戦士「昔、ある剣士がいたんだ。強い人」
賢者「それが?」
戦士「僕の憧れた人だ。めっぽう強くて、格好良くて」
賢者「はあ」
戦士「その人がいなければ、僕は今もいち町民に過ぎなかったろうね」
賢者「その方は今は?」
戦士「死んだらしいよ」
賢者「え?」
戦士「詳しくは知らない。でも、死んだらしい」
賢者「……」
戦士「結局は彼も僕たちとなんら変わらない、凡人に過ぎなかったということさ」
戦士「でも、逆にいえば、凡人でもいち町民を一人の戦士に引っ張り上げることができるんだ」
賢者「……?」
戦士「僕は、あの二人にとっての"彼"になりたい」
賢者「あの二人にだって特に非凡なところはありません。それに育ててどうするんですか。もう魔王はいないんですよ」
戦士「人はいつだって戦っている」
賢者「え?」
戦士「僕はあの二人に戦うことを教えてる。立ち向かう、ということを教えてる。つもりだ」
賢者「……」
戦士「だから、かな。だから、僕は今、勇者の死を越えて立っている」
賢者「……」
戦士「……あの時。魔王の自爆の際君を連れて逃げた僕を、勇者を一人残した僕を、恨んでいるかい?」
賢者「……」
戦士「恨まれても仕方ないと思う。でも僕は君の命を守ったことを後悔はしていない」
賢者「……」
戦士「それだけ。じゃあね……おやすみ」
赤毛の家
傷の男「で。あんた、いつ返せるんだ?」
「もう少しだけ……待ってください」
傷男「前回も、そのまた前回もそう言われた気がするんだがねえ……」
「今度こそお金は、せめて利子分はなんとかしますから」
傷男「……チッ!」ガン!
「ひっ……!」
傷男「これ以上待てると思うな! こっちは善意で貸してやったわけじゃねえんだ!」
「は、はいっ」
傷男「次はないぞ……覚悟しておけ」
「はい……」
赤毛「……」
道場
赤毛「……」
賢者「? どうしました?」
赤毛「……先生」
賢者「はい」
赤毛「自分より強い人に立ち向かうには……どうしたらいいのかな」
賢者「え?」
赤毛「戦ったら負けちゃう相手、もしかしたら殺されちゃうかもしれない相手……そんなときはどうしたら……」
賢者「……何か、あったんですか?」
赤毛「……。ねえ、どうしたらいい?」
戦士「戦わなければいい」
赤毛「……え?」
賢者「戦士」
戦士「基本はそうなる。負けて、しかも殺される可能性が高い場合は戦わない方がいい」
赤毛「……」
戦士「戦わずに逃げるか、自分より強い人に助けを求めるかするのがベストだと思うよ」
赤毛「……」
戦士「でも、その目は……そのどちらもできないって感じだね」
赤毛「……はい」
戦士「守りたいものがあって、しかも僕に頼れない理由……ってとこか」
赤毛「……」
戦士「……。何にしろそういうことなら選択肢は一つだ。戦うこと。それだけ」
赤毛「はい。でも……」
戦士「そうだね。戦い方は慎重に考えないとならない。殺される可能性が高いと言うならなおさらだ」
赤毛「はい……」
戦士「でもね。戦うことそれ自体は難しくないよ」
赤毛「え?」
戦士「戦うつもりがあれば、誰でも戦えるからね」
赤毛「……」
戦士「まあなんというか、詭弁みたいなものだけど、でも重要だ。君には戦う権利がある」
赤毛「……」
戦士「分かるね?」
赤毛「……はい」
戦士「あとは君がどれだけ戦い抜けるかだ。人は自分の限界値以上のものに挑まなければならないこともある」
赤毛「限界値以上……」
戦士「神に選ばれた勇者でない限り、"それ"は絶対に存在するよ」
赤毛「……怖い」
戦士「ああ、怖いね」
赤毛「……」
戦士「……」
帽子「せんせいーい。俺はいつまで素振りしてればいいんだよー」
戦士「今行く!」
戦士「――健闘を祈るよ」
赤毛「……」
賢者「……」
練習後 帰り道
賢者「大丈夫なんですか。あんなこと言って」
戦士「いや、大丈夫じゃない。殺される、なんてただ事じゃないよ」
賢者「どうします?」
戦士「とりあえず、僕が事情を探る。君は彼をそれとなく見守ってやっていてくれないか」
賢者「できることには限りがあるでしょうが、わかりました。やりましょう」
戦士「ありがとう」
賢者「……なんだか、嬉しそうですね?」
