留置場 牢屋──
看守「入れっ!」ドカッ
勇者「うおっ!」
少女「いたっ!」
看守「クズどもが……!」スタスタ
勇者「いてて……大丈夫か?」
少女「うん、大丈夫。お兄さんは平気?」
勇者「まぁ、鍛えてあるからね。とはいえ驚いたよ……。
あれぐらいで牢屋に入れられるなんて……。
この後、お説教を喰らって釈放って感じの流れなのかな?」
少女「ううん」
少女「私たち、二人とも殺されちゃうんだよ」
勇者「!?」
勇者「こ、殺されるって……! どういうことだよ!?」
少女「お兄さんは知らないのね。
この町ではね、勇者様やその一族を侮辱したら絶対に死刑なの」
勇者(おいおい、なんだか様子がおかしくなってきたぞ……)
「こんなムチャクチャな法が成り立つのか!?
だって俺なんか何も知らない旅人なんだぞ? どう考えても──」
少女「この町の中では、覇者様は国王様よりも神様よりも偉いんだよ。
いいえ、この世界に覇者様に逆らえる人なんかいないかもしれない」
少女「覇者様は大勢の私兵を抱えているし、
師範様の剣術道場や、大賢者様の魔法学校も傘下にしている」
少女「それに、覇者様自身も勇者様の生まれ変わりといわれるくらい、
剣術と魔法に秀でてるしね」
少女「兵力、剣術、魔法……。非の打ちどころがないの」
勇者「……だったら、なんであんなバカなマネをしたんだ?
死刑にされるって分かっているのに……」
少女「私、お父さんもお母さんももういないから……。
もう、いいかな……って思って……」
勇者「……二人とも亡くなったのか?」
少女「お父さんは覇者様のやり方に反発して、死刑にされちゃった。
お母さんは働きすぎで倒れて……」
勇者「働きすぎ?」
少女「この町の人には勇者税っていう重い税金が課せられるの。
町民は偉大なる勇者様に奉仕する義務があるってことでね」
勇者「勇者税……!?」
少女「お母さんは……働いても働いても満足に食べられなくて……。
でも私に食べさせてくれて……倒れて……死んじゃった」
少女「もちろん逃亡なんか許されない……。
偉大なる勇者様のお膝元から逃れるなんて、大罪だもの」
少女「それでも勇者様の名に惹かれてここに来る人は多いんだよ。
ここは世界一安全な町でもあるしね」
勇者「じゃあ君は今までどうやって生きてきたんだ?」
少女「住む場所は全部取られちゃったから、町外れのゴミ山で暮らしてたんだ。
残飯とかを拾ってね」
勇者(なんてこった……)
勇者「そりゃあ、勇者が嫌いになっても仕方ないよな……」
少女「ううん、私は勇者様が好きだよ」
勇者「え?」
少女「勇者様は師匠様と賢者様の指導を受けて強くなって、
伝説の剣を持って邪悪な魔王をやっつけたんだよ。
だれにだってできることじゃない」
少女「私は勇者様を嫌いだなんて思ったことは、一度もない……」
少女「もし、あの世で勇者様に会えたら……私、謝らなくちゃね。
嫌いだなんてウソついて、ごめんなさいって」
勇者「………」
勇者「なぁ」
少女「え?」
勇者「もしも今、勇者がよみがえってこの『勇者の町』を見たらなんていうと思う?」
少女「……そんなの分からないよ。
でも、子孫である覇者様を見たら、きっと喜ぶんじゃ──」
勇者「……俺はきっと喜ばないと思うんだよな」
勇者「最初こそ“俺のことを忘れないでいてくれてありがとう”って喜ぶだろうさ。
でも、君みたいに勇者の犠牲にされてる子を見たら、きっと悲しむと思う」
勇者「それに……勇者ってのは子孫だとか先祖だとか関係ない。
おかしいことをしてる奴を見かけたら、根性を叩き直してやるのが
勇者なんだと思う」
勇者「俺もさ、勇者に憧れて勇者のファッションを真似てるんだけど、
きっと勇者なら──」
勇者「君をここから救い出し、覇者とかいう奴にお灸をすえるに違いない」
勇者「俺も腕っぷしには多少自信がある。
だから、ちょいと勇者がやりそうなことをやってやろうと思う」
少女「無理よ! 殺される!」
勇者「大丈夫だって。必ず救ってやるから。まぁ見てな」
勇者「オーイ、クソ看守!」
ドタドタッ
看守「お前か!? 今俺をクソ看守っていったのは!?」
勇者「申し訳ない。ウソがつけないタチなもので……」
看守「勇者様を侮辱したクズの分際で……!
