娘「ということがあってね……」
勇者「戦士よりも強くなったのか……これは俺も鍛え直す必要が……」
女魔王「我は勇者を入れて4人を同時に相手取ったのだぞ……せめて小娘三人には同時にとは言わぬが、連戦なら勝ってほしいところだな……」
娘「二人とも? 一人娘が絆創膏だらけの包帯グルグルなのにはなにも感想無いの……?」タラ
――…
勇者「俺も30になったか……」
女魔王「見た目は変わらぬな」
勇者「これから皺とか出てくるんだろうなー」フゥ
女魔王「我は、お前がどんなに老けようが愛し続けるぞ」
女魔王「大事なのは、容姿ではなく、魂なのだから」
勇者&女魔王「この約10年……」
勇者「あっという間だったな……」 女魔王「長く、充実していたな……」
女魔王「おや……」
勇者「50年は刹那に等しい時間、なんじゃなかったのか?」
女魔王「勇者こそ、50年が想像出来んほど長いと言っておったではないか」
勇者「……くくっ」
女魔王「……不思議だな…」
勇者「ああ……お前と一緒だから、この10年が短く感じられたんだ」
女魔王「貴様と一緒だから、この10年が今までのどの10年よりも充実し、とても思い出しきれないほどに……長いものに感じられるのだ」ニコ
女魔王「それでな……勇者」
勇者「……ん」
女魔王「お前の寿命を延ばす方法も見つかったのだが……きっとお前は使わないだろう?」
勇者「……そうだな…」
勇者「パーティの皆も死んでしまうだろうし、仮にその三人も寿命を延ばしても……今度は俺たちだけ、というワケにはいかなくなる」
女魔王「我も考えたのだ…」
女魔王「……貴様と生きる1000年も素晴らしいものだろう」
女魔王「だが」
女魔王「貴様と生きる50年が、その1000年に及ばぬものでなど決してないと」
勇者「俺も、そう信じたいよ」
女魔王「信じたい? 勇者にしては弱気だな」フッ
勇者「……前言撤回、その1000年になんか必ず負けない…お前の言う、"充実"した50年にするよ。俺が約束する」
女魔王「……ああ」
女魔王「貴様がそう言うのなら、間違いないな」クス
女魔王「我の最後の不安も、今ので全て、払拭されたわ」ニコ
――…
勇者「最近、娘相手に苦戦するようになってきたなあ」
女魔王「いつまでも若いわけじゃあるまいし、いつかは越えられる日が来る」
勇者「確かに、子に自らを越えられるというのはそう悪いものでもないな……」
女魔王「負けた日は、慰めてやるから。思いっきり泣き言を言え」ニッ
勇者「お前はいつまでも若々しいな……」
女魔王「勇者が喜んでくれるのなら、我も嬉しいのだが……」
勇者「よしっ、今日は張りきるか……」パクッ ハグッ
女魔王「そ、そうか……そうやる気を出されると、嬉しいぞこちらも」テレ
勇者「まだまだ妻にも娘にも負けてたまるか……っ」ガツガツ
――…
勇者「強くなったなー、父さん嬉しいぞ」
ナデ
娘「うん……ありがとう」グスッ
勇者「どうしてお前が泣くんだよ……」ハハ
娘「だって……」
娘「お父さんの背中が小さく見えて……」グスッ グスッ
勇者「……そうか」
勇者「お前が大きくなったんだ。魔王とそっくりだよ」
娘「今日まで育ててくれてありがとう……お父さん。これからも…よろしくお願いしますっ」ペコッ
勇者「ああ……これからも、よろしくな」ニコッ
ナデッ
――…
女魔王「よくやったよ……勇者」
勇者「……ああ、今日まで…すごく長かった気がするよ」
女魔王「まだだ……これから、まだまだ我らの人生は充実していくんだからな」
ギュッ
――…
勇者「温泉か……若い内には来られなかったなあ」チャプン
女魔王「そうだな……ふう、やすらぐ…」
カポーン
勇者「こうやって、夕陽に染まる外の景色を一望しながら、お前と二人で風呂に入っている今が幸せだ」
