覇者「すばらしい!」パチパチ
勇者「!」
覇者「師範と大賢者は、ともに誰もが認める世界トップクラスの強者だった。
それを倒してしまうとは……」
覇者「勇者様を侮辱したのはよろしくないが、君はすばらしい戦士のようだ」
勇者(さっきまで激怒してたのに……落ち着きを取り戻したか)
覇者「いいだろう! もし万が一、君が私に勝てたら、
後ろの少女ともども君たちを無罪として釈放してあげよう!」
勇者「!」
少女「!」
覇者「驚かなくていい。私は約束を守る男だ」
「おおっ!」 「さすが覇者様だ!」 「罪人に対しても、なんて寛大な心なんだ……」
勇者(寛大な心……? いいや違う。
あの二人の敗北で俺に傾きかけた町民の心を引き戻したかっただけだ)
勇者(コイツは自分が負けるだなんて絶対ありえないと思っている)
勇者(そしてそう思っていいだけの強さを身につけている……!)
覇者「さて、始めようか」
覇者「偉大なる勇者様の血を引く私の剣技は、師範とは一味違うぞ……」
勇者(期待してるよ……)ゴクッ
覇者から仕掛けた。
ギィンッ! ガギィン! ギャリッ……キィン!
全くの互角。
覇者はもちろん強いが、勇者も先の二戦を経てレベルアップを果たしていた。
覇者「ほう……師範とやり合った時より強くなっていないか?」
勇者「実戦で強くなっていくタイプなんだよ、俺って」
覇者「なるほど……。だが、この程度でいい気になられては困る」
覇者の首狙いの一撃を、受け止める勇者。
しかし、そこに──
ドゴォッ!
勇者(け、蹴り!?)
勇者は観衆の中まで蹴り飛ばされた。
覇者「奇しくも君がいったことだ。使えるものは使わないとな」
勇者「ぐぅっ……!」
勇者(なんて蹴りだ……! 内臓全部吐き出すかと思った……!)
蹴りを恐れるあまり、勇者は間合いを詰められなくなる。
覇者「おやおや、もう接近戦では勝ち目なしと判断したのか?」
勇者「くっ……(もう少し回復するまで、接近戦は危険すぎる……)」
覇者「だが、いいのかな? 私も大賢者ほどじゃないが、魔法を使えるんだよ」
覇者「“テラフレイム”!」
グオアアァッ!
巨大な炎が、勇者めがけて飛来する。かろうじてかわす勇者。
勇者(距離を取っても魔法があったか……! だったらもう──)
勇者(攻めるしかないっ!)
覚悟を決めた勇者が、接近戦に打って出た。
ギャリンッ! ギィンッ! ガキンッ!
再び激しく打ち合う両雄。
勇者の方が実戦経験は豊富とはいえ、その他の要素はほぼ全て覇者に負けている。
徐々に、実力差が負傷となって表れる。
ザシッ!
勇者(左肩を斬られたっ!)
覇者「今の時代、どんな権力者や悪党も、勇者様と私の名にはひれ伏してしまう。
さて、君もそろそろ──」
勇者「まだまだっ!」
勇者の目は全く死んでいなかった。
キィンッ!
覇者(コイツ……なんなんだ!?
勇者様の格好をしているということは、罪人とはいえ勇者様を尊敬しているはず。
なのになぜ、私にこうまで堂々と立ち向かってこれるのだ?)
勇者「うおおおおっ!」
キィンッ! ガキィンッ! ガキンッ!
勇者(くそぉ……! これだけ攻めてるのに、まるでスキができない!)
覇者(──そこだっ!)
ベキャッ!
勇者(しまった……蹴りか……!)
覇者(肋骨を砕いた!)
勇者「ぐほっ! ぐはっ! げほっ!」
少女「お兄さんっ!」
覇者(これでもう……戦えまい)
勇者「ま、まだまだ……」
覇者「な、なんだとぉ……!」
覇者(たしかに優秀な戦士は骨が折れたくらいでは屈しないが……。
それでも心のどこかに諦めや、敵への怒りの感情などが湧くはずだ)
覇者(なのに、コイツの目にはまるでそれがない!)
魔法使いの治療を受けた師範が目を覚ました。
師範「うぅ……」ハッ
門下生A「気がつかれましたか、師範!」
門下生B「よかった……!」
師範「あの男は……?」
門下生A「大賢者様をも破り、今覇者様と戦っております!
しかし、しょせんは罪人。覇者様が圧倒なさっております!」
師範「ぐぅっ……!」ズキン…
門下生B「まだどこか痛むのですか!?」
師範「いや……」
勇者『バカヤローッ!!!』
師範(勇者様や覇者様にたてつく輩の言葉が、なぜこれほど心に残る……!?
なぜ尊敬している人に叱られたような痛みが残る!?)
師範(なぜだ……!)ズキン…
同じ頃、大賢者も意識を取り戻した。
大賢者「ん……」ハッ
魔法使いA「大賢者様!」
魔法使いB「幸い傷が浅く、我々でも治せました! もう大丈夫です!」
大賢者「あの罪人は、どうしていますか?」
魔法使いA「覇者様と一騎打ちをしておりますが、力の差は歴然です。
すぐ終わるでしょう」
大賢者「そう、ですか……」
魔法使いB「覇者様が大賢者様の分も、ヤツに制裁を与えて下さいますよ!」
大賢者「………」
勇者『お前に魔法を使う資格はない!!!』
大賢者(あの瞬間、ヤツがまるで賢者様のように見えた……。
──バカバカしい! 私は賢者様の姿など絵でしか知らないというのに!)
