勇者「どうしてだと? お前のような自己中がいるせいで一番迷惑している人間が俺だからだ」
魔王「ほう……」
勇者「モンスターを人間の住む村や町に送り人を殺せば、棺桶屋だけじゃなく俺の仕事が増える。
これくらい言う権利はあるだろう」
魔王「権利はあるだろうが、それがなぜ我が勇者をやらねばならん事と直結するのだ」
勇者「理由はいろいろあるが、極論を言えば……いいかげん疲れたからだよ」
魔王「疲れただと? 貴様、それでも人類の希望を背負った勇者か?」
勇者「そこだよ、問題は」
魔王「何?」
勇者「歴代の勇者がどうだったかは知らないが、俺は神様だか精霊だかの勝手なお告げのおかげで
ある日突然勇者に抜擢されたんだ。 剣も、槍でさえもったことのない俺がな。
翌日からは修行修行また修行。 青春を感じる暇もなくモンスター退治の日々だ」
魔王「そういう事なら我にだって言い分はあるぞ。 歴代魔王がどうであったかは知らぬが、
先代が勇者に破れて以来、モンスター達は大人しく暮らしていた。
それを貴様ら人間が残党狩りよろしく異形だからと、相容れないからという理由で殺しまくったから、
別にそんな気もなかった我が無理やり担ぎ出されたのだ」
勇者「各国の宝剣、宝玉、宝石に太古の文献や装飾品を片っ端から奪い去っていく癖に、そんな気はなかっただと?」
魔王「そんな気がなかろうと、それらしい所を見せておかねば周りが納得せんのだ。 これでも我は魔界の統治者だからな」
勇者「私情は一切ないと?」
魔王「言うなれば、それが唯一の私情だ。 我は欲しいと思ったものは必ず手に入れる」
勇者「勝手なことを……っ」
魔王「そういうお前はどうなのだ。 選ばれたからというだけで、殺戮の限りを繰り返してきたではないか。
もしかしたら、この世界でもっとも魔王に近しい存在だとは言えないか?」
勇者「好んで殺したことなど一度もない! 生きている者を殺すなんて、苦痛でしかなかった。
それでも、俺が戦わなければ人が死ぬ。 勝手に勇者にされた俺にとっては、
戦ったその先にある人々の笑顔だけが救いだった。 誰かを救った分だけ、俺の心も救われた」
魔王「まさしく、勇者のセリフだな。 勝手にノミネートされた割には心の蔵まで勇者ではないか」
勇者「そうせざるを得なかったんだ。 お前には、この苦しみは分からないだろう。 これは……呪いと一緒だ。
貴様もやってみればわかる。 誰かを救わなければ、ならない強迫観念。 善行を重ねなければならないという苦行」
魔王「ふん、我にはいささかも関係のないことだ」
勇者「そこでだ、お前に勇者をやってみろと言った理由のその2」
魔王「何だ?」
勇者「俺はお前も救ってみせる」
魔王「……我を、救うだと? どういうことだ? 気でも狂ったか勇者よ」
勇者「狂いたくても狂えないように出来てるのが勇者なんだよ」
魔王「まったくもって理解できぬ」
勇者「別に難しい話じゃない。 魔王という悪行を重ねなければならない存在から開放してやるって言ってるんだ」
魔王「貴様と違って魔王のそれは苦行というほどではないぞ」
勇者「勇者をやってみろといったその理由その3。 そんなお前へのあてつけだ」
魔王「……どうやら、此度の勇者は最初から異常だったというわけだ。
それならば、貴様の仲間が後ろに控えている年寄りの賢者一人というのも頷ける」
賢者「ふぉっふぉっふぉww わしのことは気にせずに。 ささ、続けなされ」
勇者「爺さんはただの付き添い人だ」
魔王「付き添いだと?」
賢者「わしは手をださんわいw」
勇者「そういう事だ。 だから、まずは……」 チャキ
魔王「ようやく構えたか。 まぁ、そうだろうな。 でなければ、貴様が我が城まで出向いてきた意味がない。
とどのつまり、魔王と勇者とはこういう関係でしかないのだ」 チャキ
勇者「爺さん、手は出さないでくれよ。 世界最高峰の賢者とて、魔力はきっちり温存しておいてくれ」
賢者「分かっておるわいww ふぉっふぉっふぉww」
魔王「ラスボス相手に随分な余裕ではないか。 貴様一人で我に挑もうというのか? 随分と舐められたものだ」
勇者「舐めちゃいないさ。 しかし、これは俺がやらなくちゃはいけないことだ。 もう、神も精霊も関係ない。
国からの要請も受けない。 華やかなパーティーにも出ない。 これが俺の、最後の仕事だ」
魔王「ならば、その役職から我が解き放ってやろう。 貴様の死をもってしてな!」 ダッ
勇者「……それは、どうかな!」 ダッ
―――勇者と魔王の剣が激しい音を立ててぶつかった!!
