鍛冶屋「何が?」
騎士「貴様の嫌いな生き死にがある戦場なんだぞ?」
鍛冶屋「別に、戦いのど真ん中に出るってわけじゃないんだ。 国境には砦もあるんだろ? 割り切るさ」
騎士「う、しかし・・・・・・」
鍛冶屋「せっかく手に入れた自分の剣が壊れるのなんて、あんただっていやだろ?」
騎士「嫌だ」
鍛冶屋「なら、答えは出ているんじゃないのか? 俺はもう言いたいことは言ったぜ」
騎士「そうか・・・・・・そうだな。 では、よろしく頼むぞ鍛冶屋」
鍛冶屋「任せろ。 自分の仕事とあれば、一切手は抜かない」
騎士「現地に着いたら、隊長には私から説明しよう」
鍛冶屋「そうしてくれ」
騎士「出発の準備にはどれくらいかかる?」
鍛冶屋「もう済んでる。 初めから着いていくつもりだったからな」
騎士「そうか・・・・・・。 店はどうするんだ? 休業にするのか?」
鍛冶屋「ここの所、働きづめだったからな。 ここいらで休みをとっても文句はいわれないだろ。 依頼されていた日用品の手入れも済んでいるし、休みをもらうと知らせも出してる。 個人営業だからな。 これぐらいの融通は利くんだよ」
騎士「すまないな。 迷惑ばかりかける」
鍛冶屋「そう思うなら、早いとこ魔物を倒して、騒ぎを納めてくれ。 俺が世話を焼くのは自分のプライドのためだからな」
騎士「任せてくれ。 貴様の作った剣に賭けて、見事討伐を完了してみせよう」
鍛冶屋「ああ、期待してるよ」
騎士「それで、お前の荷物は・・・・・・なんだそれは?」
鍛冶屋「いや、荷物だけど」 ズシッ
騎士「お前は自分の棺桶を持ち歩くのか」
鍛冶屋「これは鍛冶道具兼用の入れ物なんだよ」
騎士「なるほど。 用意のいいことだと感心するところだった」
鍛冶屋「・・・・・・何の用意だよ」
―――街道
騎士「もう既に部隊は動いているから、我らは途中から合流することになる」
鍛冶屋「悪いな、完成がギリギリになっちまって」
騎士「無茶を言ったのはこちらだ。 詫びるなら私の方。 だから気にするな」
鍛冶屋「ああ。 ところで、王は元気か?」
騎士「日々政務に追われてはいるようだが、壮健であられるぞ」
鍛冶屋「そうか。 ・・・・・・王子は?」
騎士「あまり見ないな。 いや、見なくなったと言うべきか。 以前であれば、大衆の前にもよく顔をお見せになってはいたんだが」
鍛冶屋「体調でも悪いのか?」
騎士「そういった話は聞かないな。 そうであったとしても、我らのような者にまで、そのような情報は入ってこない」
鍛冶屋「だろうな」
騎士「何か気になる事でも?」
鍛冶屋「いや、なんとなく聞いただけ」
騎士「・・・・・・お前はお会いしたことでもあるのか?」
鍛冶屋「ははっ、まさか。 一介のボロ鍛冶屋には縁のない話だ」
騎士「ふふ、だろうさ」
鍛冶屋「・・・・・・お前から見て、今の国はどうだ?」
騎士「平和だな・・・・・・。 魔王が倒された今の世界は平和そのものだ。 遠方の国では、流星が城に落ちたなどと言う話もあるが、被害もそれほど大きくはなく、魔王とは関係ないという話だ」
鍛冶屋「だがそうなると、あんたらの仕事は極端に少なくなるんじゃないか?」
騎士「そうでもない。 魔王が倒れたと言っても、魔物の絶対量が減ったわけではないんだ。軍隊縮小の話は出ているが、まだまだ先の長い話だ」
鍛冶屋「先が長いと言えば、本隊とはどれくらいで合流できるんだ?」
騎士「馬を全力で飛ばして急げば夜中。 急がなければ、二日後だな」
鍛冶屋「・・・・・・けっこうあるな」
騎士「国境だからな。 まぁ、本番でいきなりこの剣を使うわけにもいくかない。 慣らしも兼ねてゆっくり行こう」
鍛冶屋「そうか。 その辺りの事は畑が違うから、あんたの好きにしたらいいさ」
