師範「ほう、まだ立てるか。よし俺が斬る」
大賢者「いえいえ、私が骨ごと焼き尽くしましょう」
勇者(立ったはいいが……打つ手は、ない……)ヨロッ
少女「お兄さん、逃げてぇっ! 今度こそ殺されちゃうわっ!」
勇者(逃げるわけにはいかない……!
もしここで逃げたら、俺は俺を一生勇者だなんて認められない!)
どちらが勇者を殺すかの口論は続いていた。
大賢者「あなたも譲らない人ですねェ。
ならば、いっそ同時に攻撃するってのはどうです?」
師範「よかろう。ただし、俺に魔法を当てるのだけはやめてくれよ」
大賢者殿「もちろん、そんなヘマはしませんよ」
二人の殺気が、勇者に向けられた。
勇者(来る……! こうなったら刺し違えてでも……来いっ!)チャキッ
「なにをしている?」
師範「!」
大賢者「!」
少女「!」
勇者「?」
空気が変わった。
「は、覇者様だ!」 「覇者様が来られたぞ!」 「おおっ、なんという幸運……」
少女「………!」ガタガタ
覇者「留置所周辺が騒がしいから来てみたら……どうしたんだ?」
師範「……はっ、私と大賢者で脱獄犯を追い詰めておりました」
覇者「それはご苦労だった。しかし、こう騒がしくするのは感心しないな。
町民をいたずらに不安にさせてしまうじゃないか」
師範「申し訳ありません……!」
勇者(コイツが……俺の子孫か……!
だが、俺の想像と違って暴君という感じではなさそうだが──)
覇者「あの剣士と少女が脱獄犯か……ちなみに罪状は?」
大賢者「二人とも、勇者侮辱罪と聞いています」
覇者「なに!?」
覇者「私の誇り高きご先祖様であり、私がこの世で唯一尊敬する人物である勇者様を、
ヤツらは侮辱したというのかっ!?」
大賢者「!」ゾクッ
大賢者「お、おっしゃる通りです……」
覇者「お、お、おのれぇ~~~~~! キサマらァ~~~~~!」
勇者(な、なんだ、いきなり!?)
覇者「許さんっ!!!」
ボゴォッ!
覇者は瞬間移動のような速さで間合いを詰めると、勇者を殴りつけた。
防御どころか反応すらできず、吹き飛ばされる勇者。
勇者「がっ……!」
(師範と大賢者も強かったが……コイツはケタ違いだ!)
覇者「ここ一年近く勇者侮辱罪を犯した者は現れてなかったというのに……!」
覇者「勇者様を侮辱した罪、万死に値するっ!!!」
覇者「ええい、キサマらは許せんっ! 公開処刑だっ!
明日、あの勇者像の前で私自らが処刑してくれるわっ!」
覇者「コイツらを牢屋に入れておけっ! 今度は絶対に逃がすな!
ついでにコイツらを逃がした看守は斬り捨てておけっ!」
兵士D「は……はいっ!」
勇者「あ、う……」
少女「お兄さん、大丈夫!? しっかりしてっ!」
勇者「うぅっ……」ガクッ
勇者は気絶してしまった。
留置場 牢屋──
…
……
………
勇者「ん……」
少女「よかった、気がついた?」
勇者「ここは……」
少女「牢屋の中だよ」
勇者「そうか……俺は負けちまったんだったな。
ごめんな、必ず救い出してやるとかいったのに……」
少女「ううん、かっこよかったよ。
あの三人に立ち向かうなんて……もうだれもできないと思ってた」
勇者「………」
少女「処刑は明日の正午だって……」
勇者「そうか……」
少女「お兄さん、ありがとう。
私、最後にお兄さんみたいな人と会えてよかった。
私を救い出すっていってくれた時、本当に嬉しかった」
少女「だから、ね。本当は死ぬのが怖かったけど、今は全然怖くない。
お兄さんのおかげだよ」
勇者(ウソをつけ……震えてるじゃないか……)
勇者(しかし500年で、魔法や剣術があそこまで進歩してるとは……。
食糧事情もよくなったのか、体格や筋力も俺よりずっと上だし……)
勇者(くそぉ……!)
魔王にすら打ち勝った勇者が、手も足も出ずに負けた。
剣でも魔法でも、完敗だった。
負けた悔しさ、少女を救えなかった悔しさ、子孫が暴虐な支配者となった悔しさ。
勇者は少女に背を向け、声を殺して泣いた。
すると──
パアァァァ……
勇者(俺の体が光り輝き始めた!?)
勇者(そうか……もう12時間経ってしまったのか!)
少女「お兄さん、どうしたの!?」
勇者「いいか、よく聞いてくれ! 俺は必ずまたやって来る!
必ず君を助けてみせる! だから──」
バシュンッ!
少女の目の前から、勇者が消えた。
少女「!」
少女「………」
少女(お兄さん、いなくなっちゃった……。
でもよかった……これで死ぬのは私だけでよくなったから……)
とある秘境──
時空使い「ようやく戻って来たな。
といっても、こっちの時間は30分くらいしか──って」
時空使い「ボロボロじゃないか! いったい何があった!?」
勇者「ハァ……ハァ……」
勇者「頼むっ! もう一度、もう一度だけでいいっ!
