―――城下町 酒場
客「なぁ、今日城の明かりって灯ってたか? いつもより暗かった気がしない?」
ウェイトレス「え~、どうだったかしら。 夕方には私仕事してたから分かんな~い」
魔法使い「……」
魔法使い「(勇者様とお師匠様、パーティーはまだなのかしら?)」
店主「どうしたんだい魔法使いちゃん、何か考えことかい?」
魔法使い「え、い、いえ。 やっぱりここの生ハムは最高ですね。 何度食べても飽きませんよ」
店主「ははは、食通の魔法使いちゃんにそう言ってもらえれば、まだまだこの店も安泰だな」
魔法使い「またそんなこと言って。 いつ来たって満席御礼なここが、廃れることなんてあるわけないじゃないですか」
店主「それも、魔法使いちゃんみたいな常連さんが通ってくれるからだよ」
魔法使い「美味しいものが嫌いな人なんて、この世にいませんからね。 ところで店主さん、ひとつ聞いていいですか?」
店主「ん? どうしたんだい?」
魔法使い「その、他のお客さんの事なので、答えにくければそれでも構わないのですが、
あちらの奥にいる女性の方って、よくいらっしゃるんですか?」
盗賊「へぇ……じゃぁやっぱり、王城にすごい盾があるって噂は本当なのかい?」
客「あぁ、だけどあくまで噂だからなぁ」
盗賊「だけど、火のない所に煙は立たないって言うだろ?」
客「はははっ、違いねぇや!!」
店主「ああ、盗賊のことかい? ここ一週間くらいかな、毎日のように顔を出すが、誰かとつるんでいるのは見たことないなぁ。 ただ……」
魔法使い「ただ?」
店主「どうやら、ここの客や商人達から城の話をよく聞いているってのは小耳に挟んだっけか」
魔法使い「そうですか……」
店主「それがどうかしたのかい?」
魔法使い「あ、いえ、なんでもないんです。 えっと、ピクルスも貰えますか?」
店主「あいよ! ちょっと待ってな」
魔法使い「(あの人の胸から下げた鍵……。 どんな錠でも解除してしまうレアアイテムとそっくり)」
魔法使い「まさか……」
―――王城 地下
勇者「む、う……」
賢者「ふぉw ようやく気がついたか」
勇者「賢者か。 ここは、どこだ? 暖かいベッドがある部屋には見えんが」
賢者「古今東西、もっとも罪人にふさわしい一室じゃな」
勇者「なるほど、幻覚ではなかったわけだ。 つまりここは……」
賢者「端的に言って、牢屋じゃな」
勇者「人間の世界では、英雄に与えられる最高の一室が牢屋なのか? 確かにこれでは、魔族が人間どもと分かり合うことは難しいな」
賢者「いや、これはおそらく大臣の一計じゃな」
勇者「大臣? 王の隣りにいたあいつか」
賢者「うむ、あやつがわしらに一服持ったのじゃ」
勇者「一服持った? そんな事よく気づいたな。 大臣には特に何も感じなかったが」
賢者「そうじゃな。 おかしかったのは、大臣以外じゃ」
勇者「ん?」
賢者「どうやら、まだ消耗し切ったからだが本調子ではないようじゃな」
勇者「全快であるとは言えないな」
賢者「……魔族じゃったよ。 うまく擬態しておったが、間違いないのう」
勇者「それはまた大した事だ。 しかし、大臣が操られているという可能性は?」
賢者「そう言った類の魔法にはかかってはおらんかった。 あとは、唇の動きを遠目から見たんじゃ」
勇者「ということは、賢者はわざと捕まったというのか?」
賢者「……ふぉっふぉっふぉww」
勇者「爺ぃ……」
賢者「だって、どうしてそんなことをするのか、目的が知りたかったんじゃもんww」
勇者「はぁ。 ……で、どうするのだ」
賢者「どうやら、ここの牢には特殊な結界が施されているようじゃ。 さっきから試してはいるんじゃが、魔法が使えんのう」
勇者「てことは、賢者はただの年寄りになったわけか」
賢者「ふぉww と、思うじゃろ?」 ニヤリ
勇者「何だその顔……策でもあるのか」
賢者「いや、わしの弟子は優秀じゃと言いたいんじゃよ」 パカッ
勇者「……靴の踵から、何を出したんだ? 粘土か」
賢者「ふぉっふぉw これを閂周辺と格子に盛り付ける」 ペタペタ