―――1時間後
勇者「はぁ、はぁ、はぁ」
魔王「や、やるではないか、はぁ、はぁ。 勇者よ……」
勇者「はぁ、はぁ、はぁ。 お前も、剣を支えにして立つのがやっとじゃ……ないかっ」
魔王「っふ、それは貴様とて同じこと。 しかし、はぁ、本当に手を出さぬとはな、賢者よ……。
確かに、勇者一人で我をここまで追い詰めるとは驚きだが……っく、勇者が惜しくはないのか……」
賢者「ふぉっふぉっふぉww そういう約束じゃったからの。 じゃが、そろそろかの? 勇者……」
勇者「あぁ。 っぐ、もういいだろう。 お互い、ここまで消耗すれば……」
賢者「本当に、いいんじゃな?」
勇者「構わない。 これは俺が望んだことなんだから」
賢者「分かった。 ならば、もはや何も言うまい」
勇者「……短い付き合いだったが。 面倒な役割を任せて、本当にすまない。 だが、ありがとう」
賢者「それが、年寄りの役割というものじゃて。 わしも楽しかった。 ……いくぞいっ!!」 キィィン!!
―――賢者は両手に魔力を集中させた!!
魔王「何っ、何だこの光はっ!?」
勇者「言ったろう。 俺はお前を救ってみせるってな」
魔王「貴様まだそんな世迷いごとを……っ。 貴様のエゴに我が屈すると思ってか!!」
勇者「魔王にそんな事を言われれば褒め言葉だな。 っぐ、あぁぁぁ」
魔王「っぐぁっ! 意識が……。 賢者っ! 貴様か!!」
賢者「じっとしておれ!! この魔法は術者の負担も相当なのじゃからな!!」 キィィン!!
魔王「貴様、手は出さぬと言ったではないか!!」
賢者「確かに、わしは手は出さぬと言ったな」
魔王「そうだ!!」
賢者「あれは嘘じゃww」
魔王「爺ぃ貴様ぁぁぁ!!」
勇者「賢者ぁぁ!! やれぇぇぇ!!」
魔王「ぐわぁぁぁぁ!!」
賢者「うりゃぁぁぁ!!」
―――大広間を眩い光が埋め尽くした。 そして、しばしの時が流れた。
* 「……う、うぅ」
賢者「気がついたか? 随分長いこと眠っていたのう。 日頃の疲れが溜まっていたんじゃないかの?
ふぉっふぉっふぉww」
* 「賢、者……?」
賢者「まぁ、もう少し休んでおってもよかったんじゃがな。 全て、終わった後じゃ。
わしも、些か疲れたわい。 ふぉw」
* 「終わった、だと? ……っ!? 勇者は!! 奴はどうした!?」
賢者「ふぉっふぉww 何を言うとるんじゃww 自分のなりをよく見てみろ」
賢者「どっからどう見ても、お主が勇者ではないか」
勇者「何、だと……?」 ペタペタ
賢者「そう自分の顔を撫で回さんと分からんのか?」
勇者「こ、これは……」
賢者「その様子じゃと、どうやら成功したようじゃな」
勇者「一体、どうなったというのだ?」
賢者「ふむ、簡単に言うとじゃな、精神を入れ替えたのじゃ」
勇者「ふざけた事を……。 しかし、この体は……」
賢者「髪が白くなったのは、それだけの負荷がかかったか、元々魔王だった時の髪色が白かったからか……。
それ以外は完璧なまでに勇者じゃな。 っふぉw」
勇者「馬鹿な!! このような事が……っ」
賢者「実際に起こっておるじゃろうが。 あまり無茶をするでないぞ、先程まで激闘を耐えていた体じゃ。
そうとうくたびれているはずじゃぞ」
勇者「……ならば奴は、勇者はどうした!?」
賢者「だから、それはお前じゃと」
勇者「違う! そうではない。 元勇者のことだ」
賢者「ふむ、それなら……」
勇者「……」
賢者「もうおらんよ」
勇者「お、おらんだと?」
賢者「居ないっていう意味じゃ」
勇者「分かっているわ!! 居ないとはどういうことだ!!」
賢者「貴様が眠りこけている間にの……」
勇者「何だ」
賢者「わしが消し飛ばした」
勇者「…………は?」
賢者「跡形もなく、影も残さず、塵一つ許さず、この世界から消滅させた。 もはや、残ったものなど何もない」
勇者「だが精神を入れ替えたからには、我の肉体には、勇者がいたのではないのか?」
賢者「その通りじゃ。 まさに、魔王の肉体に勇者の精神が宿った」
勇者「承知の上でか?」
賢者「もとより、勇者が望んでおったことでな。 わしは約束通り、動いたまでよ」
勇者「勇者の精神ごと、我が肉体を……」
賢者「おぬしも消耗しておったでな、なかなか骨は折れたが、バッチシじゃw」
勇者「……」
賢者「……っふぉww」
勇者「……」 ギリッ
賢者「ふぉ?」
勇者「おのれぇぇぇぇ!!」 キィィン!!
―――勇者は手の平に魔力を集中させた! しかし、途中で霧散した!