騎士「ああ。 それにしても、腕がなるな。 剣を気にせずに戦うなど、いつぶりの事だろうか」
鍛冶屋「はしゃぎすぎて振り回しすぎるなよ。 出来るだけ騎士道に恥じない立ち振る舞いを心がけてくれ」
騎士「む、私はいつでもそうだ」
鍛冶屋「さようですか」
騎士「ならば誓おう。 私は、貴様が作ったこの剣を、決して己の欲望を顕示するためには振るわないと」
―――街道 夜
騎士「鍛冶屋、ずっと気になっていたんだが」
鍛冶屋「ん?」
騎士「その棺桶・・・・・・もとい、道具入れの中には何が入っているんだ?」
鍛冶屋「言っただろう。 鍛冶道具だって」
騎士「それにしては、大きすぎやしないか?」
鍛冶屋「そうだなぁ。 まぁ俺の扱う物は、人より少し大きめだから仕方ないんだ。 師匠からのお下がりだし」
騎士「貴様の師匠というのは、どういう人なのか、聞いてもいいか?」
鍛冶屋「別にこれといって特徴のない男だったよ。 普通と違うところがあるとしたら、背丈が俺の倍位はあったかな。 いや、三倍か?」
騎士「これ以上ないほどの特徴だと思うが・・・・・・」
鍛冶屋「そんな師匠が使ってたものだから、サイズが少しばかりでかいんだよ。 俺もその道具で慣れてきたから今更人並みの道具を使う気にもならないし、かえってこっちの方がいい時もある」
騎士「ほう・・・・・・」
鍛冶屋「ほとんど見よう見まねで鉄を叩いてた。 道具なんて重すぎて、ガキの頃は扱えなかった」
鍛冶屋「それでも、あの人の鉄を打つ姿が格好よくてなぁ。 絶対に諦めるなんて事は無かったんだ」
騎士「・・・・・・いい顔で話すのだな、師匠のことを」
鍛冶屋「あぁ? やめてくれよ。 あんな頑固オヤジ、思い出すだけでも拳骨の威力が頭に蘇ってくるぜ」
騎士「ふふ、そうか」
鍛冶屋「・・・・・・お前、絶対信じてないだろう」
騎士「何を言うか。 隣人を信じることも出来ずに何が騎士か」
鍛冶屋「ああそうだな。 あんたはそんな感じだ」
鍛冶屋「(しょっちゅう人に騙されていそうだ)」
騎士「・・・・・・何だ?」
鍛冶屋「いや、それがあんたの美徳なんだろうな」
―――王城 地下牢
牢屋番「ん? この様な所に誰だ・・・・・・」
王子「・・・・・・」
牢屋番「お、王子!? 一体どうしたのです!?」
王子「牢屋番か」
牢屋番「はい。 あの、まさか、お一人ですか? 護衛も付けずに・・・・・・」
王子「すまない」
牢屋番「あ、いえ、出過ぎたマネを致しました。 お許しください」
王子「いいんだ。 君の言う通り、間違っているのは僕のほうだ」
牢屋番「王子、お体の方はよろしいのですか? あまりお顔を出さなかったようですが・・・・・・」
王子「ああ、大丈夫。 少しくらいなら、こうして歩き回っても支障はないよ」
牢屋番「あ、いや・・・・・・ですが・・・・・・」
王子「ところで、君はいつも、ここを一人で見ているのかい?」
牢屋番「普段は三人体制なのですが、此度の討伐に向けて城内の人手が足りなくなったこともあり、本日は私一人です」
王子「逞しいな」
牢屋番「いえ、職務ですので。 あと定期的に交代も入りますし、それに、この堅牢な牢獄からは絶対に誰も出れないでしょう」
王子「職務に忠実なのはいいことだ。 ということは、この国でもっとも牢内のことを詳しく知っている一人でもあるわけだ」
牢屋番「そう、なりますが・・・・・・」
王子「では、翌週に死刑が執り行われる罪人の事は知っているな?」
牢屋番「知っているもなにも、この国でそれを知らない民がいますでしょうか」
牢屋番「占い師とその身を偽り、関わった者の精気を吸い取る。 事が大々的に起こったことではないという事もあり、被害者の総数は、今だ検討もついていないとか・・・・・・」
