勇者「ここが500年後の世界か……」 4/7

1234567

賢者の家──

賢者「やあ戦士君。おっと……今は勇者君、だったね」

勇者「お願いしたいことがあって、来ました」

賢者「君の頼みだったら、なんでも聞いてあげるよ。

あ、実は今度国立魔法学校の講師に招かれたんだよ!

これも君のおかげだよ」

勇者「あの……その話なんですが、一ヶ月待ってもらえませんか?」

賢者「えっ?」

勇者「賢者さんには『メガ』系より上の魔法を編み出して欲しいんです!

俺が習得する時間も欲しいので、できれば二、三週間ぐらいで!」

賢者「な、なんだって!?」

勇者「実は一ヶ月後、魔王よりも強い敵と戦うことになりました。

剣を主体に戦うつもりではいますが、強い魔法も必要なんです!」

賢者「ま、魔王よりも強い敵……!?」

勇者「いえ、平和を乱す敵、とかではないんです。

詳しくはいえませんが、俺が個人的に倒さないといけない敵、というか……」

賢者「ふぅむ。だが、『メガ』系より上の呪文は理論上ありえないんだが──」

勇者「いえ、あるんです! 絶対に『メガ』より上があるんですっ!」

賢者「………」

勇者「お願いしますっ!」

賢者「……分かったよ。他ならぬ君の頼みだ、力の限りやってみよう」

勇者「ありがとうございますっ!」

賢者「もしうまくいったら、君の実家に手紙を送ろう。それでいいか?」

勇者「はいっ!」

それから、勇者は師匠と毎日鍛錬を行った。

勇者の繰り出す新しい剣に、師匠も負けじとついていく。

二人は急速にレベルアップしていった。

勇者「ハァ、ハァ……」

師匠「ゼェ、ゼェ……いやぁ~強くなったな。お互いに。

なんというかここ二週間で剣が数十年進歩したような気さえするぜ」

勇者「数十年……ですか」ハァハァ

師匠「ん?」

勇者「それじゃダメなんです。500年は進歩しないと……」

さらに賢者からも朗報が届く。

賢者「何度か実験で死にかけたが……ついに編み出したよ。

『メガ』を超える呪文体系をね……」

賢者「私はこれを『ギガ』と名づけようと思う。

残り一週間で、君には炎系の“ギガフレイム”を身につけてもらう」

勇者「賢者さん、ありがとうございますっ!」

勇者(“ギガフレイム”なら、通じずとも牽制くらいの役には立つはずだ。

これで勝率がだいぶ上がった……!)

賢者「時間がない。さっそく魔法修業の開始だ」

勇者「はいっ!」

一ヶ月は瞬く間に過ぎていった。

マスター流剣術道場──

勇者「ありがとうございました、師匠」

師匠「500年進歩、とまではいかねえが、お前は一ヶ月前よりグンと強くなった。

相手がどんな連中かは知らねえが、自信を持て!」

勇者「はいっ!」

勇者「──ところで師匠」

師匠「なんだ?」

勇者「もし師匠なら、自分の子孫が間違ったことをしていたら、どうしますか?

例えば、優れた剣の腕で横暴を振りかざすとか……」

師匠「テメェの剣で横暴を……? う~ん、そうだな……そんなバカは……。

バカヤロー! ってブン殴るかな」

勇者「ありがとうございます。では失礼いたします」ペコッ

師匠(はて、なんのこっちゃ……?)

賢者の家──

賢者「いよいよ行くのかい? 強敵とやらのところに」

勇者「はい。俺のワガママで、講師になるのを一ヶ月延ばしてもらって

すいませんでした」

賢者「いやいや、君にいわれなかったら、きっと私の研究は終わっていただろう。

『メガ』の上があるなんて思ってもなかったしね。

学園講師になっても、研究は続けていくつもりだ」

勇者「頑張って下さい」

賢者「君こそな。どんな相手かは聞かないが、死ぬんじゃないぞ」

勇者「……賢者さん、最後に一つだけ質問をいいですか?」

賢者「質問?」

勇者「もし、自分の子孫が間違ったことをしてるのを見たら、どうしますか?

