女僧侶「勇者様にプロポーズされました」 6/8

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剥き出しの殺気が、一瞬にして鎮まった。

城門より出てくる影がふたつ……

武道家「まったく騒がしいな。このめでたい日に」

女戦士「なんの騒ぎだ?おい」

兵士「は!この者が、城へ侵入しようと暴れた次第でして」

女戦士「へえ」

男「……!!」

ゆらり、と。

こちらを向いた女戦士の笑顔は、かつて感じたことのない圧力を孕んでいた

それもそのはずだ。

彼女が背負った得物は、身の丈を遥かにこす特大長剣――

目を疑う。

あれを扱う人間がこの世にいる、それが信じられなかった

選ばれし者たち。

そんな一言が頭をよぎった

女戦士「……おい、お前」

男「……う……」

女戦士「名前は何だ」

男「……男……です」

女戦士「男……何の用事か知らねえけどよ」

女戦士「剣を持って乗り込んでくるからには、ちったあ腕に自信があるんだろうな、ええ?」

片腕が背中に伸びる。

またぞろ信じ難いことに、彼女は背中の大剣を、右手一本で軽々と振り扱った

まるで曲技のように、長大なそれが小枝のごとき軽さで虚空に軌跡を描く

女戦士「ちょうど退屈してたんだ……楽しませろ」

男(……)ゴクリ

男(これ…殺される……)

マトモに立ち向かえば、おそらくかすり傷ひとつ負わせることができない。

圧倒的な存在感と迫力で、身体中の毛が逆立つ。

動けなかった。

――「カッ!」

そんな状況を破ったのは、小気味よい笑い声だ。

武道家「くくく……」

女戦士「……なんで笑ってんだ?」

武道家「いやいや。なあ……ああ、男だったか」

男「……はい」

女戦士とはまた違う、静かな殺気だった。

彼女を剣そのものに例えるなら、彼は毒針だった。

一見頼りないが、その実は必殺の技を備えている。

そんな人間だった。

武道家「お前、なんの用事でここに来た?」

女戦士「なあ、もういいからやらせろよ」

武道家「まあ落ち着け」

武道家「……で、なぜだ?」

男「……幼なじみに会いにきた」

武道家「うん?」

男「本当に今さらだけど……後悔するから」

男「…女僧侶を……幼馴染に、伝えに来たんだ」

兵士「……」

平民「……」

どっ、と笑いが起きた。

何を戯れ言を、と嘲り笑う民衆がいた。

なんと愚かなと呆れる兵士がいた。

兵士A「おい。そんな訳のわからんことで命を落とすこたないぞ」

兵士B「そうだな。さすがにくだらん

悪いことは言わん。死なないうちに去れ」

笑いが大きくなる。耳鳴りのように響く。

武道家「うむ」

武道家「変わってないな、ガキンチョ」

その瞬間。

彼の隣にいた女戦士がぶっ飛んだ。

兵士「」

男「」

派手な音とともに真横の城壁に叩きつけられ、石細工が見事に瓦解した。

しかし彼女はすぐに這い出てくると、狂気の目を武道家へと向けた。

女戦士「てめぇ……おい、武道家、なんの真似だ」

武道家「おいガキンチョ」

男「えっ」

女戦士「無視してんじゃねえぞ!」

武道家「5年前、お前が俺に示した道……なるほど、確かあのとき俺はこう言ったなあ」

男「え?え?」

武道家「『我が拳が完成した曉には、お前の目の前で披露しよう』」

男「……」

男「え……あ、あのときのおっちゃん!?」

武道家「はっはっ!まあ、お前は運がいい!!」

武道家「行くがいい。今度はお前の道、俺が示してやる……おい」

兵士A「は、はい?」

武道家「そいつを通してやれ。なに、責任は全て俺と勇者が取る」

兵士A「し、しかし」

武道家「ただし勇者は強いぞお……我々よりはるかに強い。行くならば心せよ」

男「……おっちゃん」

兵士A(聞いてない)

武道家「女戦士」

女戦士「いやいや、わかってるぜクソ野郎」

女戦士「てめえ面白がってるな。くくく、いいね」

女戦士「実を言うと、お前とは一回戦ってみたかったんだよ……なあ……」

真っ黒な狂気に濡れた目が見開かれる。

大剣を振りかざすと、巻き込むように風が吹き荒れ、周囲の壁が弾け飛ぶ。

同時に飛び上がった女戦士は、勢いそのまま剣を武道家に叩きつけた

――しかし。

信じがたいことに、武道家はまたその一撃を、左腕で『受け止めていた』。

武道家「くっくっ……」

女戦士「へへへ……」

武道家「はっはっは!!」

女戦士「ははははは!!」

二人「「――殺す!!」」

心なしか、二人は嬉しそうで。

兵士A「た、退避!!退避いいい!周辺の民衆を避難させろ!死人が出るぞ!」

男(そこまで!?)

