騎士「私のために剣を作れ」 鍛冶屋「いやだ」 1/10

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騎士「な、何故だ!?」

鍛冶屋「いや、何故って・・・・・・」

騎士「?」

鍛冶屋「あんたには店内のラインナップが見えないのか?」

騎士「包丁、ノコギリ、ハサミ、鉈・・・・・・。 鍬と、ツルハシと色々あるな」

鍛冶屋「ああ。 つまりはそういうことだ。 俺は日用品を作るのが専門で、剣とか槍なんかには縁がない鍛冶屋だ」

騎士「なら、作ろうと思えば作れるわけだな」

鍛冶屋「作れるだろうけど、やだ」

騎士「・・・・・・」

鍛冶屋「ていうか、剣なんて武器屋にいくらでも上等なのがあるだろう? なんだってまたウチみたいなボロ鍛冶屋に注文するんだよ」

騎士「武器屋にある剣は、あらかた試したが、全て私にはあわなかった」

鍛冶屋「気に入らなかったってのか?」

騎士「いや、折れた」

鍛冶屋「・・・・・・は?」

騎士「私が全力で剣を振ると、刀身がもたないんだ。 すぐに折れてしまう」

鍛冶屋「・・・・・・意味が分からねぇ」

騎士「私もだ。 だから普段は常に何本もの剣を携帯している」

鍛冶屋「はぁ~。 大変だな~」

騎士「だが、それにもいい加減なんとかしないといけないと思ってな。 そこでだ。 森の奥に住む良い腕の鍛冶屋がいると聞いてここまでやってきたのだ。 聞けば、そこで売っている品物は、決して折れず、曲がらず、孫の代まで使っても刃こぼれ一つしないというではないか」

鍛冶屋「孫の代までっていうのは言い過ぎだと思うが、そういった評判はありがたいな」

騎士「これはもう、私の剣を作るのはそこの鍛冶屋しかいない! そう思ったのだ!」

鍛冶屋「そりゃあ、あんたみたいな美人に言われりゃ光栄だね」

騎士「だろう!? だから、私のために剣を作ってくれ!」

鍛冶屋「いやだ」

騎士「おい!」

鍛冶屋「あんたの話は分かった。 そうとう苦労しているんだろう。 けど、俺は作らない」

騎士「何か、理由でもあるのか?」

鍛冶屋「それをあんたに言う必要があるのか?」

騎士「少なくとも、私が納得するかもしれん」

鍛冶屋「強情な騎士様だ」

騎士「許せ。 それが私だ」

鍛冶屋「・・・・・・」

騎士「・・・・・・」

鍛冶屋「・・・・・・ふぅ。 俺が剣を作らないのは、人の生死に関わりたくないからだ」

騎士「ふむ」

鍛冶屋「家で使ってる包丁やハサミが折れたり欠けたり曲がったりしても、まず死ぬことはない。 使い方さえ間違わなければな」

鍛冶屋「だが、剣は戦うための道具だ。 人を殺すための武器だ。 そして、折れたり欠けたり曲がったりしたら、担い手は限りなく死に近づく。 俺は、そんなことの片棒をかつぐのは・・・・・・いやだね」

