勇者「ここが500年後の世界か……」 7/7

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門下生たち「!」ビクッ

師範「その男に手を出すことは許さん……。

俺の名はともかく、師匠様の名が汚れてしまう……」

門下生A「し、しかし──!」

師範「俺の命令が聞けないのかっ!」

門下生A「す、すいませんっ! 師範様っ!」

勇者「師範……」

師範「ふん……。世界中に一万人の門弟を持つ身として、

弟子に恥をそそいでもらうなど、耐えられなかっただけだ……」

勇者「ありがとう」

少女(師範様も大賢者様も、なんだか顔つきが変わったような……)

まもなく、大賢者の回復呪文で覇者も目を覚ました。

覇者「………」

勇者「覇者」

勇者「俺はお前に勝った。約束通り、俺と少女を無罪にしてもらおう」

覇者「……分かった」

勇者「そして、俺は少女を連れて『勇者の町』から出ていく。

ここよりこの子にふさわしい町の心当たりがあるからな」

覇者「好きにしろ……」

勇者「お前は強かった。俺なんかよりもずっと強かった。

もし勇者がこの時代によみがえったとしても、お前なら楽に勝てるだろうな」

勇者「だが……たとえ勝っても勇者はお前を認めないだろう」

勇者「その強さを……振りかざすだけでなく、

人々に分け与えられるようになったら、きっとお前はもっと強くなれる」

勇者「あそこで横たわってる勇者も、きっとまた微笑んでくれる」

覇者「!」

勇者「じゃあ、そろそろ俺たちは行くよ」

勇者「行こう」

少女「うん!」

覇者「ま、待てっ!」

勇者「ん?」

覇者「キサマは……いや、あなたはまさか──!」

覇者「………」

覇者「いや、なんでもない……」

勇者「?」

勇者「じゃあ、達者でな」

勇者は少女を連れて、『勇者の町』を去っていった。

師範の中では、勇者の『バカヤロー』という言葉が繰り返し響いていた。

師範「くっ……」ワナワナ

師範「くそおぉぉぉっ!」

バキンッ!

門下生A「し、師範様っ!?」

師範は自らの剣を地面に叩きつけ、へし折った。

大賢者の中でも同様だった。

大賢者(私には魔法を使う資格がない、か……)

大賢者(賢者様、今一度教えて下さい。私は今後どうすれば──)

しかし、大賢者の懇願に応じる声はなかった。

大賢者(もう、なにも聞こえない……)

大賢者(わ、私は、どうすれば……)

呆然と立ち尽くす覇者。

覇者(あの方は……あの方は……!)

覇者(まさか……!)

覇者(私はこれまで人生の全てを勇者様に捧げてきたつもりだった。

勇者様がお喜びになると思ったことは、全てやってきたつもりだった。

一族の繁栄こそが、勇者様の名誉を守ることが、全てなのだ、と)

覇者(だが、もしあの方が私の考えた通りの人だったとしたら……)

覇者(わ、私が……我々がやってきたことは……!)

覇者「うぐうぅぅぅぅっ……!」ガクッ

大観衆の面前で、頭を抱えてうずくまる覇者。

覇者「うぐうううぅぅぅぅぅっ……!」

覇者「うううぅぅぅぅぅっ……!」

絶対支配者の痛ましい姿に、声をかけられる者はいなかった。

500年後には、勇者も師匠も賢者もいない。

答えは彼ら自身で見つけるしかない。

町の外──

勇者「くわしい事情は話せないんだが……。

俺は半日くらいしたら、またワープしなきゃいけないんだ」

勇者「次ワープしたら……もうこっちに戻ってくることはないだろう」

勇者「だからその前に、君を孤児院がある町に連れていく。

旅をしてる途中に立ち寄ったことがあってね」

(魔王を倒す旅の途中だけど……)

勇者(今までのパターンから、あの孤児院もでかくなってていいはずだけど……。

もし500年経ってなくなってたらどうしよう……)

少女「うん、分かった」

勇者(別れたくない、とかいってくれるかと思ったが、意外だったな。

ほっとしたような、残念なような……)

少女「でもお兄さんかっこよかったよ。あの三人に勝っちゃうなんて……。

絵本の中の勇者様みたいだったよ」

勇者「えっ!? ま、まぁね、俺は勇者じゃないけどあれぐらいはね。ハハ」

少女「ふふっ……」

かなりの道のりがあったが、二人は孤児院がある町にたどり着いた。

勇者(あってくれよ、あってくれよ、頼むぞ……)

少女が指をさす。

少女「あの大きな建物じゃない?」

勇者「よ、よかった……!」

(しかも、ものすごく立派になってるぞっ!)

