくださったのです」

勇者「……もしかすると、その毒を中和する薬もあるのですか?」

妖精族長「作成方法を残していってくださいましたので……既に薬は作らせております」

勇者「そこまで用意周到に……しかも後の事まで考えて……」

妖精族長「先代様の慧眼に、ただただ感謝するばかりですわ」

勇者(ここでも魔王は慕われている……俺がした事は本当に正しかったのか?)

妖精族長「代官さま?」

勇者「……一緒に獣族達のところに来ていただけますか? 俺が間に入って話をします」

~~二日後 街道にて~~

勇者(あれから、妖精族の長を連れて、獣族達に事情を説明したが……)

勇者(獣族達は警戒し、妖精族が作った毒の中和薬を飲む事を頑なに拒んだ)

勇者(そこで、安全を証明する為に、まず俺がその中和薬を飲もうとすると……)

勇者(獣族の族長と獣族娘の二人が、自ら進んで妖精族の中和薬を飲んでくれた)

勇者(その二人の様子を見て、他の獣族達も中和薬を飲んでくれ……)

勇者(その後は獣族と妖精族で水場へ行き、魔王が作ったという虫を駆除する粉を水場に撒いた)

勇者(すると、みるみる内に浮き上がってきた虫の屍骸で水面が覆い尽くされた)

勇者(その光景を見て、妖精族の言う事を疑う獣族はもはやおらず……)

勇者(虫の屍骸をせっせと水場から取り除く作業に忙殺された)

勇者(妖精族の長の話では……)

勇者(虫の卵がまだ残っているので、半月程は同じ作業を毎日行わなければいけないらしい)

勇者(もちろん、念の為に毒の中和薬も、毎日飲み続ける必要があるそうだ)

勇者(今回の揉め事の原因も判明し、獣族と妖精族の関係も修復)

勇者(魔王に渡す為にと、妖精族の長から粉と中和薬をわけてもらい、村をあとにしたのだが……)

獣族娘「代官殿、まもなくですね」

勇者「ああ……」

獣族A「魔王様のお城に行くのは初めてです!」

勇者「そうか……」

獣族B「元気がありませんね。お疲れですか?」

勇者「いや……」

獣族C「私はこれで三度目です。一度目は子供の頃に、二度目は訴状を届けに上がった時に」

勇者「お前が持ってきてくれたのか、ご苦労だったな……」

勇者(獣族娘を含めた四人の獣族が俺について行くと言い出して……今に至る)

勇者(これ以上の厄介事を背負い込みたくない俺は、全力でそれを断ろうとした)

勇者(すると獣族の族長が『魔王様へ御礼を申し上げる為と代官殿の護衛の為』と言い出した)

勇者(魔王への礼はともかく、俺に護衛が必要ない事はわかっているはずだ)

勇者(礼は俺が伝えておくと彼らに告げると……)

勇者(族長が『娘がワシの名代で不服なら、ワシが代官殿に同行する』と言い出し始めた)

勇者(あまり頑なに断り続けていると、更に厄介な事になりそうな予感がしたので……)

勇者(獣族娘達の同行を渋々ながらも許可する事にした)

勇者(『娘を頼みますぞ』とにこやかに笑う族長の顔は、完全に娘を思う親の顔だった)

勇者(親の気持ちというものは、人間も魔物も変わらないのだろう……と思う)チラッ

獣族娘「な、何でしょうか?///」

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