勇者「全く想像ができん。 それがなんだと言うんだ?」
賢者「勇者よ、このマッチで今つけた導火線の先に点火してくれ」
勇者「……それはいいが、なぜ両耳を抑えて屈んでいるんだ?」
賢者「ほれ、さっさとやらんかいww」
勇者「はぁ、後でしっかりとした説明を要求するぞ……」
―――王城 宝物庫
盗賊「あっれ~? 結局この城も真新しいお宝はなかったか~。
ついでにと思ってせっかく一週間も情報集めしたのに。 まぁ時間も時間だし、そろそろ本命にいこうかね~」
魔法使い「さすがに手慣れてるんですね。 最短で宝物庫までたどり着けるなんて」
盗賊「そりゃあ手際の良さが盗賊の……っ!?」 バッ
魔法使い「どうしました?」
盗賊「あんた、いったいいつから……?」
魔法使い「お城に入る前から、少し離れて着いてきてましたけど」
盗賊「(兵士にすら気づかれなかったあたしが、この女に出し抜かれたっていうの!?)」
盗賊「あんた、いったい何者?」 キッ
魔法使い「ただの魔法使い見習いです」 ニコ
盗賊「見習いにしては、大した肝っ玉じゃない。 王城に忍び込もうなんて。 盗賊の方が似合ってるよ」
魔法使い「そうですか? 初めてだったんですけど、うまく行きました」 テレテレ
盗賊「(何なのこいつ……)」
魔法使い「けど、私みたいな素人が、誰にも見つからずにこんな所まで来れてしまえるなんて、あり得るんでしょうか?」
盗賊「ん? そいつはどういうことだい?」
魔法使い「いえ……。 あ、そうそう。 私、盗賊さんにお願いしたいことがあってここまで着たんですよ」
盗賊「お願い?」
魔法使い「はい」
盗賊「へ、あたしが見ず知らずのあんたの為に、何かしてあげるような女に見えるってのかい?」
魔法使い「見えません。 けど、そんなに難しい事じゃないんです」
盗賊「いやだね。 こちとら暇じゃないのさ」
魔法使い「せめて聞くだけでも」 オロオロ
盗賊「無理」
魔法使い「この通りです!」
盗賊「拝まれてもだ~め」
魔法使い「……どうしても?」 ウルウル
盗賊「う、ど、どうしても!」
魔法使い「グスっ、聞くだけで、ぅ、いいんです……ヒック」 ポロポロ
盗賊「(本当に調子狂うわね……)」
盗賊「じゃあ、聞くだけだからね」
魔法使い「本当ですか!? ありがとうございます!」 パァ
盗賊「あんた、泣いてたんじゃ……」
魔法使い「いえ、お師匠様が、涙は女の最終兵器と言っていたのを思い出しまして。 すごい威力ですね」
盗賊「(ろくでもない師匠だっていうのはわかった)」
盗賊「で、何だって言うんだい? そのお願いってのは」
魔法使い「私も、途中までご同行させてください」
盗賊「はぁ? あんた、本当に盗賊に趣旨替えしたいのかい?」
魔法使い「ち、違います違います!! ただ、少し気になることがあって……途中まででいいんです」
盗賊「ふ、まぁどっちみちつれていく気なんて、さらさらないけどね」
魔法使い「わたし、ここで書物を管理してて、いろんな道を知ってるんです」
盗賊「……」 ピクリ
魔法使い「もしもの時、そばにいたら絶対に役に立ちますよ」
盗賊「……」 ピクリピクリ
魔法使い「歩いていれば、国外不出の貴重品を思い出すかも……」 ボソボソ
盗賊「……邪魔すんじゃないよ」
―――王城 大臣の部屋
*「守備はどうなっている? 大臣よ」
大臣「滞りなく。 薬師に特別に調合させた催眠香で、太陽の光が城を染め上げる頃まで、
城内の者は誰一人目を覚まさないでしょう」
*「それだけ眠っていれば十分。 国民をその土地から一人も逃すな。 赤子から老人まで、誰一人としてだ」
大臣「分かっております。 もうまもなく、最後の扉が、文字通り開くでしょう」
*「期待しているぞ、大臣。 そなたの働きにかかっているのだ」
大臣「……はい」 ジィッ……
*「なんだ、そんなに女の魔族は珍しいか?」
大臣「い、いえ。 決してそのような」
*「ふ、まぁよい」
大臣「全ては、側近様の為に」
