勇者「ここが500年後の世界か……」 3/7

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師範「ほう、まだ立てるか。よし俺が斬る」

大賢者「いえいえ、私が骨ごと焼き尽くしましょう」

勇者(立ったはいいが……打つ手は、ない……)ヨロッ

少女「お兄さん、逃げてぇっ! 今度こそ殺されちゃうわっ!」

勇者(逃げるわけにはいかない……!

もしここで逃げたら、俺は俺を一生勇者だなんて認められない!)

どちらが勇者を殺すかの口論は続いていた。

大賢者「あなたも譲らない人ですねェ。

ならば、いっそ同時に攻撃するってのはどうです?」

師範「よかろう。ただし、俺に魔法を当てるのだけはやめてくれよ」

大賢者殿「もちろん、そんなヘマはしませんよ」

二人の殺気が、勇者に向けられた。

勇者(来る……! こうなったら刺し違えてでも……来いっ!)チャキッ

「なにをしている?」

師範「!」

大賢者「!」

少女「!」

勇者「?」

空気が変わった。

「は、覇者様だ!」 「覇者様が来られたぞ!」 「おおっ、なんという幸運……」

少女「………!」ガタガタ

覇者「留置所周辺が騒がしいから来てみたら……どうしたんだ?」

師範「……はっ、私と大賢者で脱獄犯を追い詰めておりました」

覇者「それはご苦労だった。しかし、こう騒がしくするのは感心しないな。

町民をいたずらに不安にさせてしまうじゃないか」

師範「申し訳ありません……!」

勇者(コイツが……俺の子孫か……!

だが、俺の想像と違って暴君という感じではなさそうだが──)

覇者「あの剣士と少女が脱獄犯か……ちなみに罪状は?」

大賢者「二人とも、勇者侮辱罪と聞いています」

覇者「なに!?」

覇者「私の誇り高きご先祖様であり、私がこの世で唯一尊敬する人物である勇者様を、

ヤツらは侮辱したというのかっ!?」

大賢者「!」ゾクッ

大賢者「お、おっしゃる通りです……」

覇者「お、お、おのれぇ~~~~~! キサマらァ~~~~~!」

勇者(な、なんだ、いきなり!?)

覇者「許さんっ!!!」

ボゴォッ!

覇者は瞬間移動のような速さで間合いを詰めると、勇者を殴りつけた。

防御どころか反応すらできず、吹き飛ばされる勇者。

勇者「がっ……!」

(師範と大賢者も強かったが……コイツはケタ違いだ!)

覇者「ここ一年近く勇者侮辱罪を犯した者は現れてなかったというのに……!」

覇者「勇者様を侮辱した罪、万死に値するっ!!!」

覇者「ええい、キサマらは許せんっ! 公開処刑だっ!

明日、あの勇者像の前で私自らが処刑してくれるわっ!」

覇者「コイツらを牢屋に入れておけっ! 今度は絶対に逃がすな!

ついでにコイツらを逃がした看守は斬り捨てておけっ!」

兵士D「は……はいっ!」

勇者「あ、う……」

少女「お兄さん、大丈夫!? しっかりしてっ!」

勇者「うぅっ……」ガクッ

勇者は気絶してしまった。

留置場 牢屋──

……

………

勇者「ん……」

少女「よかった、気がついた?」

勇者「ここは……」

少女「牢屋の中だよ」

勇者「そうか……俺は負けちまったんだったな。

ごめんな、必ず救い出してやるとかいったのに……」

少女「ううん、かっこよかったよ。

あの三人に立ち向かうなんて……もうだれもできないと思ってた」

勇者「………」

少女「処刑は明日の正午だって……」

勇者「そうか……」

少女「お兄さん、ありがとう。

私、最後にお兄さんみたいな人と会えてよかった。

私を救い出すっていってくれた時、本当に嬉しかった」

少女「だから、ね。本当は死ぬのが怖かったけど、今は全然怖くない。

お兄さんのおかげだよ」

勇者(ウソをつけ……震えてるじゃないか……)

勇者(しかし500年で、魔法や剣術があそこまで進歩してるとは……。

食糧事情もよくなったのか、体格や筋力も俺よりずっと上だし……)

勇者(くそぉ……!)

魔王にすら打ち勝った勇者が、手も足も出ずに負けた。

剣でも魔法でも、完敗だった。

負けた悔しさ、少女を救えなかった悔しさ、子孫が暴虐な支配者となった悔しさ。

勇者は少女に背を向け、声を殺して泣いた。

すると──

パアァァァ……

勇者(俺の体が光り輝き始めた!?)

勇者(そうか……もう12時間経ってしまったのか!)

少女「お兄さん、どうしたの!?」

勇者「いいか、よく聞いてくれ! 俺は必ずまたやって来る!

必ず君を助けてみせる! だから──」

バシュンッ!

少女の目の前から、勇者が消えた。

少女「!」

少女「………」

少女(お兄さん、いなくなっちゃった……。

でもよかった……これで死ぬのは私だけでよくなったから……)

とある秘境──

時空使い「ようやく戻って来たな。

といっても、こっちの時間は30分くらいしか──って」

時空使い「ボロボロじゃないか! いったい何があった!?」

勇者「ハァ……ハァ……」

勇者「頼むっ! もう一度、もう一度だけでいいっ!

