数日後
戦士「いいかい。君たちは、戦うと決めた瞬間から戦士だ。
剣を持てばその所作は剣術。殺害の意志なら殺人術」
帽子「へえ」
赤毛「……」
戦士「勝つためにすべきことはシンプルだよ」
帽子「というと?」
戦士「狙った場所に、狙った威力で、正確に攻撃を加えること。
何回、何十回、何百回やっても同じようにできるようにすること。たとえどんな状態であってもね」
帽子「つまり?」
戦士「反復練習は大事ってことさ。さ、練習練習!」
赤毛「はい」
帽子「回りくどいんだよまったく」
帽子「ところでさ」
戦士「ん?」
帽子「俺があんたや勇者みたく強くなるにはどれくらい練習すればいいんだ?」
赤毛「……」
戦士「たくさん」
帽子「もうちょっと具体的に言えよ」
戦士「強くなってどうするんだい?」
帽子「あんたが言うか」
戦士「はは。でも大事なことだ。強くなって、何をする?」
帽子「強いってのはいいことだろ」
戦士「強い力ってのは、結構厄介だよ」
赤毛「……どういうこと?」
戦士「力を持つ者の責任……とはちょっと違うか。宿命と言った方が近いかもしれない」
帽子「なんだそれ?」
戦士「僕たちが言う意味での"力"というのは、殺す、または壊す力だ」
赤毛「……」
戦士「強い力を持っているということは人より殺せるし壊せるということでもある」
帽子「だから?」
戦士「ふとしたはずみや気の間違いでも殺せてしまうってことさ」
帽子「そんなの……加減したり気をつけたりすればいいじゃねえか」
戦士「扱う力が強ければ強いほどそれが難しくなるのは道理だ。分かるだろ?」
帽子「それは……」
戦士「まあ、そういう制御する能力も含めて強さという解釈もあるけどね」
帽子「……」
戦士「とにかく、万が一間違ってしまった時には、それは自分に返ってくる。それを忘れないようにね」
帽子「じゃあ……強くなることに意味はないのかよ」
戦士「そうは言ってないさ。戦うべきときに戦えるかどうか、その時に必要な力があるかどうかは大事だ」
赤毛「……どういうこと?」
戦士「最初に戻るよ。強い力で戦って、何をする?
つまり、何のために戦うか、そしてそれを達成できるかどうかが重要なんだ」
赤毛「……」
戦士「極論を言えば、強くなくともいい。目的を果たせれば強い弱いは関係ない。
強ければ必ず勝てるというわけでもないしね。勝ったからといって目的が達成されるとも限らない」
帽子「……さっぱりわかんね」
戦士「ふふ。まあそんなもんだ。さ、手が止まってるよ。素振りを続けて」
帽子「うーす」
練習後
帽子「んじゃ、お疲れっす」
赤毛「お疲れさまでした……」
戦士「うん。気をつけて帰ってね」
……
…
帽子「はー、疲れた疲れた」
「おい」
帽子「ん?」
「お前、この間騒ぎがあったところの奴だよな」
帽子「……」
「黙ってるんじゃねえよ。そうなんだろ」
帽子「……」
「無視して行こうとしてんじゃねえよ。年下のくせに生意気だぞ」
帽子「……」
「なあ、あれはお前がやったんだろ」
帽子「……!」
「反応したな。やっぱりお前が父親を刺したんだろ」
帽子「……」
「うわーひでえ奴! こいつ殺人鬼だ!」
帽子「うるせえ」
「はあ? なんか言ったか?」
帽子「うるせえっつったんだよッ!」
ガッ!
「つっ……何しやが――」
バキッ!
帽子「何も知らねえくせに!」
ドゴッ!
帽子「何も知らねえくせによ!」
ビシッ!
帽子「勝手なこと、言いやがって……」
「うう……いてえ……いてえよお」
帽子「……っ」
「くそ……くそ……」
帽子「あ……」
「うう……」
帽子「……」ダッ
翌日 道場にて
帽子「……」
戦士「どうかした?」
帽子「……なんか変に見えたかよ」
戦士「変だよね?」
赤毛「うん……変」
帽子「うっせえなあ。さっさと練習始めようぜ」
戦士「分かったけど……なんかあったらちゃんと僕にいいなよ?」
帽子「へいへい」
練習後
戦士「お疲れ。気をつけて帰ってね」
帽子「……」スタスタ
戦士「と。行っちゃった」
赤毛「……」
戦士「やっぱり、変だよね?」
赤毛「変」
帽子「……」
「いたぞ!」
帽子「?」
「くらえ!」
ガッ!