明日の処刑まで待ってられるか、今すぐブチのめしてやる!」
看守は牢の鍵を開けて、中に入って来た。
ガチャッ
少女「きゃあっ!」
看守「二人仲良く殴り殺してやるから、覚悟しな!」
ブオンッ!
勇者は看守の警棒を掴み取ると、首に手刀を当てた。
看守「ぐえっ……!」ドサッ
勇者(魔王の手下にとっつかまった時もこうやって脱出したっけ……。
500年経ってもこういうとこは進歩がないんだな……)
勇者「よし、外へ出るぞ」
少女「で、でも……私は……」
勇者「じゃあムリヤリ連れてく」ヒョイッ
少女「あっ、やだ、持ち上げないでよ! 歩く、歩くからっ!」
「脱走者だ!」 「逃がすな!」 「殺してもかまわんっ!」
勇者は看守から奪った警棒で次々に番兵を打ち倒し、
少女を連れて留置所の外に出た。
しかし、すでに外には大勢の兵隊が待ち構えていた。
勇者「ちっ」
少女「もう逃げられない……。でも、お兄さんだけなら逃げられるはず!
私はいいから、早く町から逃げて!」
勇者「そうはいくかってんだ。後ろに下がってろ! お前らかかって来い!」
「この人数とやるつもりか?」 「バカめ……」 「かかれーっ!」
勇者「うおおおおっ!」
ドカッ! ベキッ! ズガッ!
勇者は大勢の兵隊相手に一歩も引かず、警棒一本で互角以上に戦ってみせた。
「くそっ……」 「なんて奴だ」 「強い……!」
勇者「ハァ、ハァ……(よし、奴ら逃げ腰になってきた!)」
しかし──
師範「ずいぶん騒がしいが、なにがあったのか?」ザッ
兵士A「し、師範様っ! はっ、あの男と少女を勇者侮辱罪で捕えたのですが……
奴ら脱獄いたしまして……て、手こずっております……」
勇者(師範……? アイツが師匠の子孫に当たる男か……)
師範「ほう。つまりそんな輩を捕えられないキサマらも、
勇者様を侮辱したことになるな」
ズバッ!
兵士Aの首が飛んだ。
勇者「なっ……!?」
師範「どれ、この俺が相手をしてやろう。久々に骨がありそうな相手だ」
師範「剣と警棒では勝負にならんな。ヤツにも剣を与えてやれ」
兵士B「し、しかしヤツは脱獄犯──」
ザシュッ!
兵士Bは肩から腰までを、ナナメにバッサリと斬られた。
師範「与えてやれ」
兵士C「は、はいっ!」ビクビク
勇者は兵士Cから剣を手渡された。
勇者(仲間を……殺しやがった! なんのためらいもなく……)
勇者(今のだけで分かる……。あの師範ってヤツ、恐ろしく強いぞ……!
だが……コイツの強さを強さとは認めたくない!)
少女「お、お兄さん……」ガタガタ
勇者「心配するな。俺は絶対に負けない」
師範「いつでもいいぞ。かかって来い」
勇者「行くぞぉっ!」
ガキンッ!
勇者は渾身の力で剣を振り下ろした。が、師範は片手持ちのままでそれを受けた。
師範「なかなかの一撃だ」
勇者(バ、バカな……表情一つ変えずに受け止めた……)
師範「では、こちらから」
ガギィンッ!
師範の一閃。どうにか受けるが、勇者の両腕はシビれていた。
勇者(速いっ……そしてなんて重い剣だ……!)ビリビリ
師範「ほう、俺の一撃を受けるとはな。門下生に欲しいくらいだ。
だが、勇者侮辱罪は例外なく死刑だからな。実に残念だ……」
攻防はしばらく続いた。
しかし、勇者の全力は明らかに手を抜いている師範に全く及ばなかった。
勇者「ハァ……ハァ……」
師範「キサマ、センスはあるのだが、まるで化石のような古臭い剣術だな。
いったいどこの田舎者だ?」
勇者(この町の生まれだよ……!)