俺を500年後に連れてってくれっ!」ガシッ

時空使い「!?」

勇者「頼むっ!」

時空使い「落ち着け。とりあえず、なにがあったのかを聞かせてもらおうか」

勇者「……分かった」

勇者は時空使いに全てを話した。

時空使い「──なるほどな。だいたい話は分かった」

勇者「頼むっ……! 俺は、あの少女を救ってやらなければ……」

時空使い「喜んで協力しよう、とでもいうと思ったか?」

勇者「!」

時空使い「しつこいようだが、私の術はこの世にあってはならないものだ。

できれば一生使わずにひっそりと生涯を終えるつもりだった」

時空使い「魔王の件でお前に協力した理由は、お前という人間を気に入ったのと、

過去に行くのは、あくまでこの時代のためだったからだ」

時空使い「500年後に行かせてやったのも、

魔王を倒して勇者となったお前への、私なりの餞別みたいなものだ」

時空使い「たしかに子孫が独裁者になったのはショックだっただろうし、

お前が行かなければ、確実にその少女は処刑されるだろう」

時空使い「だがな、お前には500年後の未来に対し責任なんて全くないし、

干渉する権利もない」

時空使い「それに仮に500年後を救えても、1000年後は? 2000年後は?

こんなことやっていたら、いつまでもたってもキリがないじゃないか。

お前は勇者だが、あくまでこの時代の勇者なんだ」

時空使い「悪いが、協力するつもりはない」

勇者「………」

時空使い「さあ、早く帰れ。500年後のことなど忘れ、今を楽しむんだ」

勇者「……見て、しまったんだ」

時空使い「見てしまった?」

勇者「俺はあの少女が、俺の子孫に苦しめられてるところを見てしまった」

勇者「俺だって、全ての時代を救ってやろうなんて気は毛頭ない。

いや、この時代だって魔王こそ倒したが救えてるなんて思ってない」

勇者「だが、俺の中にある勇者ってやつは、苦しんでる人を見てしまったら、

知ってしまったら、なにをおいてもその人を助けるんだよ」

勇者「もし、あの少女を助けられなければ、俺は俺を勇者と認められない。

そしてあの少女を助けるには、アンタに力を借りるしかない。

身勝手な願いだってのは百も承知だ……」

勇者「頼む! もう一度だけ、力を貸してくれっ!」

時空使い「……呆れ果てた奴だ」

時空使い「仮に今から500年後に戻って、子孫たちに勝てるのか?

無駄死にするだけだ。もっとも、お前が殺されれば、

その覇者とやらも歴史から消えてなくなるかもしれんがな」

勇者「………!」

時空使い「それに前にもいったが、私はもう住む場所を変える。

それこそ、いくらお前でもやって来られないようなところにな……」

勇者「………」

時空使い「一ヶ月」

勇者「!」

時空使い「一ヶ月だけ、住む場所を変えるのを待ってやる。

必死に強くなって戻ってこい。

そしたらもう一度だけ……正真正銘のラスト、500年後に送ってやる」

勇者「時空使い……」

時空使い「行け。今は一分一秒でも惜しいだろう。時は金なり、だ」

勇者「──ありがとうっ!」ダダダッ

時空使い(……ふん。あんなヤツだからこそ気に入ったんだが、な)

マスター流剣術道場──

勇者しか弟子がいなかった道場に、数人ではあるが弟子が通うようになっていた。

「えいっ、えいっ!」 「とおーっ!」 「やあっ!」

師匠「声が小さいぞっ!」

ガラッ!

勇者「師匠っ!」

師匠「ん……? おお、勇者じゃねえか。

見ろよ、お前のおかげでこんなボロ道場にも弟子が──」

勇者「師匠、俺には時間がありません。頼みを聞いて下さい」

師匠「おいおい、いきなりどうしたんだよ」

勇者「稽古をつけて下さいっ!」

師匠「なにいってんだ、お前はもう俺より強くなっちまっただろうが。

魔王を倒してのけたヤツに、教えることなんてねぇよ。

むしろお前はもう、指導する側の人間だろう」

勇者「強敵なんです……。魔王より数段強い強敵なんです……!

なにもいわずに俺に稽古をつけて下さいっ!」

師匠「………」

師匠「──ったく、しょうがねえバカ弟子だな。

いいぜ、稽古をつけてやる。かかって来な!」

勇者「ありがとう、師匠!」

さっそく手合わせすることになった両者。

こっぴどくやられたとはいえ、勇者は師範の剣筋を覚えていた。

それを師匠に向けて、試してみる。

ガッ! ガガガッ! バシッ!

師匠「うおおおっ、な、なんだァ? ──う、受け切れんっ!

お前、ずいぶん剣筋が変わったな……なんというか新しいぞ」

勇者「さあ、続けますよ、師匠!」

師匠「わ、分かった!(どうしたんだ、いったい……?)」

勇者の狙いは、二つ。

一つは、稽古によって少しだけ体験した500年後の剣を自分のものにすること。

そしてもう一つは、師匠にも強くなってもらうことだった。

練習相手が強くなければ、稽古の効力は半減するからである。

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