俺を500年後に連れてってくれっ!」ガシッ
時空使い「!?」
勇者「頼むっ!」
時空使い「落ち着け。とりあえず、なにがあったのかを聞かせてもらおうか」
勇者「……分かった」
勇者は時空使いに全てを話した。
時空使い「──なるほどな。だいたい話は分かった」
勇者「頼むっ……! 俺は、あの少女を救ってやらなければ……」
時空使い「喜んで協力しよう、とでもいうと思ったか?」
勇者「!」
時空使い「しつこいようだが、私の術はこの世にあってはならないものだ。
できれば一生使わずにひっそりと生涯を終えるつもりだった」
時空使い「魔王の件でお前に協力した理由は、お前という人間を気に入ったのと、
過去に行くのは、あくまでこの時代のためだったからだ」
時空使い「500年後に行かせてやったのも、
魔王を倒して勇者となったお前への、私なりの餞別みたいなものだ」
時空使い「たしかに子孫が独裁者になったのはショックだっただろうし、
お前が行かなければ、確実にその少女は処刑されるだろう」
時空使い「だがな、お前には500年後の未来に対し責任なんて全くないし、
干渉する権利もない」
時空使い「それに仮に500年後を救えても、1000年後は? 2000年後は?
こんなことやっていたら、いつまでもたってもキリがないじゃないか。
お前は勇者だが、あくまでこの時代の勇者なんだ」
時空使い「悪いが、協力するつもりはない」
勇者「………」
時空使い「さあ、早く帰れ。500年後のことなど忘れ、今を楽しむんだ」
勇者「……見て、しまったんだ」
時空使い「見てしまった?」
勇者「俺はあの少女が、俺の子孫に苦しめられてるところを見てしまった」
勇者「俺だって、全ての時代を救ってやろうなんて気は毛頭ない。
いや、この時代だって魔王こそ倒したが救えてるなんて思ってない」
勇者「だが、俺の中にある勇者ってやつは、苦しんでる人を見てしまったら、
知ってしまったら、なにをおいてもその人を助けるんだよ」
勇者「もし、あの少女を助けられなければ、俺は俺を勇者と認められない。
そしてあの少女を助けるには、アンタに力を借りるしかない。
身勝手な願いだってのは百も承知だ……」
勇者「頼む! もう一度だけ、力を貸してくれっ!」
時空使い「……呆れ果てた奴だ」
時空使い「仮に今から500年後に戻って、子孫たちに勝てるのか?
無駄死にするだけだ。もっとも、お前が殺されれば、
その覇者とやらも歴史から消えてなくなるかもしれんがな」
勇者「………!」
時空使い「それに前にもいったが、私はもう住む場所を変える。
それこそ、いくらお前でもやって来られないようなところにな……」
勇者「………」
時空使い「一ヶ月」
勇者「!」
時空使い「一ヶ月だけ、住む場所を変えるのを待ってやる。
必死に強くなって戻ってこい。
そしたらもう一度だけ……正真正銘のラスト、500年後に送ってやる」
勇者「時空使い……」
時空使い「行け。今は一分一秒でも惜しいだろう。時は金なり、だ」
勇者「──ありがとうっ!」ダダダッ
時空使い(……ふん。あんなヤツだからこそ気に入ったんだが、な)
マスター流剣術道場──
勇者しか弟子がいなかった道場に、数人ではあるが弟子が通うようになっていた。
「えいっ、えいっ!」 「とおーっ!」 「やあっ!」
師匠「声が小さいぞっ!」
ガラッ!
勇者「師匠っ!」
師匠「ん……? おお、勇者じゃねえか。
見ろよ、お前のおかげでこんなボロ道場にも弟子が──」
勇者「師匠、俺には時間がありません。頼みを聞いて下さい」
師匠「おいおい、いきなりどうしたんだよ」
勇者「稽古をつけて下さいっ!」
師匠「なにいってんだ、お前はもう俺より強くなっちまっただろうが。
魔王を倒してのけたヤツに、教えることなんてねぇよ。
むしろお前はもう、指導する側の人間だろう」
勇者「強敵なんです……。魔王より数段強い強敵なんです……!
なにもいわずに俺に稽古をつけて下さいっ!」
師匠「………」
師匠「──ったく、しょうがねえバカ弟子だな。
いいぜ、稽古をつけてやる。かかって来な!」
勇者「ありがとう、師匠!」
さっそく手合わせすることになった両者。
こっぴどくやられたとはいえ、勇者は師範の剣筋を覚えていた。
それを師匠に向けて、試してみる。
ガッ! ガガガッ! バシッ!
師匠「うおおおっ、な、なんだァ? ──う、受け切れんっ!
お前、ずいぶん剣筋が変わったな……なんというか新しいぞ」
勇者「さあ、続けますよ、師匠!」
師匠「わ、分かった!(どうしたんだ、いったい……?)」
勇者の狙いは、二つ。
一つは、稽古によって少しだけ体験した500年後の剣を自分のものにすること。
そしてもう一つは、師匠にも強くなってもらうことだった。
練習相手が強くなければ、稽古の効力は半減するからである。