門下生たち「!」ビクッ
師範「その男に手を出すことは許さん……。
俺の名はともかく、師匠様の名が汚れてしまう……」
門下生A「し、しかし──!」
師範「俺の命令が聞けないのかっ!」
門下生A「す、すいませんっ! 師範様っ!」
勇者「師範……」
師範「ふん……。世界中に一万人の門弟を持つ身として、
弟子に恥をそそいでもらうなど、耐えられなかっただけだ……」
勇者「ありがとう」
少女(師範様も大賢者様も、なんだか顔つきが変わったような……)
まもなく、大賢者の回復呪文で覇者も目を覚ました。
覇者「………」
勇者「覇者」
勇者「俺はお前に勝った。約束通り、俺と少女を無罪にしてもらおう」
覇者「……分かった」
勇者「そして、俺は少女を連れて『勇者の町』から出ていく。
ここよりこの子にふさわしい町の心当たりがあるからな」
覇者「好きにしろ……」
勇者「お前は強かった。俺なんかよりもずっと強かった。
もし勇者がこの時代によみがえったとしても、お前なら楽に勝てるだろうな」
勇者「だが……たとえ勝っても勇者はお前を認めないだろう」
勇者「その強さを……振りかざすだけでなく、
人々に分け与えられるようになったら、きっとお前はもっと強くなれる」
勇者「あそこで横たわってる勇者も、きっとまた微笑んでくれる」
覇者「!」
勇者「じゃあ、そろそろ俺たちは行くよ」
勇者「行こう」
少女「うん!」
覇者「ま、待てっ!」
勇者「ん?」
覇者「キサマは……いや、あなたはまさか──!」
覇者「………」
覇者「いや、なんでもない……」
勇者「?」
勇者「じゃあ、達者でな」
勇者は少女を連れて、『勇者の町』を去っていった。
師範の中では、勇者の『バカヤロー』という言葉が繰り返し響いていた。
師範「くっ……」ワナワナ
師範「くそおぉぉぉっ!」
バキンッ!
門下生A「し、師範様っ!?」
師範は自らの剣を地面に叩きつけ、へし折った。
大賢者の中でも同様だった。
大賢者(私には魔法を使う資格がない、か……)
大賢者(賢者様、今一度教えて下さい。私は今後どうすれば──)
しかし、大賢者の懇願に応じる声はなかった。
大賢者(もう、なにも聞こえない……)
大賢者(わ、私は、どうすれば……)
呆然と立ち尽くす覇者。
覇者(あの方は……あの方は……!)
覇者(まさか……!)
覇者(私はこれまで人生の全てを勇者様に捧げてきたつもりだった。
勇者様がお喜びになると思ったことは、全てやってきたつもりだった。
一族の繁栄こそが、勇者様の名誉を守ることが、全てなのだ、と)
覇者(だが、もしあの方が私の考えた通りの人だったとしたら……)
覇者(わ、私が……我々がやってきたことは……!)
覇者「うぐうぅぅぅぅっ……!」ガクッ
大観衆の面前で、頭を抱えてうずくまる覇者。
覇者「うぐうううぅぅぅぅぅっ……!」
覇者「うううぅぅぅぅぅっ……!」
絶対支配者の痛ましい姿に、声をかけられる者はいなかった。
500年後には、勇者も師匠も賢者もいない。
答えは彼ら自身で見つけるしかない。
町の外──
勇者「くわしい事情は話せないんだが……。
俺は半日くらいしたら、またワープしなきゃいけないんだ」
勇者「次ワープしたら……もうこっちに戻ってくることはないだろう」
勇者「だからその前に、君を孤児院がある町に連れていく。
旅をしてる途中に立ち寄ったことがあってね」
(魔王を倒す旅の途中だけど……)
勇者(今までのパターンから、あの孤児院もでかくなってていいはずだけど……。
もし500年経ってなくなってたらどうしよう……)
少女「うん、分かった」
勇者(別れたくない、とかいってくれるかと思ったが、意外だったな。
ほっとしたような、残念なような……)
少女「でもお兄さんかっこよかったよ。あの三人に勝っちゃうなんて……。
絵本の中の勇者様みたいだったよ」
勇者「えっ!? ま、まぁね、俺は勇者じゃないけどあれぐらいはね。ハハ」
少女「ふふっ……」
かなりの道のりがあったが、二人は孤児院がある町にたどり着いた。
勇者(あってくれよ、あってくれよ、頼むぞ……)
少女が指をさす。
少女「あの大きな建物じゃない?」
勇者「よ、よかった……!」
(しかも、ものすごく立派になってるぞっ!)
