師範&大賢者「ジャンケン、ポン」バッ
師範「俺の勝ちだな、大賢者殿」
大賢者「くそっ……!」
(勇者像を斬り倒した最悪の罪人を始末する……最高の舞台だったのに……!)
勇者(おいおい、ジャンケンで決めるなよ……)
師範「さて、この俺が相手をしてやろう。クズめ」
勇者「昨日は惨敗だったがな……今日はそう簡単にはいかないぞ」
師範「ほう、たった一晩でなにが変わったというのだ?
まさか、昨日は手加減していたとでもいうつもりか?」
少女(とてもじゃないけど、師範様には敵わないわ!
お兄さん、逃げてぇっ……!)
師範「先手は譲ってやろう。さあ、かかって来い」
ガギィンッ!
勇者の先制攻撃。
師範も危なげなく受けるが──この一撃で全てを理解した。
師範(この男……強くなっている!)
師範(バカな、昨日はこの俺に全く歯が立たなかった相手が……
たった一晩で俺を脅かしかねない技量を身につけただと!?)
師範(どういう手品を使ったんだ!?)
勇者(コイツ、もう俺が強くなったことに気づいたな……。
できれば油断している間に倒したかったが……やはりさすがだな)
師範「面白い。それでこそ、俺の獲物に相応しい」チャキッ
勇者「ここからが本番だ……!」チャキッ
今度は師範が仕掛ける。
パワー、スピード、テクニックを備えた500年後の剣術が勇者を襲う。
ガギィンッ! ギィンッ! ガギィン!
しかし、勇者もそれらを全ていなしてみせた。
少女「お兄さん……すごい……!」
「なんなんだ、あの男!?」 「師範とまともにやり合ってる」 「信じられない!」
勇者に剣術を教えた伝説的剣士である師匠、その子孫である師範。
そんな男と互角に剣を交える謎の旅人。
観衆が再びざわめいた。
覇者「なるほど、犯した罪に比例する程度の剣の腕は持ち合わせているようだ。
勇者像を斬り倒してみせたのも、マグレではなさそうだ」
覇者「だが……師範の腕はあんなものではない」
キィンッ!
間合いを取る両者。
師範「恐れ入ったぞ。まさか、ここまで俺と張り合えるとはな」
勇者(余裕だな……こっちは全力で飛ばしてるってのに)ハァハァ
師範「褒美に見せてやろう……あらゆる剣術の頂点に立つマスター流剣術の強さを。
そしてその頂点に立つ、この俺の強さを!」
ガゴォンッ!
師範の豪快な一閃。
剣でしっかり受け止めたはずの勇者が──吹っ飛んだ。
ドザァッ!
勇者「うぐぁっ……!」
師範「やるな。俺の本気を受けられるのは、覇者様くらいのものと思っていたが。
もっとも覇者様はキサマのように、無様に吹き飛びはしないがな」
勇者(くっ……やはり500年の差……一ヶ月で埋められるほど甘くない、か!)
師範「遊びは終わりだっ!」
ドガギィンッ! ズガギィン! バギャァン!
勇者が剣を受けるたび、とても剣が奏でているとは思えない轟音が鳴り響く。
勇者(なんてデタラメなパワーだ! しかも速さもタイミングも申し分ない。
あまり受けてると、剣を折られる! そうなったら終わりだ!)
師範「どうした、少しくらい反撃してみろっ!」
ガギィンッ!
勇者(一撃受けるたびに、全身にシビレが走る……!)
勇者(あとに大賢者と覇者も控えてるんだ……これ以上、時間はかけられない!)
師範「ハァッ!」ブオンッ
勇者「“ギガフレイム”ッ!」
ボゥオアァッ!
師範「なにっ!?」
ギガフレイム、炸裂。
賢者の研究の結晶である炎が、師範に向かっていく。
師範「この程度の炎、切り払ってくれるわっ!」
ブオンッ!
師範「ふん、『ギガ』系呪文など、この俺には通用しない──」
師範「!?」
勇者がいなくなっていた。
師範「ど、どこへっ!?」
グサッ!
