-部屋-
魔王「おお…」
勇者「おお…」
魔王「たかだか小さな町の宿屋の部屋だと侮っていたが、人間界の村の宿とは皆このような部屋なのか…」
勇者「いや、これは…王都の最高級宿と同等か、それ以上の上部屋だよ」
魔王(よっぽどここの宿屋の主人は勇者を待ちわびていたのだな…)
魔王(その気持ち、我輩にも痛いくらい分かる)
魔王「しかし…」
魔王「もしかして同室か?」
勇者「そのようだね」
魔王「……」
勇者「何だよその顔は?」
勇者「心配しなくても大丈夫だよ。俺は子供には興味ないから」
魔王「違う!誰が子供だ!誰が!」
勇者「あはは。いいから先に風呂入りなよ。俺は後でいいから」
勇者「あ、一応言っとくけど、覗かないから」
魔王「その軽口を今すぐ止めねば、舌を切り落とすぞ!」ギリッ
-風呂-
魔王「うわ…広い。我輩専用の風呂より広い…」
魔王「しかも貸切か」
カラカラ…
魔王(戸の開く音?)
??「失礼いたします」
宿屋の娘「私はこの宿屋の主人の娘です。勇者様のお背中を流しに参上いたしました」
宿屋の娘「あれ?勇者様ではない?」
魔王「…勇者はあとで入ると言っていたぞ。それにお前はそんな事をする必要はない」
魔王「父親に言われたからって、うら若き娘が裸の男の前に出てくるべきではない」
宿娘「まあ…うふふ、違いますよ。私からお父さんに申し出たのですよ」
魔王「?」
宿娘「私が小さい頃から、お父さんはいつか来る勇者様の為に、この宿を改装してきました」
宿娘「勇者様がこの宿に来るのを楽しみにしていたのは何もお父さんだけじゃないんです」
宿娘「私だって楽しみにしていたから、勇者様ご一行をお持て成しをしたかったのです」
魔王「そ、そうか。しかし勇者は大して疲れている訳でもないし、背を流すのはやめた方がよいぞ?」
宿娘「ふふ、あなたは凄いですね。とてもしっかりしています」
宿娘「流石その年で勇者様のお共なるだけはありますね」
魔王「?!」
魔王(その年?)
魔王「…娘よ。我輩はいくつに見える?」
宿娘「まあクイズ?」
魔王「そ、そんなところだ」
宿娘「そうですね。10歳ですか?」
-翌朝-
勇者「」モグモグ
魔王「」モグモグ
勇者「…なあ魔王?昨夜から元気がないようだが、どうしたんだ?」
魔王「そなたには関係ない」キッパリ
勇者「そ、そうか…」
勇者「あのな、魔王。俺はこれから武器を見てこようと思うんだが、君もどうだ?」
魔王「遠慮する」
勇者(やはり様子がおかしい?)
勇者「じゃあ、何か欲しい物とかある?ついでに買ってくるけど」
魔王「別に」
勇者「じゃあ、して欲しい事とかあるか?」
魔王「何でもよいのか?」
勇者「もちろん」
魔王「では日が沈むまで…戻って来るな」
魔王「うむ。勇者は行ったか。よしっ」
魔王「あー…マイクテストマイクテスト…聞こえるか?見えるか?側近よ」
側近『はい!良かった。ようやく連絡がとれ…え?!』
魔王「…」
側近『どうしたんですか?随分可愛らしくおなりなりましたね…』
魔王「どうしてかは我輩が知りたい」
側近『はぁ…それで勇者をハジマリの村から連れ出して、昨夜、自分が縮んでいると知ったと』
側近(どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう…)
魔王「これはどうすれば戻るんだ?これでは勇者が魔王城に着いても、まともに戦えないではないか?」
側近『もしや魔翌力も弱っておいでで?』
魔王「……どうすればよい?」
側近「ハジマリの村と魔界では物理的にも世界的にも遠すぎます。通常移動は不可能です」
側近「そこを魔王様は無理に移動なされた。その所為で一時的に縮んでしまわれたのかと」
魔王「…そうか…」
魔王「そんな予想が出来たんなら、どうしてあの時止めなかった!そなたは我輩の側近だろう!」
側近「止めたのに聞かなかったのは魔王様でしょう」
魔王「まあ、とにかく時間が経てば戻るんだな?」
側近「それと魔界に近付けば、その分戻りも早いと思われます」
魔王「そうか!なら良い!勇者を連れて魔界に向かえば、一石二鳥じゃな」
側近「え?」
側近「最後まで案内なされるおつもりで?」
魔王「当たり前だろ。勇者は我輩以上のものぐさな男だ」
魔王「しっかり勇者の役目を果たすよう監視しなければ」
側近「…分かりました。では、我々は魔王様のお帰りをお待ちし、勇者戦に向けて準備を整えます」
魔王「うむ。では留守を頼むぞ、側近」
-夕方-
勇者(魔王(自称)…なんだか元気がないようだったけど。風呂に入る前にからかいすぎたからかな?)
勇者(魔王(自称)は早く俺を魔王城に行かせたいらしいし、町で聞いた魔王を倒す為の情報を知れば、少しは機嫌がよくなるかな?)