少女「あれ、なんでお兄さん“あってよかった”みたいな顔してるの?」
勇者「え!? あ、いや、そんなことないだろ。ハハ」
二人はさっそく孤児院を訪ねた。孤児院の責任者は女性だった。
勇者は女院長に
「旅先で両親を亡くした少女と知り合ったが、これ以上旅には連れていけない。
入所させてもらえないか」
という話をした。
女院長「もちろんかまいません。私たちはご両親をなくした子供たちの味方です。
女の子を連れた旅は危険でしょうしね」
少女「ありがとうございます」
勇者(よかったぁ~)
女院長「あなたは勇者様の格好をしているけど、もしかして『勇者の町』出身者?」
勇者「ええ、まぁ……(生まれたのは、500年前だけど……)」
女院長「『勇者の町』の覇者様のおかげでずいぶん治安がよくなりましてね。
この頃は孤児となる子もずいぶん減ってきているのですよ」
勇者「そうですか……」
(アイツもやるべきことはやっていたということか……。
だが、この子が孤児になる原因を作ったのはアイツでもあるんだ……)
女院長「では、多少手続きが必要となりますので……こちらへ」
少女「はい」
勇者「分かりました」
手続きも終わり、少女は正式に孤児院に入ることになった。
勇者「じゃあ、この子と最後に別れを済ませたいので外に出てきます」
女院長「分かりました。旅が一段落ついたら、また顔を出してあげて下さいね」
勇者「は、はい……」
少女「………」
少女「じゃあお兄さん、この町をお散歩しましょうよ!」
勇者「そうだな!」
少女「じゃあ、あっちにお店がいっぱいあるから行こう!」
勇者「オッケー!」
(金はあるけど使えるのかな……もう古銭だろコレ……)
二人は初めて訪れる町(勇者は500年前に訪れているが)を大いに楽しんだ。
夜になった。
勇者「さて、そろそろ君は孤児院に戻らないとな。
初日から門限を破ったらさすがにまずいだろう」
少女「……お願い。お兄さんがワープするまで、一緒にいさせて」
勇者「おいおい、それは……」
少女「お願い……!」
勇者「分かったよ。じゃあ院長さんに頼んで、
孤児院に入るのは明日からってことにしよう」
少女「お兄さん、ありがとう……」
勇者「いや、いいんだ。俺も本当は君と最後まで一緒にいたかったしな」
二人は町にある丘の上で、楽しく語り合った。
すっかり夜は更けた。もう外には誰もいない。
勇者「そろそろ……だな」
少女「うん……」
少女「お兄さん、ありがとう……」
少女「私は今、お兄さんがいたから生きてるんだよ。
お兄さんが広場に駆けつけて、腕を斬られても、戦ってくれたから……」
少女「本当にありがとう……!」
勇者「なぁに、こうして治ったわけだし。気にすることはないさ」
(まさか腕をくっつけられるとは……さすが500年後だ)
勇者「それに俺は……君に謝らなければならない立場だ」
少女「どうして?」
勇者(少女から両親を奪った原因を作ったのは、俺の子孫だからだ……。
だが、これはいってはいけないことだ)
「いや、なんでもない……」
少女「お父さんとお母さんのことなら気にしないで、お兄さん」
少女「──いえ、勇者様」
勇者「えっ!?」
少女「お兄さんは500年前から来たんでしょ?」
勇者「あの、え、あれ……。な、なんで分かったんだ……!?」
少女「アハハ、勇者様はウソがつけないんだね」
勇者「あ……!」
少女「なんとなくそうかなぁ~と思ってたけど、やっぱりそうだったんだ」
勇者「あ、いや、え……」
少女「大丈夫、だれにもいわないよ。
もっとも他にも気づいた人はいるかもしれないけどね」
勇者「ごめん……」
少女「ううん。私、処刑が始まる寸前に、お兄さんと勇者様に助けてって
心の中で叫んだの」
少女「つまりこれって、両方とも駆けつけてくれたってことだよね。
ありがとう、も二人分いわないとね」
少女「私はもう大丈夫。覇者様たちやあの町を憎んでいたこともあったけど、
みんな勇者様がやっつけてくれたんだもん」
少女「私……勇者様が大好き」
勇者「俺も、君が好きだよ」
少女「私、今日のこと絶対に忘れないよ」
勇者「もちろんだよ。忘れようったって、忘れられないだろうさ」
少女「………」
勇者「………」
少女「ねぇ、勇者様……」
少女「私も500年前に連れていって!」
勇者「!」
少女「消える瞬間、勇者様にくっついてたらできるんでしょ!?」
少女「お願い……私、別れたくないよ。ずっと一緒にいさせて!