戦士「君もこの数日で先生らしい顔つきになってきたと思ってね」
賢者「はい?」
戦士「僕としては少し楽しい」
賢者「生徒が危険かもしれないのに?」
戦士「危険、か。そうだね危険だ。でも……」
賢者「でも?」
戦士「自分の生徒が困難に立ち向かっていってくれるなら、それは嬉しい」
賢者「……」
戦士「僕たちの場合、勇者がなんとかしてくれることが多かった」
賢者「自分にできなかったことに挑んでくれるのが喜ばしいと?」
戦士「そうだ」
賢者「悠長ですね」
戦士「勇者には、立ち向かうべき困難というものがなかったらしい」
賢者「え?」
戦士「彼曰くね、何でも簡単にできてしまうから張り合いがなかったって」
賢者「それが?」
戦士「困難に簡単に打ち勝てる勇者と、そうではない僕らや僕らの生徒たちと。どちらが幸せなんだろう……と、ふと思ったんだ」
賢者「……」
戦士「さて。じゃあ僕は早速調査を始めるよ。賢者もよろしくね」
賢者「……。はい」
翌日 道場
賢者「どうでした?」
戦士「分かったことがいくつか。まず、彼の言う危険は借金取りのことらしい」
賢者「借金取り?」
戦士「ああ。彼の家がお店を営んでいることは言っただろ? あまり上手くいっていないことも」
賢者「ええ」
戦士「それで、良くない筋からお金を借りちゃったらしい」
賢者「なるほど」
戦士「次に、その貸し手なんだけど、何やら物騒な男らしいんだ」
賢者「どんな?」
戦士「顔に傷のある男。裏界隈では結構有名だとか」
賢者「……」
戦士「彼が直接の助けを求めないのも、きっと無関係な僕らを巻き込みたくないんだろう」
賢者「……なるほど」
戦士「僕は調査を続ける。賢者は引き続き彼を見守ってやってほしい」
賢者「はい」
帽子「ちわーす! 来たぜー!」
赤毛「……失礼します」
戦士「よし。練習を始めようか」
帽子「なあなあ先生」コソ
戦士「ん?」
帽子「先生って、賢者のこと好きなんだよな?」
戦士「……」
帽子「へへ。図星って顔してるぜ」
戦士「はは……」
帽子「もしよかったら俺が手伝ってやるけど? どうする?」
戦士「遠慮しておくよ」
帽子「なんでだよ」
戦士「その見返りを求められても困るからね」
帽子「そんなことしねえって」
戦士「ふふ、冗談だ。でも遠慮しておくよ」
帽子「なんでだよ」
戦士「僕はやっぱり恨まれてると思うからね」
帽子「……?」
戦士「実はもう振られ済みってのもある」
帽子「なんだよそれー!」
賢者・赤毛「?」
数日後
赤毛「お父さん、これはどこに運べばいい……?」
「ああ、そっちに置いといてくれ」
赤毛「うん」
「あと、すまないがこの荷物をいつもの所に届けてくれないか?」
赤毛「分かった」
「いやあ、お前が手伝うようになってくれて助かるよ」
赤毛「うん……!」
「じゃあ頼んだよ」
赤毛「行ってきます……!」
赤毛「……」ガチャ
傷男「よう」
赤毛「あ……」
傷男「父ちゃんはいるか?」
赤毛「……」
傷男「チッ……可愛げのない」
赤毛「……」
傷男「ま、いないわけねえか。俺たちギャングからは逃げられねえことぐらいわかってんだろ」
赤毛「……」
傷男「邪魔だ」
赤毛「……っ」
傷男「失礼するぜ」
ギィ……バタン
赤毛「……」
『戦うつもりがあれば、誰でも戦える』
赤毛「……」
『君には戦う権利がある』
赤毛「……自分の、限界値以上」
『挑まなければならないことも――』
赤毛「……っ」
赤毛(ぼくは……)
赤毛「ぼくは……!」
……
…
道場
帽子「先生ーもうちょっと頑張ろうぜー」
戦士「ははは」
帽子「一回振られたぐらいで諦めんなよー」
戦士「そんなこと言ってもなあ」
帽子「大体ちゃんと気持ちは伝えたのかよ。伝わったのかよ」
戦士「どうかな。振られたと言っても告白とかはしなかったし」
帽子「は?」
戦士「いや、賢者は勇者が好きだってはっきり分かったから身を引いたっていうか」
帽子「何だよそれー!」
戦士「賢者の勇者を好きっていう気持ち以上に僕の気持ちが強いとは思えなかったんだよ」
帽子「へえ、ふーん」
戦士「魔王を倒した後も一緒にいたいな、ぐらいだったし」
帽子「へたれ!」
戦士「はは……」
ガラガラ!