勇者「そして、明日はまた一番幸せ。毎日が一番幸せなら、それは一番幸せな人生だということだな」フゥ
女魔王「ああ、勇者……我も、幸せだ」
ザバァ
女魔王「ふぅ……」
勇者「……」
女魔王「どうした?」
勇者「……改めて見ても、お前が綺麗でな…」
勇者「人生で二度、同じやつに一目惚れするとは思わなかった」
女魔王「勇者よ……我も少しは年をとっているのだ…」
女魔王「……最近は、貴様に誉められる度に…顔が、赤くなってしまう……」ブクブク…
――…
勇者「魔王……少し、外を歩かないか?」
女魔王「良いだろう……いま一度、村を見て回ってみるか?」フフ
――…
キャッキャ ワイワイ
勇者「平和だな……」
女魔王「ああ、平和だ」ニコ
勇者「人々が活気に溢れ、子供達が楽しそうに遊んでいる……」
女魔王「これは、貴様が取り戻した平和だ」
女魔王「貴様の人生は……人々のためになった…」
勇者「……そうなら良いと思うよ」
女魔王「勇者が存在していた事を、歴史も…人々も…」
女魔王「……我も、必ず、忘れぬ…」ポタッ
勇者「おいおいお前も娘じゃないんだから……私のために泣かないでくれ」ニカ
――…
勇者「……よいしょっ、と」ググ
女魔王「一人で起きてきたのか……今日は調子が良いんだな」ニコ
勇者「今からもう一度、冒険に出ても良いくらいだよ」ハハ
女魔王「そうか……貴様が再び来てくれるなら、我は再びあの玉座に座して待っていてやろう」
勇者「はは……三度目の一目惚れをさせる気かい?」
女魔王「ああ……我もまた、一層、貴様を愛することだろう…」
勇者「……愛しているよ、魔王」
女魔王「……ああ、我もだ。勇者よ」
ギュッ…
――…
女魔王「勇者……聞こえるか?」
勇者「……ああ、おはよう。魔王…」
女魔王「今日三回目の挨拶だな」ニコ
女魔王「夕飯の支度が出来た。今日は消化の良いものだけでなく、貴様の好物を食べさせても良いと、賢者から許しを得ておる」
勇者「それは……楽しみだな…」
女魔王「前は見えるか?」
勇者「微かにな……明かりはもう少し強くならないのか?」
女魔王「これが限界だ……これ以上は身体に障る…」
勇者「そうか……」
勇者「……不思議だな…視界がぼやけても、君の姿だけははっきりと映る…」
女魔王「……勇者…」
女魔王「我が、貴様の手となり足となろう……目の代わりにだってなってやるからな」ニコ
――…
娘「お父さん、私……今度、結婚することになったの」
勇者「そうか……それは朗報だ」ニコ
娘「……」グスッ
娘「お父さんっ……!」
ダキッ
娘「お父さん……っ、お父…さん……っ」ヒック…ヒック
勇者「泣くんじゃないよ……新しい門出じゃないか…」
勇者「……綺麗になったなあ…」
娘「お父さん……」グスッ
チュッ
娘「私……ずっと、お父さんの事が 勇者「それは……言わずに行くんだ」
娘「お父…さん?」
勇者「魔族の血が流れるお前は無意識に人の魂を見て、綺麗なソレを持つ者を選ぶ…」
勇者「……その人と、幸せにな…」ニコッ
娘「は……い、ありがとう……お父…さん…っ」ヒック…グスッ
勇者「良い子だ……」
ナデ…
――…
勇者「……」
女魔王「二人でこうして、日向に座っている事が日常になって、どれくらいだろうな……」
勇者「……」
女魔王「貴様と肩を寄せ合う……それだけで、我の胸は満たされる」
勇者「綺麗な夜空だな……」
女魔王「……ああ、とても、綺麗だ」
勇者「娘も見ているだろうか……」
女魔王「当たり前だ。あの子も伴侶と共に幸せを歩んでいく……勇者、貴様と同じものが見えぬはずがない…」ニコ
勇者「暖かいなあ……」
女魔王「ああ……、とても良い天気だ…」
――…
勇者っ、聞こえるか?
