魔王城──
夜明けとともに戦いが終わりを告げた。
一人の戦士が、魔王を滅ぼしたのである。
魔王「ぐわぁぁぁぁぁ……! ワシの体が朽ちてゆくぅ……!」
戦士「やった……ついにやったぞっ!」
魔王「しかし……なぜだ!? なぜキサマが伝説の剣を持っている!?
たしかにこのワシが破壊したはずなのに……!」
戦士「秘境でひっそりと暮らしてた時空使いってのに出会ってね。
お前が剣を壊した時より過去にさかのぼって、この剣を持って来たんだよ」
魔王「ぐうぅ……! そんなことができる人間がいたとは……!
む、無念……!」ガクッ
戦士(もっともあとでもう一度、過去にさかのぼって剣を戻さないといけないがな。
歴史が壊れてしまうから……)
戦士は故郷の国に帰還を果たし、まずは城に報告に向かった。
城 謁見の間──
国王「よくやってくれた! おぬしはまさにこの国最高の戦士だ……。
いや、勇者と呼ぶに相応しい!」
国王「おぬしには“勇者”の称号を授けよう!
今日からおぬしは、勇者を名乗るがよい!」
戦士「ありがとうございます!」
戦士(俺が……この俺が勇者!? 信じられない……!)
戦士(やったぁっ!)
戦いに生きる者にとって、勇者とは最高に名誉な称号である。
こうして戦士は勇者となった。
次に、勇者は恩師のもとを訪ねた。
マスター流剣術道場──
師匠「このオンボロ道場から、まさか勇者が誕生しちまうとはな。
ったく大したもんだぜ」
勇者「師匠の剣術がなければ、いくら伝説の剣でも魔王は倒せなかったでしょう。
ありがとうございます」
師匠「勇者になっても有頂天にならず、向上心を忘れるなよ」
勇者「はいっ!」
~
賢者の家──
賢者「危険な研究を繰り返し、魔法学界を追放された私から
魔法を習いたいといわれた時は正気を疑ったものだが……」
勇者「あなたの研究した魔法がなければ、魔王の大軍勢には勝てませんでした。
感謝しています」
賢者「こちらこそ、ありがとう。
私の研究が無駄ではなかったと、君が証明してくれたんだよ」
勇者による打倒魔王に大きく貢献したということで、
彼らが世に認められるようになるのはいうまでもない。
そしてようやく、勇者は自分が生まれた町に戻った。
勇者の実家──
勇者「ただいま!」
父「お帰り! 町中お前のニュースで持ちきりだ、よくやったな!」
母「よく無事に帰ってきたね。本当に心配だったんだから」
妹「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
弟「兄ちゃん! 冒険の話、聞かせてよ!」
勇者「ありがとう、みんな」
勇者(一週間は祝賀会やらなんやらで、忙しくなりそうだ。
時空使いのところに行くのは、それからかな……)
こうして勇者は、救国の英雄として人々に尊敬され、幸せに暮らした。
めでたし、めでたし……。
──となるはずであった。
一週間後 とある秘境──
勇者は再び過去にさかのぼり、伝説の剣を元あった場所に戻してきた。
勇者「これで歴史を壊さずに済む、か」
時空使い「ああ」
時空使い「しかし、伝説の剣があったとはいえ魔王は強敵だったはず。
称号だけではない。お前は名実ともに勇者だったということだ」
勇者「ハハ、アンタでも人を褒めることがあるんだな。どうもありがとう」
時空使い「さて、行くがいい。私の術は本来この世にあってはならないものだ。
私も住む場所を変える。もう会うこともなかろう」
勇者「時空使い」
時空使い「なんだ?」
勇者「一つ、頼みを聞いてくれないか?」
時空使い「頼み?」
勇者「俺……未来が見たいんだ」
時空使い「未来だと?」
勇者「今俺がいるこの時代は、とりあえず平和になった。
だが、遠い未来果たしてこの平和はどうなっているのか、見届けたいんだ!」
時空使い「………」
時空使い「とかなんとかいって、本当は未来で自分がどう語り継がれてるか
知りたいんだろ? 勇者よ」
勇者「!」ギクッ
時空使い「お前はウソがつけない男だな。ま、そこが気に入ったんだが。
いいだろう。お前がこの世界を救ったのは事実だ。
少し未来を見る権利くらいあるだろうさ」
勇者「あ、ありがとう!」
時空使い「ただし、時空移動はこれが最後だ」
勇者「分かってる。ワガママを聞いてくれてありがとう」
時空使い「分かっているだろうが、確認しておくぞ。
滞在できる期間は半日、12時間経ったら自動的にここに戻る。
ただし向こうで死んだら、死体になったまま戻ってこれない」
時空使い「場所は……なるべくお前の故郷と近い場所に送るようにするが、
多少ずれてしまうだろう」
勇者「大丈夫だ。時空移動はこれで三度目だしな」
時空使い「さて、一番肝心なのは時間だ。どのくらいに飛ぶ?」
勇者「じゃあ……500年後で」
時空使い「500年……またずいぶん先だな」
勇者「あまり近いと、俺が勇者だってバレる可能性があるじゃないか」
時空使い「そうかぁ……? まぁいい、じゃあ500年後に飛ばすぞ」
時空使い「リナネカハキトーネマズイムイタ!」
時空使いが呪文を唱えると、勇者はこの時代から姿を消した。
…
……
………
勇者は道ばたにぽつんと立っていた。
勇者「ここが500年後の世界か……」
勇者(そういや、鎧とか着たまま来ちゃったけど、大丈夫かな……)
勇者(いやいや12時間しかないんだ、色々見て回らないと!)