大賢者(どうして……!)
再び戦いへ──
粘る勇者だが、すでに全身を傷を負っていた。
覇者の重い剣を受け続けた剣も、ボロボロだった。
勇者「ハァ……ハァ……」
覇者(もう勝つ見込みは100パーセントない、はず……。
なぜコイツの目は全く弱らないんだ!?)
不意に、覇者はある物語を連想してしまった。
たった一人で魔王軍に挑み、どんな逆境でも諦めず、
ついには魔王を滅ぼし、勇者と呼ばれるようになった戦士の物語……。
覇者(コイツが勇者様と重なるだと!? ありえんっ!
勇者様を侮辱し、私に剣を向ける男が、勇者様のハズがないっ!)
覇者「ありえんっ!!!」
勇者(しまっ──!)
ズバンッ!
覇者の剣は、防御に使った勇者の剣を砕き、勇者の右腕を叩き斬った。
ボトッ……
少女「お兄さんっ!」ダッ
少女が右腕を失った勇者に駆け寄る。
少女「もういいよ、やめてっ! だれか、だれかお兄さんを回復してぇっ!
私がお兄さんの分もめいっぱい拷問受けるから、処刑されるからっ!」
少女「お願いっ……!」
勇者「大丈夫だ……血がついてしまうから、離れた方がいい」
少女「で、でも……!」
覇者(なぜだ……。右腕を斬られたのに……目の輝きが……ブレてない……!)
覇者「なんなんだ、お前はァッ!」
勇者「ここで諦めたら……俺はもちろん……少女も死ぬ……。
そしてお前も……一生自分より上はいないなんて思ったままだ……」
勇者「それに比べりゃ、右腕ぐらいどってことはない……」
覇者(迷うな……コイツは勇者侮辱犯なんだ! 殺せば……殺せば全て解決するッ!
勇者様、私に力をお貸し下さい!)
「トドメだッ!」
覇者が再度、剣を振り上げた。
勇者「使えるものは……全て使うっ!」
ブオンッ!
なんと勇者は自分の右腕を投げつけた。
覇者「うわぁっ!?」
覇者「キサマ、頭がおかしくなったのか!?」
うろたえる覇者。
むろん、こんなスキを見逃す勇者ではない。
先ほど砕かれた自らの剣の残骸から、大きな破片を手に取り──
勇者(ほんの少しだけでいい……自分に対して疑問を持ってくれ……。
俺の可愛い、子孫……)
勇者「うおあああっ!!!」
グサァッ!
覇者「はぐぅっ……!」
──覇者の腹部に突き刺した。
覇者「あ、あぁ……」ヨロッ
覇者(私が……負け、た……?)
ドザッ……
覇者が崩れ落ちた。
「まさか、そんな……」 「覇者様が倒れた……!」 「夢でも見ているのか……?」
これまで以上にどよめく観衆。
だが、勇者も勝つまでに傷つきすぎていた。
勇者「ぐっ……!?」ヨロッ
少女「お兄さんっ!?」
勇者(目が……かすむ……?)
勇者(ダメだ……。ここで死んだら……歴史が壊れ……覇者が消え、るかも……)
勇者(ダ、ダメ、だ……死んだら……)
少女「お兄さんっ! お兄さぁんっ!」
少女「やだよぉ、死んじゃダメだよぉっ!」
すると──
大賢者「私が治しましょう」ザッ
少女「えっ……」
「大賢者様!?」 「回復されたんだ!」 「だが、いったいどうして!?」
さすがは大賢者である。
500年後の最上級回復呪文で、勇者の右腕をくっつけ、傷も全快させてみせた。
勇者「あれ、俺は……!」
少女「お兄さん、よかった……!」
勇者「大賢者、どうして俺を……」
大賢者「分かりません」
勇者「……そうか。とにかく命は救われたんだ。ありがとう……」
大賢者「あえていうなら……遠い過去から賢者様からこうするよう、
命じられたような気がしただけですよ。
あなたに礼をいわれる筋合いはありません」
大賢者「あとは覇者様を治療せねばなりませんね。
それに……マスター流の門下は黙っていないと思いますよ」ザッ
大賢者の言葉通り、観衆の中から息巻く者たちが現れた。
マスター流剣術道場の門下生たちだ。
門下生A「おい、覇者様に勝ったからといってこの町から生きて出られると思うなよ!」
門下生B「そうだ! お前は卑怯な手で師範様を倒し、我々の流派を汚したのだ!
その報いは受けてもらわんとな!」
門下生C「覚悟しろっ!」
彼らは世界一の剣術道場の門下として、プライドも世界一高い。
こうなるのは必然だった。
少女「あぁっ……」
勇者(ざっと100人ってとこか……。
おそらく一人一人が一対一でも手こずる相手だ……だが)
勇者(いいだろう……とことんやってやる!)チャキッ
勇者が構えた瞬間だった。
師範「──やめろっ!」