師範「まぁいい、そろそろ終わりにするとしよう。
キサマと後ろの小汚いガキを殺して、フィニッシュだ」
勇者(くそぉ……! コイツの重い剣を受けすぎて、腕が……!)
少女「お、お兄さん……!」
すると──
大賢者「おやおや、師範さん。ずいぶん楽しんでらっしゃいますねェ」ザッ
師範「おお、これはこれは大賢者殿。学校はもう終わったのですかな」
勇者(こ、今度は……賢者さんの子孫か……?)
大勢の魔法使いを引き連れた大賢者が現れた。
大賢者「また弱い者イジメですか?
もっとも、あなたより強い剣士など覇者様くらいでしょうが……」
大賢者「この町で最大の罪、勇者侮辱罪を犯した者など久しぶりのことです。
私にも楽しませて下さいよ」
師範「……まぁ、よかろう(ふん、人間に魔法を撃ちたいだけだろうが……)」
大賢者「君、あの方を回復してあげなさい」
魔法使いA「はい」
魔法使いAの回復呪文で、勇者の体は全快した。
勇者「あ、ありがとう……(なんでこんな真似を……?)」
魔法使いA「別にいいよ。どうせアンタ、すぐ死ぬことになるし……」
勇者「………?」
大賢者「見たところ、あなたも魔力を宿しているようです。
どうです? 私と魔法合戦でもいたしませんか?
もし私に勝てれば、あなたも少女も無罪にしてあげますよ」
勇者(コイツ、俺を剣使いだと思ってあなどってるな……つけ入るスキはある!)
「いいだろう、俺から仕掛けてもいいか?」
大賢者「どうぞ」ニヤッ
勇者「はなっから全力だっ! “メガフレイム”ッ!」
ブオアッ!
強烈な炎が、大賢者を包み込んだ。
勇者がいた時代、呪文は通常呪文の上位、『キロ』系が最強とされていた。
フレイム⇒キロフレイム、といった具合である。
しかし、賢者は魔法学界から追放されるほどに危険な研究を繰り返し、
ついに『キロ』の上位である『メガ』系呪文を編み出した。
勇者は炎系呪文である“メガフレイム”しか習得していないが、
魔王軍との戦いで大いに役立った。
勇者(ちょ、直撃したぞ……!)ハァハァ
周囲にいる魔法使いたちから笑いがこぼれた。
「今、全力とかいってたよな」 「全力で『メガ』程度かよ」 「雑魚じゃん」クスクス
勇者「な、なんだ……?」
大賢者「やれやれ、この程度ですか」
勇者(む、無傷……!?)
大賢者「“メガフレイム”など、ここにいる魔法使いなら全員使えますよ。
──というより、『メガ』系など魔法の中では初級の部類ですからね」
勇者「ウソだ……『メガ』系呪文は最強のハズだ!」
大賢者「ウソじゃありませんよ。『メガ』系呪文の上にはさらに
『ギガ』『テラ』『ペタ』『エクサ』系呪文が存在しますから」
勇者「そ、そんな……(なんだよ、ギガとかテラって……)」
大賢者「炎のキレはなかなかでしたが……扱えるのが低級呪文がやっとでは、
私の相手にはなりませんねェ」
大賢者「“テラフレイム”」
ゴオオワアァッ!
大賢者の右手から、勇者のものより遥かに大きい炎が放たれる。
勇者「ぐああああっ!」ドザッ
少女「お兄さんっ! お兄さん、しっかりしてっ!」
勇者(ダ、ダメだ……コイツら、強すぎる……)
師範「よし、もういいだろう。この二人は俺の試し斬りの材料になってもらう」
大賢者「トドメだけ持っていくなんてひどいじゃありませんか。
私もまだ試したい魔法があるんです」
勇者(さすがは、あの師匠と賢者さんの子孫だけある……! でも──)
勇者の脳裏に、恩師二人の顔が浮かぶ。
勇者(師匠も……! 賢者さんも……!)
勇者(間違ってもむやみに力をひけらかしたり、ましてや!
武器も持たない女の子を殺す、なんてことしない人なんだよぉっ!)
ガバッ!
勇者は立ち上がった。