勇者(すっかり様変わりしてるが、なんとなく見覚えがあるぞ)
勇者(とりあえず、俺の故郷の町に行ってみるか!)
故郷の町──
勇者(すげぇ……! ちょっとした城塞都市みたくなってるぞ……)
勇者(とりあえず門番みたいな奴に話しかけてみるか……)
勇者「こんにちは、旅の者なんですけど」
門番「おおー? 旅の人かね。ぜひ寄ってってくれよ。
ここはかつて世界を救った勇者様が生まれた町『勇者の町』なんだ。
もっとも“町”なんていう規模ではないがね」
勇者(マジかよ、すげー!)
勇者「ちなみに勇者ってのは500年前に魔王を倒したっていう?」
門番「そうそう、勇者様が魔王城に乗り込んで、魔王をやっつけたんだよ。
今じゃ伝記や絵本、教科書にも載ってるから誰だって知ってるよな」
勇者(まちがいなく俺のことだ! すげーすげー!)
勇者が町に入ると、さらに驚くべき光景が広がっていた。
建物は大きく、道路も完璧に整備されている。そして何より──
勇者(町民の中に……俺と同じ格好をしてるのがいるぞ!?)
町民「お、旅のお方。アンタも勇者様ファッションかい?」
勇者(勇者様ファッション……?)
町民「こうやって魔王討伐時の勇者様の格好をしてるとさ。
なんだか俺もやれるかな、って気になってくるんだよね。
アンタもそういうクチだろう?」
勇者「ま、まぁね……」
(少しくらい俺のことが語り継がれてればなーとは思ってたが……。
予想以上だぞ、これは……)
勇者「ところで俺、この町には初めて来たんだ。
もし時間が空いてるんなら、ちょっと案内してくれないか?」
町民「いいとも。少しでも多くの人に、勇者様のことを知ってもらわないとな」
町民「まず、あの大きな建物が『マスター流剣術道場』の本部だ」
町民「勇者様に剣を教えた師匠様の子孫、師範様がリーダーで、
今や世界中に支部を構えている。門下の数はなんと一万人を超える」
勇者「へぇ~(昔は弟子は俺だけだったのに……すごいな)」
町民「あっちの学校は、勇者様に魔法を教えた賢者様の流れを組む魔法学校さ。
こちらも子孫の大賢者様が校長を務めている」
勇者「ほぉ~(賢者さん、研究が認められたのか……よかったなぁ)」
勇者「………」
勇者「ところで、勇者様の子孫はどうされてるんだい?」
町民「えっ、アンタ、そんなことも知らずにここに来たのかい!?」
勇者「いや、まぁ……勉強不足で……」
町民「勇者様の子孫である覇者様は、この町の偉大なるリーダーさ!
国王からも独立自治を認められているほどなんだよ!」
勇者(ウソォ!?)
町民「そして町の中心にある、あれが──勇者様の銅像さ!」
町の真ん中にある広場には、高さ5メートルほどもある勇者像が建てられていた。
勇者(でけぇ! ……なんかずいぶん美化されてるな。ほとんど別人だ。
あんなに鼻高くないし、足も長くないし……でも嬉しいや)
町民「勇者様の一族は、代々あそこの館で暮らしているんだよ」
勇者(うわ、これまたでけぇ~ほとんど城じゃないか。
ずいぶん立派になったんだな、俺の子孫たちは……)
町民「じゃあ、案内はこれくらいでいいかい?」
勇者「十分だよ、どうもありがとう」
町民「じゃあ、この町を楽しんでってくれよ!」
勇者はしばらく町を散策した。
どこもかしこも、勇者グッズであふれていた。
勇者(勇者まんじゅう、勇者ステッカー、勇者ぬいぐるみ……。
お、伝説の剣のレプリカまで売ってるのか、スゴイな)
勇者(これが500年後か……)
勇者(ちょっと照れ臭いけど、来てよかったな……)
勇者(こうまで発展してるとは、先祖として鼻が高いぞ。うんうん)
町をぐるりと一周し、勇者は銅像の前に戻ってきた。
すると、じっと勇者像を見つめる少女がいた。
少女「………」ジーッ
勇者「君も勇者様、好きかい?」
(ま、俺が本人なんだけどね……。ああ、バラしたい衝動に駆られる……)
少女「勇者様なんか、嫌い……大嫌いっ!」
勇者「なっ……!」カチン
タタタッ
兵士A「キサマ、今勇者様を侮辱したな!?」
兵士B「許さんぞ!」
勇者(お、いってやれ、いってやれ)
兵士A「このクソガキがっ!」
バキッ!
少女「あうっ……!」
勇者(え!?)
ドカッ! ガスッ! バシッ!
少女「う、うぅ……」
兵士A「とんでもないクソガキだ!」
兵士B「さっさと連行してしまおう!」
勇者「ちょ、ちょっと待てよ! なにも殴ることはないだろう!?
勇者を嫌いっていったぐらいで──」
兵士A「む、キサマ、このガキを擁護したな!? 同罪だ!」ブンッ
勇者「おっと」ヒョイッ
兵士A「ちいっ(この身のこなし……手強いな)」
ピピピ~~~~~ッ!
兵士Aが笛を吹くと、大勢の兵士が集まって来た。
勇者(おいおい、マジかよ……)
勇者(俺だけなら逃げることもできるだろうが……あの女の子が心配だな。
仕方ない、大人しく捕まるか……。どうせ12時間経てば帰れるし……)
勇者と少女は捕まってしまった。