騎士「・・・・・・」

鍛冶屋「さぁ話したぞ。 そういうことだから、騎士様にはお引き取りを・・・・・・」

騎士「問題ない」

鍛冶屋「・・・・・・はい?」

騎士「貴様の話を聞いて、子細問題ない事がわかった」

鍛冶屋「ん? ・・・・・・え?」

騎士「人の生死と言ったが、あんずるな。 私が戦うのは人ではない。 魔物だ」

騎士「近頃、北の国との国境近辺に魔物が出るという報告があってな。 私はその討伐隊に参加する任についたのだ」

鍛冶屋「魔物退治か」

騎士「そうだ。 魔物を打倒するため、人々を守るための剣だ」

鍛冶屋「だが、それでも剣に何かあった場合・・・・・・傷を負うのは担い手だ」

騎士「その点も問題ない。 いや、それこそ何の問題もない」

騎士「私は国中の誰よりも強いからな」

鍛冶屋「・・・・・・マジか」

騎士「ああ。 先日城で行われた剣術大会でも優勝したぞ」

鍛冶屋「おいおい・・・・・・今の世の中、あんたみたいな美人さんが男よりも強いのか?」

騎士「ふ、そうだな。 何せ、討伐隊を率いる我らが隊長も女性だぞ」

鍛冶屋「・・・・・・いや待て、おまえ剣が保たないって言ってたろ。 どうやって優勝したんだよ」

騎士「全て初撃で倒した」

鍛冶屋「・・・・・・」

騎士「私の強さは王のお墨付きだ。 兵達からも認められている」

騎士「だから、貴様の心配していることは起こらない。 何かあったとしても、それは熟練の料理職人が包丁で指を切ってしまうぐらいの確率と傷だ」

鍛冶屋「いや、でもそれは・・・・・・」

騎士「何だ? 私は貴様の危惧していることをクリアしているぞ」

鍛冶「う・・・・・・まぁ」

騎士「つまり、何も心配することはないということだ」

鍛冶屋「俺が言いたいのはそういう・・・・・・」

騎士「出撃は二週間後。 それまでには完成させておいてくれ」

鍛冶屋「おい、俺はまだやるなんて一言も・・・・・・」

騎士「前金としていくらか持ってきたが、足りなかったら城に申請してくれ。 この事は、王も了承済みだ」

鍛冶屋「いや、だから金の問題じゃ・・・・・・」

騎士「ああ、早く完成する分には問題ないが?」

鍛冶屋「話を聞けよ!!」

騎士「とにかく、貴様の作る剣で、数千の兵が助かるんだ。 よろしく頼むぞ」

鍛冶屋「俺の作る剣じゃなくて、お前の腕が、だろ」

騎士「ふふ。 同じことだ。 では、また来る!! 期待しているぞ!!」

―――騎士は鍛冶屋の店からスッキリとした顔で帰っていった。

鍛冶屋「・・・・・・だから、やるって一言もいってないだろうが。 ったく」

―――王城 廊下

王「どうだ、変わりないか?」

警備兵「異常ありません。 王子様も、お部屋からは出ておりません」

王「そうか。 それはそれで心配だが・・・・・・食事はとっているのか?」

警備兵「はい、それは・・・・・・」

王「食欲があるだけ、まだ良い方か・・・・・・」

警備兵「お入りになりますか?」

王「うむ」」

―――王子の部屋

王「王子、体の具合はどうだ?」 カチャリ

王子「父上。 はい、大分良くなったかと自分では思うのですが・・・・・・。 ご心配をおかけして申し訳ございません」

王「かまわん。 無理せず、療養していなさい。 二週間前に倒れたときはどうなることかと思ったが、今は顔色も良くなってきたな」

王子「ははは。 それはきっと、公務から離れているからでしょう」

王「はっはっは。 確かに、あれは頭が痛くなる仕事だな」」

王子「そういうお父上も、よく政務のことで頭を抱えていらっしゃるではありませんか」

王「それは仕事がどうのではなく、頭がお前ほど回らないから、自分の能力を嘆いているのだ」

王子「お疲れなのでしょう。 少しは政務官に仕事を分けて、お休みになられては?」

王「ああ。 お前が現場復帰したら、それも考えよう」

王子「私は“今の役職”が気に入っているのですが?」

王「こいつ・・・・・・」

王子「ははははは」

王 「はっはっはっは」

王子「では、私は早く体調を治して、お父上が遠出できるくらい仕事が出来るようになりましょう」

王「そうしてくれ。 皆も、お前の元気な姿を見たいと言っている」

王子「うれしいことです」

王「また来る。 何かあれば、遠慮せずいいなさい」

王子「はい。 父上もご自愛ください」

王「ああ」

―――扉はゆっくりと締まり、部屋には再び静寂が訪れた。

王子「・・・・・・」

―――鍛冶屋 工房

騎士「まさか、二週間まるまる待たされるとは思わなかったぞ」

鍛冶屋「それだけ大変だったんだよ」

騎士「貴様、顔色が悪いぞ?」

鍛冶屋「ああ、寝不足だ、ね・ぶ・そ・く。」

騎士「睡眠はしっかりとらないと、体を壊すぞ」

鍛冶屋「俺だって無茶苦茶な注文を受けなければ毎晩ぐっすり寝てるよ」

騎士「経営管理がなっていないのではないか?」

鍛冶屋「あんたの剣が原因だよ!」

騎士「ふむ、それはすまない」

鍛冶屋「・・・・・・もう少し位、申し訳ないって感じに顔のパーツは動かないのか?」

騎士「ん? 何故だ?」

鍛冶屋「ああ、もういいや。 ほら、ご注文のあんたの剣だ。 何にも言われてなかったから、好きなように作ったぜ」

騎士「ほぉ、大剣か。 悪くない」

鍛冶屋「聞いた限りの力なら、あんたは普通のロングソードみたいに軽々と扱えるんじゃないか?」

騎士「そうだな。 私にとっては、ナイフと同じようなものだ」

鍛冶屋「(それはそれでどうなんだ・・・・・・?)」