女戦士が大剣を振るう度に空気が唸り、

武道家が踏み込むほどに大地が震える。

肌が焦げるほどの熱気が辺りに爆砕し、息をつくことすら躊躇われた。

およそ考えられる限りにある人間の戦いではない。

平民として生きてきた自分に口出しできるものでもなかった。

武道家いわく、勇者は彼らより強いらしい。

男(……ひょっとしたら)

男(ケンカ売る相手、間違えたかな……)

慌ただしく動く兵士たちのどさくさに紛れ、男は城内へと駆け込んでいく

しかし兵士は城内にこそ多くいる。

次から次に現れては、彼の行くてを阻む。

兵士長「止まれ!」

男「どきやがれぇえ!」ギン

兵士長「っ!」キィン

兵士長「神聖な王の御前で、こいつ!」カキン

男「うるせえ!」キィン

兵士長「!!」

男「どいてくれ!」

兵士長「黙れ!」

男(もう逃げないって決めたんだ……!)

男(お前に伝えるんだ!)

男「幼ぉおおお!!!」

―――

――

女僧侶「!」ビクッ

勇者「ん?」

女僧侶「……」

勇者「外が騒がしいね」

女僧侶(今の声は……!?)

女僧侶「っ」

勇者「……行こうか」

女僧侶「……はい」

もう心は決まっている。

王に会いさえすればそれは二度と揺るがないだろう。

決めたのだ。

人々の象徴になる。

それこそが、真の平和への道となる。

謁見の間はもうすぐそこにある。

あと少し、もう少し前に足を踏み出していくだけでいい。

……なのに。

女僧侶(なんで……なんで来たの……?)

女僧侶(なんで…もう少し早く、私があの村にいるときに……)ジワッ

女僧侶(言って、くれなかったの……!)ポロポロ

勇者「……女僧侶?」

足が止まる。

女僧侶「うぅ……う」

兵士長「待てこらああ!」

男「待てと言われて待つかこらああああ!」

追いかけてくる兵士を背に階段をかけ上がり、まっすぐに走り抜ける。

男「畑仕事で鍛えた脚力なめんな!!」

男「――!!」

男「幼!!」

女僧侶「!!」

勇者「――!」

男「幼!俺だ!!」

男「一緒に村に帰ろう!」

男「一緒に来てくれ!」

女僧侶「っ!」

兵士C「こいつ!」ジャキ

兵士D「捕らえろ!」ガチャ

男「はなせ、いつ!」

勇者「静まれ」

しん――

兵士長「……」

男「……」

女僧侶「……」

勇者「どうぞ、お静かに…彼と少し話がしたい」

兵士長「は……はい」

男(空気が……変わった)

男(この人が、勇者様)

男(なんて、落ち着いてるんだろう)

男(なのに、この、存在感)

男(おっちゃんたちとも、比べものにならない)

男(この人が世界を救った……勇者様)

勇者「……」

勇者「正直、何が起こってるか」

勇者「わからないんだ」

男「……はい」

勇者「外の騒ぎはきみ?」

男「だいたいそんな感じです」

勇者「あの二人をよくかわしてこれた」

男「その二人が争ってるので」

勇者「えっ」

勇者「……そうか。まあ、そういうこともあるかな」

男「あります…かね?」

勇者「あはは。いろんなことがあったからね。今さら驚かないよ」

男(笑ってる)

男(ああ……そういや)

男(俺も……勇者様に喧嘩ふっかけるつもりで息巻いてたけど)

男(いつの間にか、普通に話してる)

男(……違う。俺なんて、当たり前で。おじさんたちとすら違う……)

器がちがう。

男(勇者様なんだ……この人が)

勇者「なぜ、こんなことを?」

男「……えと」

勇者「狙いは彼女?」

男「……はい」

女僧侶「……」

勇者「きみは彼女のなんだろう?」

男「幼なじみです」

勇者「……そうか」

勇者「わかった」

勇者「……みな!剣を納めよ!!」

兵士長「!?しかし、勇者様」

勇者「彼は女僧侶の大切な人だ」

男「……」

勇者「それから客間の用意をお願いしたい。悪いけど二部屋頼みます」

兵士長「……はい」

勇者「無礼は承知ですが、王には遅れることもお伝えしてください」

兵士長「はい!」

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