王子「ああ。 分かっているだけでも、小さな村の幾つかが廃れ、消えていったという話だな」
牢屋番「捕まった時にはその所業もあり、国中にその話が広まりました」
王子「そうだな。 もしかしたら、私よりも有名人かもしれない」
牢屋番「お戯れはよしてください。 奴は王子様とは違いすぎます」
牢屋番「牢に入っている今とて、油断ならぬ相手です」
―――砦
隊長「おお、戻ったか騎士よ」
騎士「はい。 無事、剣の受け取りも済み、いつでも交戦出来ます」
隊長「相変わらず血の気が多いな。 しばらくはまだ時間がある。 旅の疲れを癒すといい。 にしても・・・・・・」
騎士「はい?」
隊長「浮いた話の一つもなかったお前が、まさか男連れでとはな」
騎士「彼は鍛冶屋です。 ようやく出来上がった私の剣に万が一がないように、着いてきてくれたのです」
隊長「なんだ、もう少し脚色して周囲を驚かせようとは思わないのか?」
騎士「微塵も思いません」
隊長「だろうとも」
鍛冶屋「初めまして。 鍛冶屋といいます。 短い間ですが、お世話になります」
隊長「ああ。 あの騎士が使える剣を作った鍛冶屋がどんなステレオタイプの奴かと思えば、結構若いな」
鍛冶屋「師匠が早くに墓に入っちまったんで、我流も交えて細々とやってますよ」
隊長「今度私の剣も作ってくれないか?」
鍛冶屋「よしてください。 今回の件だって、半ば強引に事が運んだ故です。 もう一度作れと国が命じてきたとしても、二度と剣は作りませんよ」
隊長「ふむ・・・・・・。 もったい無い気もするが、それが君の考えなら仕方がないな」
鍛冶屋「いやほんと、騎士もあなたくらい素直に納得してくれていれば、面倒がなくてよかったんですけど。 まぁ、美人の泣きっ面が見れただけでも造った甲斐が・・・・・・」
騎士「・・・・・・」 シャキン
鍛冶屋「・・・・・・ゴホン」
隊長「ふふ。 どうやら短い間によい関係が築けたようだな。 大いに結構」
騎士「仕事の腕前だけは一目おいています」
鍛冶屋「それで十分だな。 他を期待されても困る」
隊長「そうでも無いぞ鍛冶屋。 少なくとも私は君に、騎士が泣いたという一部始終を今晩の食事の時にでも聞けることを期待しよう」
騎士「・・・・・・そんなフリをして」
鍛冶屋「・・・・・・俺が無事でいられると思いますか?」
―――砦 食堂
鍛冶屋「へぇ。 それじゃあ今回の魔物討伐は、王子が派遣させたのか」
隊長「魔王がいなくなり、軍縮が進んでいるとはいえ、大所帯を動かすとなれば大金が必要だ。 そこで、王子様が国の財政、各部署の予算、人員をやりくりして、我々を動かせるだけの軍資金を捻出したのだ」
鍛冶屋「随分有能なんだな」
隊長「ああ。 それに、民のことをちゃんと考えてくださる」
隊長「国境に住む民は少ない。 それでも、魔物で苦しんでいるという事実を見過ごすことは出来ないお方なんだ」
騎士「王子のそういう所が、国民に支持されているんだ」
鍛冶屋「なるほど」
隊長「議会を納得させるためにろくな睡眠を取らず、資料を作ったりもしていた。 体調がよろしくないというのに・・・・・・」
騎士「それで・・・・・・あまり顔をおみせにならなかったのか」
隊長「国と民のことを誰よりも想っているんだ。 その暖かいお心遣いは、そう、まるでこの国を照らす太陽のようだ」
鍛冶屋「・・・・・・そうか。 王子はこの国の太陽か」
隊長「ああ」
鍛冶屋「・・・・・・いい国だな」
隊長「私もそう思う。 その国を守る使命を与えられている事に誇りを持っている」
鍛冶屋「頼もしい限りだぜ」
騎士「・・・・・・それにしても、隊長は随分と王子の事に詳しいようだ」
隊長「・・・・・・ん?」
鍛冶屋「確かにな。 ろくな睡眠もとっていないってのは、どうやって知り得た情報なんだろうか」