帽子「つぅ……」
「羽交い絞めにしろ!」
帽子「! 放せよ!」
「おい」
帽子「……!」
「昨日はよくもやってくれたな人殺し」
帽子「てめえ……」
「たっぷり仕返ししてやるから覚悟しろ!」
……
…
帽子「ぐ……」
「……大丈夫かい?」
帽子「……先、生」
戦士「手ひどくやられたね」
帽子「見てたのか……?」
戦士「ああ」
帽子「そうかよ……見てたのかよ……」
戦士「……」
帽子「じゃあ……じゃあどうして助けてくれなかったんだよ……!」
戦士「……」
帽子「生徒を守るのが先生の仕事じゃねえのかよ!」
戦士「生徒になんの落ち度もないなら、そうだね」
帽子「え……?」
戦士「思い出してごらん。君にも悪いところはなかったかな」
帽子「だって、あいつが」
戦士「君のことを悪く言った?」
帽子「そうだよ! あいつなんて何にも知らねえくせに! だから――」
戦士「だから、打ちのめした?」
帽子「それは……」
戦士「暴力を振るえば暴力で返される。道理じゃないかな」
帽子「言われるままにしとけばよかったってのか!?」
戦士「そうは言ってない」
帽子「じゃあどうすればよかったんだよ……!」
戦士「さてね。でも、"戦い方"は考えるべきだった」
帽子「え?」
戦士「ま、とにかく、さっき僕が助けに入ったところでそう変わりはなかったはずさ。
君への攻撃が形を変えてなされるだけだろうね」
帽子「……」
戦士「行こうか。怪我の手当てをしよう」
帽子「先生」
戦士「ん?」
帽子「あいつら……きっと続けるよな」
戦士「……そうだね」
帽子「俺、やられ続けるしかないのかな」
戦士「それも一つの選択肢ではあるね」
帽子「一つの……? 他にもあるってのか?」
戦士「そうだ。戦う意志を持てば、君は戦士だ」
帽子「……」
帽子「でも、でもよ。戦うったって、やってやられてが続くだけじゃねえのかよ」
戦士「せまい意味での"戦う"ならそうかもね。いずれはどちらかがもう片方を殺す、なんてことにもなりかねない」
帽子「そんなことしたら……」
戦士「そう。今度こそ本当に人殺しだ」
帽子「……」
戦士「それも選択肢の一つだよ。殺せばそれだけで簡単に終わる。不殺を貫けなんて言わないよ。他ならぬ僕がたくさん殺してる」
帽子「……」
戦士「でも、殺人は犯罪だ。この街にはもう住めなくなるし、何より、死は不可逆だ」
帽子「……つまり?」
戦士「やり直せないってことさ。殺したら、もう殺した人は生き返らない。それをずっと背負っていかなきゃならない」
帽子「……」
戦士「その人に抉りこんだ刃の感触。血のぬめり。こちらを見つめる死体の目。そういうのを一つ一つ、全てだ」
帽子「……っ」
戦士「……でも。戦うってのは殺すことだけじゃない」
帽子「え?」
戦士「戦うってのは、もっと大きい意味を含んでいると思うんだ」
帽子「大きい意味……?」
戦士「人は困難に立ち向かうとき、いつだって戦っている。そうだろう?」
帽子「……」
戦士「そうだな。君に課題を与えよう」
帽子「……?」
戦士「君は戦わなければならない。困難が君の前に立ちはだかっている。それを解決するんだ」
戦士「逃げてもいい。それも一つの戦い方だ。逃げ切るっていうのも結構大変なことだ」
戦士「でも立ち向かうなら。君に力を与えよう」スッ
帽子「これ……ナイフじゃねえか。殺せってのかよ」
戦士「違う」
帽子「でも」
戦士「じゃあヒント。君の目的はなんだ? 何のために戦う? そのために殺すことは本当に必要?」
帽子「……」
戦士「よく考えるんだ。戦うときに本当に必要なのは最強の力じゃない。
その時持っている力をどう使うか判断する能力なんだ」
帽子「……」
戦士「君ならできる。僕はそう信じてる」
翌日 練習後
戦士「お疲れさま」
赤毛「お疲れさまでした」
帽子「……」
戦士「健闘を祈るよ」
帽子「……」スタスタ
赤毛「……どうしたの?」
戦士「あの子はね。今日、一つだけ、大きくなるんだよ」
帽子「……」
「いたぞ」
帽子「……」