上から降って来た勇者が、師範の右肩を突き刺した。
師範「ぐあぁっ! キ、キサマァ……!」
勇者「これでもう、満足に剣は振れないだろう。降参しろ。
回復呪文も進歩してるだろうから、なんとかなるだろ」
師範「剣士同士の戦いで魔法とは……卑怯なっ!」
勇者「悪いな、こっちは大罪人だ。使えるものがあったら使わないとな」
師範「くぅっ……! 左腕だけでもキサマ如きっ!」ブンッ
勇者「さすがに、片腕相手には負けられないっ!」
ザンッ!
次は脇腹を切り裂く。むろん、浅手に抑えてある。
師範「がぁっ……! ぐぅぅっ、こ、こんなハズが……!
師匠様の子孫であるこの俺が……! こんなクズに……!」
勇者「なぁ……」
勇者「アンタ……かつて勇者に剣を教えたっていう師匠を尊敬してるか?」
師範「と、当然だっ! マスター流剣術を創始し……打倒魔王に貢献した……
歴史上五本の指に入るであろう剣士だっ! 尊敬しないハズがないっ!」
勇者「そうか。じゃあ、その大先輩から伝言をもらってるから、聞いてくれ」
師範「?」
勇者「バカヤローッ!!!」
バギャッ!
師範「ごえぁっ!」
師範は勇者に殴り飛ばされた。
勇者(師匠……きちんと伝えましたよ。パンチのおまけつきで……)
剣士としては世界最強クラスであろう師範が、一対一で敗北した。
「師範様が……ウソだろ!?」 「あんな罪人に……」 「なんなんだよアイツ……」
気を失った師範が、門下生たちに運ばれていく。
勇者「さぁ、次はアンタだったな、大賢者!」
大賢者「ふん、奇策が当たったマグレ勝利でいい気にならないで下さいよ。
そして、マグレは二度続くものではありません」
大賢者「“メガフレイム”が限界と思いきや、“ギガフレイム”も使えたとは……。
もしや、さらに上の魔法も使えるのですか?」
勇者「いや……“ギガフレイム”が最高だ」
大賢者「あなたはウソがつけないタイプのようですね。正直でよろしい。
そして自分の浅はかさを呪いなさい。
その程度の魔法で、私に勝とうなどという浅はかさを……」
大賢者「“テラフレイム”」
昨日、勇者を焼き焦がした炎が、再び勇者に襲いかかる。
勇者「くっ!」
紙一重でかわす勇者。
大賢者「“テラボルト”! “テラトルネード”! “テラフリーズ”!」
勇者は炎系魔法しか使えないが、大賢者はあらゆる属性の魔法を使用できる。
ズガァッ! ブオァッ! ビュアォッ!
500年間で進化した電撃が、竜巻が、冷気が、勇者めがけて飛んでくる。
しかし勇者もかわす。かわして、かわして、かわしまくる。
大賢者「──ちぃっ!」
勇者「どうした、もっとちゃんと狙えよ!」
勇者(一ヶ月前は魔法合戦に付き合ってしまったが、
よく考えれば、賢者さんの子孫相手に魔法で勝負なんて自殺行為だ。
500年前から、魔法使いを相手にする時は接近して攻撃、に決まっている!)
勇者(……いや待てよ)
勇者(さっきの師範も、俺が魔法使ったら面食らってたし、
コイツはコイツで魔法の使い手が剣士と一対一とか、普通やらないだろう。
接近されたら終わりだってのに……)
勇者(やはりコイツら……技術は俺より圧倒的に上だが、実戦経験は少ない!
せいぜい同じ剣士や魔法使いと練習試合でもする程度だろう)
勇者(そりゃそうだ……。コイツらに逆らう人間なんて、ほとんどいないだろうしな)
勇者(魔王がいる時代に生まれた俺の、子孫に対して一つだけ優位な点ってとこか……)
ズガァンッ! ドゴォンッ! バゴォンッ!
「あいつ、全部避けてるぞ!」 「なんてスピードだ!」 「マジかよ!」
大賢者(くそっ、私の魔法が当たらんっ!)
勇者(どんなに強力な魔法も、当たらなきゃこっちのもんだ!)
