魔王「見られては仕方がない」
魔王「死んでもらう」
勇者「!」
シュン
勇者(んな!? 早いっ!)
勇者(やべえ、殺られる…!)
魔王「…」
勇者「…え?」(寸止め…?)
魔王「おかしいな…まったく、笑わせる」
勇者「?」
魔王「これ以上、体が動かない。動くのを拒否する」
勇者「…」
魔王「なぜだろうな、私はいったいどうしたのだろうな…」
勇者「…」ギュッ
魔王「にゃ!? なにをする!」
勇者「もういい、何も言うな」
魔王「は、離せ! 離せよう!」
勇者「ええい、離さん! 絶対に離さないからな!」
魔王「私は…あの女みたいに、胸は柔らかくないぞ…?」
勇者(姫のことか?)「そんなこと、関係ないだろ…」
魔王「まあ、お前が、そ、そこまでそうしたいのなら…少しの間は、このままで、…いいぞ」
勇者「俺はお前と出会えてよかった!」
魔王「そ、そうか?」
勇者「俺は魔王を倒したあと、どれほど面白くない人生が続くんだろうってずっと考えてた」
勇者「でも、お前に会って、この先も面白い人生になるって、思えたんだ」
魔王「ふ、ふんっ」
勇者「だから、どっかに行こうなってしないでくれよ」
魔王「…」
勇者「な?」
魔王「…」コクリ
勇者「よし、それじゃあ帰ろうか」
魔王「…」コクリ
魔王(でも、それは無理だ…。私とお前は対の存在…なのだから)
勇者「もう、だいぶ遅くなっちまったな」
魔王「そうだな」
勇者「お前はそのベッドで寝な」
魔王「お前はどうするんだ?」
勇者「俺はテーブルに突っ伏して寝るからいい」
魔王「…」
勇者「じゃあ、おやす…」
ギュッ
勇者「ん?」
魔王「…私にはあのベッドは、大きすぎる」
勇者「そうだろうな」
魔王「だから、二人で寝ても、支障はないはずだ」
勇者「え」
魔王「か、勘違いするなよ、私はベッドをただもっと有効活用したいだけだ!」
勇者「…そうか、じゃあ、一緒に寝るか」
魔王「う、うむ…」
勇者「なんてな。お前は嫌だろ?」
魔王「え?」
勇者「好きでもないやつと一緒に寝るなんてできないだろ」
魔王「そ、そんな…」
勇者「ん?」
魔王「そ、そ、その通りだ! お前となぞ一緒に寝とうないわ!」
勇者「そうだよな、それじゃあ、おやすみぃ」
魔王「…うぅ……ふえぇん…」
次の日
魔王(寝顔が見れなくなるのは悲しいが…)「おい、起きろ!」
勇者「ん? おお、おはよう」
魔王「うむ」
勇者「今朝は早いな」
魔王「うむ」
勇者「うむ以外言えないのか?」
魔王「う、うるさい!」
勇者「どうして起こしたんだよ?」
魔王「その…なんだ。散歩にでも行かないかと…思って」
勇者「散歩? ああ、いいぜ」
勇者「でも、いきなりどうしたんだよ、散歩なんて」
魔王「べ、別に、理由はない」
勇者「? そうか」
魔王「…」
勇者「ん?」
魔王「こっちを、見るな! バカ!」
勇者「え、あ、すまん」
魔王(照れるだろう…まったく!)
勇者「あのさ」
魔王「…うむ」
勇者「ずっと気になってるんだけど」
魔王「うむ」
勇者「魔王は、どこに行っちまったんだろうな」
魔王「…は?」
勇者「ほら、お前だけを残して、どこに行っちまっただろうって」
魔王「お前の馬鹿さにはほとほと呆れた」
勇者「え? 何がだ?」
魔王「なんでもないっ」
魔王「それと、勇者よ」
勇者「あん?」
魔王「私はまだお前をすべて認めていないからな」
勇者「そうか。それならよかった」
魔王「な、なぜじゃ?」
勇者「そういうのはゆっくりでいいからさ。じっくりと考えて、結果を出してくれよ」
魔王「そうか…まあ、お前もそうであろう?」
勇者「ああ、俺はすでにお前のことを全部受け止める覚悟だ」
魔王「えっ」カァァ
勇者「俺はこらから二人で暮らしていくって、お前に言っただろ」
魔王「…そうだな」
勇者「ま、お前が嫌になったらどこに行ってもいい。俺はその時もちゃんと覚悟しとくからさ」
勇者「でも、何も言わずに消えるのはやめてくれよ?」
魔王「…」コクリ
勇者「っと、歩いてるうちにこんなところに着いちまったな」
魔王「うわぁ…すごい…綺麗な湖だな」
勇者「だろ? 俺はこの湖を見て、旅することにしたんだ」
魔王「なんで?」
勇者「俺が行くか行かないか迷ってた頃、ちょうど今日の今頃ぐらいの時間にとぼとぼ歩いてたんだ」
勇者「そしたら、ここに着いてさ。この、大きな湖を見たんだ。それで世界にはこれ以上の何かが存在するんだって、あの時、思っただろうな」