勇者っ、勇者っ!
「……」
勇者!
勇者「……ああ、また眠っていたのか…」
女魔王「勇者……」グスッ…
勇者「魔王……どうしてそんなに泣いているんだ?」
女魔王「……っ…っ」グスッ… グスッ
勇者「……そうか…」
勇者「その時が来たというわけか……」
勇者「さながら、いま意識がはっきりしているのは風前の灯火というやつか……」チラ
女魔王「勇者……」グスッ
勇者「魔王……今まで、ありがとう」
女魔王「勇者っ、勇者……」ヒック
勇者「一片の悔いも無い……素晴らしい人生だった…」
勇者「……君のおかげだ…」ニコ
女魔王「……わ、我も……勇者のおかげ……で…ひっ、く……」グスッ
勇者「最後にこうして君と話せて……万感の想いがめまぐるしく浮かび上がってくるよ…」
勇者「……そうだ、浮かび上がってきたといえば…そこの棚、その奥を探ってごらん」
女魔王「……?」グスッ
ガサ…ゴソ
スッ
女魔王「これは……」
勇者「初めて君が、スライム分が足りないと言って故郷に戻る時があっだろう?」
勇者「その時に5分ほど時間をもらって買いに行ったんだ…」
女魔王「あの時の……毛皮…」ヒック…
勇者「君ならいつでも買えると思うけど……当時の私は、買ったはいいが、渡すのが恥ずかしくなってね……」コホッ、コホッ
女魔王「……ありがとう…」
ギュッ
勇者「……こちらこそ、ありがとう…」
ギュッ
勇者「好きだよ、魔王」
女魔王「我も……好き、だ」
勇者「愛している」
女魔王「我の方、が……愛して…いる…」グスッ
勇者「私の方が……感謝している…」ニコ
女魔王「……この、負けず嫌いめ…」ハハ
勇者「……ありがとう」
女魔王「……ありがとう」
勇者「魔王、私は君と歩んだ人生に満足している……」…
女魔王「我もだっ、我も満足しているっ!」ヒック
女魔王「我も……勇者、貴様といられて…」
女魔王「しあわせ、だった……」ニコッ グスッ
おやすみ……勇者…
チュッ
――…
『母さん』『お母さんっ』
女魔王「……ここは…」
女魔王「……そうか、今際の際……というやつか……」
『お母さん!』『母さんっ!!』
女魔王「あれから……何千年と人と共に過ごし…勇者の言う共存を現実のものとするために尽力した」
カアサン! オカアサンッ!!
女魔王「いつの間にか我は魔王と呼ばれる事も無くなり…柄にもなく、母と人々に呼ばれ…親しまれた……」
女魔王「勇者……今なら貴様の気持ちも理解出来よう…」
女魔王「人間も、魔族も……等しく、かけがえのない命だ……」
女魔王「我も……いま、そちらに行く…」
カアサン! イヤ… オカアサンッ!!
女魔王「我は……幸せ…だったぞ…………」
女魔王『…………なあ? 勇者』ニコッ
とある勇者と魔王の物語。
勇者と魔王が最果ての地で出会った事実は、永遠になくならない……。
勇者と魔王が共に生活し、人々と暮らしながら魔物との共存を夢見た事は無駄にはならない。
勇者と魔王が子を成し。育て。共に幸福な人生を歩んだ事を、世界は忘れない。
勇者と魔王の幸せで、この上ない……人生という名の物語は、人々の記憶で、伝承で、書物で……永遠に残っていくことだろう……。
勇者と魔王……
二人は……確かに、幸せであった。
<完>