勇者「っく、魔法が、どうしたというのだ!?」
賢者「無駄じゃよ。 お主が今付けている魔石付きの指輪をしている限り、一切の魔法は使えん」
勇者「何だと!? ……っぐ、外れないっ」
賢者「そりゃあ、魔力で引っ付いておるからな。 油を塗りこんでも絶対に外れんよ」
勇者「ならば、この腕ごと切り落とすまでよ!!」 ブン!
賢者「……無駄じゃ」
勇者「うっ……っ」 ガクン
勇者「何故だ……何故剣を振り抜くことができない!?」
賢者「当たり前じゃ。 勇者の自傷自決行為など、神や精霊がお許しになるはずがない」
勇者「っく……」
賢者「勇者とは魔王を倒し、象徴として語り継がれなければならぬ者。
凱旋し、世界に平穏を詠わねばならぬ者。 何よりも、非道な行いを起こそうと思うものなら、
即座に制裁がその身に楔を打ち込む。 それが一生、お主につきまとう。
“彼”も言っておったじゃろう。 呪いだと」
勇者「ふん、非道な行いだと? ならば試してやろうではないか。 貴様を剣の錆にしたあ……とで……」 フラリ……
賢者「頭痛と脱力感が半端じゃないじゃろ? そうなるんじゃよ」
勇者「ぐ、がぁぁ!!」
賢者「善行を幾度となく繰り返し、神や精霊から真の信頼を得るまで、矯正という形で続く呪いじゃ」
勇者「くっ……はぁ……はぁ……」
賢者「まぁ、いい子でいれば、次第に監視も緩くなり、やがては開放されるじゃろう」
勇者「悪になりたければ、まず聖人であれというのか……くそっ」
賢者「まぁ、簡単に言えばそうじゃな」
勇者「こ、これは本当に、呪いと同じではないか……」
賢者「勇者とは善行を行いし聖人。 神や精霊は、その行いと引き換えに、
人の身には余るだけの力を授けてくださる」
勇者「まるで、心臓に杭を打ち込まれたかのような気分だ」
賢者「精神が魔王であることで、補正が働いているのかもしれんのう。 ふぉっふぉww」
勇者「封印される魔王とは、この様な心境であったのだろうか」
賢者「何を言っておる。 悪事さえ働かなければ、食事も散歩も風呂も入れる。
おまけに、魔王を倒した勇者としての生活が待っておるんじゃぞ? 左団扇ではないか」
勇者「魔王には毒ガスを吸わされ続けられるようなものだ」
賢者「ふぉっふぉww 馴れじゃよ、馴れ。 まぁ、早いこと受け入れることじゃな。
最早どうしようもないことなのじゃ。 元の肉体はなく、悪事を働けない。
元魔王として、器の大きいところで現実を受け止めておけ。 ふぉっふぉっふぉww」
勇者「っく……歴代魔王の中で、最も不憫な者として伝説になりそうだ」
賢者「今は勇者じゃろ。 安心せい。 しばらくはわしがお主の世話を焼いてやるわい。
人間の世界での生活なんてしたことないじゃろうからな。
それも、“彼”との約束のうちじゃなからな」
勇者「……確かに、これ以上何を思ったところで建設的ではないだろう」
賢者「ふぉっふぉっふぉww 切り替えが早くて助かるわい」
勇者「まだ、納得するまでには時間がかかるだろうが、停滞していたところで物事は好転しない」
賢者「では、早速行くかの」
勇者「どこへだ? 城か?」
賢者「その前に、まずは家に帰る。 さすがにボロボロの服で謁見しては様にならんじゃろう」
勇者「ふん、人間どもは一刻も早く魔王討伐の知らせを聞きたいと思うがな」
賢者「かもしれんが、おそらく謁見の後は雪崩のような勢いで行事やらパーティーやらが遂行されるやもしれん。
我が国の王はあれで良く出来た人物じゃが、その場のノリで事を進めたがる。
わしも初めての大魔法で流石に疲れたわい」
勇者「……分かった。 ならば、さっさと行くとしよう。
もはや、魔王ではなくなった我にとって、王城に残る意味はない」
賢者「うむ、ではこの魔法陣に入るがよい。 家まで一瞬じゃて」 ブゥン
勇者「あぁ……」
賢者「む? どうしたのじゃ、玉座に未練でもあるのかの?」
勇者「……これが勇者の望んでいたことなのか、とな」
賢者「考える時間なら、それこそこれからいっくらでもあるわい ふぉっふぉっふぉww」
勇者「確かに、そうだな」
賢者「よし、それじゃあ行くぞい!!」
―――賢者は転送魔法を唱えた!!
―――王国郊外の森
賢者「ふぅ、懐かしの我が家に到着じゃわい」
勇者「ここが貴様の家か。 深い森の中に一軒家とは、肩書き通りのイメージだな」
賢者「賑やかな街も嫌いではないが、わしはやっぱり静かな場所が好きなんじゃよ」
勇者「で、そんな隠居暮らしの賢者に、我に合う服など持っているのか?」
賢者「もちろんじゃとも。 さぁ、立ち話をしていたところで始まらんわい。 早速“わしの城”へ招待しよう」