絶対に迷惑をかけないから! なんでもやるから!」
勇者「そ、それは……」
少女「……なぁんてね。ごめんなさい、無理いっちゃって」
少女「私はこの時代で生まれたんだから、この時代でしっかり生きるよ。
そうしなきゃ、助けてくれた勇者様に悪いもんね」
勇者「な、なんだ。驚いちゃったよ」
少女「私が過去に行ったら色々おかしくなりそうだもんね。ごめんなさい。
みんなが知らないことベラベラしゃべっちゃいそうだし」
勇者「俺の時代は店とかもほとんどなかったしな……。
来たって面白くないよ、アハハ」
勇者「………」
勇者(俺も……もし許されるなら君を──)
パアァァァ……
勇者の体が光り輝き始めた。
勇者「!」
少女「お別れ、だね」
勇者「……そう、だな」
少女「そうだ、最後にプレゼントあげる」
勇者「え?」
少女は勇者の頬にキスをした。
勇者「……ありがとう」
少女「勇者様、私のこと絶対忘れないでね!」
勇者「ああ、もちろ──」
バシュンッ!
少女の目の前から、勇者が消えた。
少女(さようなら、勇者様……!)ポロッ
日が明けるまで、少女は独り静かに泣き続けた。
とある秘境──
勇者「ただいま」
時空使い「おかえり」
時空使い「正直いって、生きて帰って来られないかと思っていたぞ」
勇者「ああ、誰かさんがまさに処刑の真っ只中に飛ばしてくれたからな。
いきなり死ぬところだった」
勇者「しかもその直後、魔王より強いのと三連戦やらかしてきたんだ。
我ながら、よく生き延びられたもんだと思ってるよ」
時空使い「ハハハ、そんな世界じゃ魔王も恐ろしくて復活できんだろうな」
勇者「まったくだ」
時空使い「うまく……いったか?」
勇者「……どうだろうな」
勇者「ある日誰かに負けたからって、今までのやり方をすっかり改める。
人間はそう単純なもんじゃない」
勇者「仮に心を入れ替えても、それまでに覇者たちの犠牲になった人たちは、
容易には許さないだろうしな……」
勇者「だが、きっと何かは伝わったと思うよ。
あとはもう、俺や師匠や賢者さんの子孫を信じるしかないさ」
勇者「そして、あの少女はいい子だった……。
歴史を壊してしまってでも、連れて帰りたくなるほどに」
時空使い「おいおい、お前は人をドキリとさせるのがうまいな」
勇者「アハハ。ある意味、それも勇者に必要な要素だろ」
勇者「でも、俺が連れて帰らなかったのは、歴史が壊れるからじゃない。
あの子はあの時代で生きていける、と確信したからだ」
勇者「時空使い……」
勇者「ありがとう」
勇者「自分の信念を曲げてまで、俺を助けてくれて……」
時空使い「前にいったように、私は住む場所を変える」
時空使い「もう私はお前と、いやヒトと会うことすらなくなるかもしれん」
時空使い「しかし、心は不思議と穏やかだ」
時空使い「私はお前と出会えてよかったと心から思っている。
お前は私の術を、正しく活用してくれたと信じている」
時空使い「お前が子孫たちや少女を信じるようにな」
時空使い「さぁ行け、勇者!」
時空使い「この時代にも、お前を必要とする人は大勢いるぞ!」
勇者「ああ!」
町に戻った勇者は、人々から慕われ、勇者の名に恥じぬ活躍をすることになる。
後世絵本で「幸せに暮らしました」と書かれるような、幸福な人生を送ったという。
勇者に剣を教えた師匠と、魔法を教えた賢者も、それぞれの分野で認められた。
彼らもまた、大勢の弟子に恵まれ、忙しくも豊かな日々を過ごすことになる。
そして、勇者が没して数百年後──
孤児院出身のある女性作家が勇者を題材にした小説を発表した。
内容は勇者が過去未来と時空を飛び回り、人々を助けるという物語。
荒唐無稽だという声もあったが、この小説は大ベストセラーになったという──
~おわり~