少女「あれ、なんでお兄さん“あってよかった”みたいな顔してるの?」

勇者「え!? あ、いや、そんなことないだろ。ハハ」

二人はさっそく孤児院を訪ねた。孤児院の責任者は女性だった。

勇者は女院長に

「旅先で両親を亡くした少女と知り合ったが、これ以上旅には連れていけない。

入所させてもらえないか」

という話をした。

女院長「もちろんかまいません。私たちはご両親をなくした子供たちの味方です。

女の子を連れた旅は危険でしょうしね」

少女「ありがとうございます」

勇者(よかったぁ~)

女院長「あなたは勇者様の格好をしているけど、もしかして『勇者の町』出身者?」

勇者「ええ、まぁ……(生まれたのは、500年前だけど……)」

女院長「『勇者の町』の覇者様のおかげでずいぶん治安がよくなりましてね。

この頃は孤児となる子もずいぶん減ってきているのですよ」

勇者「そうですか……」

(アイツもやるべきことはやっていたということか……。

だが、この子が孤児になる原因を作ったのはアイツでもあるんだ……)

女院長「では、多少手続きが必要となりますので……こちらへ」

少女「はい」

勇者「分かりました」

手続きも終わり、少女は正式に孤児院に入ることになった。

勇者「じゃあ、この子と最後に別れを済ませたいので外に出てきます」

女院長「分かりました。旅が一段落ついたら、また顔を出してあげて下さいね」

勇者「は、はい……」

少女「………」

少女「じゃあお兄さん、この町をお散歩しましょうよ!」

勇者「そうだな!」

少女「じゃあ、あっちにお店がいっぱいあるから行こう!」

勇者「オッケー!」

(金はあるけど使えるのかな……もう古銭だろコレ……)

二人は初めて訪れる町(勇者は500年前に訪れているが)を大いに楽しんだ。

夜になった。

勇者「さて、そろそろ君は孤児院に戻らないとな。

初日から門限を破ったらさすがにまずいだろう」

少女「……お願い。お兄さんがワープするまで、一緒にいさせて」

勇者「おいおい、それは……」

少女「お願い……!」

勇者「分かったよ。じゃあ院長さんに頼んで、

孤児院に入るのは明日からってことにしよう」

少女「お兄さん、ありがとう……」

勇者「いや、いいんだ。俺も本当は君と最後まで一緒にいたかったしな」

二人は町にある丘の上で、楽しく語り合った。

すっかり夜は更けた。もう外には誰もいない。

勇者「そろそろ……だな」

少女「うん……」

少女「お兄さん、ありがとう……」

少女「私は今、お兄さんがいたから生きてるんだよ。

お兄さんが広場に駆けつけて、腕を斬られても、戦ってくれたから……」

少女「本当にありがとう……!」

勇者「なぁに、こうして治ったわけだし。気にすることはないさ」

(まさか腕をくっつけられるとは……さすが500年後だ)

勇者「それに俺は……君に謝らなければならない立場だ」

少女「どうして?」

勇者(少女から両親を奪った原因を作ったのは、俺の子孫だからだ……。

だが、これはいってはいけないことだ)

「いや、なんでもない……」

少女「お父さんとお母さんのことなら気にしないで、お兄さん」

少女「──いえ、勇者様」

勇者「えっ!?」

少女「お兄さんは500年前から来たんでしょ?」

勇者「あの、え、あれ……。な、なんで分かったんだ……!?」

少女「アハハ、勇者様はウソがつけないんだね」

勇者「あ……!」

少女「なんとなくそうかなぁ~と思ってたけど、やっぱりそうだったんだ」

勇者「あ、いや、え……」

少女「大丈夫、だれにもいわないよ。

もっとも他にも気づいた人はいるかもしれないけどね」

勇者「ごめん……」

少女「ううん。私、処刑が始まる寸前に、お兄さんと勇者様に助けてって

心の中で叫んだの」

少女「つまりこれって、両方とも駆けつけてくれたってことだよね。

ありがとう、も二人分いわないとね」

少女「私はもう大丈夫。覇者様たちやあの町を憎んでいたこともあったけど、

みんな勇者様がやっつけてくれたんだもん」

少女「私……勇者様が大好き」

勇者「俺も、君が好きだよ」

少女「私、今日のこと絶対に忘れないよ」

勇者「もちろんだよ。忘れようったって、忘れられないだろうさ」

少女「………」

勇者「………」

少女「ねぇ、勇者様……」

少女「私も500年前に連れていって!」

勇者「!」

少女「消える瞬間、勇者様にくっついてたらできるんでしょ!?」

少女「お願い……私、別れたくないよ。ずっと一緒にいさせて!