側近「ひいては、魔王様復活の為に」
―――王城 廊下
魔法使い「(やっぱりおかしい。 勇者様とお師匠様が凱旋して、パーティーの一つでもあるはずなのに、
この静けさ……)」
盗賊「お宝お宝~♪」
魔法使い「(ここまで誰にも見つからずに侵入できているのは、盗賊さんの実力だけじゃないみたい)」
盗賊「えぇっと、この次を左に二十七歩。 突き当たりの階段を二回分下がる……ふふふ」
魔法使い「(まるで、誰かに誘い込まれているみたい)」
盗賊「待っててよ~。 盗賊様の~♪一世一代の~♪お・お・し・ご・とぉ!」 ~♪
魔法使い「ここまで大声で歌って、気づかれないはずないもの」
盗賊「何か言ったかしら?」
魔法使い「い、いいえ。 何も……」
盗賊「あらそ。 っと、ようやく着いたわ。 ここが目的地ね」
魔法使い「ここは……この紋章は、大結界の間?」
盗賊「この先に、最っ高のお宝眠っているのよ」
魔法使い「どうして、あなたがその事を?」
魔法使い「(ここの事は、王族でしか知らないはず。 私だって、噂でしか聞いたことがない)」
盗賊「さぁて、 それじゃあこの何でも開けちゃう魔法の鍵で……」
魔法使い「待ってください」
盗賊「なによ、これから感動のご対面なのよ。 邪魔しない約束でしょ」
魔法使い「この中に何があるのか、ご存知なんですか?」
盗賊「知らないわよ。 けどスポンサーからの情報は確かだったわね。 いかにも何かありそうな扉だもの!!」
魔法使い「なら、知らないまま、ここから離れましょう」
盗賊「……はい?」
魔法使い「おかしいと思いました。 初めの違和感は、日が落ちたというのに、城に明かりが一つも灯っていないこと。
そして、偉大なる英雄が帰還したというのに、パーティーが催されず、それどころか、城に人気が全くないこと」
盗賊「知らないわよそんな事。 もう、あんたはあんたで好きにして頂戴。 あたしは勝手にやらせてもらうわ。」
魔法使い「鍵を下ろしてください!!」 スチャ
盗賊「何よそれ、クロスボウ?」
魔法使い「この先にあるアイテムは、誰も干渉してはならないモノなんです」
盗賊「へぇ……そう」
魔法使い「存在は知っていました。 けど、国の根幹に触れるようなことは大罪中の大罪です」
盗賊「……」
魔法使い「お願いです。 ここで、引いてください」
盗賊「……」
魔法使い「盗賊さん」
盗賊「……分かった」
魔法使い「あ、ありが……」
盗賊「とでも、言うと思った?」
魔法使い「……っ」
盗賊「どこの世界に、獲物を前にしてケツを捲くる盗賊がいるってのよ」
魔法使い「盗賊さん!!」 グッ
盗賊「開けようとしたら、それであたしを撃つのかしら?」
魔法使い「はい。 ……撃ちます」
盗賊「そうかい。 でもね、あたしも盗賊なんて名乗っている手前、簡単には引けないんだよ!!」
魔法使い「盗賊さ……!?」
―――突然、城内に大きな爆発音が轟いた!!
魔法使い「えっ、何!?」
盗賊「……ふっ!」 バシ!
魔法使い「きゃっ!?」
盗賊「悪いね、お宝があたしを呼んでるのさ!!」
魔法使い「ま、待って!! 盗賊さん!!」
―――盗賊は魔法の鍵を使った!! 光とともに扉の封印が解かれた!!
盗賊「ごめん、もう開けちゃった」
魔法使い「そ、そんな……」
盗賊「あれがお宝……。 どうやら、オーブみたいだねぇ。 さぁって、お宝を頂戴しようかしら」
魔法使い「させません!!」
盗賊「させてもらっちゃうよ!!」 チャキ
魔法使い「ダガー……ですか」
盗賊「ああ。 あたしは今までこいつと一緒にずっとやってきた。 あんた、人とやりあった事は?」
魔法使い「……」
盗賊「……そうかい」 ニヤリ
大臣「いえ、そこまでで十分です。 ご苦労様でした、盗賊」
盗賊「ん? スポンサーじゃないか? どうしたってこんな所に?」
魔法使い「……え?」
大臣「ようやく最後の門が開いたのでな。 仕上げに参ったのだ。 弓兵達、構え」 スッ スッ スッ ス
盗賊「それって、どういう……」
魔法使い「盗賊さん!!」