隊長「え、あ・・・・・・」
騎士「謁見の最中にだって、そんな話は出ないと思うが」
鍛冶屋「体調が悪いっていうのも、あんまり知られていないことなんじゃないのか? なぁ騎士様よ」
騎士「初めて聞いたな」
隊長「それは、だな。 その・・・・・・」
鍛冶屋「それは・・・・・・?」
隊長「いや、手伝いをしたというか、進言したというか」
騎士「ほう、進言すれば王子のお手伝いができると・・・・・・もしや、私室にも入ったことが?」
鍛冶屋「騎士様よ、それだけお二人の中が親しいものであるということじゃないのか」
騎士「なるほど。 城にいる時、よく一緒にいる姿を見かけたが、そういう事か」
鍛冶屋「何、一緒に・・・・・・?」
騎士「ああ、お互い旧知の仲であるかのようにな」
隊長「・・・・・・」
鍛冶屋「そうか~。 なら、ここは俺たちが察してやるべきじゃないかな?」
騎士「ふむ。 そうだな。 察してやらんでもないな」
隊長「・・・・・・さて」
鍛冶屋「ん? 隊長殿?」
騎士「どうした?」
隊長「今夜は少し飲み過ぎたようだ。 私は先に部屋に戻る」
鍛冶屋「まだボトルも空いてないぜ?」
騎士「料理だってまだこんなに・・・・・・」
隊長「なぁ、二人とも・・・・・・」 ギロリッ
鍛冶屋「・・・・・・っ」
騎士「・・・・・・っ」
隊長「今宵話したことは他言無用だ。 もしこの事が他所の者の耳にでも入った場合、お前達二人とも王国の誇る大砲に詰めて星の彼方まで吹き飛ばす」
騎士「う、うむ。 私は誰にも言わないと約束しよう」
鍛冶屋「・・・・・・右に同じく」
隊長「そう願うぞ。 では、また明日。 お休み」
―――王城 地下牢 最深部
王子「久しいな呪術師」
呪術師「おや、誰かと思えば、珍しいお客さんじゃないですか。 クックック・・・・・・。 見張りたちはどうしました? よくここまで、一人でこれましたねぇ。 物騒なことですよ・・・・・・」
王子「私は王子だ。人払いなど容易い」
呪術師「地下牢で人払いですか? 杞憂なのでは?」
王子「お前には関係のないことだ」
呪術師「クックック そうですか」
王子「いつかはここの住人になるだろうとは思っていたが、死刑の日取りが存外早かったな」
呪術師「ええ、私がここに来てからというもの、死刑囚が“原因不明の死”で次々と居なくなってしまったんですよ。 それで、順番が繰り上がってしまいましてねぇ。 参ったものですよ」
王子「私の耳にはお前が全員呪い殺したと報告されているが?」
呪術師「クックック。 そんな眉唾物の話を・・・・・・。 おっと、あなただけは信じざるをえないんでしたねぇ」
王子「・・・・・・呪術師、お前は死ねるのか?」
呪術師「さぁ、どうでしょう。 なにせ、死んだことがないものですから。 ですが、あなたは・・・・・・もうそれほど時間無いようですね」
王子「呪われた命だ。 これ以上ズルズルと生きているつもりはない」
呪術師「ではなぜ私の下に来たのです? そんな事を聞きに来たのではないはずだぁ。 さぁ、もうすぐ俗世より旅立つ私に何か?」
王子「・・・・・・今言った通りだ。 私の命を終わらせに来た」
呪術師「おやおや。 それほど急がずとも、近い内に望みはかないますよ」
王子「急ぎの用があるからこうして出向いてきているんだ」
呪術師「ほう・・・・・・」
王子「神を冒涜し、命を弄ぶ貴様なら、この先“私が死ぬまでに使うエネルギー”を寿命に集約させる事は可能か?」
呪術師「クックック。 出来ないことはありませんねぇ。 しかし、そんな事をすれば、王子の寿命は本当に短く、そうですねぇ、二日間で寿命は尽きてしまうでしょうが・・・・・・?」
王子「構わない。 その二日間が、我が生涯最良の日となるならば」