驚異の回避力と瞬発力で、勇者は大賢者に接近を果たす。
大賢者「なっ……!」
勇者「降参しろ、大賢者。この距離ならアンタが魔法を撃つより速く、斬れる」
大賢者「ぐぅっ……!」
大賢者「“フラッシュ”!」
勇者「うっ!(閃光での目くらまし! こんな魔法もあるのか……!)」
目が見えなくとも魔法を当てられぬよう、動き回る勇者。
そして勇者の目が視力を回復すると──
大賢者「剣を捨てなさい」
大賢者が少女に掌を向けていた。
大賢者「さもなくば、この少女が死ぬことになりますよ?」
勇者(くそっ、これまた分かりやすい手で来やがったな……!)
少女「お兄さんっ! 剣を捨てたら、勝ち目はなくなるわ!
私はいいから、剣を捨てちゃダメっ!」
大賢者「さぁ、どうしますか?」
勇者「決まってるだろ」ポイッ
勇者は剣を地面に投げた。
少女「あぁっ!」
大賢者「とてもよろしい。さて、次は動かずに私の魔法を喰らっ──」
ガッ!
勇者は地面に捨てた剣を、蹴り飛ばした。
大賢者「──なっ!」
ザクッ!
蹴り飛ばされた剣は、大賢者の腕に刺さった。
大賢者「ぐわあぁぁっ!」
勇者(我ながら、ナイスキック!)
ダッ!
勇者はすかさず大賢者との距離を詰め、腕から剣を抜き取ると、
今度は蹴りを顔面にぶち込んだ。
ドガッ!
大賢者「げぁっ!」
少女「お兄さん!」
勇者「大丈夫か?」
大賢者「お、おのれぇ……! よくもこの私に恥をかかせましたねェ……!」
大賢者が全身の魔力を両手に集中し始める。
観戦していた魔法使いたちがざわつく。
魔法使いA「あれは……“エクサフレイム”をやる気だ!」
魔法使いB「大賢者様、止めて下さい! 町民に巻き添えが出ますっ!」
魔法使いC「それどころか、広場周辺が壊滅してしまいますっ!」
勇者(なんだ……“エクサフレイム”って……?)ハッ
大賢者『ウソじゃありませんよ。『メガ』系呪文の上にはさらに
『ギガ』『テラ』『ペタ』『エクサ』系呪文が存在しますから』
勇者(思い出した……この500年後で最強の呪文体系か!)
勇者(コイツ……そんなもん町中でぶっ放そうってのか!)
勇者「やめろっ! これは一対一だぞっ!」
大賢者「一度町中で、フルパワーで魔法を使ってみたかったのです。
かつて我が先祖、賢者様も危険な研究の末、新しい魔法を編み出しました。
魔法の探究には犠牲がつきものなのですよ……ククク……」
大賢者「かかされた恥は、この地獄の業火でお返しいたします……。
灰も残さんっ! “エクサ──」
ザシュッ!
大賢者「あぐぁっ!」
間一髪であった。
大賢者が魔法を放つより一瞬早く、勇者の斬撃が届いていた。
至近距離で魔法を喰らうことも恐れず、接近した勇者の勝利である。
大賢者「ぐぅぅ……! ひ、ひぃぃっ!」
勇者「賢者さんはたしかに危険な研究を繰り返してたよ……。
だが、お前なんかと違って他人を犠牲するなんてこと、一度もなかった」
大賢者「たっ、助け──命だけはっ!」
勇者「………」
勇者「お前に魔法を使う資格はない!!!」
ドガッ!
大賢者の顔面のすぐ近くに、剣を突き立てた。
大賢者「ヒィッ……ひっ……」ピクピク
大賢者は恐怖で失神してしまった。
勇者「ハァ、ハァ……あと一人……」
「大賢者様まで!」 「信じられん」 「でも、俺たちアイツに助けられたんじゃ……」
少女「お兄さんっ! 怪我してない? 大丈夫?」
勇者「ああ、大丈夫だ」
(負傷らしい負傷なしであの二人を退けられたのは、ラッキーだった。
本来あの二人の実力は、俺よりも上だったからな……)
パチパチパチ……