例えば、魔法を明らかな弱者に向けて撃つ、とか……」

賢者「私の子孫が……? なかなか難しい質問だな。

ま、もし私と同じ魔法使いなら“お前に魔法を使う資格はない”

といってやるだろうな。それが本人のためだ」

勇者「ありがとうございます。じゃあ俺はこれで……」

賢者(最後のは……心理テストかなにかだろうか?)

とある秘境──

勇者「戻ってきたよ。修業は剣術も魔法もバッチリだ。

ワガママを聞いてくれて、ありがとう」

時空使い「おお……。戦いは全くできない私でも分かるよ。

お前が格段にレベルアップしたのが……。

この一ヶ月で、血のにじむような努力をしてきたようだな」

勇者「泣いても笑っても、これが最後の12時間だからな」

時空使い「……よし、ではさっそく500年後に送るとしよう」

時空使い「なるべく、お前が前に消えた場面に送るよう努力するつもりだが、

そこまでの微調整はできない。おそらく場所も時間も誤差が出るはず。

送ったはいいが、少女が処刑された後、になる可能性もある」

勇者「……分かってるよ。もしそうなったとしても、文句はいわない」

時空使い「じゃあ飛ばすぞ。私の前に立て」

時空使い「リナネカハキトーネマズイムイタ!」

勇者は再び500年後へと旅立った。

時空使い(生きて帰ってこいよ……。お前はこの時代にも必要な男なんだ……)

500年後 勇者の町──

あの少女は勇者像のある広場に連れて来られていた。

もちろん、公開処刑のためだ。

大勢の観衆が見守る中、覇者が今回の処刑について説明する。

覇者「この少女は昨日、よりにもよってこの勇者像の前で、

我が偉大なるご先祖である勇者様を侮辱するという大罪を犯した!」

覇者「よって、この私自らがこの剣で公開処刑を執り行う!」

覇者「なお、もう一人の共犯者は牢屋から煙のように消えてしまったが、

見つけ次第処刑することになるだろう!」

ワアアアァァァァァッ!

歓声が上がった。

もっとも、上げなかった者は勇者侮辱罪にされてしまうのだが。

覇者「さて、愚かな少女よ」

少女「!」

覇者「いっておくが楽に死ねると思わない方がいい。

まず耳を裂き、鼻を削ぎ、目を抉る。そして手足を斬り、最後に首、だ」

少女「い、いや……」ガタガタ

覇者「君は勇者様を侮辱したのだ。これぐらいの苦しみは当然だろう?

魔王を倒しこの世を救った英雄を否定したのだからね」チャキッ

少女「たっ、たすっ……」ガタガタ

覇者「まず、耳からもらおうか」スッ

少女(助けて……お父さん、お母さん!)

少女(助けて……昨日のお兄さん!)

少女(助けて……)

──勇者様ァ……!

剣が振り下ろされる。

ガキンッ!

剣は少女に届かなかった。

少女「え……?」

覇者「むっ!?」

剣を受け止めたのは、勇者だった。

少女「お兄さんっ!?」

覇者「キサマ、勇者侮辱罪の共犯者の……! いったいどこから湧いて出たっ!?」

勇者「さあて、どこからだろうねえ……(500年前、だったりして)」

観衆がざわつく。

「なんだアイツ!?」 「今突然現れたよな!?」 「魔法使いか!?」

勇者(時空使い……とんでもない場面に送ってくれたもんだな。

反応が少しでも遅れてたら、いきなり斬られて死ぬとこだったぞ……)ドキドキ

勇者(だが、少女の処刑にはギリギリ間に合ったようだ!)