鍛冶屋「店の裏で試しに振ってきたらどうだ? 手頃な木とか岩なら結構あるぞ」

騎士「あぁ。 そう、させてもらおう」

鍛冶屋「・・・・・・お前、緊張してないか?」

騎士「そ、そんなことはない! さあ、行こう」

―――店の裏

騎士「ふっ!! はぁ!!」

鍛冶屋「・・・・・・」

鍛冶屋「(おいおい、大剣の動きが早すぎて全然見えないとか・・・・・・ありえねぇ)」

騎士「ふぅ・・・・・・」

鍛冶屋「ん、終わりか? どうやら問題なさそうだな」

騎士「・・・・・・」

鍛冶屋「どうした、何か違和感でもあったか?」

鍛冶屋「(だとしたら参ったなぁ。 心血注いでくたくたで、もう一本なんて無理だぜ)」

騎士「・・・・・・ぃ」

鍛冶屋「え?」

騎士「素晴らしい!!」

鍛冶屋「お、おお!?」

騎士「本当にすごいぞこれは!! いくら振ろうとも、何度切ろうとも刀身にガタがこない!!」

鍛冶屋「そういう注文だったからな。 折れない、曲がらないっていう。 さすがに限度はあるが、見た限りでは大丈夫そうだな」

騎士「ああ、実に見事だ・・・・・・っ!!」

鍛冶屋「そんだけ喜んでもらえたなら、こっちも作った甲斐があるってもんだ」

騎士「・・・・・・ぐすっ」 ホロリ

鍛冶屋「・・・・・・え?」

騎士「本当に、っ・・・・・・ぐすっ・・・・・・う、本当に・・・・・・」 ポロポロ

鍛冶屋「泣くほど!?」

騎士「う、ん。 もう剣を大量に持ち歩かなくても済む。 おかしな目で見られることもない」

鍛冶屋「(まぁ、何本も剣を携えてたら、畏怖の対象には見られるだろうな)」

騎士「名剣を探すことも、武器屋の悲壮な顔を見なくていい」

鍛冶屋「・・・・・・」

騎士「今まで、どの鍛冶屋に頼んでもだめだった」

鍛冶屋「そうか」

騎士「私の・・・・・・私の剣だ・・・・・・っ」

鍛冶屋「(強すぎるっていうのも、大変なんだな)」

騎士「あ、すまない。 見苦しいものを・・・・・・」

鍛冶屋「そんなことねぇよ。 あんたにとっては、それだけ重要なことだったんだろ」

騎士「・・・・・・うむ」

鍛冶屋「なら、素直に喜んどいてくれよ。 その方が、俺も嬉しいぜ」

騎士「そうか・・・・・・。 そうだな」

鍛冶屋「ああ」

騎士「ところで、この刀身に刻まれている文字のような紋様は何だ? 剣を振る度に光るのだが」

鍛冶屋「・・・・・・それは、制約だ」

騎士「制約?」

鍛冶屋「そうだ。 それを説明する前に、一つ言っておく。 あんたの剣は、剣として完璧じゃない」

騎士「? 何を言ってるんだ? どれだけ振り回しても、大丈夫な剣なんて今までなかったんだ。 完璧な仕上がりじゃないか」

鍛冶屋「それが制約の力だ。 呪い、魔法の一種だな。 ある条件の下に、無理や道理を押し通す。 あんたの剣に刻まれている文字というのがそれだ」

騎士「ほう、それは凄いものだな。 まじない一つで、ここまで強化されるのか?」

鍛冶屋「もちろん制約無しでも十分な物が出来た。 出来たとは思ったが、万が一ということもある。 だから、制約で保険をかけたんだ。 滅多にしないことだがな」

鍛冶屋「強化される延び幅は、その条件にもよる」

騎士「この剣にはどんな条件が付いているのだ?」

鍛冶屋「あんたは前に、依頼する剣では人を切らないと言ったよな?」

騎士「うむ、確かに言ったぞ」

鍛冶屋「だから、それに沿った形にした。 そうすれば、俺の信念にもかなう」

騎士「・・・・・・」

鍛冶屋「俺が剣に刻んだ制約を簡単に言えば、“人間をその剣で傷つけた場合、そのダメージが担い手にそのまま返る”っていうものだ」

騎士「なるほど・・・・・・そういう事か」

鍛冶屋「悪いな。 喜んでいるところに水を差すような話で。 だが、言っておかなくちゃいけないことだった」

騎士「ふふ。 この度の戦は魔物が相手だし、問題はない。 それにだ・・・・・・」

鍛冶屋「ん?」

騎士「その様な制約がこの剣に付いていようと、私の胸に沸き上がる歓喜に陰りはない」

鍛冶屋「・・・・・・そうか」

騎士「そうさ。 なにせ、ついに手に入れた私の剣だぞ?」

鍛冶屋「まぁ、それでも万が一という事態が起こるかもしれない」

騎士「・・・・・・?」

鍛冶屋「出来には自信がある。 制約もきっちり働いている。 俺が作った作品の中でも限りなく完璧に近い。 だが、人が作り、人が扱う以上、絶対はない」

騎士「・・・・・・うむ」

鍛冶屋「俺は、話に聞く勇者の使う武具を目標にこの剣を鍛え上げた。 だが、さすがに神が造った武器には届かなかっただろう」

騎士「・・・・・・」

鍛冶屋「矛盾という言葉があるように、絶対に壊れないなんてことは・・・・・・あり得ないんだ」

騎士「・・・・・・う、ん」

鍛冶屋・・・・・・」

騎士「・・・・・・」

鍛冶屋「・・・・・・で、だ」

騎士「・・・・・・?」

鍛冶屋「結局のところ、あんたの身に何かあって、大変なことになるのは俺も一緒だ。 何せ、その剣を作ったのは俺なんだからな。 ウチの看板に傷が付くのは避けたいし、俺の首が飛ぶのはもっと避けたい」

騎士「・・・・・・うむ」

鍛冶屋「だから、あんたと一緒に俺も行ってやるよ。 そうすれば、いつでも剣のチェックが出来る。 メンテナンス係だな」

騎士「え、いや、だが・・・・・・いいのか?」

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