ガチャ
勇者「魔王(自称)っ!町で魔王についての情報を聞いてんだ」
魔王「ん?どんな?」
勇者(あれ?何か機嫌が直ってる)
魔王「どんな情報だ?」
勇者「いや、隣国に勇者の剣があるという噂なんだが」
魔王「うむ。分かった。明朝、出かけようぞ」
勇者「!」
勇者「今直ぐ出発とは言わないのか?」
魔王「馬鹿なことを言うな。夜はしっかり寝なければ疲れも癒えないのだぞ」
魔王(体を癒して、魔翌力の回復をし、我輩は元の姿に戻るのだ!)
勇者(…昨日と何か言ってる事が違うぞ)
勇者(まあ、俺も今日は歩きまわって疲れたし、その方が良いけど)
勇者「分かった。では明日出発しよう」
-隣国関所-
勇者「はい、通行手形」
兵士A「は?!……貴方様が勇者?!」
兵士B「え?本物で?10年間ハジマリの村に引き籠っていたという噂の、あの勇者様?!」
勇者(何か、凄く馬鹿にされている気分だ)
勇者「…で?通っていいの?」
兵A「は!どうぞ…お通り下さい。勇者様とお供の方」
魔王(誰がお供だ…)ムカッ
??「キャンっ?!」
兵士「?!」
兵A「今の鳴き声…勇者様?」
勇者「なに?」
兵B「その袋の中身は何ですか?」
勇者「何でもないよ」
兵A「あ!あれはなんだ!」
勇者「え?!」
どさっ
子犬「キャウン!」
勇者「あ!大丈夫か?」
兵A「…勇者様。こちらの注意書きはお読みになられたでしょうか?」
兵B「我が国は、犬は入国禁止でございます」
勇者「そこを何とか…」
兵A「駄目です。これは法律です。犬をこの国に持ち込んでは誰であろうと死刑になります」
兵B「それは勇者様。あなたであっても例外ではありません」
勇者「昔はそんな法律なかった」
兵A「昔はそうでしたが、今は違います」
兵A「それからこの門には高度な魔法がかかっています」
兵B「隠しても直ぐに門が犬をはじき出しますからね」
勇者「…分かった」
-隣国の外-
魔王「だから言っただろう。そんな犬、捨ててしまえ」
勇者「でもまだ子犬だぞ?大きな獣に食べられてしまうかもしれない。餌がなくて野垂れ死んでしまうかもれない…」
魔王(また始まった…)
勇者「魔王も可哀そうだと思うだろう?」
魔王「思わんな」キッパリ
勇者「な!」
勇者「この冷血人間!」
魔王「思わん。弱い物は淘汰されるのは自然の摂理だ」
勇者「でも俺達は今この犬を救う事が出来る。出来るのに、置いてなんていけない」
勇者「この国での用事を終えたら、次の国できっと飼い主を捜すから」
魔王「…はあ」
魔王「分かった…」
勇者「え?」
魔王「方法はある」
-隣国関所-
兵A「今度は犬を連れて来ませんでしたよね?」
勇者「もちろん」
兵B「隠しても魔法がかかっているので直ぐ分かるんですからね?」
勇者「分かってる」
勇者「……あ!!」
勇者「あれはなんだっ?!」
兵士「え?!」
兵士「……何もないじゃないですか」
勇者「ははっさっきのお返しだよ」
兵A「勇者様って子供っぽいんですね」
勇者「ん?何か言ったか?」
兵B「いいえ、何も。ではお供の方も一緒にお通り下さい」
魔王「…随分、賑やかな国だな。いつもこうなのか?」
勇者「いや、栄えているとは聞いていたが、これではまるでお祭りだ。きっと何かあるのだろう」
勇者「それより」
魔王「?」
勇者「驚いたよ。君の言う通り、注意を逸らしたけど、犬を隠したまま通れた」
勇者「一体どうやったんだ?」
魔王「関所の壁に魔法陣があったのは分かったか?」
勇者「ああ」
魔王「それに細工をしてやったんだ。これでもうあんな魔法陣は無効だ」
魔王「どんな威力の強い魔法だって、その元を絶ってしまえば簡単に無効に出来る」
勇者「魔王は本当に物知りだな。流石、賢者という事だけある」
魔王「だから我輩は魔王だ!」
勇者「じゃあ早速、王の城へ向かうか」
魔王「そして王から勇者の剣を貰うんだな?」
勇者「そうだ。王様から俺が真の勇者と認められたら、剣を頂けるらしい」
魔王「…そこが一番心配なんだ」
勇者「え?」
魔王「魔王の我輩がいうのも何だが、そなたには勇者としての自覚が足らなすぎる」
魔王「ハジマリの村の村人やその犬の事だって、そなたは小さな事に囚われている」
勇者「そんな事言われたって…あ!」
魔王「なっ何だ?!」
勇者「犬がいない!さっきまで袋の中で動いていたのに!」
魔王「…穴が開いてる。恐らくここから逃げたのだろう」
勇者「探さなきゃ!こんな国に一匹でいては殺されて…」
魔王「勇者!我輩がさっき言った事をもう忘れたか?」
勇者「…しかし」
魔王「この国は法律で誰であろうが、犬を入れてはいけない事になっている。そなたが犬を入国させた事がバレたら、この国の王は何と思う?」
勇者「……」
魔王「仕方ないんだ。この国の外にいようが、中にいようが、どうせあの犬は死ぬ運命にあったんだ…」
魔王「このまま、城へ向かうぞ」