魔王(じゃあ、これがなかったら、私はこいつと出会わなかったのか…)
魔王「うふふ…」
勇者「なんだ? 不気味な笑い声出して」
魔王「ぶ、不気味とは失礼な!! ふんっ! …ただ」
勇者「ただ?」
魔王「湖サマサマ、だな」
勇者「…そうだな」
勇者「あれ? あそこにいるのは…」
魔王「む?」
勇者「…魔物の子供だな」
魔王「ほう、可愛いな!」
勇者「おまえもな」
魔王「だからそういうことを平気で言うでない!」カァァ
勇者「親がいないのかな?」
魔王「そのようだな。一人で大丈夫かな…」
勇者「なんだ、心配なのか?」
魔王「べ、別に!」
「キャンキャン」
勇者「おーよしよし。こいつ、可愛いな」
魔王「…」ソワソワ
勇者「お前も、抱くか?」
魔王「うん!」
「キャンキャン!」
魔王「! なぜ逃げるのだ!」
勇者「はははっ、お前もしかして、動物に嫌われるタイプなのかもな!」
魔王「うー…」(この魔物…どこかで見たことがあるなぁ…)
勇者「俺にはもう懐いちまったぞよしよし~」
魔王「私まだ触れてないぞぉ!」
勇者「嫌われてるんだから仕方ないだろ?」
魔王「うぅ…」グスッ
勇者「泣くなよ…」
魔王「な、泣いてないっ」
勇者「泣いてるじゃねえか。ったく」
魔王「う…撫でるなぁ!」
勇者「ん? お前、体冷たくないか?」
魔王「ん? そうか?」
勇者「ああ、なんかヒンヤリしてる」
魔王「むぅ…もしかして、これが原因なのかな?」
勇者「いや、お前自体が嫌われてるんだろ」
魔王「ひどいっ!」
勇者「いや、そういうやつは本当にいるんだって。動物に嫌われるやつ」
魔王「私はそれだと言うのか…うぅ」
勇者「ま、そういうことだな」
魔王「あ! 思い出したぞ!」
勇者「ん?」
魔王「…こいつ、昨日私が食った魔物と似てる!」
勇者「…へ?」
魔王「いきなり襲いかかってきたんだった」
勇者「お前…それは嫌われるとかそういうもんじゃないぞ」
魔王「? なぜだ? 襲いかかってきたのだから、殺すのが礼儀だ」
勇者「いや、その、俺だったら親を殺したやつを許さないし、怖いと思うから」
魔王「? つまり、そやつは、私を怖がっているのか?」
勇者「ああ。きっとお前から微妙ににおいがするんだろ」
魔王「むぅ、それは悪いことをしてしまったな。すまない」
「キャンキャン!」ガブッ
魔王「いたっ! 勇者~! こいつ噛んだ~! 謝ったのに!」
勇者「魔物に謝っても、意味ないぞ…」
魔王「私は全知全能の魔王なのにぃ…」
勇者「ま、これからは魔物を殺さないことだな」
魔王「…むぅ」
魔王(それはできない。私のカラダは、魔物を摂取しないと、栄養がきっちり取れんのだ…)
魔王(しかし…勇者に言われたのだ…我慢、しよう)
勇者「よしよし、これから一人で頑張って生きろよ、じゃな~」
「キャンキャン!」ダッ
勇者「さて、そろそろ朝食時だな、帰って食べよう」
魔王「私はいい」
勇者「なんで?」
魔王「昨日の夜食べ過ぎたから…あまり食べれそうにない」グゥ
勇者「俺には腹の虫が元気よく鳴ってる気がするんだが…」
魔王「ぐ、ぐぅ!」グゥ
勇者(自分で言ってもバレバレだって…。こいつ、かわいいなぁ)
魔王「おいしい!」パクパク
勇者「それはよかった。にしてもお前、けっこう食べるんだな」
魔王「そうか? これぐらい普通だろう」ムシャムシャ
勇者「いや、子供はこんなに食わねぇよ。特に、女はな」
魔王「…勇者は、よく食べる女は、嫌いか?」
勇者「いんや。元気があっていいと思うぞ。それに、お前は線が細いんだから、もっと食べた方がいいぜ」
魔王「それは胸のことか!?」
勇者「ちげえよ!」
魔王「私だって、不思議なんだぞ! こんなに食べてるのになぜこっちに栄養がこないのかわからん!」
勇者「だから、そのことじゃねえって言ってんだろ!」
魔王「じゃあどういうことだ!」
勇者「体全体のことだ。お前、見るからに病弱そうだからな」
魔王「むむぅ、そうか?」
勇者「昨日、魔物食ってるときはびっくりしたけどな」
魔王「そ、そうか?」
勇者「ああ、ちょっと…怖かった」
魔王「ふ、ふはははは! 私を誰だと思っているのだ! 私は全知全能の魔王だぞ! ふははははは!」
勇者「こんな可愛い魔王がいたら困るぞ」
魔王「!」カァァ
魔王「な、なぜだ?」
勇者「殺せないだろ」
魔王「…ふんっ」