少女「バカぁっ!」

少女「お兄さん、どうして来たの!? あのまま逃げてれば、助かったのに!」

勇者「いっただろ? 必ず救ってやるって」

少女「でも……!」

勇者「大丈夫だ。一ヶ月前の俺とは少し違う」

少女「一ヶ月?」

勇者「──い、いや、昨日の俺とは少し違う」

覇者「ふん……。まぁいい、処刑のジャマはされてしまったが、

どうせ君も探し出して処刑するつもりだったのだ。手間がはぶけた」チャキッ

勇者「………」

勇者「覇者、戦う前に一つだけ聞きたい。

アンタ、今のこの町を500年前の勇者が見たら、なんていうと思う?」

覇者「愚問だな。お喜びになるに決まっている!

“よくぞここまで町を発展させ、私の名誉を語り継いでくれた、ありがとう!”

とな!」

覇者「その証拠に、勇者像も我々に優しく微笑みかけているではないか!」

覇者が誇らしげに勇者像を指さす。

勇者「ふーん、俺は全くの逆だな」

勇者「勇者はきっとこういうと思う」

勇者「見るに堪えない、と」

覇者「なにぃ!?」

勇者は勇者像の前に立った。

「なんだ?」 「剣を構えたぞ……?」 「アイツなにをする気だ?」

勇者「──だからもう、見なくていいようにしてやる」

ザンッ!

勇者は──勇者像を真横に斬り捨てた。

少女「えっ……!」

覇者「なっ!?」

ズズゥゥゥ……ン……

「勇者像が倒れたぞ!」 「ひ、ひどいっ!」 「な、なんてことをっ!」

勇者(ちょっとやりすぎたかな……。だが、このぐらいの荒療治が必要だ……。

この『勇者の町』には……)

覇者「あ……ああ、あ、あ……ゆ、勇者様が……勇者様が……」ワナワナ

覇者「お、お倒れに……」ワナワナ

覇者「あああああ~~~~~!」

覇者「うわあああああ~~~~~!!!」

勇者「聞けっ!」

勇者「アンタらが絵本で読んで、像まで建てて崇めていた勇者ってのは!

重い税金かけて! 逆らう者は次々殺して! こんな少女まで不幸にさせる!

そんなヤツだったのかっ!」

勇者「違うだろぉっ!」

勇者「たった一人で魔王に挑んでまで、勇者が守りたかった世界ってのは!

皆で勇者一族の顔色うかがって! 勇者一族は剣と魔法で皆を弾圧する!

そんな世界だったのかっ!」

勇者「違うだろぉ……!」

勇者「ハァ……ハァ……」

少女「お兄さん……」

ざわつく観衆。

覇者「罪人風情が知ったようなクチを聞くじゃないか……!」

覇者「!」ハッ

覇者「なるほど、キサマの魂胆が読めたぞ。罪人め……」

覇者「町民どもを扇動し、頭を混乱させ、暴動でも起こさせることで、

死刑執行から逃れようとしているな?」

勇者「そんなんじゃない。ただ……いいたいことをいいたかっただけだ」

覇者「せめてもの強がりか。だが、残念だったな。

仮に町民らが暴れても、私にはあっという間に鎮圧する武力がある」

覇者「マスター流剣術道場の門下生たちも、魔法学校に所属する魔法使いも、

全て私の配下なのだからな」

覇者「勇者侮辱罪に加え、まさか勇者像をも斬り倒すとは……。

一瞬で首をハネるだけではとても飽き足らん!」

覇者「キサマはこの手で捕え、三日三晩拷問した後、晒し首にしてくれる!」ジャキッ

勇者「……かかって来いっ! その根性叩き直してやる!」

すると、観衆の中から二人の男が現れた。

師範「覇者様、その罪人の処刑、我々にやらせてもらえないでしょうか?」

大賢者「えぇ、勇者像を斬り倒すほどの大罪人……。

そんな輩を斬ってしまえば、あなたの剣が汚れてしまいましょう」

勇者(コイツら……)

覇者「ふむ……それもそうだ」

覇者「この罪人の処刑は二人に譲ろう」

師範&大賢者「ありがとうございます」

二人とも、それぞれ世界的な剣術道場と魔法学校の長である。

自分たちの力を満天下に知らしめる機会を常に求めている。

勇者は彼らにとって、格好の宣伝材料であった。

1234567