絶対に迷惑をかけないから! なんでもやるから!」

勇者「そ、それは……」

少女「……なぁんてね。ごめんなさい、無理いっちゃって」

少女「私はこの時代で生まれたんだから、この時代でしっかり生きるよ。

そうしなきゃ、助けてくれた勇者様に悪いもんね」

勇者「な、なんだ。驚いちゃったよ」

少女「私が過去に行ったら色々おかしくなりそうだもんね。ごめんなさい。

みんなが知らないことベラベラしゃべっちゃいそうだし」

勇者「俺の時代は店とかもほとんどなかったしな……。

来たって面白くないよ、アハハ」

勇者「………」

勇者(俺も……もし許されるなら君を──)

パアァァァ……

勇者の体が光り輝き始めた。

勇者「!」

少女「お別れ、だね」

勇者「……そう、だな」

少女「そうだ、最後にプレゼントあげる」

勇者「え?」

少女は勇者の頬にキスをした。

勇者「……ありがとう」

少女「勇者様、私のこと絶対忘れないでね!」

勇者「ああ、もちろ──」

バシュンッ!

少女の目の前から、勇者が消えた。

少女(さようなら、勇者様……!)ポロッ

日が明けるまで、少女は独り静かに泣き続けた。

とある秘境──

勇者「ただいま」

時空使い「おかえり」

時空使い「正直いって、生きて帰って来られないかと思っていたぞ」

勇者「ああ、誰かさんがまさに処刑の真っ只中に飛ばしてくれたからな。

いきなり死ぬところだった」

勇者「しかもその直後、魔王より強いのと三連戦やらかしてきたんだ。

我ながら、よく生き延びられたもんだと思ってるよ」

時空使い「ハハハ、そんな世界じゃ魔王も恐ろしくて復活できんだろうな」

勇者「まったくだ」

時空使い「うまく……いったか?」

勇者「……どうだろうな」

勇者「ある日誰かに負けたからって、今までのやり方をすっかり改める。

人間はそう単純なもんじゃない」

勇者「仮に心を入れ替えても、それまでに覇者たちの犠牲になった人たちは、

容易には許さないだろうしな……」

勇者「だが、きっと何かは伝わったと思うよ。

あとはもう、俺や師匠や賢者さんの子孫を信じるしかないさ」

勇者「そして、あの少女はいい子だった……。

歴史を壊してしまってでも、連れて帰りたくなるほどに」

時空使い「おいおい、お前は人をドキリとさせるのがうまいな」

勇者「アハハ。ある意味、それも勇者に必要な要素だろ」

勇者「でも、俺が連れて帰らなかったのは、歴史が壊れるからじゃない。

あの子はあの時代で生きていける、と確信したからだ」

勇者「時空使い……」

勇者「ありがとう」

勇者「自分の信念を曲げてまで、俺を助けてくれて……」

時空使い「前にいったように、私は住む場所を変える」

時空使い「もう私はお前と、いやヒトと会うことすらなくなるかもしれん」

時空使い「しかし、心は不思議と穏やかだ」

時空使い「私はお前と出会えてよかったと心から思っている。

お前は私の術を、正しく活用してくれたと信じている」

時空使い「お前が子孫たちや少女を信じるようにな」

時空使い「さぁ行け、勇者!」

時空使い「この時代にも、お前を必要とする人は大勢いるぞ!」

勇者「ああ!」

町に戻った勇者は、人々から慕われ、勇者の名に恥じぬ活躍をすることになる。

後世絵本で「幸せに暮らしました」と書かれるような、幸福な人生を送ったという。

勇者に剣を教えた師匠と、魔法を教えた賢者も、それぞれの分野で認められた。

彼らもまた、大勢の弟子に恵まれ、忙しくも豊かな日々を過ごすことになる。

そして、勇者が没して数百年後──

孤児院出身のある女性作家が勇者を題材にした小説を発表した。

内容は勇者が過去未来と時空を飛び回り、人々を助けるという物語。

荒唐無稽だという声もあったが、この小説は大ベストセラーになったという──

~おわり~

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